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第四十五話 レジオの農場

 ロワール伯爵の使者は、慇懃に礼をしながら部屋に入ってきた。

 俺は、旅装のまま伯爵の使者に会う。

「このような旅装で失礼する。」

 使者は俺の声に、慇懃に頭を下げる。

「いえいえ、男爵さまは今いちばん忙しい方でございます、どうかお気になさらず。」

 使者は、まじめそうな様子で、頷いて見せた。

 俺は、使者にソファに座るよう促した。

「さて、伯爵様の御用の向きを伺おう。」

 俺は、使者が落ち着いたのを見計らって、口を開いた。

 ろくでもない内容なら、早々に追い出さなくてはならん。

「は、わが殿は、ぜひサイレーンのセリに参加いたしたく、お願いするよう申しつかってございます。」

 なんという拍子抜けな内容だ。



「なんだ、そんなことか。すでに招待状は発送済みだと思ったが、どうなのだ?奥。」

 俺は、横にいるティリスに聞いた。

 ティリスは頷いてみせた。

「はい、おとなりですもの、もれなくご招待申し上げております。」

 ティリスは、落ち着いて返事をした。

「これは…先走ってしまいましたようで、お心遣い感謝申し上げます。」

 使者は、恐縮して立ち上がった。

 それを手で制して、続けた。

「いやいや、ご丁寧な対応痛み入りますと、伯爵様にお伝え願いたい。」

「かしこまりました。ではさっそく。」

「まあ待て使者殿、時間も遅い、我が家の晩餐をご一緒願おう。」

 俺は片手をあげて、使者を止めた。

 今から出ては、途中で夜になってしまうぞ。

 山道での野営は危険だ。


「は、よろしいので?」


 使者は、怪訝な顔で振り向いた。

 変な含みなんてないよ。

 俺たちゃ客には甘いんだよ。


「もちろんだ、たいしたもてなしもできんが、せめて腹を満たしていただきたい。」

「かたじけなく存じます。」

 商人の家は馬鹿でかいので、こうして使者との謁見もこなすことができる。

 まあ、自前じゃないので使い勝手は二の次だが。

 ティリスとアリスにたのんで、レジオ風ハンバーグをたくさん作ってもらった。

 なんのことはない、チーズ入りとゆで卵入りのやつさ。

 そうそう、スコッチエッグだっけ?

 こいつもレジオの名物として、定着させようと思っている。

 喰いたければ、レジオまでこいってことだ。

 丁度、ティリスのおかげで牛の牧場も運営が軌道に乗ってきたことだし。

 もちろん、使者たちにはすこぶる評判がよかった。


「あ~、やっぱウチの風呂はいいわー、よそではゆっくりできねえしなー。」

「そうですか?」

「なんだよティリス、かしこまっちゃって。」

「いえあの、貴族の奥方らしくしようと思って。」

「ばかだなー、そんなの客がいるときだけでいいじゃん、なあ、アリス。」

「そうですわね、ティリスさん、気取ってるなんて言われますよ。」

「そうかなあ?」

「そうでしょ、それに赤ちゃんが生まれたら、そんなこと言っていられませんよ?」

「そうなの?」

「孤児院でも、ゼロ歳児の面倒を見るときがありますけど、二時間おきに授乳とか大変ですよ。」

「へえ~、レジオにはゼロ歳児の孤児なんていなかったわ。」


 結局どこの教会でも、孤児のめんどうはみているんだよ。

 コミュニティで面倒をみる場合もあるが、ひどいところは奴隷に売ったりする。

 自分たちが食えないんだから、孤児まで食料がまわらないと言うこともアリなんだ。

「まあ、マゼランでもまれなケースですけど、来た以上はお世話しないとですもの。」

「そうだね、あ、カズマ、お背中流してあげる。」

 ティリスは、洗い場から声をかける、三月というとまだまだおなかは目立っていない。

「ああ、そうだな。」

 

