先輩と私
あのなんでも出来る逆城先輩が私に叶えて貰いたい願いがあるっていうのは、それだけで大変ご機嫌麗しくなっちゃう感じ。
なんてったって逆城先輩である。
野球部のエースを負かし、それを見ていたサッカー部の部長にPK対決を迫られ(サッカー部部長はゴールキーパーらしい)、書道部でもないのにナントカってコンクールで金賞をとってしまい、コンビニでたまたまATMの前でオロオロしていたおばあさんを助けたら詐欺に引っ掛かる寸前だったそうで犯罪抑止だとかで警察から感謝状まで貰ってしまう逆城先輩だ。
そんなお人が私に頼みがあるという。
(まあ、ことと次第によっちゃぁお願い叶えてあげるのもやぶさかじゃないよね)
なにをとっても平凡……容姿なんて丸いフォルムも相まって恐らく並み以下がスパダリ枠ナンバーワン候補に借りを作れる機会なんて滅多にない。
(へっへっへ、悪くないゆうえつかーん!)
「ニヤニヤするなよキモチワルイな」
「手は動かしてますけどー?」
播磨くんは2人きりの生徒会室で舌打ちした、彼の嫌味は絶好調だ。つい先日「男と2人きりになるな」と言った逆城先輩は不満そうにしながら生徒会長たちに連れられて、全国大会常連のバスケット部に討ち入りという名の部室抜き打ちチェックに行っている。
強豪部は何かと面倒らしくて先輩がた総出の出陣で、一年生は危ないから来るなっていうのと、生徒会室には誰かいないといけないだろうってことで私と播磨くんが居残りってわけだけど。
「俺も先輩たちに付いて行きたかった―、なんでポヨリーヌと集計作業なんだよ」
「ポヨリーヌって可愛らしく言ってるけど普通にセクハラだから」
言いつつ手を動かす。やっているのはもう抜き打ち部室検査が終わった各部活動のチェック項目の集計、これで部活動の評価が違ってくるから間違えられない。
「ただいまぁ! ふえええん、遠州灘ちゃーん!」
悲痛な叫びと共にピシャーン! と勢いよく開けられた生徒会室のドアから同じ一年生役員の能登ちゃんが飛び込んで来た。彼女も一年生なのにお兄さんがバスケ部の部長だからという理由で抜き打ちチェック出陣部隊入りとなった、憐れな友達である。
能登ちゃんは飛び込んだ勢いのまま私に抱き着いてきた。
「こわったよぅうううう! おまけにちょーーーーーー疲れたぁ! お兄ぃにめっちゃキレられたんよー!」
「おー、よしよし」
「家に帰りたくねぇ!」
よしよし、は声だけね。手は止めない。私はさっさと終わって帰りたいもん。
続々と先輩たちが帰ってくる。
「あー、バスケ部酷かったなぁ」
「あそこは顧問の独裁横暴が強すぎます、部員たちまで勘違いして……他の部活動に示しはつかないって言ってるんですけど」
「まあ、でも最終的にね。終わり良ければ総て良しってやつで。逆城が黙らせてくれたのデカかったなぁ」
生徒会長、会計長、副会長の順で生徒会室に帰ってきた。
3人ともとても疲れていて、特に会計長の紀伊先輩は美少女顔が少し曇っているし心なし苛立ちで眼鏡
が反射して光っている気がする。ぴかーん、て。
「能登さん、何をしているの?」
紀伊先輩が私に抱き着いている能登ちゃんを見つけて眼鏡のブリッジを上げた。
「癒しを求めてるんです、遠州灘ちゃんのモチモチボディは最高ですよ」
「私もお願いするわ」
「そういう商売やってないんで……うわっ」
ホントに紀伊先輩が抱き着いてきた。なんだろうこのハーレム。
「えー? 俺も! 俺もいい? 遠州灘ちゃん!」
会長が面白いことを見つけた子供のように目を煌めかせているけれど、紀伊先輩の麗しのご尊顔に似合わない低い声に「駄目です」と一蹴されると「えー」と口を尖らせ渋々ながら諦めてくれた。
(さすがに私にも恥じらいはある)
よかった、と言いたいところだけれど……
「ふわぁ、モチモチ」
「これが癒し、良き」
生徒会長を退けたことによって私に抱き着いてる能登ちゃんと紀伊先輩の密着度が上がってる気がするんですが?!
