第十七話 マレーネの成長について
マレーネのとうちゃんが出てきましたよ。
トロールのキン●マ二個で金貨一枚半。
トロール自体も金貨で三枚。
銀板四十五枚=六人で割って銀板七枚半だ。
とてつもない儲けだ。
それとは別に、ゴブリン二十二匹で、銀貨六十六枚。
つまり一人頭銀貨十一枚。
じつにおいしい旅だったな。
都合銀板八枚銀貨六枚。
マレーネは、俺の買った服を大事そうに抱えている。
俺は、マレーネの父親、アダムに麦わらから紙を作る方法を教えた。
俗に言う『わら半紙』である。
質はよくないが、枚数が取れる。
紙漉きの要領で、一日に三〇枚もできれば、そこそこいい金になる。
なにしろ紙は高いからな。
市場で並べても、すぐに売り切れる。
ただ、長時間下ごしらえに時間がかかるので、こつこつと作業する時間が必要だ。
アダムにはそれがある。
麦わらを、ひたすらたたいて繊維にしなくてはならない。
麦わらを、ただひたすら叩いて繊維を分解する。
それを煮立てて均等に融解する。
そして、それを漉き出して乾かす。
こんな作業でも、呑んだくれで居るよりは数倍いい。
マレーネに対しても、引け目を感じないでいられるだけましじゃないか。
このへんで、コウゾやミツマタは見つからなかったので、和紙は別の機会に探そう。
これは、更に工程がめんどくさいし。
足の悪いアダムには、荷が重い。
ただむちゃくちゃ手間がかかる。
行程が複雑で、しつこく続く。
はたから見ていても、アダムはよく辛抱してこれを行っているものだ。
父親としては、マレーネの稼ぎにすがって居るわけにはいかないのだろう。
その意地とも言える行動は、俺には好ましく思えたのだが…
「おとうさん、ただいま!」
マレーネは自宅の前に立つ父親に、元気よく声をかけた。
「おう、お帰りマレーネ、レジオまではどうだった?」
アダムは、ゴミを出しながらマレーネを迎える。
「すごい楽しかったよ~、行き帰りに魔物が出たから儲かっちゃった!」
「はあ?魔物ってお前…」
「うん、行きにオークが出て、ウサギと合わせて、銀貨六枚半の分け前もらった。」
「ちょっと待て!オーク?とんでもない魔物じゃないか。」
アダムの顔色が蒼くなった。
「うん、帰りはトロールが出て、ゴブリン二十二匹と一緒で、銀貨十一枚の分け前。」
「はあ?トロール?」
「そうだよ、お師匠さまはすごいんだよ、トロールの足切って、マルソーとジャックが首に槍入れて、レミーが喉に槍突き刺したの。」
「お前は?」
「あたしは、後ろの警戒してた。そしたら、ゴブリンが出てきたから、魔法ぶつけてたの。あ、ミシェルもゴブリン倒してた。」
「はああ?ミシェルって、そんなに強かったか?」
「うん、強くなったんだよ!お師匠さまに鍛えてもらったからね、ゴブリンくらい倒せるよ。」
アダムは冷や汗をかいていた。
マゼランからレジオへの街道は、比較的安全でウサギより強い魔物は出てこない。
それが行き帰りに、偶然・大物の魔物が出た、どうなっているのかわからん。
「俺が麦わら叩いているうちに、お前たちはそんなことしてたのか。」
「そうだよ。お師匠さまがいれば無敵なんだから!」
「無敵ねえ…」
もと冒険者のアダムからすれば、無敵の冒険者などいない。
どこかで力負けして帰ってくる。
「あたしの魔法だって、そんなに捨てたもんじゃないんだよ。」
「へえ。」
「この旅で、お師匠さまにエアハンマー教えてもらった!」
「はあ!そんなもん、すぐに覚わるものか?」
「だって、お師匠さまの教え方がわかりやすくてさ、できちゃったんだもん。」
「できちゃった…」
「見てて。」
マレーネは、表の立ち木に向かってエアハンマーを放つ。
「エアハンマー!」
ばす!
どん!
立木はゆらゆらと揺れて、葉っぱを散らした。
「うお!すげえ!」
アダムは、あることに気がついた。
「…ちょっと待て、おまえ詠唱はどうした?」
「へ?そんなもんしないよ。」
「無詠唱でこの威力なのかよ!」
「だって、お師匠さまが、『恥ずかしいから詠唱などいらん』って言うんだもん。」
「もんって…信じられん。」
「いいじゃん、これで魔物を吹っ飛ばして、ミシェルが止めを刺すんだ。」
「なるほど、理にかなってるな。」
「もうウサギに泣かされてたマレーネじゃないんだよ!」
「ああ、そうだな。」
アダムは、娘の成長に絶句した。
それはそうだろう、生活魔法に毛の生えたような魔法しか使えなかった娘が、魔物を吹き飛ばす。
おそろしい成長ではないか。
それをあの若造が成長させてのけた。
いったい、どんな魔法を使ったのか?
