表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/68

第九話 がまんか自由か


 組織ってやつは、うまく機能しているときは『寄らば大樹の陰』ってやつで、すごく頼りになる。

 だが、一旦ダークサイドに傾くと、信じられないくらいブラックになる。

 しかも、本人たちもそれがブラックだと気がつかないほどゆっくりと堕ちていくのだ。

 組織の力を自分の力と勘違いしているのがギルドマスターだよ。

 めっきり、首までダークサイドに堕ちやがって、組合員は奴隷だと思ってやがる。

 そのうえ、自分の好き嫌いで組織を運営しようとするからひずみが出るんだ。

 今日の顛末は、死ぬまで尾を引くだろう。


「ギルドマスターなんざ、マスターと名が付いていても、中間管理職に過ぎないことを自覚するんだな。」

「おまえ、若造の分際で…」

「その証拠に、殿さまに文句言われたら、言い返すこともできないじゃないか。」

「…」

「若造だと?なめんじゃねえよ、知識量なら負けねえ。剣でも負けねえぞ。」

 俺たちは、改めて対峙した。

 こうなりゃ、引いたら負けだ。

 明日は来ない。

 パワハラには慣れてる、パワーには更なるパワーだ。


 柳生のヤロウ、絶対にゆるさねえ!

 組合に県から派遣されてきたバカヤロウに、さんざんパワハラかまされた。

 それによって、こっちゃヤラカシ野郎にされてひどい目にあった。

 あいつは県に戻ればあとは知らん顔だ。

 だが、組織に残された俺はどうなる?

 かきまわされたあげくに、孤立だ。

 おかげで、その後の統合された組織でも、ひどいパワハラを受けた。

 いってみればクビにできないから、自分から辞めるようにひどい職につける。

 課長職からヒラ以下に。

 若い者からも馬鹿にされるような職に。


 しかし、子供は学校に行っている。

 辞めるに辞められない。

 俺は、我慢したさ。

 その結果が、さらに閑職だ。

 もう、がまんなんかしない!

 どちらかが死ぬまでやりかえしてやる!

 柳生の野郎と一緒に死にやがれ!



 別室でさらに攻め込んだ。

 ここまできたら、徹底的にやるしかねえ。

 中途半端にナアナアにすると、俺の不利なままで終わる。

 特に、俺に対してだけ含むものがあるってことは、今後も隙があれば今日みたいなことをするつもりだ。

 俺だけに不利になるように。


「そうだろう?」


 マスターは、悔しそうに歯軋りしている。

「冒険者がバカばっかだと思ってるだろう、だがな、おめえもその冒険者だったんだ。」

「…」

「バカはバカなりに頭使おうなんて思うな。」

 額にピキマークくっつけている。

 バカなりに気位だけは高いのだ。

「所詮バカはバカだ。バカの考え休むに似たりと言うだろう。」

「バカバカ言うな!」

「おまえ、今後も冒険者が自分の言うことを聞くと思ってるだろう。そりゃ、お前の希望的観測だけだぞ。」

「なんだと!」

「今後は、マゼランの冒険者は、お前の言うことにいちいち疑問を持つ。ハイハイとは聞いてくれんぞ。」


 あのお気楽なヨールですら、マスターのことは疑ってかかるようになるだろう。

 つまり、指導者として組合長として、冒険者の共同体は成り立たなくなってしまった。


「お前が壊したものは、それほど大きかったということさ。」


 マスターは青い顔を通り越して、白くなっている。

 やっと気付いたか?


