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白刃の女神  作者: 大吉
10/39

第一部 告白 10/15

 僕は家に帰ってから、ずっと自室にこもっていた。ベッド

に仰向けに寝そべって、バスケットボールを天井に放っては

受け止めて、それを何度も繰り返していた。

 ――もう少し、天井が高かったら良いのに。

 ――コンコン。と、ドアをノックする音が足元で響いた。

 「兄さん? 入るよ?」爽香だった。

 「あぁ」と、僕が答えるころには既に部屋へ彼女は入って

きていた。

 「もぉ~、なにしてるの? 電気もつけないで」

 僕は上半身を起こすと同時に爽香へボールを放った。それ

を受け取った爽香はきょとんとしている。

 「もう夜か……」

 「ん、ご飯できてるよ?」

 「あっ!? わりぃ!すまん!」僕はすっかりその重要な

役目を忘れてしまっていた。両親が働きに出ていて、僕と爽

香はこの家に二人暮らしだった。ご飯は僕がたいてい作って

いて、たまに僕がいまのような状態になると、爽香が代わり

に作ってくれていた。

 「ううん、いいの。でも、すぐきてね?」そう言うと、爽

香は僕にボールを放って出ていった。

 僕は受け取ったそれをもう一度天井めがけて放ったが、そ

れが天井に当たって思いのほか勢いよく跳ね返ってきたので、

僕はなすすべもなかった。

 そいつは僕の頭に重くのしかかってきた。

 久しぶりに食べた爽香のご飯は味があまりよくわからなかっ

た。というよりも、箸があまりすすまなかった。

 「……どうしたの? 美味しくない?」

 その様子を不安に見ていたのか、僕が顔をあげると、爽香

の表情が曇って見えた。僕はもっと別のことを考えていた。

 「いや、そうじゃないんだ。久しぶりに食べられたからさ、

ゆっくり味わってみようと思って」

 僕はいじらしく言ってみたつもりだったが、それは爽香の

前では通じなかった。彼女は言葉を何も返さなかった。

 僕がなんとか食べ終わるころには、爽香はお風呂を沸かし

て、こちらに戻ってくるところだった。

 彼女はテレビのリモコンを手にした。

 「あの……、さぁ」

僕はこのまま彼女に話さないのが嫌になったのか、それと

も自分でそれを抑えておくことには力が到底及ばなかったの

か、今日、僕の身に起こったことを話そうと思った。

 こんな話、爽香にしか話せない。

 爽香はリモコンを手放した。

 「国嶋っていたろ?この前、保健室にいた子なんだけど」

 「ん、知ってるよ? 私もちゃんと覚えてるから」

 「そっか……」

 「国嶋さんがどうかしたの?」

 「あ……あぁ、今日、告られて」

 「そう。でも、そんなのいつものことじゃない?」

 「バカ言えよ、入学して数ヶ月までの話だろ? もう昔の

話だ」

 爽香は黙っていた。僕は彼女に何を期待していたのだろう。

彼女にどんな言葉を求めていたのだろう。爽香のなかにそれ

を見出そうとあれこれ模索してみたが、さっぱり見当もつか

なかった。

 「……それで? 兄さんはなんて答えたの?」

 「おれはやめた方がいいって言った。ほら、おれ、おまえ

にもいっぱい迷惑かけてるし、そんな奴と付き合っちまった

ら、学校に居場所なくなるだろ?」

 爽香は恐らくこの言葉が気に入らなかった。

 「そう? でも、私にはちゃんと居場所があるけどね」

 彼女はもはや、リモコンを手にしなかった。

 「……兄さんは、国嶋さんのことが好きなの?」

 廊下に出ていく扉の前で、爽香は背中越しにそう聞いた。

 ――あぁ、そうかと思った。これだったんだ。僕が爽香に

期待していた言葉は。恐らく、僕はそれを聞いてほしかった

んだ。

 告白を受けることは僕が考えていたよりもずっと嬉しいも

のではなかった。よし、確かに最初の告白で浮かれたことは

認めよう。ただ、それは相手が誰であってもきっとよかった

のだ。相手がその子だったから、嬉しかったというわけでは

ない。初めて経験しえたその体験に僕が受ける影響の善し悪

しもまだわからないまま、ただ、僕の好奇心が反射的に頬を

緩ませたのだ。

 ところで、告白は僕に決して良い影響を与えはしなかった。

僕はその告白に頷かなかった。その子がどうというより、付

き合うという行為がいったい何を意味するのか、それがよく

わからなかったから頷けなかったのだ。

 ところが、その後、いつもそうしたように僕がその子に挨

拶をしたら、彼女は返してくれなかった。そればかりではな

く、僕とその子の間には会話が一切なくなってしまった。

 僕はそれで初めて、告白を拒むという意味を知った。これ

は大いに勘違いした、稚拙な解釈であったと思うが、このと

きの僕は告白を拒むことが、即ち、相手との関係を絶つこと

だと理解していた。

 だから、その後、告白されることは僕にとって恐怖に変わっ

ていったのだ。僕は誰も失いたくはなかった。相手が誰であ

ろうと、その瞬間はいつも僕は耳をふさいでいたかった。

 では、国嶋のとき、僕はどうしたであろう。僕は恐らく、

手を耳にあてていた。それは、聞こえないようにではなく、

より聞こえるように。

 僕は疑いようもなく、嬉しかったのだ。初めて告白を受け

た時のように、訳も分からず走り回ってみたくなったり、不

用意に大声で歌いたくなったりした。

 これは僕を困惑させた。いまは好奇心が頬を緩ませるよう

な時期ではなかったし、そもそも告白は誰からされようとも

僕にとっては恐怖のはずだった。それにもかかわらず、僕は

あれほど浮かれていた。

 要は、僕も国嶋が好きだったのだ。好きという感情が僕の

考えを炙った。付き合う意味など、未だにわからない。ただ、

そこに何が書かれていようとも、僕はもう気にならなくなっ

ていた。

 この特殊な感情を前にして、僕はそれがなんであるのかわ

かっているはずなのに、その判断がずっとできかねていた。

僕には他に出演者が必要だったのだ。それがなんであるのか

を問う、他者の声が必要だった。

 そこで、僕は爽香に登場願ったのだ。


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