第二話 一文無しはつらいよ!
さて、記憶のないユフラテですが、いろいろなぞもありそうですよ。
わかっとるっちゅうねん。
チグリスからもらったメイスをかついで、小ぶりな弓矢を持ったチコの後ろを歩く。
チコは、油断なく周りに目を配っている。
なかなか好い動きだ。
でもまあ、畑の真ん中で、そこまで緊張しなくてもいいのにな。
畑は緑の葉っぱが並んでずっと続いている。
ほうれんそうに似ているが、ほとんど畝なんて見当たらない。
じかに植えているカンジ。
掘り起こしたりしてるのかね?
道はやはり三メートルほどで、荷馬車のわだちが草を生やさない。
正直言って、この状態はどうなんだ?
記憶があるわけではないが、街に対する違和感がぬぐえきれない。
簡単に言うと、俺の知っている街とはちがうのだ。
こんな石と木組みの家なんかなかった。
いや、木組みなんだけど、これじゃない感。
道路だって、これじゃない。
石で舗装された道なんて、観光地以外になかった。
水道がない。
トイレが臭い。
トイレに紙がない。(終わってるな。)
どう言うわけか、魔法なんてものがあって、生活に密着している。
ここ重要。
(まほうは、いつもチートなものだけど、実際に見ると手品にしか見えん。)
移動手段が、徒歩か馬車しかない。
俺は、なぜこんなところにいるんだろう?
チコの横を歩きながら、そんなことを考えていた。
道のわきを細い小川が流れている、用水路か?
水の流れは、石積みの水路を行く。
ところどころで道は交差していて、荷馬車がすれ違うこともできる。
ゆるくうねった丘の向こうに草原が見える。
どうやら開発が止まっているようだ。
人口が少ないから、そこまでしなくても喰えるのかもな。
なんせ、ニマンニンモ居るんだもん。
背丈の高い草が茂っている。
道のわきには広葉樹が植えてあって、涼しい影を落としている。
まあ、植えてあるのか、残っているのかは不明だがね。
空はよく晴れて、歩くとかなり汗が出る。
時刻は午後三時ごろ、そう言えばセミの声がしないな。
「セミ?まだ早いよ。鳴きだすのは七月からよ。」
「そうか…向こうになにかいるな。」
畑を抜けて、草原に出た。
境にも木が植えてあるのか、ずっと続いている。
森までは一〇〇メートルくらい離れているか。
草原にもぽつぽつと広葉樹が立っているので、見通しがいいとは言えないが、まあなんとかなりそうだ。
木陰は涼しいしな。
俺の意識を捕まえたのは、ウサギのようだ。
三本ぐらい向こうのケヤキの下に、茶色と白のまだらになったウサギが立っている。
どうやらメンチ切ってるみたいだ。
「目が合ったな、来るぞ。チコは、木の陰にいろ。」
「うん。」
やはり早い。三〇メートルくらい、瞬く間につめる。
だいたい、ウサギは五〇メートルを四秒半くらいで走るそうだ。
「来い…」
俺は、メイスを上段に構えて、ウサギを待った。
やはり速い!
ウサギは目前で、鋭い前歯を見せながら飛びかかってきた。
「ち!こいつも肉食か!チェストォ!」
おもきし眉間を狙ってメイスを振り下ろすと、めこっと頭蓋骨が歪んで昏倒した。
やはり一撃だ。
ウサギは、目が飛び出て耳から血を吹きだして倒れている。
このメイス、バランスが俺向きだ。
すっげえ使いやすい。
「すごい…ユフラテ、すごいよ。」
「いっちょあがり、九貫目(三十五~六キロ)くらいだな。」
「おおきいね。」
木の枝に吊り上げて血抜きをする、チコも慣れているのか気にもしていない。
「あ、なんか足音がするよ。」
「本当だ、あっちか。」
どすどすと、重い足音がするほうを向くと、体長二メートルを超えるようなイノシシがいた。
チコは、ブラウンボアだと言う。
単なる茶色いイノシシだわ。
前の牙が左右に二本ずつ、合計四本天を向いている。
凶暴そうな面構え。
あれで切り裂かれたら、足なんかひどいことになるな。
「二五〇貫(約一トン)はありそうだな。」
「でかすぎるよ!」
チコが悲痛な声を洩らした。
俺は、かえって落ち着いてきたんだが。
「見つかってしまってはしかたがない、チコ、木の上に登れ。ぶつかると危ない。」
「う、うん、ユフラテも気を付けてね。」
「ああ、まかせろ。」
なにを任せるんだかよくわからん。
チコは、それでも木の上で、弓に矢をつがえている。
わからんが、この辺の野生動物は、どいつもこいつも攻撃的なやつばっかしやん。
ウサギの当社比二倍くらい早い速度で迫りくる大イノシシ!
