第一章「辺境の開拓地」 5話
「初めて兎を見つけて嬉しかったのは分かるけど、何も考えないで追い掛けたらダメだよ」
「ごめん、可愛かったから……今度はちゃんと考えるようにする」
「よし、もう次は大丈夫だね」
山犬の群れを撃退した僕等二人が森を出ようと進み始めたその時に、アクシデントが起こった。
「あ、痛っ!」
慌ててカテリナを支えるが当然間に合わない。
落ち葉に隠れた何かを踏み抜いたのだろう。
空中から何かが飛んで来たりすれば僕に分かった筈だ。
「屈んで足元を調べるよ。僕の背中に体を預けて足に体重を掛けないようにね」
と言って、降り積もった落ち葉を退かした。
猪か何かの獣が無作為に折って行ったのだろう、若木の折れ残りが薄くなった古い靴底を破って足の裏に突き刺さっている。
幸い貫通はしていないけど、先は足の骨の間に入り込んでいるかも知れない。
なるべく破片が残らないように慎重に折れ残りから足を外した。
兎の件はカテリナが悪いが、これは完全に不可抗力だ。
僕の靴底なら軽傷で済んだかも知れないのに、運が悪いとしか言いようが無い。
これでは歩けない。
出血は多くないが長引けば失血に至る可能性もある。
背負えば進めるけれど、未だ森の中でいつもの探索範囲外だ。
また獣に襲われれば逃げきれないだろう。
まず、傷口に木片が残っていれば取り除かないと治療も出来ないが、その後どうすればいいのか。
「破片が残っていないか見るのに少し切るけど我慢してね」
「うん、分かった」
クニミツを抜いてクリナの魔法で刀と僕の手とカテリナの足を綺麗にした後、傷口を少しだけ拡げて残った破片を取り除く。
抽創系では分子単位でしか取り出せないのでこういうのは手と緻密な物送系での作業になる。
慎重に丁寧に作業を進めた。
生操系魔法は母さんがクルスに使うのを見ていたので一応呪文は覚えている。
だけど内緒で人の怪我は治せないから、使った事が無い。
『ぶっつけ本番でカテリナに使って大丈夫だろうか?』自信が無い訳じゃないけど、万が一に躊躇して考え込んでしまった。
「フィンリー……」
つぶやいたカテリナの緑の瞳が僕の目を見つめる。
痛みに吹き出た汗が癖のない金髪を白い額に貼り付けていた。
カテリナの視線は真っ直ぐだ、僕の事を微塵も疑っていない。
何を怖がってるんだよ、フィンリー!
「生操系魔法で治しちゃおうか」
「お願い……」
カテリナが痛みに目を閉じる。
淡々と呪文を唱えた……つもりだったけど力が入っていたのか発動と共にごっそり魔力が抜けた。
母さんの魔法の効果を観ていてこの傷は一度で治らないと思っていたのに、痕も残らず完治してしまった。
それだけでなく森の中で出来た引っ掻き傷等も全部治ってしまったようだ。
「治ったわ、全然痛くない!」
カテリナの笑顔が嬉しい。
「治ったんなら帰ろう」
カテリナは仕方無く破れた靴を履きなおす。
「足の裏が擦り剝けたら、また治してね」
言われてしまった。
*
「フィンリー、ジョルジュを呼んで来てくれ」
父さんの声が響いた。
今日は父さん母さんが休みの日で探索に行けない。
ジョルジュさん達が休みの日も遠出は出来ないので週に二日は探索ではなく近所で鍛錬する日になっている。
「ジョルジュさんは何処に居るんでしょう」
「今日は麦畑の筈だ」
「アリシアさんはどうしますか?」
「一緒に来させてくれ」
「判りました」
仕事の時間はまだ残っているけれどその前に呼んで来いと云うことだ。
急いで家を出るとカテリナが例の如く付いてきた。
麦畑は近いけれど、開拓が進んでどんどん拡がっていて、そのどこにいるかは分からない。
「ジョルジュさぁーん」
大声で呼ぶと3つ向こうの畑で身を起こす人影が見えた。
「お父さぁん、お母さぁん、ランドルフ様がお呼びよぅ」
「判ったぁ、ありがとぉう!」
少し待つとジョルジュさんとアリシアさんが額の汗を拭いながら歩いてきた。
