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【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイド―紅黒の翼―  作者: アイセル
第五章 Flash And Slash

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閃刃―⑥―

 前にいた筈の、長髪の日本人――ナオト=ハシモト――が左の運転席に移動し終えている。


 サイドウィンドウを開けると、


「君たちの車を貸してほしい。タダとは言わない。TPTP協力法では、対”ウィッカー・マン”組織に所属するものは、緊急要請を受けた場合、車両及び住宅の貸与の義務がある。その補償は、もちろん否定されない」


 ナオトの機銃の様な言葉に、ヤコボは二の句を告げられなかった。


「その要請は君の端末にも送られている。確認してくれ!」


 抗議の声も上げられなかった。


 端末の画面をよく見たら、確かに着信を受けている。


 指を滑らせながら、ヤコボが通知画面からメッセージを見ると、ナオトの要請が届いていた。


 TPTP協力法は、TPTP基本法を上位文書とし、TPTP傘下での()()()()()()()()()()()()()()を定めた法律である。私的財産の制限、同補償に加え、交通制限時の道路の使用の優先権が定められていた。


「キム、どういうことだ!?」


「ジョンさん、この車を渡さないといけない。この日本人……俺たちに、車を降りろって」


 ジョンの熱気の唸り声に、キムが冷や汗を流しながら説明する。


「バンクーバーはTPTPを厳守しなければならない特区になっていて……戦場――」


 ヤコボの解説は、自分の座っている座席への振動に(さえぎ)られる。


 ジョンが蹴ったのだ。


 キムの静止する声を振り切り、茶髪の荒くれ者はナオトの前に立つ。


「ふざけるんじゃねぇ……俺の親父は議員だ。日本に圧力を加えるぞ!?」


 車の外から聞こえてくる罵声と共に、雨音と水気を含んだ風が車内に入り込んできた。


 ヤコボは真っ青な顔で、年長者を止める為に外へ出る。


 キムも遅れて出る頃には、ジョンは、銀色の甲冑を纏う日本人に掴みかからんとしていた。


「それに、テメェは()()隊長じゃねぇ! ヤコボ、端末をよく見ろ!!」


 ジョンに言われて、ヤコボは手にした端末の画面を見る。


 端末内の受信箱には、五つの新しい着信が入っていた。


 新しく加えられたその内の、()()()()()


 “TPTP基本法、同協力法違反者:ナオト=ハシモト“


 “TPTP基本法、同協力法違反者:ブルース=グザヴィアー=バルト“


――これは一体――ッ!?


 新しく着信したメッセージと添付された画像には、ナオト=ハシモトの端末の権限は排除されたと伝えられていた。


 しかも、その連なる名前には、“深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド“も含まれていた。


 雨の冷気が相対的に温かく感じてしまう程、ヤコボの背筋は恐ろしさで凍り付いていく。


 彼は、目の前の銀色の日本人を見つめた。


 しかし、()()()()()()ナオトの視点は、自分と別に向いている。


 ナオトの視線と同じ方向に、ジョンとキムが辿った。


 彼らの視線に続いた、ヤコボは恐怖で出来た氷柱が、喉と肺から突き出るかと思った。


 目の前に広がる、“スコル“の装甲と一斉に構えられた、電子励起(れいき)銃。


 警察官の軽機関銃(サブマシンガン)に、目まぐるしく輝く赤と青の警告灯。


 更に、その背後で直立歩行の鉄の(かに)の甲羅が聳え立っていた。


 背後の甲羅から韓国語が流れてくる。


「ナオト=ハシモト、ブルース=バルトはTPTP条約締結国間の秩序を乱し、”ワールド・シェパード社”社員に傷害を負わせ、逃亡中である。引き渡しを求める! 現地警察からも要請されている」


 銃口に晒された上に、見たこともない兵器にヤコボは混乱した。


 (かに)の甲羅から生えた二本足は、どう見たって”ウィッカー・マン”としか言い様がない。


 目の前の元隊長は、何かとんでもないことをやらかしたのだろう。


 しかし、隊員が出動しているならまだしも、背後の機械まで持ち出す事態である。


 それは、自分たちでは、既に手に余る事態と言うことではないのか。


 まるで丘に打ち上げられた魚の様に、ヤコボが口を開閉させていると、


「韓国の議員の息子として、ハシモト氏の拘束に協力します!!」


 いきなり、隣のジョンが大声を上げた。


 しかも、自分の身分を馬鹿正直に言ったので、ヤコボの息が止まりかける。


 キムも最年長者の突然の発言で、顔を真っ青にさせるが、


「キム、ヤコボ、考えろ。これは、良い機会だ。馬鹿でもいいから、俺たちの地位を言っておけば、アイツらに口利きしてもらえる。親父らも良い思いが出来て、本国を見返せる」