「ただいま戻りまし……」
「おっつかれ! 顧問のサインもらえた?」
生徒会室に帰ってきた逆城先輩が抱き着かれている私を見て一瞬無言になったけど、すぐ生徒会長と話し始める。
「逆城先輩すごかったっすね、バスケやってたんですか?」
私の膝に頭を横たえながら、少し元気が復活した能登ちゃんが興味津々に聞いた。逆城先輩大好きマンな播磨くんが身を乗り出す。
「なに? なになに?」
「バスケ部の部長とワンオーワン、先に3ポイント先取した方が勝ちって、その代わりゲーム中はこっちのチェックの邪魔しないって条件付けた勝負」
生徒会長が自分のことのように自慢げに言った。
「白熱だったなぁ! 最後惜しくも負けちまったときは俺崩れ落ちたもん」
「お兄ぃがドリブル抜けないの久しぶりに見ました、高校入ってから無双してたのに」
「会長は観戦応援に夢中になるんじゃなくて部室チェックに精を出して欲しかったです」
ほほう、なんかまたすごいことをしてきたらしい。
播磨くんなんて観戦できなかった悔しさで頭を抱えて悶えてる。
「僕で皆の役に立てることがあってよかったですよ」
逆城先輩が長テーブルの上に重ねて置いてある未集計の部室チェック用紙を手に取ると集計作業に加わった。
(あれ? なんか……気のせいかな)
バスケ部の部長と一対一でミニゲームをしてきて一番疲れているはずなのに、先輩は疲労ってなに? て涼しい顔で手を動かし始めるものだから、会計長の紀伊先輩も「やりますか」と言って名残惜しそうに私から離れていって、能登ちゃんもモタモタとしながらも頭を私の太ももから起こした。
「充電できたぁ、ありがとう遠州灘ちゃん」
「まあ、これくらいお安い御用ですわよ」
実際なんにもしてないしね、私にくっつくだけで誰かの元気がチャージできるなら癒し系モンスター・ポヨリーヌも悪くない。
ふと、逆城先輩と目が合ってすぐに逸らされる。
(あ、まただ)
なんだろう、なんていうか。
「怒ってます?」
結局集計作業は下校時刻いっぱいかかっちゃって、終わったのは陽も沈み始めた夕方よりちょっと遅い時間帯だった。
徒歩通学の私に「危ないから送るよ」と送迎を申し出てくれた逆城先輩は、必要ないってお断りの返事に聞く耳を貸さず、今なぜか慣れ親しんだ通学路を無言の先輩と2人で歩いてる。
「え?」
私の「怒ってます?」の質問に逆城先輩はようやく口をきいた。
「いや、あの、なんか怒ってるなぁっと思って。んで、ひょっとしなくとも私のせいなのかなって」
表情は相変わらず穏やかだし生徒会室でも普通だったけど、なんとなく怒っているんじゃないかって思ったのだ、本当になんとなく。
逆城先輩はにこやかに笑った。
「遠州灘さんは俺が怒るようなことをしたのかな」
「いや、全然してないっす!!」
心当たりすらない。しいて挙げるならば播磨くんと2人きりになったことだけれど、アレは不可抗力だし、未だに先輩が男と2人っきりになるなって言った理由がわからない。
「……あ、そういえば」
「心当たりあった?」
「逆城先輩、皆の前だと『僕』っていうけどたまに『俺』って言ってますね」
後輩に威厳を示したいのだろうか、私と2人のときは結構『俺』て言ってる。
「気づいちゃいました、もしかしてそっちの方が素なんじゃないんですかぁ? 皆の前だからってイイコぶっちゃって……」
先輩の足が止まって、私の3歩後ろで静かに突っ立ている。
やばい、なんか余計なこと言ったかもって振り返ると――
顔を真っ赤にして悔しそうに唇を噛む逆城先輩がいた。
(え? ん? ん??)
なに? どうした? もしかして地雷踏んだ?
