第一章「辺境の開拓地」 20話
「いらっしゃい」
「お邪魔する。」
森の小屋に兄弟四人が集まった。
今日はジョルジュさん達が休みの日でカテリナは両親と過ごしている。
「あら、随分綺麗になってるのね」
「まあ、カテリナと色々手を入れたからね」
森の小屋も最初は何も無い作業場だったのをカテリナと二人で作った家具を入れたり、機織りの試作品でカーテンやテーブルクロスを作ったりしてかなり様変わりしている。
食器棚に並んだ白磁はカテリナのお気に入りだし、窓際の棚やテーブルには森で摘んだ花が生けられている。
「それで今日は何の用だい?」
とエルナス兄さん。
「もうすぐ出発だから兄弟で積もる話が出来ればって思ってさ」
「もう行っちゃうんだね」
クルスがらしくも無くしみじみと云う。
「せっかく集まったのだから、楽しく話しましょうよ」
「そうだね」
とアメリア姉さんに微笑んだ。
「それでね、フィンリーったら私や兄さんを見る時に偶に顔じゃなくて手前の宙をじっと睨んでいる時があったの。赤ん坊で言葉も喋れないのに何かぶつぶつ呟いているみたいにして。私、赤ん坊ってこんなものなのかって思っていたのにクルスは全然違うし、ほんと、フィンリーって変な子だったわ」
赤ん坊でする事が無かったからステータスウィンドウばかり観ていた時の事だな。
確かに変な子供だよ、それは。
「いやぁそんな事言われても僕は覚えていないし……」
「確かに変だったかもなぁ。赤ん坊の癖に時々何か分かってしている様子で、大人がするような仕草に見えてしようがなかったよ。顎に手を置いて考え事とか、頭を掻いて苦笑いしている様にも見えた……そんな訳ないのにな」
本当ですか! 気を付けていた筈なのに無意識に仕草に出てたんだ。
自分の事って分からないって云うけど聡の意識があってもそんなものだったんですね。
思いこみって怖いなぁ、これからも大丈夫と思いこまずに色々気を付けないと駄目だね。
時折自分たちの事も交えながら兄さん達はうちを出ていく僕の思い出を語り続けた。
やっぱり家族って凄いな。
まあ転生とか魔力とか内緒の事はあるけれど、僕の事をこれだけ話せる人達が居るって何て幸せな事なんだろう。
聡の人生には無かった喜びを心から噛みしめた。
「「「「ごちそうさま」」」」
「美味しかったね。特にデザートのプリン。この前の焼プリンも良かったけど今日のはとろりとして、それに香りが断然良かったね、姉さん」
クルスはやっぱりお菓子の方がいいみたいだ。
それにしてもこの香りは……。
「サマリーズに香料を探してもらっていたの。何でもアシュバ帝国とラハール連邦の国境辺りに自生している蔓草の鞘豆から香料が採れるらしくてね。あちらで蝋燭の香りづけなんかに使っているのが手に入ったって届けてくれたの。それがね……もうお菓子に合うのなんのって。『このために生まれて来たのよこの香料は!』って感じだわ」
姉さん、それは紛うことなくバニラエッセンスです。
今は分からないでしょうが凄い事になりそうですよ、これは。
サマリーズ大殊勲、お菓子業界に革命が起こります。
兄さんが言っていた王都の菓子店の話はもちろん、大げさでは無く世界中を席巻することも可能だろう。
そろそろ話を始めよう。
「クルス、今使ったカップやお皿は僕が作った焼き物だけど、いつも使っている焼き物とどこが違うか判るかな」
「色が白い。それにつるつるしてるね」
「そう、つるつるがガラスと同じように空気を通し難くするんだ」
「ガラスは王都でしか手に入らないとか聞いているけど」
「姉さんが使ってる酵母の容器を覚えているかい?」
「うん、姉さんが使っているのを良く見るからね」
「あれも今使った食器も磁器って云うんだ。酵母の容器にはガラスの方が都合いいんだけど、王都でないと思い通りの物が手に入らないから磁器をその代わりに使ったんだよ。ガラスの加工はちゃんとした職人に教えを乞わないと習得できないからね」
「確かに」
「これからも父上と兄さんの開拓が進めばもっともっと磁器が必要になるだろう」
「そうだね」
「クルス、磁器づくりに挑戦しないか?」