 俺は、湯船から上がって、椅子に腰かけた。

 ティリスは、石鹸を泡だてながら後ろに回る。

 石鹸ムクロジの実ってやつで、あんまさっぱりしないけど、それでもないよりはマシなんだ。

 早く恵理子が石鹸を成功させるとありがたいな。

「でもさあ、やっぱ考えるじゃない、あたしなんてカズマより三つも年上なんだよ。」

 ティリスはふくれて見せた。

 そういう顔をすると、幼く見えていいじゃん。

「まあ、行き遅れって言われる前に、妊娠したから結果オーライだけどさ。」


「それを言ったら、私だってひとつ年上ですわよ。十八で未婚なんて、魅力がないと言われているようなものですよ。」

 アリスに魅力がないなんてことはないだろう?


 その、強力な胸部装甲だけで、十分破壊力がある。


「だから、ちょっとは落ち着いたところを出そうかと…」

 ティリスは、俺の背中にタオルを押し付ける。

「いまさらだ。まあ、勉強する気があるなら、教養として行儀作法を習えばいい。」

「そんな教師がどこにいるのよ。」

「ここにいるじゃん、アリスはちゃんとした教育を受けているぞ。」

「ああ、なるほど。でも、アリスはあんたのそばにいて、いろいろやることがあるじゃない。」

「では、王都から教師を呼びましょう。商業ギルドを通して依頼しますわ。」

「ああ、頼む。」



 こちらは、使者の部屋。

「ラフォンさま、新しいレジオ男爵、いかがです?」

 使者の従者は、膨らんだおなかをさすりながら、使者に聞いた。

「そうだな、若いのにいろいろ気のまわる男だな。私のような使者にまで、気さくに声をかけてくださる。」

 使者は、ソファにかけて、ぐっと沈み込む感触に驚いた。

 なぜかしら、やけに高級な家具を、使者ごときの部屋に用意するのか?

