姦計―④―
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スタンレー・パーク 午後10時17分
スタンレー・パークの北側に、ロックはいた。
先程、戦った"アンティパス"を木製の長椅子に横たえる。
彼の脈をロックは確認。
灰褐色の戦士を右隣りに、ロックは長椅子に腰を下ろす。
雨降る夜に、森林に放置するのも気が引けたので、雨を凌げる場所を探した。
そうして、蹴球はおろか、野球も出来そうな広場――競技場を、公園の北側で見つける。
選手の待機するベンチに、"アンティパス"を運んだのだ。
右手を"アンティパス"の喉に再度当て、呼吸が途切れていないことを見極める。
"アンティパス"の横たわっている場所の隣のベンチに、ロックは腰を深く下した。
あの様な戦いをした後でも、ロックの中では、"アンティパス"が死んでいない事実への安堵が心の中を大きく占めている。
――何だ……あの記憶は?
"アンティパス"と戦った時に過った記憶が再度、ロックの脳裏に甦る。
戦った時に見えた、スカーフの青年の目に映る鉢金の青年。
まるで、自分が鉢金の青年のように思えてならなかった。
しかし、ロックの中で、それとは別にした大きな戸惑いが生まれる。
――"アンティパス"……体と中身が違っていた……?
記憶の中の姿と目にしている姿が、一致していない。
スカーフを着た青年の姿が、目の前の灰褐色の偉丈夫に不自然にも重なるのだ。
記憶の中の青年と、隣のベンチで倒れている男の接点にロックは戸惑う。
だが、目の前の違和感について、ある事実に気付いた。
「……"命熱波"、サキと同じ。しかし……」
疑問を抱きながらも、ロックは翼剣"ブラック・クイーン"を右手に構える。
球技が出来る程広く、木々に囲まれた広場に、無粋な"蟹の甲羅"が三体立っていた。
それを眼にしたのと同時に、携帯通信端末が振動する。
左手で取ると、画面にメッセージが何度か来ていることが告げられていた。
ブルースからである。
着信したメッセージを読むと、
<"ワールド・シェパード社"の人型戦車が狙っている。気を付けろ>
人型戦車――"蹄鉄"――の種類についての詳細が続くが、
<手遅れ>
ロックは寸暇を置かず、返信。
翼剣"ブラック・クイーン"を右手に駆けた。
長い脚を折りたたんだ一体――"ラ・ファイエット"が、雨風と大地を吹き飛ばし、跳躍。
飛び散る土片が、ロックの視界と進路を覆った。
迸る泥土を避け、ロックは二時の方向に移動する。
蹄鉄のいない広い場所を目指したが、"蹄鉄:コシュチュシュコ"の肥大した肩部の右拳が、その道を閉ざした。
ロックは、右腕の"ブラック・クイーン"を人型戦車の右腕に突き出した。
振りかぶった翼剣の"籠状護拳"から生じた紅黒い雷が鉄の拳骨とぶつかり、空間が悲鳴を上げる。
蹄鉄の膂力の反作用で、ロックの身体が泥と共に宙に舞った。
――泥濘んでいるなら!!。
"ブラック・クイーン"の"籠状護拳"から、ロックは半自動装填式拳銃型”命導巧”を抜き、大地に撃つ。
鉄の機巧人形の足元から、"道作る蹄"の炭酸ガスが噴き出した。
足元の不安定な地盤に、地団太を踏む鉄の巨体。
"イニュエンド"を前かがみで翼剣に戻し、ロックは"コシュチュシコ"に疾走した。
だが、ロックは歩を止め、人型戦車への追撃を断念する。
ロックの前から飛んできた飛翔体。
それを避ける為だ。
機種は不明だが両腕から延びる穴の開いた長方形の箱を持つ、三体目の"蹄鉄"。
三体目の右腕の後ろから、雨に混じりながら排出煙が上がる。
名前については、確認できない機体があるとブルースからの連絡に書かれていた。
思考しているロックの真上から降り立つ、跳躍型"蹄鉄":"ラ・ファイエット"。
重力を使った位置熱力による踏みつぶしが、紅い外套の少年に迫る。
落下地点の近くで発生した位置熱力による衝撃波を、ロックは辛うじて躱した。
反転攻勢で駆けるロックの足下を、揺るがす大地。
"コシュチュシュコ"の体当たりが、ロックの行く手を阻む。
ロックは接触を避けたが、右肩部から放たれる鉄拳が彼の回避の速さを上回っていた。
