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第四話 冒険者は冒険してナンボ

さっそく、内容変更します。

冒険者が冒険しないと、おもしろくないですよね。

ユフラテが、少しずつ強くなっていきます。


 蒸留した後の残り物なんか、はっきり言って気の抜けたブドウジュース。

 味もしょしょりもあったもんじゃない。

 つまり、家畜のエサ以下。

 なんの役にも立たないシロモノなので、捨てるしかなかった。(もったいない!)

 正直、樽五個使って樽一個がやっと。

 今回、丸一昼夜使って、樽一〇個を蒸留できた。

 なんだかなー。

 ドワーフが働き者だということが、いやというほど理解できただけの作業だった。

 いや、酒に対する執念か?

 う~ん、書いていて自分でもつまらんので、酒の話はもういい。

 

「メイスはいいけど、やっぱ刃物持っていないと、まずいかなあ?」

 朝飯の後、チグリスに聞いてみた。

「うん?まあ、武器の予備は必要だな。武器が一つだと、折れたりなくしたときに丸腰になっちまう。作るのか?」

「あの錆びたやつ、研いでもいいか?」

 最初のころに、チコが出してきてあきれたやつがあったろう。

 あれを使えるようにして、予備にしたらどうかと思ったんだ。

 なにせ、この世界は鉄の価値がかなりちがう。

 あんまり、安いものではないんだ。

「あんなものでいいのか?」



「あんなものって、あれだってチグリスが鍛えたものだろう?」

「いや、あれは弟子の育成用に作らせたものが残っていたんだ。二束三文のシロモノさ。」

「弟子の?」

「ああ、そこそこ使えるようになったので、自分の家に帰って行ったがな。」

 どっかの親方の子弟を預かっていたらしい。

 そいつは、独り立ちの目途が立ったので、家に帰って行った。


 俺は、改めて聞いてみた。

「いや、弟子のってのは、二束三文にかかっているんだが…まあいいや、じゃあ使ってもいいか?」

「ああ…いや、やめとけ。そいつじゃあ二~三回ウサギ切ったら折れる。」

「お・折れる?」

「ああ、持ってこい、鍛えなおしてやる。」

「じゃあ、いくらだ?」

「ああ?こんなもんで金がとれるかよ。」

「だって、チグリスが鍛えるなら、もう別もんじゃないか。」

「そうは言うが、ナマクラはナマクラだ。」

「ただの鉄になって、生まれ変わるんだろう?」

「まあそうだ。」

「じゃあ、その剣は、新しいものじゃないか。」



「そうだな、そこまで言うなら、鍛え代は銀貨一枚にしといてやる。」

「そんなに安くていいのか?」

「いいさ、酒の借りもある、食い物の借りもある。金を取るほうが気が引ける。」

「そう言うなよ、親しき中にも礼儀ありって言うぜ。」

「ほう、いい言葉だな。」

 チグリスは、差し出した銀貨を受け取って、古い鉄の剣を持って鍛冶場に入った。

 もう、ふいごのごおっという音が聞こえてくる。

 こうなると、また俺は暇になってしまう。

「チコ、このナタを貸してくれ。」

「ええ、いいわよ、どうするの?」

「ああ、畑の周りに獣除けの柵でも作ろうかと思ってな。」

「うちの畑の?」

「だめかな?」


「だって、いま何も作ってないよ。」

「いずれは何か植えるんだろうが、それとももう使わないのか?」

「わからないけど、鍛冶の仕事が忙しくなると、なかなかねえ。」

「そうか、使わないのなら俺が耕しておこうかな。」

「あら、ユフラテ農業できるの?」

「わからんが、なんでもやってみたい。じゃあ、ちょっと行ってくるよ。」

 俺は、壁の外の畑の中にやってきた。

 なぜこの都市の住民は、石壁の城塞都市は囲っているのに、畑は囲わないのか?

 おかしいんだよ、意識がいびつというか、まるでやってはいけないことのように、意識の外になっている。

 ぜったいおかしい。


 だから、外の畑を囲ってみることにしたのだ。


 それでなにかが変わるわけではないかもしれない。

 でも、おかしいと思ったら、やってみればいいのだ。

 社会の秩序なんて、変わっていくものだからな。

 外の木は広葉樹が多いので、曲がった枝が多い。

 でも、少しずついいところを取って、畑の周りに立てて細い枝をつるで縛り付ける。

 高さが一メートルくらいの柵が、少しずつ少しずつ増えていくのは、なんだかうれしい。

 黙々と人と話もせずにする作業は、気楽でいい。

 記憶をなくす前の俺は、こんなものだったのだろうか?

 そんなことを考えながら、頭をからっぽにして仕事を進めた。


 作業の休憩に、指先から着火の魔法をためすが、相変わらず火焔放射機のようにはげしく吹きだすだけだ。

「なにが悪いんだろう?」

 俺は、こうガスバーナーみたいに、細くて高温な火が出したいんだが。

 吹きだす火炎をじっと見るが、変化はない。

 ごおおともぼおおとも聞こえる炎の音に、なにやら親しみを感じる。

 長いこと出していると、変化が訪れた。

 SINゴジみたいに、ごぼごぼ言っていたのが集束し始めたのだ。

 しかも、色がだんだん蒼くなっていく。

「なんだこれ?」


 ちゅいん!


 指の先から、青白い光が走った。


 目の前にあった木の枝が、ぽろりと置ちる。

「…」

 ちょっとまて、これは着火の魔法のはずだろうが、どうして指向性レーザーになってるんだよ!

 しかも切れ目がつるつるだ。

 どうやったらこんなにきれいに切れるものかね?

 黒光りする、ぴかぴかの表面。

 ちゅいん!

 どかん!

 地面に当たったら、派手に爆発して穴が開いた。

「…」

 地雷踏んだか?


 こんなもん、生き物に使えるのか?

 恐ろしさが先にたつ。

 はたして、人に向けられるか…



(天の声:えっと、たぶんユフラテの見た映画の影響じゃないでしょうかね?イメージとしては、理解しやすいし。)


 ちゅいん!