「気さくですか?」

「そうだ、お前たちの食事はどうだった?」

「ええ、ここが魔物の被害にあった町かと思うような、ものすごい料理でした。しかもあのパン、なんですかあれ?」

「ああ、あれがレジオのパンと、世間で言われているものらしい。私も始めた食べた。」

「いかがでした?」

「いままでのパンと呼ばれるものが、板きれに思えたよ。」

「そうですね、あれは衝撃です。」



「反対に、帰ってからあの板きれを喰うのが億劫だ。」

「まことに、はやくロワール伯爵領で、あれを輸入してほしいですね。」

「お前の言うとおりだ。」

 使者の部屋も、御多分に漏れず中身は豪華だ。

 革張りのソファはお約束だし、客間のベッドは四~五人が寝っ転がっても平気なぐらい広い。


「あの柔らかい肉も、美味しかったですね。」

「うむ、中からとろりとしたものが出てきて、びっくりした。」

「あ、ラフォンさまのは、上等なんですね。私のは何も出て来ませんでした。」

「そうか、もう一つには、卵が入っていた。」

「うわ~、あれだけでも食べたことがないくらいおいしいのに、その上二種類も!」

「ああ、男爵は食通と聞いていたが、これほどとは思わなかったな。」

「まことに左様で。」

「主に話すと、逆恨みされそうだ。」

「はあ、伯爵さまはもっといいものを食べておいででしょうに。」

「いいものか、うまいかは別物だよ。うまい料理は、心が豊かになるな。」

「そうですねえ、あれはおいしかった!」

「また、奥方が質素で素朴でいいなあ、ワシたちの料理も、奥方二人の手料理だそうだぞ。」

「料理人ではなくですか?」

「ああ、お前の分も奥方の手作りだ。」


 聖女の手作りのごはんと言うだけで、神々しい。


「それは…尊いですね。帰ったら、仲間に自慢できますな。」

「左様、ワシも自慢できる。しかも、奥方たちは孤児たちの面倒も見ておいでだ。」

 反対に、主人にねたまれそうで怖いわ。

「なかなかできませんねえ。でも旦那、この男爵家にはかなり好意的ですね。」

「貴族の家庭らしからぬ、開放的な家柄だな。わしは、いい家だと思うがな。」

「魔物一万匹のうわさは、いかがでした?」

「それよ、ワシの目の前に、オークキングを出して見せたぞ。びっくりした!」

「お、オークキング?それはまた…」

「だろう?ゴブリン程度、指先でちょいなんだぞ。おどろいた。」

「ちょいですか。」

「それ以上に驚いたのは、革袋の多さだ。教会クラスの革袋を何枚も持っている、いったいどれほどの財力なのか!」

「革袋ですか!」

「ああ、教会より大きい革袋と言えば、金貨三〇〇枚くらいする。馬車一台分で金貨二枚だからな。」

「とてつもない金持ちですね。」


「しかも、忘れ病でマゼランに来た時は、ウサギ二匹を持っていただけだそうだ。」

 ラフォンは、苦笑にも見える笑いを浮かべた。

 カズマは、そんなことを笑い話に使っているのだ。

「しぇええ。」

 従者は、あからさまに驚いて見せた、芝居じゃないな。

「しかし、ウサギ二匹を殴り殺すのもとんでもないがなあ。」

「さいですねえ。」

「なにもなかったから、横っつら殴り倒して、そばに落ちていた檜の棒で頭をカチ割ったそうだ。」

「ものすごい剣技じゃないですか。」

「ああ、本人は昔取った杵柄とか言っているが、十七歳だぞ、どこの昔なんだか。」

「へえ。」


 転生者のチートはすごいですね。


「土魔法、火魔法、水魔法まで使いこなし、オシリスさまの加護で、治癒魔法まであやつる。」

 使者ラフォンは、頭をかかえた。

「聖王剣ランドルのくだりを聞けば、勇者と言われても納得するわい。」

 ラフォンは冷や汗をたらしている。

「聖王剣ランドル!次の王を決めると言う聖剣じゃないですか、勇者…ほんとですねえ。」

 従者は、あまりのことに目をむいた。

 いったい何万人がランドルを抜こうと挑戦したことか。

 その誰もが抜けなかった、伝説の聖剣。

「恐ろしいことに、それを元の台座に戻してしまったそうだ。」

「ええ!だって、国王にとって替われるんじゃないですか?」

 従者は、くちあんぐりで動けなくなった。

「そういう伝説だが、抜けたものがいないのだから、わからんさ。」