「えっ、僕が」
「そうさ、ここに磁器づくりの詳細を書いておいたよ」
クルスに書付を渡す。
最初に書付をした日から何度も磁器を作り込んで試したので、少ない魔力でも良い物が出来上がる方法はすでに完成の域に近いと思う。
「どうだい?」
クルスは書付を見て即答した。
「うん、フィンリー兄さん。やらせて欲しい。頑張るよ!」
「エルナス兄さん、それでいいかな?」
「ああ、クルスなら必ずやり遂げてくれる。完成を楽しみにしているぞ」
「クルスが丈夫な薄い器を作れるようになれば蜂蜜や木酢液を流通させる事が出来るようになるよ」
その時の為に蜂蜜の濃度処理についても伝えなきゃね。
「でも白磁は始めの流通量が少ない時期に使うんだ。実はガラスの方が簡単な工程で出来るから、王都との繋がりができたらガラス容器の方が安く使えるようになる。その後白磁は高級品として、それ自体を売るようにするんだ」
「そうなの?」
「アメリア姉さん、例えば白磁に奇麗な絵付けをしたカップや皿で姉さんのお菓子を出せばますます美味しく感じると思うんだけど」
「確かにお洒落で優雅な食器があればそれだけで美味しさは増すと思うわ」
「でしょう。お菓子だけでなく食事も同じさ。だから、店でそういう食器を使う経験をすれば自分の家でも使いたくなるよね。特に貴族は絶対にはまると思うんだ。今流通している磁器はうちの程真っ白じゃないから差別化は簡単だし」
「そうか。まず体験させて販路を作るんだな。」エルナス兄さんは仕事が絡むと理解が早い。
「多分、最初に蜂蜜を入れる容器もそれがガラスに替わって手に入らなくなればお金を払っても欲しがる人が出て来ると思う。もちろんしっかりデザインして作らないと駄目だけどね」
「上手く付加価値を付けて少し高くても皆が欲しがる物にするのね」
「でも作り方だけでも大変なのに絵付けや形まで出来る自信がないよ」
「絵付けや形は実際に使う姉さんの方がよく分かるよね。売り方は兄さんに任せれば問題ないし」
「領民の中で絵や造形が得意な者を探してもいいし、生産の目途が立てば公募する手だってあるさ」
そうそう、そう云うのは兄さんがどんどん進めてくれるのだ。
「そうね、私は使いやすくて綺麗な形や色を考えるわ」
よしよし、前向きで何よりです。
「そうだ。さっきの香料の使い方を思い付いたのであとで書付を届けるよ。姉さんももう考えているだろうけど」
「ありがとう、フィンリーが居なくても新しいお菓子を作れるように頑張るからね」
「クルスが味見役だね」
「任せてよ、姉さん!」
「兄さん、綿の種蒔きは任せましたよ」
「うむ、任された」
「土には少し石灰を撒く方が良いと思う。それと浜の自生種みたいに背が高くなると作業が難しくなるから僕の背丈位で芽を摘めば横に育ってくれるんじゃないかな。それから……」
「ははは。フィンリー、僕にも仕事を残しておいてくれ」
「ああ……ごめんなさい。つい夢中になってしまって」
「フィンリーはうちを離れるのが不安なのよね」
「初めてだからね。何か思いも寄らない事が起こらないか不安はあるよ」
「何にでも初めはあるさ。踏み出さなければ何も始まらない。だから僕等家族で道を切り開いて行くんだ。」
兄さんが熱い。
更に熱く話を続けようとしたのだが、ガダンッと開いた小屋の扉がそれを遮る。
「カサオ方面の草原から平原狼の群れが流れて、トマスン領が襲われています!騎士爵様と奥様はすでに向かわれました」
扉を開けて叫んだのはジョルジュさんだ。
トマスンさんは長年掛かって準騎士になった苦労人だ。
赤ん坊の時に見たステータスウィンドウの魔力は決して高くなかったので自分の身はともかく領民を守り切る事は難しい。
父上達は取る物も取り敢えず駆け付けたのだろう。
僕達も急がないと!
「皆さん馬ですね。剣は持って来ております」
「よし。父上達も心配だ、直ぐに出よう。ジョルジュさんはお宅で待機してください」
「はい」
小屋を飛び出し、四人轡を並べて北へ駆けた。
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