 こんどは、意識しないでも集束した。

 前に立っている木は、斜めに切れてどすんと落ちた。

 切れ味抜群だな。

 切り口は真っ黒だけど。

 着火の魔法とは、根本的にちがうんだろう。

 まあ、攻撃手段ができたのは素直に喜んどけ。

 込める魔力もあんま多くない。

 これは体感できた。

 初歩的な魔法では、消費する魔力が少ないと言うことか。

 この高温のレーザーも、初歩の生活魔法の延長と言うことが信じられんのだが。


「まてよ、つーことは、込める魔力を制御できたらええんか?」

 俺は、指先に集中して、チャッカマンを念じた。


 ぽっ


「できた!」

 ちょうどいい大きさの、煙草に火がつく程度の火種が指先に宿る。

 よしよし、つまり、魔力がダダもれになっていたんだ。

 これを集束させると、高出力レーザーみたいになる。

 太陽の表面温度が六〇〇〇度・中心は一五〇〇〇度くらいと言われている。

 このレーザーは、少なく見積もっても太陽の表面温度くらいはありそうだ。

 その証拠に、地面に空いた穴のふちが溶けてガラス状になっている。

「うはあ、これを使えば、ガラスの器が作れるんじゃないか?」


 実際は、そんな単純なものでもないが、濁った黒いガラスならすぐにも作れるだろう。


 じ~ちちち


 俺は、レーザーを照射して、地面をじっくり溶かしてみた。

 ぼこぼこ言いながら、溶岩化した地面は、すぐに冷えて軽石状になる。

 ようするに、スカスカのグスグスだ。

 踏むとパラパラ崩れる。

 しかし、その下にはガラス状の物体ができていた。

「お、やっぱあったか。」

 確か、ガラスの融解温度は六〇〇度~七〇〇度。

 一般的な、窓ガラスに使うソーダ石灰ガラスだから、うまくすれば使えるものができる。

 いまのところ、六〇〇〇度では、ちと高すぎる。

「これを調節して、もっと温度を下げる…と、赤くなってきたな。」

 赤熱している、熱線っぽくなってきた。

「いいカンジ。」


 地面に落書きしているような、妙な格好で土を溶かしている。

 つか、融解温度は、物質によって変わるので、この温度では鉄は解けない。

 七〇〇度というと、かなり赤い熱線でないとアカン。

 つか、これを調整できるって、魔法の懐の広さだな。

 やがて、緑色の黒くなったような物質が、とろりと集まってきた。

「よしよし、ガラスだ。これでコップを作ると、高く売れそうだな。」

 見たところ、庶民のコップは木製か、高くて銅製だ。

 つまり、まだガラスなんて食器に使ってないんだ。

 窓にだって貼ってない。

 つまり、これは高級品になりうる…

 ぶっちゃけ、大丈夫かなあ?


 ま、それはそれとして、これをころころころがすと、ビー玉になるそうなんだが、どうやったら転がるんだ?