「俺たちはしらねえ。なにもしねえ。」

 俺は冷たくつきはなした。

「ギルドがこれからも存続するのなら、職員の努力しだいだろう。」

「だが、マスター、あんたには同情しないし、協力もしない。盗賊の件と、グレーウルフの件は、どちらもお前のこうあってほしいという希望でしかない。」

「…」

「どちらも、俺の命を軽く扱った訳だし、甘い見積もりで動かしただけだ。」

 マスターはどんどん小さくなっていく。

「そのどちらも、明確な判断ミスだ。俺は、絶対ゆるさねえ。」

 少なくとも、冒険者の命と行商人の命は、確実に軽んじていた。

 その証拠が、あの冒険者たちのドッグタグだ。


「俺は、あのドッグタグを見せたとき、すっごく期待したんだ。うまくやってくれると。」

 あの商人と、冒険者はマスターの犠牲者だ。

 ま、殿様の犠牲者でもあるが、それをこいつに教えたりはしないさ。

「半分はよかったさ、遺族に金も渡ったし。だが、もう半分はまるで人任せじゃねえか。」

 カルロスとルパートが、畑にいる人たちに注意を喚起したからよかっただけだ。

「あのときでも、すぐに討伐隊を出せば、安全に駆除できたはずだ。それをしなかったのはだれだ!」

 その尻拭いに、俺たちが偶然居合わせた。

 俺たちでなかったら、たぶん、また屍が増えていただろう。

「俺は、おまえを告発する。殿さまに直談判してでも、お前の非をただすぞ。」

 がばっと地面に手をつくマスター。


「たのむ!助けてくれ!」


「助ける?だれがだれを?」

 頭を下げたまま、動けない。

「お前は、俺が何も言わなかったら、さらにひどいことを考えただろう。だれが誰を助けるって?甘えるんじゃねえよ!」

 俺は公開処刑を目論んでいた。

 公衆の面前で、こいつの罪を暴く。

 商人と冒険者を見殺しにしたことを訴える。

 それでなければ、こんなバカ救いようもないわ。

「自分のやったことのケツくれえ、手前で拭きやがれ!」


 俺は、冷たく突き放した。

「うおおおお!」

 マスターは、その場でナイフを抜くと、俺に向けて突き出した。

「最後はこれかよ!」

 俺は、その刃先を左の腕で受け止めて、思い切りこぶしを打ち下ろした。

 がきん!と、鉄を叩いたような感覚が、俺の肩までしびれさす。

 がたーんと、マスターはドアから転げだした。

 部屋の外で様子を伺っていた、マリエ・マルソー・ジャック・レミーそしてヨールは、ノビたマスターと腕からナイフを生やした俺を交互に見た。


「けっ!最後は俺が死ねば、自分は安泰とでも言うのかよ!」


「ユフラテ!」

 マリエが飛び出して、俺の腕を見る。

「ああ!すぐに教会に行きましょう。治癒魔法をかけなければ。」

「わかった、おまえらマスターを縛り上げて、殺人未遂でつないどけ。」

「おう!」

 みんないい笑顔でサムズアップしている。

 衆人環視の状態で、人を刺そうとしたのは、まずかったな。

 マリエは俺の腕にしがみつくように抑えているので、手が血まみれだ。

 床に血だまりを作りながら、俺は凄惨な笑顔を浮かべていたそうだ。


「あんた怖かったわよ。」

 後になって、レミーに毒づかれた。


 マリエは自分の袖を引きちぎって、俺の腕を押さえてくれた。

 教会は、女神神殿と言うそうだが、女神が祭られているのだそうだ。

 その裏口から入ると、黒いローブに白いベールのシスターに迎えられた。

「まあ、たいへん。」

 あんま大変そうに聞こえないんだけど、若そうな声のシスターが、近寄ってきた。

「これを、強く噛んでください。」

 布を丸めたものを渡されたので、口にくわえる。

「いいですか、抜きますよ!」

「ぐが!」

 腕の筋肉から一気にナイフが抜かれて、鮮血が舞う。

 マリエの袖で抑えていても、深く刺さったナイフのせいで、動脈から血が噴出す。


「ぐががががが!」

「もっと噛んで!」

「む~!」

「$%#&%’^^女神の癒しを。」

 先のほうは聞き取れなかったが、シスターの手から金色のなにかが伝わってきて、俺の腕の傷が見る間にふさがってゆく。

「すげえ…」

 俺の口からは、丸めた布がポロリと落ちた。

 ベールに隠れてよく見えないが、形のいい鼻と唇が、言葉をつむぐさまは本当に女神のようだ。

 ぎゅっと右腕をつねられて、ぎゃっと声を漏らす。

「ひどいよマリエ。」

「知らないわよ!」


 シスターは、小さな木の箱を差し出してきた。

「喜捨をお願いします。」

 俺は、マリエを見る。

(相場は?)

 指を一本立てる。

 俺は銀貨を一枚出してみた。

 うんうんとうなずくシスター。

 かわいいので、もう一枚入れてやった。

 シスターのばら色の唇が、にこりと笑みをうかべた。

「ありがとうございます。」

 俺はそれだけ口にして神殿の裏口を出た。


「すまんなマリエ、ありがとう。」

「ユフラテ、シスターに見とれてたでしょう。」

「へ?シスターなんかベールで鼻と口しか見えなかったじゃん。」

「そう?」

「そうだよ。」

「ふうん、まあいいでしょう。あんた、うまく挑発したようね。」

「挑発っちゅうか、ちょっと追い詰めてやったら自爆したんだよ。」

「そうかしら?あんたも、たいがい黒いわよね。」

「んなこたあねえよ、今回悪いのはだれだよ?」

「まあ、あのおっさんが人が悪いのはわかってるけどさ。」

「だろうがよ、ありゃあ自分でも悪事働いてるって自覚があんだよ。」


「ま、あんたにだけかもしれないけど?」


「それなら余計に、おれは自衛するね。」

「あはははは、なるほど。」

「涙浮かべて言うことかよ。」

「あの小物臭が鼻持ちならなかったのは確かよ。」

「ケンカ売るなら相手みろってのよ。」

「そこは誤算だったわね。あんたはネコだと思ってたらトラだった。」

「ま、前にひどい目にあってるから、こんどこそうまく怒ったってこった。」

「なるほどねえ、じゃあ、マスターはシカケ損だわ。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