辛うじて半身を左回転、ロックは"コシュチュシコ"の右の鉄拳に、翼剣の"籠状護拳"を当てる。
"コシュチュシコ"の右拳の衝撃を利用して、ロックは肩の肥大化した鉄蟹の猛攻から逃れた。
吹き飛ばされたロックの背中に、何かが当たる。
刹那、ロックは胴を締め付けられ、骨の軋む音が全身を襲った。
空中で固定されたロックを、二体の"蹄鉄"から放たれた照明が照らす。
紅い外套を覆う鋼鉄の五指の輪郭が鈍く輝き、鉄箱の付いた右腕から伸びていた。
ロックは痛みと共に"蹄鉄"へ目を向けると、
『"紅き外套の守護者"……大人しく投降しろ!』
両腕に箱の付いた蹄鉄から、電子加工された声が聞こえた。
「カイル=ウィリアムス……テメェ、大人しくさせたいなら……手荒な歓迎を止めることをお勧めするぜ?」
ロックは、吐き捨てる。
返事は電子化された声ではなく、彼の体に激痛として返ってきた。
「"ウィッカー・マン"対策の兵器開発とはいえ、夏休みの工作レベルを宛がうとは……気合の入った嫌がらせに、恐れ入るぜ!!」
『少なくとも、この"ジャクソン"でお前を捕まえられたなら、兵器開発の結果としては、優秀だがな』
電子加工されたカイル=ウィリアムスの音声が、雨の降る広場に広がる。
ロックの耳に入る雨音に骨の軋む音が混じり、体の節々を伝う雨粒が痛みを呼び起こした。
『安心しろ……"ジャクソン"のAIの中には、成人男性の骨格のデータが入っている。死ぬことなく苦しめることも出来る』
「取り敢えず、その安心できない語彙にまみれたビッグデータをどうにかしろ……銭ゲバ」
嗜虐の色が混じるカイルへの返答を、ロックは腰からの激痛として受け取る。
肺が圧迫され、ロックの口から呼吸が途切れがちに出た。
『ロック=ハイロウズ……お前には"ワールド・シェパード社"の仲間が世話になった。特に、ジェイソンの顔が今も良く浮かぶよ』
「アイツか、覚えているぜ。あの弱い者虐め好きの、トリガーハッピーのろくでなしか。テメェのお仲間と戦った過去に良心が傷むが、その名を言われたら、不思議とその傷みが和らいでくるぜ!!」
ロックは、欧州で戦った黒と白の甲冑に身を纏った兵士たちを思い出す。
ナオトの様に、"UNTOLD"を危険視するものもいれば、銃を撃てれば気にしない戦争の亡霊もいた。
『戦火を潜り抜けてきた仲間への侮辱や仕打ちは忘れんさ?』
「戦場行って、金目当てのクズ共とよろしくやっているから、離婚するのが分からねぇのかよ……このドル色目玉のクソッカス!!」
鋼鉄の甲羅の中から声は出なかった。
代わりにロックを掴む鋼鉄の拳、人工筋肉と電子駆動関節の腕の駆動音として表れる。
力をさらに強めるつもりだろうか。
だが、ロックの右腕の動きが速かった。
力を強めようと、自分を掴む掌をカイルが緩めた瞬間、ロックの右手の"ブラック・クイーン"から紫電が放たれる。
"頂き砕く一振り"が、カイルの"ジャクソン"機の右の腕関節を砕いた。
人間の腕を完全に再現できる義手には色々な課題が残る。
機械による再現の限界として、特に関節部分は熱が生じやすい。
運動の多い人工筋肉と関節は電力の溜まり場を作り、熱暴走を起こしやすかった。
大きな火花を散らしながら、ロックは右脚の蹴りから生んだ反動で飛ぶ。
後退する彼を追う、脚力強化型の蹄鉄"ラ・ファイエット"。
その巨体が、ロックの体を濡らす雨すらも遮る。
機械の熱源から生じた熱波が、彼を包んだ。
鉄の腕が両腕を組み、腕槌として振り下ろす。
ロックの"ブラック・クイーン"による上段受けが、間に合う速度ではなかった。
"ラ・ファイエット"からの叩きつけ攻撃だけでなく、足元から迫り来るもう一つのモノもロックは見落とす。
彼の目の前で、鉄の壊れる音が響いた。
脚力強化型の"蹄鉄"が両手を組んだまま腕を仰け反り、空中で一回転して地に落ちる。
雨に運ばれた、微かなセメントの土臭さがロックの鼻を突いた。
彼が足元を見ると、精悍な偉丈夫が、その背を上回る円筒の剣を大地に突き立てていた。
「"アンティパス"……!?」
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