 大がかりな機械は作れないし、動力もない。

 熱を逃がすと、すぐ固まってしまうからいびつになる。

 やがて、俺のほほを風がなぜて行った。

「涼しいな。」

 アチチな作業をしていたので、やわい風でも涼しく感じる。

 風か…

 風魔法なんて、使い方がわからんが吹かせるだけなら簡単だ。

 空気を動かせばいい。

 あの辺に、扇風機があると仮定すれば、風などどうと言うことはない。


 ひらめいた。

 分離した風の円盤を立てて、その円周に丸い溝を掘る。

 それを二枚向かい合わせにして、風で回させる。

 くるくると、抵抗なく回る円盤の合わせ目に、土ボコでガラスの塊を入れて回す。

 くるくる回っているうちに、ガラスは真の円を描き、みごとなビー玉になった。

「やったね。」

 魔法の無駄遣いが完成した瞬間だ。


 チグリスに怒られた。


「ガラスなんて面倒な物作りやがって、貴族に見つかったら飼い殺しにされるぞ!」

「そうなのか?」

「他にだれも作れないだろうが。ダンジョンから出たと言うならまだしも。」

「じゃあそれで行こう。」

「ダンジョンか?」

「それなら、変な物が出ても不思議だねで終わりそうだ。」

「~」

 チグリスは、苦い顔で頭を抱えた。

 ドワーフの習性として、ガラスの存在も知っているし、だいたいの作り方も知っている。

 出来上がったガラス素材も見たことはある。



 しかし、こんなまん丸なガラス玉など見たことも聞いたことも喰ったこともない。

「こりゃあ、センセーションだぜ…」


 俺は、出来上がったビー玉を、ギルドマスターを通じて領主さまに献上してもらった。

 領主は、マゼラン伯爵さまと言うそうだ。

 マゼランの街のマゼラン伯爵さま、まんまやん。


 伯爵とのさまは、たいそう喜んだそうだ。

 真ん中に穴開けて、ひもが通るようにしてやったから、なにかの飾りにするんだろう。

 レーザーで細かく細工した、小さな宝箱に入れてやった。

 こっちの方が価値は高そうだが、木製のものなどあふれているからな。

 特に、ありがたくもないそうだ。

 ちくしょう、組み木風のかっこいいやつ作ったのに。



 次の日も畑で遊ぶ。

 なんと言っても、三か月は遊んで暮らせる金を持ってるからな。

 チコに食費だと言って、銀版三枚渡したら、お玉で殴られた。

「おカネは大事にしな!」

「だって、食費はいるだろう。」

「なら、銀版一枚でいい。あとはしまっときなよ。」

「え~?」

「なくなったら言うよ。」

「…わかった。」

 十二歳にして、肝っ玉母さんの風格。

 本人に言うと、またおタマがとんできそうだし。


 今日は土ボコ。

 土をボコっと盛り上げる魔法だ。

 なにが面白いのか、畑で土ボコを繰り返していたら、すっかり空気の混じったいい畑になってしまった。

 ありゃ?連続で土ボコ使うと、天地返しと同じ状態になるのか。

 要するに、トラクターでかき回したようなものだ。

「ならば。」

 ごっと一気に土ボコを起こしたところ、ふかふかの畑になった。

 うわ~、鍬でやってる人たちに悪いよこれは。

 でもまあ、使っていないチグリスの畑が、一気に種まき可能な状態になった。


 土ボコでひっくり返していると、畑が熱もって湯気が出始める。

 こいつは、けっこう雑草とか死んで遣い勝手が好い。

 この土ボコの隙間に風魔法で風を送ると、さらにふかふかになる。

 運動しないといけないから、畝切りは手間をかけて鍬でやる。

 怠けすぎると、腹が出るのが早いよ。

 午前中で、畑が好い格好になった。

 あとで、ホウレンソウでもまいてやろう。

 なにか根菜でも好いな。


 こうして土いじりしてると、なんか気分がいい。

 俺はもともとノーミンだったんじゃないかと思ってしまう。

 べつに、緑色のカバではないが。


 また、畑のへりに座って、銅のコップに水を出す。

 チグリスは、あんななりしていて、こう言う細かい細工がうまい。

 柔らかいから簡単だと言って、あっという間にきれいなコップを作ってしまう。

 こいつも、俺の希望で指がかかるように、取っ手が付いている。

 ついでにひもを通して、腰に吊るしている。

 こうしていると、作業のじゃまにならなくていい。

 畑の回りを行く人たちは、呑気に声をかけて行く。

「せいがでるなー。」

 とか

「がんばるなー」

 程度なんだが、みんな呑気なもんだ。

 これをスローライフとでも言うのか、よくわからん。



 実際には、スローライフなんて幻想だと知っているからな。

 なぜ知っているんだろう?

 忙しい仕事の合間に、こうしてくつろげるのが、実はスローライフなんだろう。


 俺は、目の前に穴を掘る。

 そう、落とし穴を魔法で開けるんだ。

 これが意外と制御しにくい。

 油断すると、二メートルくらいの大きさになる。

 深さもそのくらいになる。

 クマ相手にしてるんじゃないってのよ。

 でも、やってるうちに落とし穴のバリエーションは増えて行く。

 直径三〇センチから三メートルまで、深さも一〇センチから五メートルまで。

 なかなかおもしろい。


 気が付いたら、そこらじゅう穴だらけで、一つには水が湧いていた。

「これはこのまま井戸に使えるな。」

 ほっておくことにした。


 昼飯食いにチグリスの家に戻る。

 チコに野菜の種があるか聞いてみたが「ないよ。」

 と言うので、市場に買いに出る。

 なんだかチコが着いてきた。

「おばちゃん、このキャベツいくら?」

「銅貨一枚。」

「え~?」

「じゃあ、このイモ三っつ付けてやるよ。」

「ありがとー。」

 てなもんで、買い物上手な娘っ子だ。


 買い物かごは、俺が下げてるんだけどな。


「あ、あそこが種やさん。」

「ほう、なにがいいかな?」

「う~ん、お芋?」

「ま、畑は広いから、なんでも植えられるぞ。」

「そうか~、じゃあいろいろ試そうね。」

「おう。」

 なんだかいろいろ買いこまされて、種がいっぱいになった。


 ごごから、チコも手伝ってのんびりと種まき。

 指先で穴を開けて、そこに一つ二つ種を入れて、土をかける。

「すごいねユフラテは、こんなに耕して山まで作ったの?」

「ああ、この山はウネって言うんだぞ。」

「へ~、そうなんだ、種まきしやすいね。」

「ああ、じかにまくより収穫も楽だしな、通り道もできていいだろう。」

「そうだね、でもたくさんやりすぎじゃない?」

「そうか?」

「こんなに手でやったら、疲れるでしょう。」

「ああ、そういうことか。まあ、見てろ。」


 俺は、土に手をついて、土ボコの連鎖魔法をかける。

 ごごごと、連続音が起こって、畑の土が一気にひっくり返る。

「うわ~!すごいすごい!なんの魔法?」

「え?土ボコだよ。」

「へ?土ボコって、土がボコって盛り上がるやつ?」

「ああ、それの応用で、土の中で土ボコを起こすと、裏表ひっくり返るんだよ。」

「こんな魔法、見たこともないわ。」

「じゃあ、俺が最初にやったんだな。」

「魔法って、こんなこともできるんだね~。」

「まあ、教えてもらったことだけやろうと思うと、こう言うのは反則かも知れんがな。」

「ひとの言うとおりにやるだけの人の方がふつうだものね、魔法って。」


「そうだろうな。」

「あれえ?この穴なに?」

 チコは、道端で俺が実験した穴を見つけたらしい。

「ああ、それは俺が着火の魔法を練習した跡だよ。」

「着火って、これ?」

 チコは指先に、小さな火を出して見せた。

「それ。」

「それでどうしてこんな穴があくの?」

「それは、こう…」

 その穴の横に、種火を集束する様子を見せた。


「あっぶな!爆発するじゃん!」

「まあ、そんなわけで、穴が開いた。」

「うわ~、これじゃ鉄が溶けるよ、父ちゃんの炉の色より白っぽいもの。」

「ああ、そう言えばそうか。」

「商売あがったりだね。」

「いや、俺は鍛冶屋じゃないから、鉄は溶かしても剣は作れない。」

「あたっぼうよ、ドワーフが何年修行してると思うのよ。」

「あはは。」

 しかし、ぴこんと気がついた。


「あ、こういうのはどうだろう?」

「なに?」

 俺は、用水の水で練った土を壺の形にして、ゆっくり乾燥させる。

 三〇センチくらいの高さの梅干し壺だ。

 乾燥させると、素焼の万古焼みたいになる。

「壺?」

 乾燥ができたら、一気に温度を上げて内側から加熱すると、徐々に内部が溶けて固まってきた。

 ぱき!