「でも、初代国王さまが使っていた剣とか…」

「五〇〇年も前の話だ、どうねじ曲がっているかはわからんよ。」



「いや、しかし…」

「男爵さまは、国王に成り代わる気はないらしい。」

「もったいないですなあ…」

「それだけ、国王の座と言うものが、魅力ではなかったのだろうさ。」

「わたしなんぞは、一度はなってみたいものですがね。」

「だから、恐ろしい相手なんだよ。」

「それは…」

「無欲の人間と言うものは、なにを持ってきても恐れない。」

「ぐう…」

 従者は、唸り声ともつかない声を洩らした。


「聞くところによると、男爵は基本技のマジックアローを、捻じ曲げることができるんだそうだ。」


「捻じ曲げる?」


「つまり、こう飛ぶ方向を曲げることができるんだ。木の陰にいても当たる。」

「うわ!逃げられないじゃないですか!ほんとうにそんなことができるんですか?矢ってものは、まっすぐ飛ぶから矢じゃないですか!」

 認識が凝り固まっている従者。

「そんなことを平気で話に乗せる男爵は、恐ろしい人だな。戦争を吹っ掛けるやつは、地獄を見るわ。」

 つまりは、躱せるものなら躱して見せろと言われたようなもので、実に自信過剰な物言いに聞こえるわけですよ。

 本人は、ぜんぜんそんな気で話した訳じゃないんですけどね。

 この世界の常識を知らないカズマの、迂闊なところです。

「ウチのお屋形さまには、どうお伝えするんで?」

「聞いたまま、見たままさ。ぜったい喧嘩は売ってほしくない。ワシも死にたくない。」

「それがいいですねえ。わっちもお供して、死にたくありませんよ。」

「お前は盾になれよ。」

「そりゃないっすよ、あ、盾になっても曲がって来るんだから、意味がねーです。」

「うっはー!やっぱ最初から降参だ!」

 オモロイ主従ですな。


 レジオ男爵には物理法則が効かないんですね。

 厄介な人であります。


 執務室に差し込む朝の光は、夏らしくぎらぎらしてきた。


 使者たちは、盛んにゆうべの食事の礼を言いながら伯爵領に帰って行った。

 もちろん、招待状の親書は渡したさ。

 先に出したやつとは別に、もう一回、招待状を出すところに、丁寧さを持たせるんだよ。

「お屋形さま!王都の冒険者ギルドから、魔法使いが三十人ほど到着しました。」

 ウォルフが、縞のローブを揺らしながら入ってきた。

 このところ夏の気温に閉口して、部屋のドアは開けっぱなしにしてある。

 観音開きの二間ドアは全部あけると開放感があってよろしい。

 そこに、アリスの魔法でそよ風を通すと、さらに涼しくなる。

「おお、来たか。玄関の広間に集めろ。」

「かしこまり。」

 お茶を出しに来ていたチコが、即座に駆けだした。

「ラルはどうした。」

「騎士たちに稽古を付けてもらってます。」

「そうか、じゃあそのままでいい。いくぞ、ウォルフ。」

「は、」


 玄関ホールには、黒と灰色の塊が集まっていた。

「どうしてこう魔術師なんてやつは、黒とか灰色のローブが好きかな?夏場は暑苦しくてかなわんわ。」

「ピンクじゃアホみたいじゃないですか。」

 ウォルフは、呆れたように返す。

「女の子は、パステルピンクとか、かわいいじゃないか。」

「あいにく、ここに集まっているのは、おっさんばっかですよ。」

 俺はげんなりとした顔を見せた。

「そうか、次は女の子を半分入れろと、ギルドに言っといてくれ。」

「御意。」


「じゃあ、整列させろチコ。」

「かしこまり。」

 ざわざわしている魔術師たちは、三十人余り。

 なんちゅうか、魔術師なんて奴は自信過剰で、唯我独尊なやつが多いんだ。

 自然と人の言うことなんか聞いてない。

 現在集まった魔術師は、レベルで言うと、中級のレベル十三~四くらいが多い。

 魔力もそこそこしかない。

 まあ、それでもいいんだ、使えるかどうかはこれから見ればいい。


「はいはい、雑談はやめてここに整列してください。お屋形さまのお言葉があります。」

 ざわざわしていた男たちは、だまって二列に並んだ。

「今回ギルドを通じて諸君に声をかけたのはほかでもない、このレジオの農地に囲いを作ってもらいたいのだ。」

「「「へい。」」」

(シャレかい!)