最初は重い体重に、ダッシュが付いてこないが、加速がつくと速い!
まるで、DOHCがカムに乗ったように、一気に加速する。
ドドドと言うよりも、ガガガと言った足音になる。
メイスの柄に唾をかけて、迎え撃つ。
「こい…」
上段に構えたメイスを振り下ろす前に、イノシシは目前にいた。
「うわ!」
あやうくかわして、構えなおす。
ちくしょう、間合いをしくじった。
ギリだったないま。
「大丈夫!ユフラテー?」
「だいじょうぶ!」
今ので間合いは見切った、速度に修正をかける。
ウサギの二.三倍マシ!
イノシシはぐるりと円を描いて、方向転換してくる。
速度が速くて、回転半径が一〇メートルくらいあるんだ。
「こい。」
正眼から上段に移行しながら、一歩前に出る。
「ちぇい!」
ごちんと音がして、イノシシの眉間がへこむが、気にせず方向を変えて戻ってくる。
が、俺の眼前でふらふらとゆれると横向きに倒れた。
「や、やったの?」
「いや、まだ生きてる…そい!」
もう一度ごちんと音がして、固い頭蓋骨が割れた。
「これは大きすぎる、かついで戻れない。」
「そうだね、うちに行って荷馬車を取ってくるよ。」
「ひとりで大丈夫か?」
「こんなのが獲れたんなら、ほかの獣はそうすぐには出てこないよ。行ってくる!」
チコは、樹上から降りると一気に駆け出した。
なるほど早いな。
ドワーフは筋肉だるまだから遅いなんて言ったやつはだれだ?
すっげえ速く走るぞ。
すぐに畑をすり抜けて、外壁にたどりついた。
小さい体でたいしたもんだ。
俺は、視線を感じて振り向いた。
「!」
もう一匹いた。白ウサギだ。
こいつも、赤い目をむいて攻撃してくる。
どんだけ学習しないやつらなんだ。
もしくは、好戦的な生き物だな。
おもしろいので、メイスを軽く振り回し、いろいろ扱いを研究しながらウサギを翻弄する。
ウサギの顔は、アン●マンのように腫れてしまった。
とどめの一撃を見舞うころに、騒ぎを聞いてもう一匹のウサギが顔を出した。
こいつも白い。
すれ違いざま、一撃で仕留める。
血抜きをしながら、こいつらのばかさ加減にあきれる。
どいつも十貫は下らない。
木に吊るすロープがない。
きょろきょろと回りを見回すと、下草の間にツル草が見える。
「よし、これでいいや。」
そのへんからツルを引きずり出してきた。
頭を下にして吊るすと、喉を切る。
チグリスから借りたナイフはよく切れるわ。
どへーっと血が出て、そのへんスプラッタ。
下に掘った穴に吸い込まれていく。
「銀貨がざくざくしてきたな。貨幣価値がイマイチよくわからんが。」
かぽかぽと音がして、ロバの曳く荷車がやってきた。
御者台にはチコとチグリスの姿があった。
「ユフラテ~!とうちゃんも連れてきた、イノシシ乗せるのー。」
「おう、ウサギも増えたぞー。」
「あらまあ、ウサギ三匹!」
俺たちはほくほくしながら家路についた。
「しかし運がいいな、イノシシでこんなでかいのが襲ってくるとは。」
「それ、運がいいのか?」
「わはは!シシ鍋はうまいぞー。」
「はあ…そんなに体力使わなかったからいいわ。このメイス、使い勝手がいいね。」
「そうか?」
「うん、振り回しやすい。この白ウサギでいろいろためしてみたけど、どれも攻撃しやすかった。」
「すごいんだよとうちゃん!ウサギを一撃でやっつけた。」
チコがはしゃいでいる。
「へえ、なんか心得があるのかね?」
「前に、剣を習ってたらしい。技が勝手に出る。」
「そう言やあ、最初もなんいやら掛け声かけてたな。めんだったか?」
「はあ、メンかー、そういえばなんでメンなんだろう?」
「そりゃこっちが聞きたい。」
ブラウンボアはその巨体を横たえているので、なんとかして荷台に乗せたい。
三人で引っ張れば、乗せられるんじゃないか?