「あ」

 加熱しすぎて、真っ二つに割れた。

「あ~あ。」


 チコは残念そうだ。


「好い壺になったのにね。」

「まあ、初めてだ、失敗もするさ。」

 そもそも、最初からうまく行くなんて思ってない。

「でも、ユフラテの火魔法は、制御が細かいね。」

「練習して、ようやっと火の出し方がわかってきたからな、でも、油断すると着火が二メートルになるし。」

「あはは」

「じゃあさ、お皿とかお茶碗とか作ってみようよ。」

「いいぞ。」

 チコは、面白がって、土をこね始めた。

 こう言うところはお子さまだ。

 いびつな皿や壺が並んでいる。


 少しずつ、温度と時間の加減がわかってきて、素焼の皿や壺ができた。

 内部は、高温でガラス化しているので、水は漏れない。

 陶芸家が見たら泣きそうなやりかただ。

 また無駄に魔法を使ってしまった。


 もっとも、チコは喜んで出来上がった皿などを運んで行った。

 ま、芸術品が作りたい訳ではないので、それで十分だろう。

 ふだんは木の皿や、スプーンを使っているんだから、焼き物の皿など贅沢かもしれん。

 チグリスは器用だから、小さいスプーンなんか作っちゃうけど、売りモンなんだよね。


「塩?」

「ああ。」

 市場に行くと、いつものイモ売りが渋い顔している。

 どうしたのか聞いてみると、塩がないそうだ。

「塩って、ふつうどうしているんだ?」

「ポンヌ川の向こうに、ポンヌ山塊と言う山があってな、その向こうにメルキア子爵領がある、そこに岩塩鉱山があるんだ。」

「へ~、岩塩なんだ。」

「だけど、オーケー峡谷で、がけ崩れがあったらしくて、いま通れない。」

「つまり、荷馬車が来られないのか。」

「そうだよ。だから、塩がないと困るんだよ。」

「ふうん、ほかの道は?」

「ああ、ポンヌ山塊を迂回する道はあるが、距離が三倍になるんだ。」

「でも、それしかないんなら、その道を使うしかないじゃん。」


「こっちは、盗賊が居るんだよ。」

「おやまあ。」

「冒険者ギルドも、低い等級しかいないから盗賊には対処できないし。」

「領主さまは?軍隊か騎士団でも出せばいいのに。」

「いま、相談中だそうだ。」

「へえ~。なかなかお役所も大変だね。」

 ところがあんま結構でもなかったんだよ。


 ギルドから呼び出しがあってシブシブ足を運んだ。


「偵察?」

「ああ、ポンヌ山塊の盗賊がどのくらいいるのか、わからんからな。」

「それでなんで俺なんだよ?」

「いや、オーク鬼を一人で狩れるくらいなんだから、腕っ節は信頼できるしな。」

「それで偵察に行かされる俺はどうなるんだよ。」

「見てくるだけなら、いいじゃないか。礼金も銀版五枚出すぞ。」

 ギルドマスターも、苦い顔で言ってきた。

 いま、ギルドには強いDクラスの冒険者がいない。

 みんな護衛などで出払っているんだ。

「それで新米のFクラスの俺に行って来いってか?」

「領主さまに言われちゃ、ギルドだって喰ってかにゃなんねえ。まんづ組合員が優先だべ。」

 いきなりナマってるじゃん。


「そうは言っても、ひとりなんだろ?」


「足手まといがいない方が、逃げ切れるんでねえのか?」

「そりゃそうか。」

「ギルドの馬使ってもいいぞ。」

「いや、いらない。乗れねえから。

「あらら。」

 ギルマスは、律儀にコケてくれた。

「とにかく、あぶねえとこには顔つっこまねえぞ。」

「それでいい、大体の動向が把握できればいい。だいたい三十人くらいの盗賊だ。」

「まったく、そんなのは殿さまの仕事じゃねえの?」

「その、殿さまからの依頼なんだよ。」


「ちっシケてやがんなあ。」

「ま、どこも世知辛いのさ。」

 しょうがなく引き受けさせられた。

 野郎に頭下げられちゃ、頷くしかあんめえ。


 やがて昼になって、チコが昼飯に呼びに来た。

「ユフラテー、お昼だよー。」

「おう!」

 チコと連れ立って家に戻ると、チグリスはあたらしい剣を持って出てきた。

 剣と言うか…まだ棒みたいだが。

「それは?」

「なんだかなあ、いい形が思い浮ばないだ。」

「そうか、俺としては片刃の真っすぐな感じの剣がいいな。」

「片刃?」

「うん、突きに使えるように、先が尖った感じの。」

「ふうん。」

 俺は、地面に剣の形を描いて見せた。

「見たことない形だな。」

「ああ、俺が知ってる剣と言えば、これなんだよ。」


「ほう、ふつうは両刃のツルギだがな。」

「片刃だと、切れなくなったら峯で殴り倒すんだ。もちろん、先が尖っていたら突きも使える。」

「なるほど、やってみる。」


 剣のことはチグリスに任せればいい、俺はメルキア子爵領へむかう準備を始めた。

 つっても、何日かかるかわからないしなあ。

「メルキア子爵領なら、オーケー峡谷を抜けて二日と半日かな。歩いて?三日半だよ。」

「さすがチコだな。外回りだと?」

「五日半くらいかなあ。歩くのはたいへんだよ。」

「うん、オーケー峡谷は、がけ崩れなんだってさ。」

「じゃあ、外回りだね、食料は五日分は必要だよ。途中で狩りができるとは限らないし。」

「そうだよなあ、大荷物だなあ。」

「でも、ないとどうしようもないよ。途中に村は一つしかないし、そこだって食料が余ってる訳じゃないもの。」

「わかった、じゃあその線で考えるよ。」


 翌日、市場に行って、大型のリュックサックみたいなのを見つけてきた。

 背負い式でないと、両手が使えなくて危ないそうだ。

 幸い、水魔法を覚えたので、飲み水には苦労しない。

 火魔法も順調、土魔法は微妙、落とし穴だけだしなあ。

 風魔法は、空気送るだけ。

 腕っ節勝負だなこれは。

「だれか手伝いに連れて行ったらどうだ?」

 チグリスが心配して聞いてきた。

「足手まといならいらない。」

「…それもそうか。」


 なんだかんだで、けっこうな出費だよチクショウ。


 まあいい、できるだけ持って行くのは食料だけにして、荷物を減らす。


 一日二日はなにもなく過ぎた、まあ森でなければ、草原で見晴らしが好い街道だ。

 地面はけっこうデコボコしているが、なにあるく分にはどうと言うことはない。