 ざわざわ

「囲いとはどのような規模ですか?」

 ひとりが手を挙げて聞いた。

 こいつも灰色のローブが暑苦しい、若い男だ。

「もっともな質問だな。厚さが五〇センチ以上、高さが二メートル、長さは…そうだな、現場で見ないとわからんか。」


「そうですね、現場に移動しましょう。」

 ウォルフに見送られて、馬車五台に分乗して南の平原に向かう。

 そう、ラルを助けたところだ。

 俺は、今回馬に乗っている、馬車のキャパが足りないんだよ。

 マゼランでの呼称は北の平原だが、レジオからは南の平原になる。

 レジオから約二時間あまりで南の平原に着く。

 約十キロくらいだな。

 正確には、マゼランとの境まであと二時間余りあるが。

 現場には、ゴルテス準男爵と、兵士が二十人ばかり立っていた。

「お屋形さま、こちらでございます。」

 兵士の一人が馬を引っ張って、天幕に誘導してくれた。

「どうだ、線引きは?」

「はい、昨日のうちに完了してございます。」

「よし、ではこのゴルテスの指揮により、ここから柵を立ててくれ。これから見本を見せる。」


 俺がラルを助けるために作ったランドウオールは、まだ崩れもしないで残っていた。

 高さは二メートル、厚さは一〇センチほどだが、行きは一本五〇〇メートルはある。

 こいつを起点に囲いを立てるわけだ。

 俺は、地面に手を付けて魔力を練る。

 目は、ゴルテス達の引いた線をまっすぐに見ている。

「ゆけ!」

 ごごごごごご

 地面にひかれた線に沿って、ランドウオールが立ち上がる。

 幅五〇センチ、高さ二メートル。

 これだけあれば、ウサギなど絶対に入れない。

 ウオールの上に木柵を立てれば、オオカミだって侵入できない。

 魔力に引かれて、ウオールは走り続ける。

 それに従い、ウオールの南側に幅一メートル、深さ一メートルの溝ができる。

 当たり前だ、土だって無限じゃない、使えばどこかから持ってこなければならない。

 物理法則は、可能な限り捻じ曲げちゃいけない、あとの反動があるからな。

 魔力を吸い込んで、ウオールは二〇〇メートルも進むと、唐突に止まった。


「こんな感じで、ウオールと堀を進めてほしい。」

「こ、こんなに?」

 先ほど手を挙げた魔術師が、驚嘆の声をあげた。

 魔術師たちはざわざわとうるさい。

「いや、一気にやらなくていい。魔力が尽きると苦しいので、できるところまでを少しずつ進めてくれ。」

 魔術師たちは、あからさまにほっとした顔をする。

 町から十キロ離れているんだから、単純計算で四〇キロ以上の塀が必要だ。

 一人でやれなんて言われたら、蒼の洞門くらい時間がかかるぞ。

「そこで、継ぎ目ができるだろうから、この鉄の棒を継ぎ目に刺して、次の壁を作るんだ。」

「なるほど。」

 だいたい五人ひと組で、分散して施工する。

 秀吉の割普請をヒントに、チームごとの作業とするんだ。

 その護衛のために、ゴルテスたちは来ているのだ。

「よし、かかってくれ!」


 作業を始めた魔術師たちは、かなり四苦八苦しているようだが、まあ、これをやり遂げたら土魔法のレベルが二つほど上がるさ。

 最初はみんなふうふう言いながら作業をしている。

「おやかたさまー!」

 おや、ラルだ。

 騎士たちと訓練していたんじゃないのか?

「ひどいよ、俺を置いてくなんて。」

「あはは、剣の訓練じゃなかったのか?」

「それは朝のうちにすんだ。奥さまと牛を連れて来たよ。」

 ロバの馬車の後ろには、五〇頭に増えた牛たちがいた。

「なんか増えてるじゃん?」

「奥さまが、暇だからと説得してくれたんだ。」

 異種族言語理解ハンパねー!


