姦計―⑤―
思わず名前を叫びながら、ロックは地上に降り立つ。
紅ではなく、灰褐色の双眸をしたアンティパスがロックを見据え、
「君が誰かは、分からない。だが……」
平静だが力強いアンティパスの声と共に、ストーン・コールド・クレイジーに灰褐色の迅雷を浮かばせ、
「君の心の中にいる友の為に、私の剣を振るわせてもらう!」
アンティパスの姿は、ロックの目の前から消える。
消えた場所から風が吹き、鉄が砕けた衝撃がロックの背後から襲った。
灰褐色の戦士の一振りが、風雨を切り裂きながら、コシュチュシュコの右肩にめり込む。
“蹄鉄“は、肩から大きな蒸気を噴き出しながら、足から崩れた。
しかし、アンティパスの背後から、線が疾走る。
彼の背後から飛んできたのは、カイルの蹄鉄“ジャクソン“の左腕から放たれた、約2メートルの大きさの杭だった。
「俺はテメェなんかと友情を育んだ覚えはない。だが……」
そういって、ロックは背面から剣を切り上げると、
「テメェの知っていることを教えてもらう。俺の中に流れる記憶……その持ち主が、何をしたのかも!」
雨を弾きながら跳躍したロックは、ジャクソン機から放たれた杭を翼剣の斬閃で遮った。
翼剣に飛ばされた杭が、“ラ・ファイエット“の前面の甲羅に大きくぶつかる。
鋼鉄の表面から火花を血の様に散らす、上空に泊まる鉄騎兵“ラ・ファイエット“。
その頭部に、ロックは翼剣を振り下ろした。
“頂き砕く一振り“の一振りが、甲羅から微かに覗くラ・ファイエットの頭部を叩き潰す。
その衝撃で、蹄鉄は勢いを上げながら、地表に落下。
蹄鉄の周囲に大きな擂鉢を作った。
カイル=ウィリアムスの駆る“ジャクソン“が、擂鉢の周縁に吹き飛ばされる。
反動で下がりつつ、“ジャクソン”の大杭がロックを捉えた。
だが、灰褐色の壁がロックの前に広がる。
針の衝突の衝撃で混凝土が砕けるが、結果として杭の勢いを殺した。
杭は地表に落下したが、カイルの”蹄鉄”の狙いがアンティパスに変わる。
ロックに破壊された“ジャクソン“の右関節は、杭箱に覆われていた。
機械仕掛けの両腕から射出される蒸気圧が、雨粒を蒸発させながら、二本の杭を放つ。
アンティパスは、下手に構えていた剣を振り上げた。
二本の杭は、剣の風圧で舞い上げられる。
だが、カイルの“ジャクソン“から続けて撃たれた、四本はそれを物ともしない。
小さな弾道噴進爆弾然とした四本の杭が、アンティパスの頭に突き進む。
それを、遮ったのはロックの剣だった。
“穢れなき藍眼“の水鋸が、カイルの駆る人型戦車から放たれた杭の弾丸を切り裂く。
「俺は、テメェに借りを作ったつもりはないし、返すつもりもない」
「それは君の意地か?」
アンティパスはロックに問いかけた。
彼の中で思っていたのは、そんな高尚なことではない。
「俺の名前はロック=ハイロウズで、アンティパスという男と何の関係もない。だから……」
鉄の人形に駆るカイルが、左手の杭をロックに肉迫させてくる。
「ロック=ハイロウズと言う人間に貸し借りは、元々ない!」
ロックは、自分の命導巧を逆手から正眼に替え、カイルの左杭の刺突を迎え撃つ。
鉄の人形は、全長4メートル弱。
大きさから来る力の差は、歴然だった。
だが、ロックに下がる選択肢はない。
“蹄鉄“の左の一撃から放たれた応力を、赤い外套に触れる手前で、磁向防の壁で遮った。
――自分に関わりのない過去で、全てを縛られる訳にはいかない。
アンティパスに吐露することなく、ロックはカイルの駆る“ジャクソン“の一撃に歯を食いしばりながら信念を刻む。
――だから、過去と自分の力を知り、俺の手で未来を掴む!!