 あたらしい靴は、若干固いがまあそれもすぐ慣れる。

 チグリスの鍛えている剣は、結局は旅立ちに間に合わなかった。

 しょうがなくチグリスは好い出来の短剣を貸してくれた。

「これを持っていけ。」

「これ、売りモンじゃないか、棚に飾ってあったやつじゃん。」

「なに、また作れば済むことだ、俺にとっては造作もない。」

「いいのか?」

 刃渡り五〇センチくらいの若干長めの短剣。

 チグリスが鍛えたので、青光りしている。


「ごくり。」

 波紋を見ているうちに、思わず生唾が出た。

「いいできだろう、こいつなら一〇人ぶった切っても切れ味は落ちん。」

「そんなに?」

「身を守ることを第一に考えろ、間違っても真正面から戦うな。」

「うん。」

「生き延びることを優先させろ、なに、お前の足ならだれも追いつけん。」

「わかった。」

「言ってこい、酒を用意して待ってる。」

「…」

 俺は、チグリスの熱い思いにうなずいて答えた。


 まずは東へ、そして街道をT字路で右に。

 レジオの城壁を見ながら街道を北に向かう。

 これが近道なんだってさ。

 レジオは、マゼランより小ぶりな城塞都市で、一万人に満たないそうだ。

 レーヌ川を取り込んだ、なかなかきれいな街なんだが、中に入って休むには中途半端な距離なんだ。

 だいたい、一日半でたどりつく。

 今回の行程には不向きなんだよ。

 レジオの北、モイラの村が、今夜の宿だ。

 つか、宿っつっても、宿屋はない。

 旅人が泊る、馬小屋みたいなのがあるんだってさ。

 ひどい扱いだ。


 宿場町として機能できるほど人口もなく、畑をするだけの村なのだ。

 なにが楽しいんだか、ねえ?

 ただ、柵で囲われているので、魔物が襲ってこないのが安心だ。

 まあいい、とにかくなんとかモイラの村に着いたので、村長を訪ねた。

 ちょっと大きな家からは、髭を生やしたいかつい男が出てきた。

 なんかクセエな。

 四角い顔が、なにやら深刻そうに話す。

「この先は、盗賊が出るから行かないほうがいいぞ。」

 聞いていたより若い村長だ。

 六〇手前と聞いていたんだが、どう見ても四〇そこそこ。

 代替わりしたのか?


「ああ、盗賊を見たら逃げてくるよ。」

「そうするといい。旅人宿はあそこだ。」

 薄暗くなった村の外れに、小さな馬小屋が立ってる。

 いまにも崩れそうなんだが、補修なんかしないんだな。


 村長が家に引っ込んでから、馬小屋に入る。

 古びたイスが一丁あって、あとは麦わらが積んであるだけ。

 たしかに、これで寝ればまあ、寒くはないか。

 しかし、世間が丸見えなのはいかがなものかねえ?


「ウオール。」

 俺は、こっそり小屋の柱に沿って、土壁を立ち上げた。

 時間が過ぎれば崩れて行くような、いい加減な奴だが三カ月くらいはもつだろう。

 なにしろ、芯も入ってないようなシロモノだしねえ。

 四方を囲って、夜風が直接体に当たらないようにした。

 屋根はしっかりしているから、雨が降っても大丈夫だろう。

 村人は、陽が沈んだので、家に入って眠るのだろう。

 静かなものだ…


 村長の家だけ、ゆらゆらと明かりが見える。

 魔法の明かりでなく、ろうそくかな?

 持ってきた干し肉と、固焼きパンを、あっためた水で流し込む。

 温度管理ができると、出てくる水の温度は自由に変えられることがわかった。

「なにごとも練習だな。」

 あまり歓迎されてない感じで、気分はよくない。

 しょうがないか、街道がふさがって景気がよくないものな。

 夜風が、小屋の入り口のむしろを揺らす。

 火も焚けないから、外は真っ暗。

 さびれた村だ。



 静かすぎる。

 虫の声がやかましく聞こえていたが、急に静かになった。

 魔物か、獣か…

 いや、足音は人のものだな。

 ざりざりと、石を踏む音がする。

 そろそろと小屋の前に集まっているようだ。

 ムシロの影から外を覗くと、松明を持ったやつが五人。

 剣をぶら下げてるのが十人くらい。

 弓を持っているのが八人くらい。

 村長と横のやつは、槍を持ってる。

 総勢二十五人、ほぼ全員か?


 ちくしょう、ヤバいぞ。

「どうする…」

 とりあえず、小屋の入口に深さ五メートルの穴を掘る。

 二メートル二メートルぐらいの広さ。

 土は壁にして、穴の正面に立てる。

 入り口に沿って、四角い穴だ。


 そして、小屋の背中にもう一つ穴を掘る。

 小屋から出るための穴だ。

 こいつは、小屋を出たら埋めてしまう。


「なんだ?おい、壁があるぞ。」

「本当だ、どうしたんだこれは。」

「あの若いのがやったのかね、手が込んでるな。」

「まあいい、このまま殺しちまえ。」


 いきなり矢が撃ち込まれた。

「うが!」

 おれは、小屋の裏からうめき声を上げた。

「おお!刺さったみたいだぞ、よしよし。」

 ちくしょうなにがよしよしだ。

「よし、やっちまえ!」

「「「おう!」」」

 小屋を囲んだ一〇人余りが返事をして、剣を抜いて小屋に駆けこんだ。

「うが!」

「どええ!」

 深さ五メートルだ、落ちたら骨の一本も折れるかもしれん。


 用心のために、長さ一〇センチほどのとげを、穴の底にびっしり生やしてやったからな。

 土魔法、ハンパねえだろ。

「「「ぎゃ~!」」」

 足に刺さったとげの上に、さらにひとが落ちてくるんだ、そりゃあ痛いだろう。


「なんだ、なにがおこった?」

 村長が不安げに声をかける。

 中からは、濁った悲鳴しか聞こえてこない。

「若いのは生きてるのか?」

 変事がない。

 気の効いた若いのが、松明を持って戻ってきた。

 それで、中を照らしながらのぞく。

 後ろから村長が覗くので、自然押された形で前に一歩踏み出すと、薄暗い穴に落ちた。

「ぎゃああ!」

「ぐえええ!」


 穴から聞こえる悲鳴に、村長はぐっと下がる。


「あちちちちちち!」

「ばかやろう!松明をのけろ!」

「…」

 変事がないところをみると、若いのは気を失ったか、死んだか?