「じゃあ、その辺で草喰わしてくれ。柵の北側だ。」

「わかったわ、ぶもー!」

 ティリスの指示に従い、わらわらと牛たちが、草原の草を食べ始める。

 続いて、徒歩でやってきたのは一〇歳から一五歳までの孤児たちと、寡婦たち。

「お屋形さまー!」

 子供たちは手を振っている。

「来たな。」

 みんな手に手に、マゼランの鍛冶屋たちが作ってくれた鍬をかついでいる。

 その後ろには、一〇台ほどの荷馬車に満載された堆肥が付いてきた。

「まずは、ここに堆肥をまいて、みんなでかきまぜてくれ。」

 堆肥の混ぜ方は、すでにレクチャーしてあるので、みな、惑うことなく作業を始めた。


「お屋形さま、あの車はなんですか?」

 魔術師の一人が、子供たちの持つネコ車に興味を持ったようだ。

「ああ、あれは手押しのネコ車だ。小荷物の運搬用に作った。」

「へえ、あれは便利そうですね。」

「便利だよ、力のない子供でも、けっこうな荷物が運べる。」

 だいたいこの辺の連中はこういうものの開発をしない。

 怠けているわけじゃなくて、必要じゃないんだろうな。

 魔法でなんとかできるし。

 だが、非力な女子供には、こういうものこそ必要なんだと、そろそろわかれよ。

 ネコ車に堆肥を積んで、畑にまく子供たち。それを鍬で混ぜ込む寡婦たち。

 たちまち、畑が生まれていく。

 こう言う景色を見るのは大好きだ。

 俺の場合、耕してほこほこになった土が好きなだけで、その後の耕作についてはあんま興味がない。

 百姓としては、サイテーなやつだが、気持ちとしてはよくわかるだろう?


「こうして、安全な耕地が増えれば、みんな安定して作物がとれるじゃないか。」

「お屋形さまが柵を作るのは、このためなんですね。」

「そうだ、ウサギにはいい思い出がないからな。そう言えば君は?」

「は、ギルドから派遣された土魔法使い、ネロです。」

 パトラッシュは連れてないのか?

「そうか、興味があるのはわかったが、とりあえず今日は柵を作ってくれ。」

「あ、忘れてた、すぐにやります。」

 ネロは、駆けだして行った。

 好奇心が旺盛な若者であるが、なかなか優秀な魔術師でもある。

 俺の見本を四苦八苦しながらも、形を似せてつないで見せた。

「なかなかやるじゃないか。」


 耕地の中にはレンヌ川へと流れ込む小川が、そこかしこに見えるが、総じて大きな川はない。

 北東にあるポンヌ山塊がその水源になっている。

 比較的大きな支流が、ポル川と言ってまあ川幅二十メートルくらいのまあまあな川があるが、ここもわりと浅い。

 水深は二メートルそこそこ。

 そのうち、柵が完了したら、用水路を掘ってもらおう。

 獣が水を飲むにはいいんだが、人間が何かをするには少し困る。

 そこで、耕作者向けの井戸を何カ所か掘ることにした。

 俺は、畑の予定地の真ん中に立って、地下をサーチする。

 この場合、パッシブソナーではだめだ、アクティブソナーで水脈を探る。

「ここか。」

 オークキングをやっつけた落とし穴の要領で、直径二メートルくらいの丸い穴を掘る。

 深さはだいたい五メートル。

「よし、当たったな。」

「お屋形さま~、どう?」

 ラルがのぞきに来た。

「当たったぜ、ほら。」

 穴の中にはこんこんと水が湧いて出てきた。


 まだ落ち着いていないので、泥水だが。

「ほんとだー、すっごいなー。」

 俺は、穴の周辺に硬化をかけて崩れないよう固めた。

 上り下りできるように、へこみをつけて梯子の代わりにする。

 つるつるでは、落ちたら上ってこられないやん。


 掘り出した土は、井戸の周りに盛り上げて、土が入らないようにヘリを作る。

 ほら、サダコが出てくるあんな感じで、立ててないとほこりや土が井戸に入るだろ?