“深紅の外套の守護者“という肩書に興味はない。
ロックは、関わった力の大きさと引き換えに、大事な存在を無くした。
それを繰り返したくない。
今を生きるサキという人間が、大事な人と同じ末路に向かおうとしている。
それが許せなかった。
『妙なことを言うな……UNTOLDを操るお前が、人間を語れる了見か?』
カイルの電子変換された嘲笑が鉄の塊から、流れる。
「UNTOLDを知り、それに流されずに戦う。自分を見失わない。それが、人間だ!」
最後に命を賭して、己を認めてくれた少女。
彼女から得られた命を自分の為に使う。
ロックの、戦いの原動力だった。
抱いた信念と共に、ロックは鉄巨人からの応力を跳ねのける。
彼は、微かに生まれた蹄鉄との隙間に、“迷える者の怒髪“の噴進火炎を放った。
轟炎の剣が、鉄巨人の左腕を切り離す。
カイルの駆る鉄巨人は、ロック目掛けて、右手の代わりとなった箱から杭を突き出した。
だが、灰褐色のセメント弾がロックの横を突き抜ける。
アンティパスの灰褐色の籠手に覆われた、右腕の混凝土砲弾が、右腕の代わりと言える杭箱を潰した。
両腕から切り離された、胴体と脚部だけとなった“蹄鉄”。
アンティパスの上段斬りが、後者を圧壊する。
更にカイルの乗る胴体の前面を、ロックの“ブラック・クイーン“が、大きなIの字を刻んだ。
“蹄鉄“――“ジャクソン機“――は胴体の後ろから、火花と蒸気を出しながら、人を飛ばす。
鋼鉄の蟹から放り出されたカイルが、雨空で弧を描いた。
雨に晒されながら、背中から肺を圧し潰した音と共に、彼は大地に叩きつけられる。
“コシュチュシコ”、“ラ・ファイエット”も立つことは出来ず、それぞれの操縦者の傭兵が鉄のガラクタから、傷だらけで這い出ている。
ロックはそれを他所に、
「貸し借りは無いが、礼は言っておくぜ。アンティパス」
悶えるカイル達を見ながら、ロックは吐き出した。
「大丈夫、この結果でお釣りは十分に来る」
アンティパスは、灰褐色の甲冑で薄く笑って返す。
ロックの中で、彼の顔を思い出そうとするが見つからない。
「悪いが、何処をどう考えても……テメェを、思い出せん」
「だから、大丈夫だ」
ロックの正直な気持ちだが、言葉に困る返答にアンティパスは快活に返す。
ロックが言葉を失ったが、アンティパスは続けた。
「あくまで……その魂を、私が知っているのであって、ロック……君じゃない。体験していない過去を思い出せと言うのは、無理な話だ」
ロックの目の前で、アンティパスは一呼吸を置く。
「しかし、ロック……お前の中の魂は、正直だ。守るための者の為に、躊躇いなく剣を振り、縛られることを嫌う。その目は、常に前を……未来を向いている」
「……自分を通したい気持ちがあるのは否定しないが、『我儘だ』って面と言われるのは、良い気がしない」
ロックが、アンティパスの賛辞に呆れて笑うと、嘲笑が響いた。
「よくわかっているじゃないか……人殺しの化け物」
その声――仰向けのカイル=ウィリアムスに、アンティパスが迫る。
しかし、ロックは灰褐色の武人を制して、
「人殺しは否定しない。現に、俺はお前の仲間を殺したんだからな」
言葉を紡ぎながら、
「しかし、だからこそ、俺の持つ力である”UNTOLD”の全てが狂っていると言える。その全てを終わらせる為に戦う。人間である為に、な」
「人間である為に、命を奪っていく……正に、人間だな」
ロックの考えに反応したのは、カイルでは無い。
青白い光と共に紡がれた言葉は、”ワールド・シェパード社”の傭兵が二柱の人型火柱を雨天の下に立った。
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