第一章「辺境の開拓地」 21話
平原狼は狼の亜種でジブリスの手前で戦った狼より一回り大きい。
群れって何頭いるんだろう。準騎士爵領なら領民は100家未満だよね。
頑張って堪えていて欲しい、もうすぐ着くから。
南からトマスン領に入り駆け抜けていく。
領主邸辺りには人影が見えず気配もない。
狼が入り込んだ処を守りに行ったのだろう。
皆が居るのはどちらだ?
行く先の左手がビカッと光った。
電操系の稲妻、あっちに父さんと母さんが居る。
僕達は右足で馬の腹を押し左の手綱を開いた。
左の鐙を踏み、腰を上げて右頬が鬣に触れそうになるまで上半身を前に屈める。
馬たちは左に反れながらも速度を増して視界を塞いでいた木立へと駆け入る。
木々の間を馬たちがすり抜けた先は種蒔き前の畑地で、平原狼に取り囲まれた人々が目に飛び込んできた。
先ほどの電操系魔法で包囲に穿たれた間隙が閉じる前に人々を取り囲んだ狼どもの中になだれ込む。
「父上、大丈夫ですか」
「おう、間に合ったな」
兄さんが父上と掛け合う間に、取り囲む狼の鼻先を押さえ込むように四人でぐるりと回り込んだ。
うちの家族を除いて囲まれているのは9人、剣を構えているのがトマスンさん一家の三人だ。
取り囲む狼は……魔法で倒れた3頭を除き16頭。
狼は通常家族単位で行動するので二桁の群れはほとんど無い。
何があって群れが合流する事になったのかは分からないが、狼どもの統率が取れていないお蔭で僕達は間に合ったようだ。
トマスン一家を含めてこちらで戦えるのは9人。
狼はあと16頭。僕が手当たり次第に仕留めればそれだけで何とかなってしまうが、やっぱり他人の前での無双はまずいだろうな。
「姉さん、クルス、トマスンさん達を空創系で囲める?」
「まかせて!」
「大丈夫」
まず声を掛けて状況を作っていこう。
ステータスウィンドウで見るトマスンさん達の魔力はすでにほぼゼロになっているので一般人とほとんど変わらない。
まずはお荷物の隔離から始めないとね。
父上達はまだ半分ほど魔力が残っている。
二人とも僕の意図が分かってトマスンさん達を手振りと目線で抑えて馬を前に出した。
その瞬間、空創系魔法で空間に作られた見えない壁がこの領の人達を取り囲む。
これで狼どもはこの人達を襲えない、施術者が無事である限りは。
姉さんとクルスは障壁を背中で守るように馬を止めて剣を構えた。
父上は姉さんの、母上はクルスの横に馬を並べる。
兄さん、父上、姉さん、僕、母上、クルスの順で空創系の障壁を囲み狼に対峙した。
僕が最初に声を上げたのでとりあえず皆、次の声掛けを待っている。
では狼どもが動き出す前に片を付けようか。
「兄さん、目の前から左回りに魔法を当てていって。父上は兄さんが当てた右側の狼が出て来れないように抑えてください。母上、僕が前に出たら僕の右側をお願いします。クルス、僕の馬を頼む」
一息に声を掛け、馬をクルスに預けて降り立つと同時に真正面の狼の喉を仗で突く。
同時に母上がその右の狼達が前に出られないように大きく剣を振るった。
背後では兄さんの電操系がバッチバチと音を上げている。
目の前の狼が崩れ落ちるより早く、左の狼の眉間を突く。
突き出した仗をそのままめぐらしてその次3頭目の横面を張り飛ばす。
横にずれ飛んだ3頭目に押され隣の狼が足止めされるのを見込んで更に左に踏み込み5頭目の蟀谷6頭目の首根っこへと仗を突き入れていく。
父上が7頭目8頭目を剣先で牽制してくれているのを確認しながら戻した仗で3頭目4頭目を沈め、ようやく完成した陣図で極低温の空間を送り7頭目を凍てつかせた。
父上が目の前に残った一頭を牽制している間に右へと駆け戻り、母上が相対している二頭の手前側の脳天を目掛けビュンッと仗を振り降ろして叩き伏せた。
これで残るは三頭だ。
狼に魔法を当てながらクルスの傍まで寄って来た兄上に、飛び掛かろうとする向こう側一頭の鼻先へ仗を投げつける。
仗に怯んだ狼をクルスが、もう一頭を母上が剣で仕留めた。
空創系の障壁からようやく解放された姉さんが父上の前の狼に高温をぶつけて闘いは幕を閉じた。
これで我が家全員が力を振るって難を鎮めたと云う事になる。
どうも父上は簡単に始末できる一頭を姉さんの分としてわざと残しておいたようだ。
「ベルナード卿、誠に有難うございます。お蔭で我が領民も命を繋ぐことができました。今夜は是非とも我が家で食事を……少し相談したい事もありますので」