 まだあるので、柱を立てて、屋根を付けた。

 土魔法使いたちが、あんぐりと口をあけて眺めている。

 こんな要領で、すでに五カ所の井戸が出来上がった。

「お屋形さま~、お茶がはいりましたよ~!休みましょう!」

 チコが大きな声で呼ぶので、休憩することにした。

 まだまだ、魔力は有り余ってる。

 一割も使った気がしないんだが…


 チコがお茶を入れて来たので、テントの中でティリスと座る。

 ここは、木が残してあって、休憩ができるように木陰を作ったんだ。

 なんでも、全部まっ平らって訳にゃいくまいよ。

 少し高い場所で、耕地がよく見える。

「馬車なんかに揺られてだいじょうぶなのか?」

「ええまあ、アリスとチコが、いっぱいクッションを作ってくれたのよ。」

 そう言いながら、テーブルに焼き菓子を並べる。

「へー、そりゃすごい。あんまコケたりしないように頼むぜ。」

「まかせて、丈夫で元気な赤ちゃんを産んでみせるわ。」

「うん…」

「どうしたのよ。」

「いや、なんでもない。」

「なによう、まさか赤ちゃんいらないなんて言わないでよ。」

「言わねーよ。ただ、俺自身が戸惑ってるだけだ。」


「そりゃまあ、十七歳でパパなんて言われても、困るだろうけどさ、ここじゃ十七なんてちゃんとした大人だよ。」

「俺がいた国じゃあ、まだまだガキの年なんだよ。もっとも、この年で領地もちの男爵なんてのが法外なんだけどな。」

「それを言ったら、あたしなんて孤児のシスターだよ、男爵夫人なんて言われても、ピンとこないわよ。」

「ちげえねえ、身の回りの世話はだれかいるのか?」

「ああうん、今のところベスおばさんがよく見に来てくれるし、ゼノんとこのサリーが付いていてくれる。」

「そうか、二~三人雇え、これから大変になるんだし。」

「いいわよ、恵理子やアリスだっているんだから。」

「アリスはダメだよ、教会関係や外部折衝に着いてきてもらわないといけないし。」

「そう?そうね、そういう役をあたしもしなくちゃいけないのに。」

「まあ、それはいいさ。気にせず子供に集中してくれ。」

「いいの?」

「いいさ、心配すんな。」


「お屋形さま!」

 ホルスト=ヒターチが馬で駆けて来た。

「どうした、ホルスト。」

「は、ポンヌ山の向こう、北東のメルキア子爵さまより使者が参りました。」

「ああ?そんなことのために、お前が走ってどうするんだ。使いっぱしりなんて、誰かにやらせろ。」

「しかし、使者殿はお急ぎのご様子で…」

「呼んでもいない使者に、お前がそんなに気を遣うなよ。東門の方面はいいのか?」

「それこそ、優秀な部下が付いていますから大丈夫ですよ。使者殿は、その東門にお越しだったんですよ。」

「なるほどね。しつらえは?」

「騎士三名、従者十名、歩兵十名です。」

 槍持ちまで連れてるのか?土産ぐらい持って来いっての。

「ちっ、この忙しいのにぞろぞろよこしやがって、空気読めねえ野郎だな、そのメルキア子爵ってやつは。」

「そうですね、やけに多いですが…」

「街道に、盗賊でも巣食いやがったか?」


「…かもしれませんね。」

 ホルストは冷や汗をかいた。

 盗賊が巣くう…

 おおごとだ。

「すぐ行く、馬引け~い。」

「お屋形さま、ここに!」

 ゴルテス準男爵が、馬を引いてきた。

「か~、どいつもこいつも、下っ端みてぇなことしてんじゃねぇよ!」

「いやしかし、ただいまは人員も不足しておりますれば。」

「わかったわかった、ゴルテス!ここの指揮はまかせた、縄張り通り進めてくれ。」

「畏まって候。」

 ゴルテスは、嬉しそうに笑った。

「魔力が切れそうになったら、倒れる前に休ませろ。魔力切れでは使い物にならん。」

「は!」

「ホルスト、ついてこい。」

「は!」

「ティリス、いい気になって転ぶんじゃねえぞ。チコ!気を付けてやってくれ。」

「「は~い!」」


 俺は、いそいで屋形に戻った、と言っても約十キロ離れているんだから、それなりに時間はかかるんだよ。

 スローライフって、時間との勝負なんだよな。


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