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白刃の女神  作者: 大吉
9/39

第一部 告白 9/15

 母さんのくれたトローチが私の声をきっと美しくしてくれ

る。でも、まだ、私にはそれでも声がかすれそうだった。臆

病な心がまだ消えたわけではなかったから。

 それならば、この僅かな美声は一番大事なときのためにとっ

ておこう。私は手紙を書くことにした。それなら、あいつに

声をかけるタイミングなんて気にしなくてもいい。爽香に渡

してもらえばいいのだ。でも、あいつ……私の手紙をちゃん

と愁に渡すのか。私はその行き先がゴミ箱にしか見えなかっ

たので、結局、愁のげた箱に直接入れることにした。

 でも、私は不安だった。あいつはちゃんとこの手紙を受け

取るのだろうか。そもそも、それに気がつくのだろうか。私

はそれが気がかりで、愁がそれを受け取るまで遠くからじっ

と見守ることにした。

 私には確信があった。あいつは今日遅れてこない。愁は無

性に心配性だから、体育の時間は絶対休まないとふんでいた。

爽香が登校するのをさっき見ている。今日のあいつの一限目

は体育だ。大丈夫、きっと来るはずだ。

 愁は予鈴が鳴るころにやってきた。その鐘が私にはやけに

大きく聞こえた。あいつは意外にも素直に私の手紙を手にし

て、しかも、その場で読み始めた。いいぞ、愁。でも、もう

少し隠れて読め。これでもう壁はなにもなくなったのだ。あ

とは私があいつに言ってやるだけだ。

 でも、そう思うと、今度は話す内容の組立が新しい壁となっ

て、結局、それは放課後になっても私を苦しめ続けた。

 呼び出した先は放課後の校舎裏だった。一番人気のない場

所だ。私はなんともない段差につまづいたり、人にぶつかっ

たりしながら、そこへ向かった。愁が来るまで私の心臓は果

たしてもつのだろうかと心配になったが、それは、取り越し

苦労におわった。

 実はもう愁はそこにいた。あの遅刻の代名詞が、だ。これ

にはいくらか計画を崩されてしまった。話のモデルを待って

いる間に何度も復唱しようとしていたのに。

 「よぉ」

 「あ……あぁ、時間大丈夫か?」

 私はいま必死に組み立てた話の内容を探している。でも、

あろうことか、私はそれがどこから始めていいものやら、さっ

ぱり分からなくなってしまった。

 「ん、でも、まさか、国嶋がおれに手紙書いてくれるなん

てな」

 「なんだ、私がおまえに手紙を書いちゃいけなかったのか?」

私は憎まれ口を叩きながらも、愁に感謝していた。彼が話題

をふってくれている。その間に私は組み立てた話しの内容を

即座に紐解いていた。

 「そうじゃないけど。ただ、国嶋の字、おれあんま見たこ

となかったから」

 「そうだったか?」

 「あぁ、可愛い字書くんだな。国嶋って」

 私の組み立てた話の内容が爆破された。愁が私に可愛いと

言ってくれた。字について言ってくれたのだが、いまの私に

は字だろうが私自身についてであろうが、それはもう相違な

かった。愁は私に向かってその言葉を言ってくれたのだから。

 もう組み立てなど必要なかった。その言葉は私の肩を押し

てくれたのだ。

 「な、なにを言っているのだ……、バカか、おまえは」

 「あぁ、バカで悪かったな。で、話しってなに? 噂の件な

ら、もう勘弁な?」

 「そうではない。私だってくどく聞くのは好きじゃない。

おまえ、知ってるだろ?」

 「じゃぁ、どうした?」

 私はもうこのとき、傘のお礼などすっかり頭にはなかった。

 「驚かないでほしいのだが、その……愁が」言葉が続かな

かった。どうしてこうも急に息苦しくなるのだ。

 「ん、なんだよ?おれなにもしてねぇぞ?」

 そうではない。まったく、噂の話は先にしないとおまえ、

言っているだろう。バカか、こいつは。

 「そうではない。その、私はおまえのことが、す、好きな

のだ」

 言ってしまった。ついに私は言ってしまったのだ。もう、

後戻りはできない。でも、戻るってどこに戻るのだ。私に戻

りたい場所などないではないか。行きたいところならあるが。

 ところで、愁はまるでなにを言われたのか分からないといっ

た感じだった。まったく世話の焼ける奴だ。私はもう一言声

をかけてやらねばならなかった。心臓から全部酸素を奪って、

私はそれを声にした。

 「付き合ってほしい」

愁はまだ固まったままだった。私はその次にみせる愁の顔が

早く見たかった。

 「……バ、バカ、なに言ってんだよ? 冗談のつもりか?」

 でも、あいつの次に見せた顔は私の見たくもない顔だった。

視線が私よりさらに下がっている。ここにもう答えは見えて

いた。

 「冗談でこんなこと……、言えるわけないだろ」

 私の言葉にもう力はなかった。せめて、この心許ない言葉が

愁に可愛く思われたらと願った。でも、愁はそれを可愛く受け

止めてはくれなかった。

 「本気で言っているのか?」愁の低い声はとても怖かった。

 私はいまなにに震えているのかわけがわからなかった。

 「あたりまえだろ」

 「そっか……、でも、おまえ、おれのこと知ってるだろ?」

 愁はこのとき初めて私のことをおまえ、と呼んだ。もう、

なにもかもが絶望的だった。だけど、私はせめて、叫び声ぐ

らいはあげたかった。

 「噂なんて関係ないっていったのはおまえの方だろ!?

嫌いなら嫌いってはっきり言えばいいじゃないか!」

 戻りたかった場所なら、本当はあった。愁と一緒に歩ける、

そういった可能性のある場所だ。

 愁はもうなにも言ってくれなかった。最後の言葉さえ……、

否定してはくれなかった。もう、終わったのだ。私はこんな

ときになって、言わなければならないことを思い出した。傘

のお礼だ。そうだ、ここから話を組み立てたのだった。いま

さらそれを思い出すなんて……私はバカか。

 「愁?」

 私の言葉は空を切った。もうこいつは私に言葉さえ返して

くれなかった。

 「傘、ありがとう」

 こんなときにこそ捻挫していたらよかったのに。ちゃんと

歩けないいいわけがどこにもないではないか。私は元気な足

首を呪って鞭を叩いた。駆け出したのだ。もう、ムリなのだ。

立っていることが。少し行けば、母さんが車で待っていてく

れる。

 私は母さんの車の後部座席に崩れ落ちた。母さんはなにも

言わなかった。家についてしばらく、母さんは車のなかで、

私を抱きしめてくれた。

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