 ジョンの耳打ちは、ヤコボだけでなく、隣のキムにも聞こえるほど大きかった。


「国の為に何かをしていたら、兵役免除……スポーツ選手よりも近道じゃねぇか。それに、今やっていることも曖昧にしてくれる」


 ジョンの言った兵役免除は、ヤコボの中の倫理心を悪魔に差し出す最後の一手だった。


 ヤコボたちが、ナオトに目を向けると、


「良い車じゃねぇか!」


 陽気な声が、ヤコボたちの背後から響いた。


 その声の主を見ると、狐の毛の様な髪をした白人が立っている。


 (こけ)色の外套(コート)で、銃身と弧に反った剣が一対、腰に掛けられていた。


 男の緑色の眼は、腰の刃と冷たさを含んでいる。


 メッセージにあった、ブルース=バルトだった。


「爽やかな青色だな……女も喜ぶ色。でも、何で()()()()()()?」


 快活で人好きのする笑みだが、車を楽しむ者の眼ではない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようだった。


「というか、車に乗る奴は、()()()()()()()()()()()()()()()()。寝ているんなら、お前らには過ぎた玩具だ」


「おい、お前……誰の許可を貰って、車を覗いているんだ!」


 ジョンが狼狽する。


 だが、ブルースは彼の静止に構わず、更に奥へ踏み込む。


 (こけ)色の外套(コート)の男は、寝ぼけ眼の日本人女性二人を起こして、椅子を操作。


 機械仕掛けの椅子を畳み、彼女たちの順路を作る。


 ヤコボ達は、目の前の状況に見向きもしない、緑の外套(コート)の男の動作を見届けた。


 余りにも、自分たちは愚か、周囲の剣呑な空気も無視しすぎて言葉が出ない。


()()……許可を取るのは、()()()()?」


 寝惚け眼の女性たちの手をブルースが取って、ふと口を開く。


 彼の言葉は、無数に構えられた銃よりも、()()()()()()()()()()()の様に響いた。


()()()()()位、分かるぜ……『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』から取るもの、だろ?」


 ブルースは、ジョンに一歩近づいて、


「『()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』からじゃねぇのは、三歳児でもわかるぜ?」


「ふざけてんじゃねぇよ、テメェ!」


 ジョンの力いっぱい振りかぶった拳が、ブルースという男の顔面を襲う。


 誰もがその血が狐色の髪を赤く染めると思ったことだろう。


 だが、()()()()()()()()()()()()()()


 ジョンの拳よりも、白人の右肘鉄が圧倒的に速い。


 彼の(こけ)色の外套(コート)の右肘に、ジョンの血と幾つか歯片がくっ付いている。


 韓国人の議員の息子は、声を上げる間もなく仰向けに、紅く潰された鼻を夜の雨に晒した。


 車から出たばかりの日本人女性たちが、目の前の光景に目を覚ます。


 突如起きた事態に、言葉を失った彼女たちにナオトが駆け寄った。


 銀甲冑の男の言葉に、女性たちは2、3回頷くと、銃を構える警察と”ワールド・シェパード社”の集団へ駆け込んだ。


「おい、ヤコボ。逃げるぞ!?」


 キムの声で我に返ったが、ヤコボの足が前に進むことは無かった。


 キムは膝を付き、鈍角となった腹を支えている。


 抱えたキムをブルースは右足で無造作に蹴り、ヤコボの前に転がした。


 雨で出来た水溜りに、彼の口から出た吐瀉物の分泌物の膜が出来る。


 (こけ)色の外套(コート)の男は、キムの後頭部に右足を乗せ、吐瀉物と雨水のスープを飲ませた。


 後頭部に向け、ブルースは右足を強く踏む。


 キムの胸に入れた遮光眼鏡(アイウェア)が、雨の降る音に混じって乾いた音を上げて割れた。


 彼は、外套(コート)を翻すと、


「アイツを隊長と呼びたいなら――」


 ブルースの言葉と共に、ヤコボの視界に帳が降りる。 


 視界は外よりも真っ暗で、痛覚が左頬からの激痛だけが訪れた。


 その反動で意識が切れる間際、


「そう出来る行動を、普段から心掛けろ……ゴミ屑」


 ブルース=バルトから放たれた(こけ)色の衝撃は、突き上げられた肘鉄砲。


 ヤコボが気付いた時には、夜と瀝青(コールタール)よりも黒い無意識の海に沈んでいった。

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© 2025 アイセル

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