「先輩?」
「そういう余計なのは気が付く癖に、なんで……」
「は?」
いつもニコニコしている顔を赤く染め上げながら不機嫌に歪ませた逆城先輩は、らしくない荒々しさで私との距離を縮めると、グイッと顔を近づけてきた。
「うわっ! なに……」
「遠州灘さんは本当になんでそうなの?」
「へ?」
目をパチパチさせてると、先輩の整った顔がムーっとふくれっ面になって、それがなんだか可愛らしく思えてしまって、笑いを堪えるのに必死だ。
「先輩、むくれないで……ふふ」
「人が怒っているのに笑うなんて失礼だよ」
「すみません」
本当にその通りだ、しかも相手は普段からお世話になっている逆城先輩。
「笑ってごめんなさい、馬鹿にしたわけじゃないんです。ただ先輩のいつもすごいところばっかり見てるから」
なんか年相応に見えて安心したっていうのもある。
「俺はなんにもすごくない」
ほら、また俺って言った。
「出来るからやってるだけだよ、何でもある程度それなりに出来るんだ、昔から」
「それがすごいんすよ」
「嫌だよ、好きでもない競技に強引に勧誘させられたり、真剣にやってる奴らからは目の敵にされるし……今日も能登さんのお兄さんに怒鳴りつけられた」
ああ、うん。それは可哀想、かな。
「手加減すりゃいいんじゃないですか?」
「他人の機嫌に左右されて自分らしくいられないのって苦痛だよ」
ああ、なるほど。
「それは努力済みってことなんすね」
逆城先輩は驚いた顔をした。
そうだよね、誰だって自分らしくいたい。自分を好きでいて誰かに妬まれたりからかわれたり、見下されたりしたくない。
(能登ちゃんのお兄さんに怒られたから機嫌が悪かったんだ)
相手は先輩だし、生徒会の活動中だったから我慢したんだろうなぁ。
「先輩、前に言ってたこと覚えてます? 私にお願い事があるって言ってたアレ」
「覚えてるけど」
「あれ、叶えますよ」
「……どうしたの?」
「いや、だって先輩頑張ってるし。いつもお世話になってるんですから、たまには逆城先輩が甘えたっていいじゃないっすか」
私にできることなら……できないことの方がいっぱいあるけど、何でもある程度出来てしまう逆城先輩ができないことだってきっとあるんだろう。
それを叶えてあげようだなんて、私ってブルジョワな後輩!
「で? モンスター・ポヨ・リーヌに何を願うんです?」
「なんだい、それ」
「まあ、気にせず。で?」
荷物持ちとか? いや、逆城先輩が女子を……ていうか人をこき使うところって見たことないし想像できない。じゃあお金……それもありえないなぁ。
(なんだろう)
ちょっとだけワクワクする。
不機嫌の険がそがれたらしい逆城先輩が少し考えこんで、試すように私を上目遣いで見た。先輩の方が背が高いのに、上目遣いってされるだけでちょっとあざとく感じる。
「ホントにいいの?」
「常識の範囲でなら」
逆城先輩が非常識なことを頼むっていうのもあり得ないだろう。
「なら、この前も言ったけれどなるべく男と2人きりにならないでくれ」
「じゃあ、まぁ、極力努力するっす」
「今日みたいに他人にベタベタ身体を触らせないで欲しい、例え同性であっても」
「ベタベタ……?」
「見た瞬間、引き剥がしてやりたくなった」
「はあ、さようで」
「彼氏を作らないで、告白されても断って」
「そんな予定は全くないです」
悲しいかな、告白されたことも胸を恋にときめかせたこともない。
(ん? お願いひとつじゃなくない?)
逆城先輩のお願いは続く。
「他の人間と親しく会話しないで、他の人間と1分以上顔を見て喋らないで、いっそ俺以外と仲良くしないで」
「先輩? もしかして私のことキライですか? 私を人類からハブこうとしてません?」
「俺がキミを好きなくらい、キミにも俺を好きになってもらうまで、他の誰にも心を明け渡さないで」
…………………………………………なに?
(いま、なんて言っ……)
聞き間違えかなって首をかしげると、先輩は頬どころか耳や首まで真っ赤にしながら顔をくしゃくしゃにして言った。
「遠州灘さんが、好きなんだ」
「そ、れは……後輩とし」
「女の子として好きだよ」
だって先輩、好きな子がいるって言ってたのに。
「ずっと、俺なりに頑張ってアピールしてたのに全然気が付かないし」
好きな人がいるからって女子からの告白断ってた、絶対諦められない子って
「他のやつらに抱き着かれてるの見せられて、平気でいられるほど俺出来た人間じゃないよ」
もしかして、あれって……私のこと?? いや、まさかそんな……。
「逆城先輩、あの、私……デブ、ですよ? び、美少女でもないし、あの……」
先輩はなぜか大きくため息を吐いた。
ガザっと足裏で地面を一度蹴ると、顔を上げ苦笑を浮かべる。
「そういうの俺には通用しない」
「いや、え? いや?? いやいや? 通用? え? え??」
なに、ナニ言っちゃってんのこの人? 頭大丈夫? おかしくなった? バグかな? スタッフー! スタッフーー! メンテの時間よスタッフゥ!