 俺は、小屋の後ろで着火の魔法を集束させる。

 ちゅいん!

 ジジジ…

 土壁を貫いて、レーザーのように小屋の前に至る。

「ぎゃあああああ!」

 あ、当たったかよ?

 そのまま横にスライドさせると、土の壁が白い煙を立てる。

 移動するたびに、悲鳴が増える。

 見えてないんだろうな。

 地面から二十センチくらいでスライドしてるし。


 小屋は、その火を受けて燃え上がる。


 穴にいるやつらはたまったものじゃない。

「あちちちち!」

 上からも下からも火にあぶられて、今日は厄日だな。

 小屋の横合いからのぞくと、村長をはじめて、村の男たち十五人ぐらいがひっくり返っている。

 どうしたのかと思ったら、みんな膝から下が焼け焦げてなくなっている。

 みな、転げまわってわめいている。

「ふん、いきなり人を殺そうとしやがって、てめえら盗賊だな!村の人はどうした!。」

「ぐがが、みんな殺して魔物のエサにしたわい。」

 村長が気丈に答えた。

「あら、まじめに答えてくれちゃって、そうかだから男ばっかしなんだな。」


「ぐうううう!足が…足が!」

 まあ、全員の足がなくなっちゃ、反撃もできんな。

「「「「ぎゃあああああ!」」」」

「あ、忘れてた。」

 小屋の落とし穴の中から悲鳴が聞こえる、焼け落ちた屋根が穴に中に落ちたんだ。

「まあ、盗賊なんかどうでもいいな。」

「ひでえ!」

「お前らだって、俺を殺そうとしたじゃん、おあいこだよ。」

 のたうちまわっているやつらは、出血性ショックでゲロまみれになってる。

 村長は、綺麗に焼けているので、血は流れていないが、そうとう痛いだろうなあ。

 俺は、その辺にあった荒縄で、村長の足を縛って止血をした。


「うう」

「まあ、やらんよりはマシだ。血は止まる。」

「ぐうう」

「で?ここは盗賊の村になったとこまでは聞いたよ、ここに転がってるので全部か?」

「…そうだ。」

「ふうん、おかしいな、数が合わん。」

「なんだと?」

「少なくともあと三人はいるはずだよな。」

「ぐ!」

 ひゅん!


 飛んできた矢は、村長の胸に当たった。

「がああ!」

 俺は、咄嗟に後ろに飛び退った。

 ほとんど貫通した矢は、村長の命も持って行った。

「ち!頭のいいやつがいる!」

 足を切られて動けなくなったやつなんか、盗賊として使い物にならない。

 矢のあるじは、こいつらを捨てることにしたようだ。

「逃げるんなら追わねえ。どうする?」

 賊は、何も言わずにがさがさと駆けだした。

 でもなあ、森に向かうとあぶねえぞ。


「うぎゃああああ!」


 あ~あ、夜の森に突っ込むなんて、命捨てに行くようなもんじゃないか。

 悲鳴はさらに二人分聞こえてきた。

 なんだかなあ、自分が悪い人にみえてくるじゃん。

 まあいい、つまりこの村は盗賊が乗っ取って、中継基地にしていたのだな。

 その辺でひっくり返ってる盗賊の懐を探ると、出てくる出てくる。

 硬貨の入った財布がザクザク。(量産型)

「お前ら金持ちだなあ。」

 特に返事はない。

 出血多量だな。

 もう意識もないやつが多いが、特に気にもならない。

 共●党と盗賊には、情けは無用だよ。



 俺、キライなんだ。



 俺は、村長の家に入った。

 村で唯一、ろうそくの明かりがあるからだ。

 まあ、どこにでもある田舎家で、そこそこ部屋数もある、まあ村長さんの家だな。

「ライト」

 生活魔法のライトは、直径二〇センチくらいのほわほわした丸いタマだ。

 けっこう明るい。

 盗賊たちは、使えないやつばっかだったんだな。

 明かりに照らされて、家の中がよく見える。

 家に入ってすぐは、集会もできる土間になってる。

 広さは、だいたい二〇畳くらいか。


 驚いたのは、土間の向こうの部屋に、無造作に積み上げられた盗難品の数々。

 ライトの明かりに浮かび上がったのは、ガラクタなのかお宝なのかわからん。

 こりゃあ、ひと財産なんだがあいにく、こんなもの運べないじゃないか。

 鎧や剣もある、塩、砂糖、コショウなんかも壷に入って、たくさんある。

 金貨の入った革袋、宝石も少々。

「は~、あいつら稼いでたんだなあ。おや?これは?」


 そのすみっこに、なにやら小さな革袋があった。

「なんだこりゃ?」

 持ち上げると、頭の中に数字が現れる。

「が、なんだ?」

 手が滑って、落ちそうになったので、咄嗟に手を出したら底をつかんでいた。

 ちゃりんちゃりん、がさがさ!

