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眠れない夜

「落ち着け。白石さんは誠二の彼女なんだ……」


 頭から冷水を被ってそう呟く。

 白石さんの無防備さは男子高校生にとっては目に毒だ。


 彼女は誠二の友達である俺を信じて泊まることを了承したのだ。そういう目で見る訳にはいかない。


 俺は身体を洗うと湯船に浸かる。先程まで白石さんが入っていた風呂だということは頭の片隅に追いやる。

 友達の彼女を相手にそういう想像をしないように俺は鋼の精神を持つのだった。


「よし、そろそろ出るか」


 5分程浸かっていただろうか?

 あまり白石さんを1人にしておくのも不味いので俺は風呂からあがる。



 シャツとジャージ姿に着替えた俺はリビングに戻ると……。


「あっ、お帰り。お風呂早いんだね?」


 白石さんは笑顔で俺を出迎えた。


「そう? 俺は普通だけど、男なんて大体そんなもんなんじゃ?」


「ふふふ、確かにそうかも。誠二君もわりとさっさとお風呂から上がってたしね」


「えっ?」


 2人が付き合っていることは知っているが、あまりにも生々しい話に俺は黙ってしまう。

 一方白石さんは俺のリアクションが無かったせいなのか、口元にペンを当てると参考書に向き合っていた。


 俺が何気なしにその様子を観察していると……。


「これ? 私実は数学があまり得意じゃなくてさ、こうして勉強しなきゃ授業についていけないんだよね」


 確かに図書館でも問題に詰まっていたようだが、わざわざこんな時間にこんな場所で勉強することはない。恐らく、他人の家に泊まるということでくつろげずにいるのだろう。


 そして、それは俺も同じで、この後どうやって過ごすか悩んでいた。


「俺、数学は結構得意だから教えようか?」


 やっている範囲を見る限り、授業の進行はうちの高校と差が無いように思える。いま白石さんが解いてる問題ぐらいなら答えられるし、何より勉強を話の軸にすれば時間を潰せると思ったからだ。


「いいの? それだと日野君にお世話になりっぱなしで心苦しいよ?」


「このぐらい気にしないでよ。俺も誠二に世話になってるからさ。そのお返しってことで」


 すると彼女は桜色の唇にペンをあて思案すると……。


「じゃあ、明日の朝食は私が作っていいかな?」


「へっ?」


「一宿一飯の義理っていうし、せめてそのぐらいお礼をさせてくれない? 駄目かなぁ?」


 勢いよく俺の両手を握り至近距離から見上げてくる。風呂上がりの良い匂いが漂ってくる。黒い瞳は潤んでいて吸い込まれそうになり、何よりもこの角度からだとパジャマを押し上げた彼女の身体の一部が強調され谷間が見えていた。