「暗くなってきたから早く帰ろうか」
逆城先輩はいつものニッコリ笑顔を浮かべてそう言った。
あれ? もとに戻った? バグは一瞬だったのだろうか。よかった、頭のおかしい、女の趣味の悪い先輩はいなかったんだ。
「あの、私ここでいいっす。もう、ここで、ホントにここで」
「何言ってるの、ちゃんと送るよ。家はこっちの方向だよね」
逆城先輩は当然のように十字路を我が家の方向に向かってすたすたと歩きだす。なぜ道がわかるんだろう、送ってもらうの初めてのはずなのに。
「いや、先輩っ、これ以上は申し訳ないって言うか……先輩こそ早く帰宅してバグ修理点検を……」
「遠州灘さんの家の今日の晩御飯はなんだろうね」
「あ、唐揚げです。 昨日の晩から私が仕込んでおいたんですよ、あとは揚げるだけっていう、なので帰宅したらまず私はキッチンです! プレーン、ガーリック、カレーの3種類を今夜は作ってみようと思って。明日の昼も唐揚げ弁当です」
「じゃあ俺も弁当を作ってくるから交換しよう」
「え?! 先輩も料理するんですか?!」
「得意ってわけじゃないけどね、食べてもらってアドバイスくれないかな?」
「私でいいんなら」
「遠州灘さんがいいんだよ」
なんかいつもどおりの先輩に完全に戻ってる。さっきのちょっと告白っぽいアレはもしかして私の幻覚だったのかもしれない。きっとそうだ、だってあり得ない。逆城先輩が、私に……とか。
「送っていただいてありがとうございました」
幻覚にあれ以降見舞われることなく家に着いた。よかった、なんか本当に良かった! とにかく今は唐揚げの油にダイブしたい!
「遠州灘さん」
失礼のないように頭を下げ、自宅の玄関ドアに手をかけたとき先輩は意味深に私を呼び止めた。
「はい?」
「俺、頑張るから。さっきの告白、無かったことにしないでね」
ぽかん、と口が開く。
顎が外れそう。
スタッフ?! スタ……いや、お医者様はいませんかぁぁぁぁ?! ここに重篤な患者様がいらっしゃいますぅ!
「へ? え? ええ??」
「じゃあ、また明日」
「いや、あの、あのっ」
「遠州灘さんがちゃんと家の中に入るまで見てるよ」
「お、お達者で!!!!」
そんなことを言われたらもう家の中に逃げ込むしかなくて、慣れ親しんだ玄関にドスンとしりもちをついちゃって、痛みでこれが夢じゃないってことを知る。
(なにこれ? なにあれ? なんなの???)
意味が全然わかんなくて、いつまでも玄関にへたりこんでたらお母さんに怒られて……まさか人生でこんな謎展開に見舞われる日がくるとは思っていなかったから、唐揚げを少し焦がしてしまった。
とりあえず食欲がなくなるってことはない自分が悲しい。
(明日、お弁当交換するの? ホントに?)
お腹いっぱいになって、夜の色々を終え、寝るために自分の部屋のベッドに入ってもドキドキと鼓動が休まらない。
明日、お昼ご飯を一緒に食べるってこと? 逆城先輩と? 逆城先輩が私の唐揚げを食べるってことで、私が逆城先輩の握ったおにぎりコロリンをすってんとんして、穴に落ちてチューがチューでチューチューで……。
『女の子として好きだよ』
……ひぇっ
「チューってそっちのチューじゃないし!!!」
食欲は大丈夫だったけど睡眠がやばい。
案の定、上手く眠れなくて巨大なおにぎりに追いかけられるっていう謎の夢に苛まれながら翌日の朝を迎える。
今日もお弁当を作って、昨夜の唐揚げをもちろんいれて……大丈夫だよね?? お弁当交換はあの場のなんかサービストークなはずだよね。
「いってきまーっす」
よし、気を取り直して。昨日のことはあんまり気にしない、先輩もきっとお疲れだったんだろう、家に帰って充電してればパリッとビシッと元通りの逆城先輩になってるはず……。
「あ、おはよう」
玄関をあけたら逆城先輩がいた。昨日、お達者でと言ったのと寸分たがわぬ位置で、爽やかに立っていらっしゃった。
「迎えに来たよ、一緒に行こう」
「は、はひ」
逆城先輩は、私が絡むと何故か変わり者になる。その本領をこれから一年間、嫌というほど思い知らされることに……なった……、けど、それはとてもじゃないけれど恥ずかしくて人には言えない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
この作品が面白かったらスクロールして★を置いていってください。応援コメント、作品へのアドバイス、なにか一言、逆城くんと遠州灘さんに頂戴できると嬉しいです。
少しでもアナタの娯楽になれたことを祈ってーー
裏通りの物書きより。