「おとうさーん、ゴミでたの?」
家の外に積んでおいた、使い物にならない麦わらは、クズとして燃やしている。
「じゃあ、燃やしてしまうね。」
と、いきなり穴が開いた。
五~六十センチ四方の穴だ。
マレーネはそこに、クズ藁を突っ込んでいる。
「ちょっとまて、何だこの穴は。」
「え?土ボコだよ。こうすると、簡単に穴掘りできるんだー。」
「はあ?土ボコ?」
土ボコとは、初歩的な土魔法だ。
土魔法に目覚めた子供が最初に習う。
それがなに?このデカい穴は。
土ボコって、足の裏にぽこって出るやつじゃないか。
「ワケわからん…」
「ほい着火。」
ぼん!
藁は勢いよく燃え始めた。
「ちょっと待て、なんだその火は?」
「え?着火の魔法だよ。」
信じられんくらい強力な火焔魔法だ。
火魔法でも上級クラスじゃないか。
どうしたら、こんなものが出せるのかわからん?
「火焔魔法じゃないのか?」
「ううん、着火の魔法。魔力なんかぜんぜん使ってないよ。」
ウソだろう?
だって、直径五十センチの火焔玉が出たじゃないか。
それって、火魔法でもかなり高度な魔法だぞ。
「ほい、土ボコ。」
穴はもとのように埋め戻された。
「あああ、そんな簡単に!」
「え?簡単だもん。こんなのぜんぜん魔力使わないから、疲れないよ。」
バカな!
俺が冒険者のころには、魔法使いがどれだけ苦労して穴を掘っていたか!
土魔法使いは、不器用な奴が多い。
炎の魔法だって、脂汗かいてやってたぞ!
ひとり一属性が当たり前のイシュタール王国で、二属性使える娘は特別だった。
まあ、魔法がしょぼいので期待はしてなかったが。
「まあ、家に入ろうよ。」
「あ・そう言えば、お前そのかっこう。」
「ああ、これ?えへへ~お師匠さまが買ってくれた。」
マレーネは、嬉しそうに回って見せた。
「師匠が?って、あの若造がか?」
「そうだよ、お師匠さまは、お金持ちだからねえ。」
完全に騙されてるんじゃないのか?
飼いならされているとか、そのうち売り飛ばす気なんじゃ…
アダムは、深読みしすぎだ。
そうしたら、あんたの今の仕事はどうなってる?
「バカだねえ、考えすぎだよ。お父さんの仕事を教えてくれたのもお師匠さまじゃん。」
「あ、ああ、そうか。」
「お師匠さまは、親切なんだよ。あたしがモノも食べずにいたら、太るまで食べさせてくれたり。」
「そうだな、感謝してる。」
そうだな、娘をすっかり任せてもいいくらい感謝してる。
そうか、こいつをヨメにするつもりなのか?
それならまあ、面倒でも任せて安心だわ。
マレーネは、家の中に光玉を出して照らした。
「そんなこともできるのか?」
「うん、これも教えてもらった。三時間くらいは明るいよ。」
げえ、中級魔道士クラスじゃないか。
お茶のポットに薬草を入れ、指先からお湯を出す。
「はあ?」
あんなこと俺の仲間はだれもできなかったぞ。
もちろん、俺もお湯なんて出せない。
そもそも、生活魔法の着火だって、三センチくらいだ。
道端に生えている雑草の中に、少しだけ腹イタを治せる薬草がある。
マレーネはそれを乾燥させて、お茶の代わりに飲んでいるんだ。
少し苦くて、口当たりは悪くない。
「ほら、とうちゃんも座って。」
「ああ…お前の師匠は、どこでこんな魔法を習ったんだ?」
「しらないよ、だってお師匠さまは忘れ病なんだもん。」
「忘れ病なのに、なぜ魔法が使える?」
「さあ?」
ますますワケわからん。
ただ、マレーネの成長は驚くほどだ。
これなら、胸を張ってパーティに所属できる。
「今ねえ、レミーさんたちとウサギ狩りしてるじゃない。」
「ああ。」
「でね、マルソーさんたちと、パーティ組んでみようかって話が出てる。」
「しかし、お前はFクラスになったばかりだろう。」
「あら、もうEクラスだよ。」
「はあ?」
「お前が冒険者ギルドに入って三カ月じゃないか。」
「うん、お師匠さまに鍛えてもらったら、あたしもミシェルもEクラスになれて。」
「信じられんわ。ふつう、一年はFクラスのままじゃないか。」
「そうなんだけどね、マリエさんがウサギの獲り方なんかを聞いて、上げてくれた。」
「鉄のマリエがねえ…」
「結婚して丸くなったんだよ。」
「ワケわからんことばっかりだな。」
アダムは、きれいな服を着て、ふっくらして娘らしくなった我が子を見つめた。
「とうちゃん、市場に紙を売りに行くの?」
「いや、もう少し漉いてからにする。」
「そう?この棚の奴は乾燥させるね。」
「かんそう?」
「うん、こう温風を出す魔法で…」
ほんとうだ、暖かい風が通っている。
「温風っておまえ、風魔法なんか使えるのか?」
土・火に加えて風魔法の三属性もちなんて、王宮魔術師じゃあるまいし。
「そう、お師匠さまはすごい魔法使いなんだもん、いろいろ教えてくれた。」
なんと言うことだ、いかんいかん、これでは俺がバカみたいじゃないか。
あの若いのは、信用に値する。
ここまで他人の子を鍛えるなんて。
「疑って悪かった。」
「なあにい?」
「なんでもねえ、じゃあ早速紙漉きするか~」
アダムは、鼻をぐいっと拭いて、杖を握りなおした。
ミシェルさん、がんばって。




