草の根―⑧―
警察と“ワールド・シェパード社”から逃げたロックは、駅前百貨店の支店の向かいにある路地に逃げ込んだ。
銀行の駐車場とコンビニエンスストアの間の路地は、昼下がり時は影が入り込む。
その中に紛れて、拠点に帰ろうとしたのだ。
不意に冷たい空気をロックは感じ取る。
気付いた時には、白刃がロックの右頬に現れた。
『動くな』
冷たい機械加工された音声は、老若男女の判断が付かない。
ワールド・シェパード社と警察の監視の死角の広場を前に、陰に囲まれたビル街。
陰に染まる路地の刃が夕陽を反射して、ロックの頬を照らす。
「その刀、命導巧……“モーニング・グローリー”……」
『……動じないか?』
ロックは時計回りに振り返る。
振り返った時の勢いで、ロックは左拳槌で“モーニング・グローリー”を持つ襲撃者の右肘を撃った。
襲撃者はロックの拳槌から逃れるために、一人分の間合いを取る。
ロックはその間合いを逃さない。
両腕で頭を守り、突き出た両肘による体当たりで踏み込む。
深紅色の突進が、襲撃者の鎖骨に命中した。
襲撃者をよろけさせる。
「仮装パーティには過ぎた玩具だ……それよこしたら、パーティに行かせてやるけど――」
ロックの言葉に、襲撃者は答える素振りを見せない。
それどころか、暗がりからの鋭い眼光は揺るがぬ闘志として現れていた。
「ここがパーティ会場ってのは、よくわかった!!」
ロックは、腰の革帯束に括りつけた鞄から、“ブラック・クイーン”をすかさず取り出した。
ナノマシン“リア・ファイル”を起動させ、鍔から刀身が生える。
ロックは、相手のがら空きとなった胴に右の順手による斬撃を放つ。
しかし、襲撃者は右の逆手に“モーニング・グローリー”を持ち替えた。
斬撃を防がれたロックは狼狽しながら、襲撃者の突き出した刀からの斥力に阻まれる。
ロックも“ブラック・クイーン”を逆手に、腰の背後に構えた。
襲撃者もロックを見据えて、右足を出して腰を低くした。
そして、刀身は正中線と地面が垂直になるように据え置かれた。
――“正眼の構え”か……?
攻守に優れた平均的な、剣術の構えとは聞いている。
しかし、ロックは剣から放たれる空気から、一般的な評価以上の実力を感じていた。
難攻不落にして、一撃必殺がいつでも繰り出せる殺人剣。
ビル間の影に目が慣れ始め、襲撃者の姿が浮かぶ。
ピンクと白色の鋼鉄に全身が覆われていた。
しかし、無骨に組み合わされたわけではない。
体型に合わせているからか、材質に関わらず軽量な印象が伺えた。
そして、何より目を引いたのは頭部だ。
円形の鍔帽子で、一輪の花を思わせる。
『先ほどの身のこなし……及第点だな』
花鎧の人型機械はくぐもった声で、腰の鞘に刀を収める。
居合の構えで、ロックを見据えると、
「試験を申し込んだ覚えはないが……まあ目に留めておけ!!」
ロックは、花型の機械鎧の抜刀を潰すために膝蹴り。
花鎧は居合の構えのまま、後退した。
ロックの頬を一陣の風が撫でる。
右手の“ブラック・クイーン”を突き出し、幅広の刀身が大きく揺れた。
ロックは舌打ちをしながら一歩下がる。
花鎧は上段の構えで追撃を仕掛けた。
ロックは、花鎧に向けて突進。
花鎧の一振りが、ロックの頭部に牙を剥いた。
しかし、花鎧の兜。
その隙間から覗く黒い瞳から、ロックの姿が消える。
“ブラック・クイーン”を構えた右手を前に、花鎧の戦士の反応よりも速く突き出した。
鍔から伸びる籠付護拳の一撃が、花鎧の兜の顎を掠る。
花鎧は辛うじて避けるが、拳打の衝撃が花鎧の全身を顎から揺らした。
“駆け抜ける疾風”。
神経強化を行うことで、常人以上の速さを得る“疑似物理現象”である。