「ぜ、是非お願いしたい。だからちょっと離れて!」


 彼女は俺から手を放すと距離をとり「任せておいて!」と笑顔で答えるのだった。





「うん、その問題はさっき教えた関数とこの関数を使うと楽に解けるんだよ」


 隣りに座った俺は白石さんに数学を教える。


「なるほど、そういうことか……。これであってる?」


 しばらくすると彼女はペンをサラサラとノートに走らせて俺に聞いてきた。


「正解だ。白石さん別に数学苦手じゃないじゃん」


 使う公式を教えただけで問題を解いたのだから彼女の苦手というのは謙遜だろう。


「そんなことないよ。日野君の教え方が上手いんだよきっと」


 そう言うと目が合う。しばらく見ていると…………。


「あっ、ちょっと喉乾いちゃった。冷蔵庫開けるね」


 彼女は席を立つとコンビニで買っておいたペットボトルを取りに行った。その時みた彼女の耳が赤かったので部屋の温度が高いのかと思い、エアコンのスイッチを押す。


 それから自分も何か飲もうと考えたところ…………。


 ――ジリリリリリリリリリリンッ――


 俺のスマホの着信音が鳴る。通知を見てみると……。



 【浜野誠二】


「誠二から電話が掛かってきたよ」


「えっ?」


 丁度良い。海外旅行の最中ということで電話をしたら迷惑かと思っていたが、向こうから掛かってきたのだから白石さんのことも話しておこう。

 俺は早速通話を押す。


『よお。裕二元気してるか?』


 高いテンションの誠二の声が聞こえてくる。


「ああ、おかげさまでな」


 さきほどから感じていた胸のつかえがなくなっていく。

 やむを得ぬ事情があったとはいえ友人の彼女を泊めているのだ。本人から了承をもらって安心したかった。


『それより今俺がどこにいるか分かるか?』


 誠二のからかうような声に俺は白石さんから聞いていた旅行先を思い出す。


「オーストラリアだっけ?」


 通話口の先で息を呑むのがわかる。


『……正解だ。えっ? 俺話してたっけ?』


 混乱する誠二の様子が面白い。俺は笑いを堪えていると……。


『まあいいや、実は今、土産を買ってるんだけどさ、裕二は何が欲しいかなと思って』


 まだそれほど長い付き合いでもないのに律義に電話を掛けてくるとは。俺はふと悩むと……。


「そっちの名産の何かで頼む」


『わかった。コアラだな?』


「それ確か取引できないんじゃなかったっけ?」


 オーストラリアでは保護対象になってないけどアメリカだと絶滅保護危惧種扱いだったような……。


『冗談だ。あれ抱いてみると結構重いんだぞ。荷物は軽めがいいからな』


「適当な菓子とかお茶で構わないぞ。由美がそう言うの結構好きみたいだし」


『わかった。それじゃあ由美ちゃんの為にも良いものを選ばないとな』


 「俺の土産じゃないのか?」と口から出そうになるが堪える。


 場が和んでいるいまがチャンスだ。白石さんのことを打ち明けよう。


「そう言えば誠二。実は今し…………」


 次の瞬間。白石さんが俺の手を握ってきた。

 俺は慌てて彼女を見るのだが。


 彼女は首を横に振ると人差し指を唇の前に立てた。


『ん。どうした裕二?』


 電話の向こうから誠二の怪訝そうな声が聞こえてくる。

 目の前の白石さんは瞳を潤ませると不安そうに見ていた。


「いや、何でもない。そっちは涼しいんだろ? 風邪引かないように気をつけろよ?」


『サンキュー。それじゃあまた連休明けに会おうな』


 そう言うと誠二は通話を切った。




「えっと……白石さん?」


 通話が終わったのだが、白石さんは相変わらず俺の手を握っていた。


「ご、ごめんっ!」


 彼女は慌てて手を放した。


 気まずい雰囲気が漂う。しばらくすると白石さんは口を開くと……。


「言ったら帰ってきちゃうから。折角の旅行なんだし、心配かけたくなかったの」


 白石さんは俺と目を合わせないようにそう言った。


「誠二君には後日説明をしておくから。今は黙っててもらえると助かるな」


「ま、まあ。白石さんがそう言うなら俺は別に構わないよ」


 きっと彼氏との間に色々あるのだろう。それは俺が口出しすべきことではないので、最終的に本人に伝わるというのなら異はなかった。


「私なんだか眠くなってきちゃった。もう寝るね」


「……ああ、うん」


 テーブルの教材を片付けると彼女は由美の部屋へと向かおうとする。その際に振り返ると……。


「おやすみなさい」


 その時。俺は咄嗟に挨拶が返せなかった。

 憂いを含んだ彼女の表情から目が離せず動悸が激しくなる。


「っ! なんだこれ……?」


 戸惑いを覚えた俺は白石さんが出て行ったドアをいつまでも見続けるのだった。






「……はい。そうです、キーホルダーが付いた……」


 翌日、朝起きたら白石さんが朝食を作ってくれていてそれを食べた。

 白石さんとの朝食は新鮮で、どこか落ち着かない。


 正直味がまったく解らなかったのだが、彼女は昨晩見せたような表情ではなくより明るく振舞っていた。


 今は図書館に電話をしている最中なのだが……。


「えっ? ありました? 良かった。すぐに取りに伺います」


 どうやら落とした場所は図書館だったらしい。彼女は右手の親指と人差し指で丸を作って見せた。





「それじゃあ、お世話になりました」


 玄関で白石さんは荷物を持つと俺に向かって頭を下げてくる。


「こっちこそ、大したおもてなしも出来なかったけど」


 結局1晩眠れなかった俺は当たり障りのない返事をする。彼女が帰ったら力尽きて寝直そう。そう考えていると……。


 白石さんは俺に近寄ると耳もとに唇を寄せて囁いた。


「また今度一緒に遊びに行きたいな」


「なっ!?」


 離れていく白石さんの顔は朱に染まっている。その姿はこれまで見た中で一番綺麗で……。


「じゃあ、またね」


 ドアが閉まると……。


「今のってどういう意味なんだよ……?」


 俺は彼女の言葉の意味が知りたくてたまらなかった。

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