僕とクルスがうちまでふっくらパンを取りに走り、トマスン家での夕食に饗した。
「いやあ、助けていただいた上にこんな美味しいパンまでご提供いただき感謝に堪えません。やはりベルナード領のお力は計り知れませんな」
トマスンさん達が下にも置かない扱いで、我々をもてなしたい気持ちが伝わる気持ちの良い晩餐になった。
トマスン家はご夫婦に男子が二人、狼に囲まれて夫妻と一緒に戦っていたのが長男で、うちの領地に知らせに走ったのが次男だった。
次男さんは死に物狂いで走ったそうで、助けを求めた後しばらく動く事が出来ずに、こちらへ戻った時には全て終わった後だった。
食事の後父上はトマスン卿と二人で話した。
内容は父上が準男爵に成るのを待って寄子として扱って欲しいと云うことだったようだ。
正式に寄子を持てるのは男爵家以上だが、それを見越しての話だ。
ベルナード家は初めての寄子を約束され、トマスン家はうちの援助によって準騎士爵で足踏みしている爵位を永代貴族の騎士爵へ進める事が出来る。
トマスンさんの人柄はよく分かっているし、両家にとって良い話だった。
「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」
ベルナード領に戻ったのは遅い時刻だったが食事を済ませたジョルジュさん達が待っていてくれた。
「「「ただいま。」」」
父上母上とエルナス兄さんはジョルジュさん夫婦と寄子の件を打ち合わせるらしい。
姉さんとクルスは寝る準備だ。
僕はカテリナと散策しながら少し話をしたい。
「皆おやすみなさい……カテリナを送ってから森の小屋に行くよ」
「「おやすみ」」
「カテリナ、もう出発まで幾日もなくなったよ」
「そうだね。準備は済んだ?」
「あぁ、身の回りの物だけだし。特別なのは、この仗を作ったくらいかな」
「何だか少し不格好ね。いつもの仗の方が恰好いいのに」
「あれはいかにも得物って云う感じで持っていける所が限られるからね。どこにでも持って行けるやつが欲しかったのさ。それにこれはあいつより堅くて丈夫なんだよ」
「へえ、そうなの。」
「木は小屋の横に置いてあるからここに戻る機会があればカテリナにも作ってあげるよ。もちろんもっと恰好いいのをね」
「うん、カッコいいのね」
カテリナの準備はどうなっているんだろう。
「行儀見習いの準備はどうなの?」
「身の回りは用意するけど。他は特に何も言われていないよ」
「そうか。ガリバルディ男爵夫人は厳しいんだろう。大丈夫か?」
「お母さんも絞られたらしいわ。でも、おっかないけど凄く優しい人だって言ってた」
「それなら良いな。僕も学園で頑張るから、カテリナも頑張るんだぞ」
「うん、頑張って皆に貴族と認めてもらわなくちゃ」
「そうだ。僕も自分で貴族の道を拓いてみせるよ」
これからの事、今までの事、取り留めない話ばかり。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに……。
「ねえ。フィンリーが王都に行ったら、次はいつ会えるかな?」
「カテリナも行儀見習いだし何年も会えないかも知れないよ」
「えぇぇ。学校って休みは無いの?」
「夏と冬と春に長めの休みがあるらしい」
「休みに会いに来てくれると嬉しいかも」
「直ぐには無理でも必ず行くよ」
「約束だよ」
「もし何年も会えないような事が起きても必ず迎えに行くから待っていてくれ」
「会えないのは嫌だよ。でも、何があっても待ってる……だから、早く来てね」
「ああ、約束する。カテリナがどこに居ても絶対に迎えに行くよ」
「指切りしようか」
「よし、指切りだ」
伝えたい事を言葉にするのは難しい。
言葉が足りないのは分かっていても、分かっているからどうにか出来る訳では無い。
でもそこはお互いの気持ちが補ってくれたと思いたい。
思い合う気持ちが無ければ成立しない甘えだけど、今の僕にはこれが精一杯だった。
ちなみに聡の感覚だと『13歳でこういう約束は……』的な気分にもなるんだけれど、こちらの世界では16歳で成人だからね。
僕等の歳で婚約なんてざらにあるし、カテリナが森の小屋のお手伝いになってから僕等の仲は親同士も認めた事なので、僕もカテリナもごくごく普通に考えて話し合っていたんだ。
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