ロックは花鎧を上回る速さで、距離を縮めた。
“ブラック・クイーン”の籠状護拳から柄が伸び、左手で握る。
“怒りの親父の一撃”。
西洋剣術――ドイツの方面――で言う順手による上段からの斬撃である。
花鎧は寸前で躱し、ロックとの間合いを一歩分の距離を稼いだ。
しかし、火花が血飛沫のごとく花鎧からあふれる。
くぐもった声を出しながら、花鎧は衝撃で仰け反った身体を立て直した。
しかし、ロックは右の逆手に持った“ブラック・クイーン”で花鎧の左腿から右肩に掛けて、斬り上げる。
軌道に沿って火花が走り、花鎧の胴にたすきに掛けた斬撃が刻まれた。
斬撃の衝撃で足を止めた花鎧に、ロックは跳躍。
時計回りに腰から一回転した勢いで、花鎧の右首筋へ左回し蹴りを見舞った。
花鎧はロックの鎌首をもたげた左回し蹴りを右首筋で受け止める。
ダメージを受けながら、花鎧の右手は“モーニング・グローリー”を手にしていた。
打ち刀の形をした命導巧を、花鎧は鞘に収める。
凍える剣気。
ロックは花鎧からの、殺意の冷気を感じて一歩下がった。
花鎧は“モーニング・グローリー”を抜刀。
抜かれた剣が天を衝く。
刹那、斬撃の軌道に沿った光の刃がロックへ放たれた。
――“モーニング・グローリー”を使いこなしてるだと!?
露の光。
疑似物理現象で、光を収束させた斬撃である。
ナノマシン“リア・ファイル”に溜めた“熱力”を光に変換。
“モーニング・グローリー”を振ることで、光の斬閃を敵に向けて飛ばす技だ。
一撃目の光の斬撃をロックは逆手にして受け止める。
慣性の力を感じつつ、ロックはそれを右側に薙ぎ払った。
だが、花鎧は二撃目の体勢に入る。
二撃目は縦波。
ロックは右側に避ける。
しかし、光の翼を担った花鎧が立ちふさがった。
彼の手は順手。
光を担う剣が、ロックの左肩を狙う。
ロックは逆手で持った“ブラック・クイーン”で、左肩を守った。
双方の斬撃の衝撃が衝突。
一帯に突風を巻き起こした。
頂砕く一振り。
リア・ファイルで構成された刃の電子配列を変えて、強靭な刃にする疑似物理現象。
ロックは花鎧の強化された“モーニング・グローリー”の一撃を、強化した刃の強度で静止荷重を加算した衝撃波を盾にして防いだのだ。
衝撃波による突風に揺れる花鎧。
彼が体勢を立て直そうとするところに、ロックはブラック・クイーンで追撃しようとした。
『“賢人計画”』
花鎧の戦士から出た言葉に、ロックは行動を止めた。
『または、“プロジェクト:アイオナ”と言った方が良いか?』
その言葉にロックは驚いて、
「テメェ……どこでその言葉を……?」
ロックは足を止めた。
「それに、その命導巧を何故テメェが使える!?」
ロックの知る限り、“モーニング・グローリー”を使える者は既にこの世にいない。
同時に起動方法もない。
花鎧は質問に答えず、
『“ワイルド・ハント”事件は、計画の一つに過ぎない。この上万作を舞台にした“白光事件”もな……』
「何だと……お前は?」
ロックの顔の戸惑いの色が、鉄でできた花鎧の兜の鏡面越しに露わになる。
『俺のことは“花葬”と呼べ』
“花葬”という花鎧の戦士は一歩下がり、
『そして、お前は、全てを繋げる“失われた環”の、完全なる欠片にして、歯車だ』
ロックは詰問しようとするが、花葬の足元の土瀝青が爆散。
花鎧は、十メートルほど翔んだ。
脚部装甲に、跳躍装置が入っていたのだろうか。
ビルの壁を蹴りながら、遠ざかっていった。
「何だってんだよ……」
喧騒と夕焼けに照らされたビル陰が、ロックを覆う。
そして、彼の戸惑いの呟きも包み隠した
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