カテリナが間に入り両手を繋ぐ。僕もジョルジュさんに並んで歩き出した。
「小麦の方はどうですか?」
「順調ですよ。畑も広がったし半年前より収率も多く見込めるので、かなりの収穫になりそうです。」
ジョルジュさんは明るく答えてくれた。
開拓が捗り収穫も増えるようで何よりだ。
「よし来たな。さあ掛けてくれ」
父さんが目の前のテーブルを示した。
「はい、何かご用でしょうか」
「うむ、新たな領民を16家募集しようと思う」
「16家ですか、いささか半端にも思えますが……」
「今回の募集で騎士陞爵が見えてくる。永代貴族となればジョルジュに正式な家宰に成ってもらう必要がある。ジョルジュ達がその準備のために仕事の組を抜けてもらうのでな。16家の募集で仕事の組を7家5組にしようと思うのだ」
「家宰ですか。それは、ありがとうございます」
「家格が上がれば家宰の綬爵も可能だから、頑張らないとな」
「はい、粉骨砕身頑張ります!」
「この入植が片付けば夫婦で領都に見習いに行ってくれ。カテリナはウチが面倒を見よう。フィンリーが居れば大丈夫だろう」
おぉっと、丸投げする積り満々だよ。
「その頃にはカテリナも6歳に成るし、大丈夫よね」アリシアさんが優しく告げる。
「はい、ここで待っています」
「ジョルジュが綬爵となればカテリナが行儀見習いに出る番だがな……はぁっははは!」
程なくエルナス兄さんが帰って来て話に加わった。
兄さんはお父さんから話を聞いていたようで、手伝った畑がどれも順調でうちはどんどん大きくなるから、『ジョルジュさんだけでなくて皆の望みが叶う領地になるよ』と言った。
その夜は久しぶりにジョルジュ一家も交えて楽しい夕食になった。
新たな領民16家の入植が落ち着き麦の種蒔きまでが片付いて、4家5組から7家5組に組み替えられた仕事が順調に回り始めたのを見定めて、ジョルジュさん夫妻が領都へ旅立った。
僕は父さんの許可を得てジョルジュ家に泊まり込むようになった。
剣の鍛錬は兄さんと同じく6歳から始めている。
最初は父さんの流派通りに鍛錬していたが動きが不合理で続けていると天地流に影響が出そうなのでかなり手直ししている。
「フィンリー、動きがおかしいよ。そんなじゃ、父さんみたいに強くなれないぞ。」
兄さんはいつも本気だ。
「僕はこれでいいよ」
でもここで折れて天地流が荒れると困る。
「じゃあ、僕と立ち合おう。僕が勝ったら言う事を聞くんだぞ」
悪いけど兄さんの立ち姿は隙だらけだ。
天地流は使わない。
父さんの流派を手直した動きで打ち合うがその度に勝ち筋が見える。
慣れない太刀筋で怪我をさせるのも嫌なので一瞬だけ天地流を解放して、兄さんの剣を絡め飛ばし喉元に剣を押し当てて終わりにした。
兄さんはかなりショックを受けていたが最近は開拓や領地の仕事に熱中している事もあり、あっと言う間に気を取り直していた。
本当に、上に立つ者に最適な素晴らしい性格だ。
「よし、俺が実力を見てやろう」
今まで手合わせした事が無い父さんが鍛錬用の剣を持って目の前に立った。
手合わせが始まると確かに兄さんとは段違いの強さだ。
でも天地流を使えば受け流すのに問題は無い。
父さんにも勝ってしまうと後々問題が出て来る気がするので、ここは顔を立てて上手く『最後は力負けの惜敗』を演じる事が出来た。
「うわぁ残念、負けちゃいました」
「いやあ、俺は領都騎士団相手でも隊長連中にしか負けたことが無いんだ。少し変わった太刀筋だが正直ここまでやるとは思わなかったぞ」
「自己流で恥ずかしいです」
どうやら剣の才能は認めてもらえたようで、カテリナの護衛役としては合格らしい。
結局のところ父さんの思惑通りカテリナの件は僕に丸投げになった。
いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