 革袋からは、信じられないほどの鎧や、金貨が落ちてきた。

「ほえ~?」

 俺は、出てきたものを持ち上げて、しげしげと見た。

「べつに、ふつうの防具だな…」


 あらためて、それを革袋に近づけると、しゅん!と手から消えた。

 同時に、頭に数字が出る。

「ほ~、こんなものが入るとは、不思議な袋なんだな。」

 おれは、面白くなって出てきたものを全部入れてみた。

「へ~、入っちゃうんだ。」

 ついでに、その辺にあった金貨銀貨を入れて見たら、入っちゃったよ。

「変なふくろだ~。」

 その辺にある、高そうなものはどんどん袋に詰める。

 がしょ。

「あ。」


 ついに入らなくなった。

 横合いに集められていた、古そうな鎧や剣を入れようとしたら、入らない。

 なるほど、これが限界か。

 まあいい、調味料・硬貨や高そうな装備は全部入った。

 あとは、二束三文の装備や、鉄くずみたいな剣ばかりだ。

 見たところ、革袋はこれひとつらしいが、大きさは荷馬車一台分程度なんだな。

 でも、ひと財産入っちゃったよ。

 俺は、だいじに袋を懐に入れた。


 なんのつもりか、冒険者のドッグタグが何枚か、棚に無造作に積んである。

 あいつら、冒険者も襲って殺してたのか…

 ひでえな。

 これは、ポケットにしまう。



 村長の家の土間の入り口に、落とし穴を掘って、その土で壁を作る。

 まず、大丈夫とは思うが、魔物や盗賊の残りがいたら怖いじゃん。

 ドアを開けて入ってきたら、目の前に壁があって、その下は落とし穴って凶悪な罠だな。

 安心して眠れないのは、困るものさ。


 まあ、その晩は特に襲撃もなかったが、朝になったら何人か盗賊が消えていた。


「ありゃ~?逃げるのは無理なんだがなあ。」

 足だけ残ってる。

 中には、冒険者のドッグタグ付けてるやつらがいたから、そいつは回収しておいた。

 人間、用心が大事だと、思い知らされたわ。

 とりあえず、もう盗賊もいないから、元来た道を帰ることにした。

 チグリスの短剣だけでなく、盗賊の持ってたよさげなブロードソードを背中にしょって、リュックサックに古びた剣を何本も入れて歩く。

 すごいのは、三〇キロくらいの荷物を背負っているのに、ぜんぜん重く感じないことだな。

 体鍛えていた訳でもないのにな。


 帰り道は、鼻歌でルンルン歩いている。

 空にそびえるくろがねの城~だよ。


 それに合わせて、背中の剣ががちゃがちゃあいの手を入れる。

 空は晴れて、小鳥も飛ぶ。

 俺には、殺人の罪悪感がないのか?

 よくわからんが、精神耐性がべらぼうなんじゃないだろうか?

 ま、いろいろ忘れているようだから、無理に考えてもしかたがないんだが。

 盗賊に対する情容赦がないところが怖いじゃないか。


 来た時と同じ行程なので、帰還に二日かかった。

 何の変哲もない城門なのに、懐かしく感じたのは、ここが拠点になってるからかなあ?