「うお、こりゃ重い!動かんぞ!」
チグリスは、イノシシの足をもって引っ張るが、ずるずる動くだけで、前に進まない。
チコもいっしょになって引っ張るが、とても上がりそうにない。
「うう~、とうちゃん、これは人を呼んでこないと上がらないよ。」
「そうだな、バラして乗せるか?」
「ええ?もったいないよ~。」
二人は思案六方である。
「ええ?動かないか?」
俺は、シシの後ろ脚をもって引っ張った。
「あ!」
チコの声に押されるように、シシはずるずると動き、荷台へとずりあがった。
「な!なんで~?」
チコの声が森にこだました。
で~で~で~で~
「たいした力持ちだなおい!」
チグリスがびっくりして大声を出した。
「わからんが、乗ったからいいや。」
不思議と、体はなんともない。
イノシシが載って、よかったな。
ギルドに荷馬車をつけて、チコにコステロを呼びに行ってもらう。
チコは、ギルドの入り口に飛び込んで行った。
………
「うわ~こりゃでかい!よく荷馬車に乗せたなあ。」
コステロも驚くほど、ブラウンボアはでかかった。
「こりゃあ三〇〇貫はあるぜ。」
コステロは、ざっと見体重を目測する。
「さ、さんびゃく…」
チコも絶句している。
「うむ、なかなか珍しいな、どこでとれたんだ?」
「あそこの畑を出たところだ。」
「え~、危ないなあ。すぐそばじゃないか。ギルドにも報告して、警告を出さないとだな。」
コステロは腕を組んで、イノシシを見下ろした。
「まあな、ウサギも三匹いるんだ。」
「お!白が二匹もいるじゃないか、この毛皮が高く売れるんだぜ!銀貨三枚だな締めてウサギ三匹銀貨八枚!イノシシは三二〇貫で銀板三枚と銀貨一枚でどうだ。」
「大儲けだな。やったぞユフラテ。」
一日で稼ぎすぎだわ~!
