第一部 告白 14/15
「ふざけないで!」
一瞬、足がすくんだ。いったいどこからこんな声が聞こえ
てくるのかと探ったが、どう考えても、それは目の前の少女か
らでしかなかった。
「兄弟思いですって!? よくそんなことが言えるわね!
兄弟のために本当にここまですると思う?……普通、しない
わよ!私だって国嶋さんと同じ気持ちなの」
私の足はさらにすくんだ。しかも、今度はそれがずっと治
まらない。
「おまえ、それ……、嘘だ」
こんなの嘘だ。私は爽香の声真似をずっと鼓膜に届けてい
る。でも、それはすぐに本物によって打ち消されてしまった。
「そうよ、そういうとこはちゃんと察するんだ。ホント……
イヤなひと」
爽香が愁のことを……。
「でも、おまえら、兄弟だ……」
「それがなに? 私があの人に初めて会ったのは4年生も終
わろうとしていた頃よ? そんなの、もうとっくに物心ついて
いるに決まってるじゃない! なにが、兄弟よ!そんなの遅す
ぎるわ!」
爽香はまるで今までため込んでいたものを一気に吐き出すか
のように声を荒げた。
「でも、愁はおまえのことを本気で……」
「それがイヤだったのよ!……ねぇ、わかる?本当は私だっ
て、あの人のことを愁って呼びたいの。ずっと、そう呼びた
かったの。でも、私は我慢した。……あの人が必死に私の兄
さんになろうとしたから。……我慢なんてしなければよかった。
貴女みたいな人、好きになる前に」
久しぶりに爽香のこんな姿を見た。泣きじゃくる爽香に私
はこどものころを見ていた。
「……なにしてるのよ。放課終わるよ?」
そうか……、こいつは私の背中を押しに来てくれたのだな。
「おまえ……、いいんだな?」
「いいわけないじゃない!よくそんなこと聞けるわね!ほ
んっと、あきれたひと……、仕方ないじゃない」
そうだ、でも、爽香はもうこどもじゃないのだ。愁を私に
取られて泣きじゃくるだけの、あのころとはもう。
「あの人は貴女のことが好きなの。本当はこんなのいや……
でも、あの人が幸せになるなのなら……、仕方ないじゃない」
爽香はとうとうへたり込んで、まるで自分に言い聞かせる
かのように、そう言った。
私の身体は自然に爽香のもとへ行って、彼女のことを抱き
しめようとした。こんなの変だが、でも、彼女が愛しかった。
彼女のいまの姿が。
当然、爽香はそれを突き放した。
「勘違いしないで。私が好きなのは、あの人。貴女じゃない
の」
――もう、こいつはこんなにもはっきりと言えるのだな。
私はもう彼女にかける言葉が私にはないことを悟った。
愁が憎い。爽香をこんなふうにさせた愁が、私は憎い。で
も、違う。こんなふうにさせたのは私だ。だけど、爽香には
本当に悪いと思うが、いや、むしろ、爽香のためにも、私は屋
上に歩みだそうと決心した。
「お願いがあるの……、このことは内緒にして。それから、
絶対に兄さんのことを幸せにしてあげて」
「あぁ、約束だ」私はそう言って背中越しに誓った。
体育館を出ようとしたところで、爽香の呟くような、けれど、
大きな悲鳴が聞こえた。
「バスケットボールなんて……、だいっきらい」
「なんやなんや、ま~た読書か」
屋上で僕が入口扉の上に登るのを見て柊はそう言った。
「次、裁縫だろ?あんなのちまちまやってられるかよ」
僕はかまわず、入口扉の上で寝そべった。
「それとどこがちゃうんや、ほんま。ほな、行くからな?
自分も気が向いたらちゃんと来いよ?」
「ん、わ~った」
柊は屋上から出ていった。僕はいつものように寝そべって
本を読もうとしたが、この日は日差しがきつかった。軟弱な
僕の心はすぐに身体を起こさせて、うちわをあおがせた。
地面が熱い。まだ、指に針を刺していた方がましか。
僕は屋上を後にしようと、入口の前に飛ぼうとした。
ところで、勢いよく扉が開いた。僕は何とかその場に踏み
とどまった。
入ってきたのは国嶋だった。誰かを探しているのか金網ま
で行くと辺りを見回していた。
こちらを見られてしまってはなんとなくばつが悪いと感じ
て、僕は国嶋が気づかない間に、そっとその場から降りて入
口のドアに手をかけた。
「おぉ、愁。そういえば、自分、飯代……」
僕より早く反対側から扉を開けた柊がなにやら僕の後ろを
見てその言葉を止めた。
「かんにんな? あとでええで」
柊は左手で謝りながら、右手で扉を閉めた。
僕は背中にべっしょり汗をかいている気がした。国嶋の足音
が無言とともに近づいてきていたのだ。僕がたまらず半身を返し
たときにはもうすでに彼女は僕の懐にいた。
彼女は僕のポロシャツを力強く握った。
「放課後、東館の校舎裏に来い」
僕は彼女の髪で隠れた横顔しか見ることができず、その真意を
上手く探れなかった。ただ、声はいつになく冷淡に聞こえた。
彼女は返事を聞かずにそのまま下へと降りて行ってしまった。
まもなく、鐘が鳴った。