「おう、ユフラテじゃないか、お帰り。」

 門番の兵士が声をかけてくれた。

「あ、えへへ、ただ今戻りました。」

「おう、道中無事だったようだな。」

「いや、無事でもないですよ、盗賊も出たし。」

「ええ!」

「ほら。」

 背中の二束三文を見せる。

「あらま、本当だな。」

「もうかりました~。」

「も、もうかったのか?」

「ええ、これで少し楽になります。」


「ま、俺たちにしても、塩が来るようになるならありがてぇ。」

「そですね、では通って好いですか?」

「おう、ごくろうさん。」

 俺は、にこにこと城門をくぐった。



 あとで慌てたのは門番たちだ。

「てえ!あいつ一人でなかったか?」

「そう言えば…剣が二十本くれえあったぞ。」

 城門では、にわかに騒がしくなっていた。


「ただいま~。」

 俺は、チグリスの家のドアを開けた。

「あ!ユフラテ、おかえり!とうちゃん!とうちゃん!」

 チコは、奥の工房に向かって声を上げる。

「あんだあ?チコ。」

 のっそりと出てくる、ずんぐりとした影。

「おお!ユフラテ!無事だったか!よかった!よかった!」

 チグリスは、大きな手のひらで俺の肩をたたきながらよかったと繰り返した。

 なんだか涙が出そうだ。


「うん、これからギルドに報告に行ってくる。」

「おお、帰ったらゆっくり呑もうぜ。」

「ああ。」


 ここに帰ってきたから嬉しかったんだな。


 俺は、懐の革袋をチコに預けた。

「チコ、これを持っていてくれ。」

「なにこれ?」

「大事なものだ、誰にも見せるんじゃねぇぞ。」

「うん、わかったよ。」

 チコは頭がいい。

 言ったことの三倍は理解している。

「じゃあ、ギルドに行ってくる。」

「うん、いってらっしゃい。」

 人間用心してしすぎるってことはないもんさ。

 特に、組合長ギルドマスターみたいなやつは、疑ってかかって当たり前ってもんだよ。


 腹くろいからな。


 腹黒なら、俺も負けてないかもな~あはは。


 職人街の広い路地を抜けて、メインストリートに出て、ゆっくり歩く。

 たまに知り合いが声を掛けてきたりする。

 ギルドでは、マスターが待っていた。

「おお!帰ってきた!」

「ああ?あたりめぇだろう。行ったら帰ってくるさ。」

「ああ…まあそりゃそうだが。」

「これ、土産だ。」

 リュックサックを下ろす。

 がちゃがちゃと、剣が雑音を洩らす。

「なんだこりゃ?」


「盗賊が持ってた剣だよ。」

「はああ?」

 昼間で、人数の少ないギルドの中は、大騒ぎになった。

「おい!ひとりで盗賊団をやっつけたのか!」

「お宝!お宝あったのか!」

「盗賊はどうした!」

 ギルドマスターは、冒険者を制して俺に声をかける。

「まあ待て、詳しいことを報告しろ。」

「どこがいい?」

「こっちへ来い。」

 二階のマスター室に入った。


「助かったよ、へんなもの他の奴に見せられないからな。」

「なんだ?」

 俺は、冒険者のドッグタグをポケットから出した。

「!」

「盗賊たちがぶら下げてたやつだ。」

「おおお!なんてことだ!」

「しょうがあんめえ、これが事実だ。」

「よく隠して持って帰ってくれた、ギルドの秩序が…」

「かなりひでえありさまだったぜ。モイラの村は、全滅していた。」

「な、なんだと!」


「言った通りだよ。盗賊二十八人が村人を全員殺して埋めた。これは、盗賊に聞いたからまちがいない。」

「…」

「そして、村人になりすまして、そこを拠点に盗賊家業を行っていたのさ。」

「ううむ。」

「この剣が証拠だ、奴らの持ってた剣はここにある。」

「おまえ、どうやってこれを…」

「なに、全員ぶっ殺して、奪ってきただけだ。」

「全員か!」

「あ、三人は魔物にやられた。夜の森に駆けこむなんてアホだな。」

「ちょっと待て!盗賊二十五人だぞ!」

「ああ、半分は落とし穴に落とした。まだ生きているかもしれんが、深さ五メートルだ出られやしねえよ。」

「のこりは?」

「全員、足切ってやった。朝になったら三人くれえいなくなってたから、魔物に引かれたかもな。」


「…、それで?」

「それだけだよ。ああ、盗賊に殺された冒険者のタグだ。」

 反対側のポケットから、棚に合ったタグを出して渡した。

「盗賊二十五人、全員ぶっ殺したって言うのか?」

「そうだよ。ああ、なんかガラクタが積んであったから、そのまま放置してある。なにしろカサがあるから、持ってこれなかった。」

「そうか、あとで馬車でも向かわせよう。」

「それと、こいつは盗賊の懐からもらってきた現金だ、おれが貰っていいか?」

「まあ、盗賊のものなんか、やっつけたやつのものだ。もらっとけ。」

 マスターは、大した額ではないと持っているようだ。

「そりゃありがたい、金貨三枚あったからな、しばらく喰えるな。」

「金貨だと!」

 わざと言わなかったんだよ、最初から知ってたら取り上げたろう。

「ううむ…ガラクタってなんだ?」

「ああ、鎧とかそんなもん、どっかの冒険者からむしったんじゃねえ?」


「ちくしょうどもが…」


「まあ、これで街道の安全は確保できたと思うぜ。」

「すまなかった、これは依頼領だ。」

 マスターは銀版を並べた。

「銀版五枚だけかよ。」

「賞金首については、あとで査定する。」

「ちゃんとするんだろうな。」

「当たり前だ、そこでズルしてんみろ、ギルドの信用がなくなるわ。」

「そりゃそうだな、頼んだぜ。」

 俺は、いすから立ち上がった。

「ドッグタグか…冒険者も喰えないとこうなるんだ。」

「そいつらは、根性がなかったのさ。あんたのせいじゃない。」


 マスターは、ふり返って俺を見た。

 俺は、ひとつうなずいて、部屋を出た。

「あ!剣は鋳つぶしたいから、あとでもらっていいか?」

「いいぜ、持ち主が特定できた後で渡してやる。」

「ありがとさん。」


 冒険者も、いいやつだけとは限らないよな。


「よ~、酒おごってくれよ。」

 痩せた、へんな奴が声をかけてきた。

「なんだ?」

「俺はヨールってんだよ、盗賊退治で儲かったろう?エールおごってくれよ。」

「見ず知らずの野郎におごる酒はねえよ。」

「そう言うなよ~。」

 まてよ、俺がいない間のギルドの様子が気になる。

「待てよ、おいヨール、酒おごってやる。」

「ほんとかヨー?」

「おう、着いてこい。」


 俺は、ヨールを連れて、表通りのカフェに向かった。

 道路にテーブルやいすを出して、勝手に商売やってやがるんだよ。

 ま、だれもそれを咎めるやつもいないがな。

 当たり前みたいに占有してやがる、これも文化かねえ?

「まあ、座れよ。」

「ヨー。」

「エール二つと、串肉二つ。」

「おつまみ付きかよ~。」

 エールが届く前に、ヨールに聞く。

「なあ、昨日ギルドであったこと教えてくれよ。」

「昨日か~、そうだな、知らない顔の若いのが何人も出入りしてたな~。」

「へ~、ヨールの知らない顔がいるのか。」

「このギルドも、ワタリが何組かくるからな、護衛なんかでほかの街の奴もいるし。」

「なるほどねえ。」

「そいつらは、何度も二階に駆け上がってたぜ~。」

「へ~、なにやってるんだろうな。」


「まったくだyo~」

 ヨールは気付いていないが、どうやらそいつらはギルドの情報屋だな。

 あの組合長は、闇でなんかやってやがる。

 まあ、あの盗賊どもの黒幕って訳じゃなさそうだけどな。

 器がちっちぇえから。


 あ!村長の家の落とし穴、埋めてくるの忘れた!

 だれか落ちてねえだろうな?


 一方ギルドマスターは…

「なにい!落とし穴?」

「はい、モイラの村の村長宅には、深さ三メートルの落とし穴が掘られていて、扉を開けたらまっさかさまです。」

「なんでそんなものが?」

「さあ?用心のためですかね?」

「それで、だれか落ちたのか?」

「いえ、すんでのところで腕をつかんだので、だれも落ちていません。」

「ならよかったな。で?略奪品はどうした?」

「ええ、どうにも、ガラクタばっかりで、あまりいい仕事はしていませんでした。」

「では、ユフラテの言う通りか。盗賊はどうしていた?」

「全員死亡です。地面に引きずった跡がありましたので、死体を持って行った魔物がいるようです。」

「ほう、落とし穴の中も確認したか?」

「村長宅のですか?」


「あほう、馬小屋の方にも落とし穴があったろう。」

「残骸で埋まっていて気がつきませんでした。」

「そうか、そっちは調べてこないといかんな。」

「そうですか?」

「ああ、ユフラテも放置して来たようだからな。」

 ポケットには金が入ってるかもしれんからな~(笑)

「外の盗賊は、全員足が切れてなくなっていました。」

「切れて?」

「はあ、切り口は焼け焦げて真っ黒でしたが。」

「真っ黒…どうやったのか、聞きたいようなキキタクナイような…」

「一部炭化していましたよ、よほどの高温でないと…」

「あいつ、なにやったんだ?」

「はあ、魔法でしょうか?」


「ユフラテが、魔法を使えるとは聞いてないぞ。」

「まあ、なにぶん情報が少ないですからね。」

 男は、マスターが情報を渋ったと見ている。

「偵察だけの予定だったからな、まさか全員ぶっ殺してくるとは思わんだろう。」

「まさに。」

「まあいい、この件は打ちきりだ。顛末は、殿さまに報告する。」

「はは、では失礼します。」

 マスターは、鼻から強く息を吐いた。

「まったく、手間がかかる。」

 ギルドマスターは、肩をすくめた。

「おらあ、正義の味方ってわけじゃないんだけどな。」


 じゃあ、悪の使者かよ?


「ちゃうわ!」

年内に、五話が書けるか心配です。

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