「チグリス、半分やる。」
俺は、金の入った革袋を持ち上げた。
「バカ言え!お前の稼ぎだ。お前が持ってろ。」
「でも、チグリスのメイスのおかげ…」
「いいから、お前には金が必要だ。俺は、鍛冶屋の稼ぎでじゅうぶん食える。」
チグリスは、真顔で俺の目を見て言う。
「そのうち、家だって借りなきゃならんのだ、金はあるにこしたこたない。いいから持ってろ。」
俺は、あきらめてひとつ提案した。
「じゃあ、これで酒買ってくるよ。」
「そうだな、樽一個くらいならおごられてやる。」
「わかった、チコちゃん行こう。」
「うん、とうちゃん荷馬車を使うよ。」
「ああ、行ってこい。」
チグリスは、二人を送り出して自分は歩いて工房に戻った。
冒険者ギルドでは、俺の獲ってきたイノシシが評判になった。
なにしろ成獣で、久しぶりの三〇〇貫ごえである。
その売り上げときたら、たまらなく魅力的だ。
ギルドと言う組合は、冒険者が儲けてくれないと成り立たない。
要するに、売り掛けのピンハネだからな。
そう言ういい獲物を持ち込む冒険者は、いい冒険者で、その武器は重要なファクターだ。
その武器がチグリスの作ったメイスだったことで、チグリスの工房が有名になると言うおまけがついてきた。
みんないい武器がほしいんだ。
いい武器を持っていると、稼ぎもよくなる。
「バカ言え。」
チグリスは懐疑的だ。
「使い手がヘボだったら、どんな名剣も棒切れとかわらん。」
「そりゃそうだけどさ。」
俺は苦笑をもらす。
チグリスは、俺の買ってきた酒をどんぶりでやりながら、うそぶいた。
「お前のメイスだって、俺の手すさびで作ったもんだぜ。」
酒が喉をとおると、目を細めている。
「鉄が余ったもんだから、余興で作ったんだ。柄もあり合わせだしな。よく折れなかったもんだ。」
「うひゃ~こわやこわや。」
俺は、それを聞いて冷や汗が出た。
「その辺の樫の棒を適当に削って作ったもんだから、バランスもイマイチだろ?」
「そうかなあ?これ使いやすかったし。バランスも俺に合ってる。」
「へえ、よかったな。手に合ったか。」
「うん、これは眉間をねらうのに適している。イノシシも実は一撃で気絶したんだ。あとで止めはさしたんだけどさ。」
「へえ、あれを一撃って、腕が良すぎだろう。三〇〇貫だぞ。」
「三〇〇が五〇〇でも、眉間はひとつさ。」
「そらそうだろうけど…」
チグリスは、なにやら納得しきれていない顔をしている。
「ユフラテー、とうちゃん、シチューができたよ。」
「いつもすまないねえ。」
「とうちゃん、それは言わない約束だよ。」
なにこの三文芝居。
「しかし、一日ですげえ儲かったなあ。」
俺が言うと、チグリスはニヤリと笑った。
「ギルドに加盟して一日でこの稼ぎは、新記録だぞ。」
「そうなん?」
「当たり前だろ。ウサギだって三人で獲るのがふつうなんだぞ。」
チグリスはあきれている。
「シングルで、イノシシ狩るやつが珍しいんだ。」
イノシシのシチューは、脂が乗っていてうまい。
「そうかー、まあ金があるのはありがたいよな。」
「それで、家借りるのか?」
「まだわからないよ、チグリスに恩返しもしてない。」
「恩返しっておまえ、このシチューと酒だけでも、十分だぜ。」
「こんなぐらいじゃ俺が満足できないよ。」
「おいおい…」
「なにかさせてもらうよ、頼むよ。」
「わかたわかった、とりあえず明日、蒸留器の実験をしよう。その手伝いをしてくれ、今夜は泊ればいいさ。」
「ありがとう。」
チコは、生活魔法で「ひかりだま」を出して、部屋を照らした。
「おお!チコすごいじゃん、こんなことできるんだ。」
「こんなのユフラテだってできるよ、きっと。」
「そうかなあ?」
「着火の魔法も知らなかったんだもんな~、どうだ着火の魔法、できそうか?」
「えっと~イメージイメージ…火がつく火がつく…」
その途端、右手の人差し指からものすごい勢いで火が噴き出した。長さ二メートルぐらいの猛烈な勢い。
「どわ~!火事んなるだろ!やめ~!」
すぐに火は消えて、ただの指に戻る。
「なんだこれ?おまえ、なにやったんだ?」
「着火の魔法をイメージしてたんだけど…」
「火炎放射器かっちゅうの!俺の顔が焼けるとこだったわ。」
「鍛冶屋なんだから、それでも不思議じゃないじゃん。」
「アホ、それはへたくそな鍛冶屋だからだ!」
「へえ、うまい鍛冶屋はやけどしないんだ。」
「おうよ。」
「ふうん。」
そんなふうに、その夜は更けていった。
ベッドがせまい…
おつきあいいただき、ありがとうございます。