閃刃―②―
しかし、ロックの前で、二柱が真二つに割れる。
撃ち抜いたのは、一迅の金色。
射手は、
「兄さん、相手の口を開くには自己紹介が必要だよ?」
サミュエルが、ロックに皮肉を言いながら前に出る。
ロックは兄と呼ぶ男に、銃口を向けた。
銃口が光り、爆発が起きる。サミュエルの背後で、“クァトロ“が左胸に大きな穴を開けて、横たわっていた。
「テメェは、まず、撃つ前の注意を口から出せよ?」
ロックがそう言った時には、サミュエルの上空から飛び掛かる“クァトロ“二体に肉薄していた。
右からの横なぎの一撃は、二体の胸部を引き離す。
「じゃあ、ロックに言葉は必要ないね。とっとと、黙ってサミュエルから離れろ」
ロックの前に迫りくる滑輪板。
上背を下げると、紅い外套の背中を越えて“ウィッカー・マン:クァトロ“の頭部と胴を、シャロンは板越しに蹴りだす。
衝撃によろめく“四つん這い”の上に、シャロンは滑輪板を乗せた。
滑輪板は、何条もの電流に包まれ、下にいた“クァトロ“へ食らいついた。
「取り敢えず、テメェの存在も必要ないな。テメェたちの言動を見ると、時々、敵と味方の判断がつかなくなってくる」
ロックは、上半身を跳ね上げながらシャロンに返す。
アンティパスの大砲の様な刀身の大剣に、ロックは意識を向けた。
“ストーン・コールド・クレイジー“。
ナノ制御から作り出されたセメントで、攻撃を行う命導巧とロックは聞いていた。
”ウィッカー・マン”への対抗手段として、命導巧は有効な武装である。
しかし、特定の個人にしか扱えず、大量生産に向かなかった。
普及を試みる者もいるが、兵器と言う一面を差し引いても森羅万象に干渉できる技術の開発への疑問の声も大きい。
その扱いを巡って、武器の流出、所属組織への不信感による裏切りも重なり、”ウィッカー・マン”対策の遅れの要因となっている。
ロック達の任務の中にも、その所有者と命導巧本体の捜索が別途与えられている。
抵抗する場合は、所有者の拘束や殺害も厭わない旨も通達されていた。
――所有者と命導巧が一致している……!?
その任務を受けていたロックは、その事実に驚愕した。
命導巧は、適合者を記憶している。
適合者の意識を精神電投影させ、”命熱波”を固有識別起動子――認証素子として、複製させる。
非適合者が使おうとするなら、命熱波を記憶した命導巧の超微細機械の防衛機能が発動。
その結果、非適合者の熱量は奪われ、自然発火となる。
条件付きで防衛機能を無効化出来るが、その場合の代償として、超微細機械の暴走で使用者は命導巧に乗っ取られる。
その結末は、ロックの振るってきた武器が知っていた。
彼が、アンティパスという適合者の登場に戸惑う時間は無い。
「じゃあ、私が人間関係の悩みを解決いたしましょうか?」
その声に、意識が中断させられた。
妖艶な声が、雨音と共に降ってくる。
ロックは、背後に激痛を感じながら、声の方へ振った。
横殴りの斬撃を受け止めたのは、雄羊の角の女――サロメ。
彼女の肉付きの良い肢体は、支えきれずに放物線を描いて土瀝青の大地に降りる。
猫の様に、両腕を前脚の様に路地に付けながら、
「貴方の肉体から魂を解放することをお勧めしますが?」
「そっちの方が願い下げだ、黒か白かで言えば、中間の灰色――しかも、限りなく真っ黒な方のテメェからは特に!!」
“四つん這い”で臀部を突き上げ、女豹の恰好を真似た象牙眼の魔女――サロメに、ロックの“イニュエンド“が咆哮を上げた。
だが、着弾点にサロメはいない。
右手の半自動装填式拳銃に、銃弾を装填しながらロックは右腰の回転と共に右肘鉄砲を放つ。
紅の一撃と、サロメの放つ雄羊の頭蓋骨の刺突が激突。
その寸前で、ロックは左手で額の右側を抑える。
折り曲げた右肘を延ばし、ロックの“イニュエンド“の銃把で、サロメの圏に施された羊の籠状護拳を砕いた。
目の前のサロメは、狼狽えた様子を見せない。
彼女は、ロックの肘を延ばした際に開いた胴へ、もう一頭の雄羊の圏を右から潜り込ませた。
ロックは左腕で掃おうとするが、空しくもサロメの圏を左胸に受ける。
だが、背後の激痛によって、左腕に力が入らなかった。
前後の痛みに顔をゆがめるロックを、熱波が撫でる。
サミュエルの“パラダイス“は、長柄の鎌の形ではなかった。
腕の様に折りたたまれた鎌の下で、散弾銃の銃口から硝煙が立ち昇っていた。
「兄さん!? シャロン、頼む」
サミュエルが口を大きく開いたにも関わらず、その声は小さい。
弟の張り上げた声が小さく聞こえるのは、与えられた痛覚がロックの聴覚に勝っているからかもしれない。
シャロンが駆け寄り、
「ロック。サミュエルが嫌がるのを見たくないから、じっとしていて」
そういって、ロックは座らされる。
彼の前で、シャロンはしゃがむと、右手でロックの胸を触る。
力が抜けると、背後からも光と温かさを感じた。
ちょうど、ロックはシャロンに抱えられる様な形だった。
「アンタは、今、”命熱波”を二体持っているの。サロメはアンタの中に何かを入れて、そのバランスを崩そうとしているの」
”ウィッカー・マン”の強化及び再生能力は、“リア・ファイル“という超微細機械の活動である。
それが肉体を構成している為、既存の銃火器では傷つけられない。
ロックたちの攻撃の手段は、”ウィッカー・マン”を構成する超微細機械を破壊できる“上位互換の超微細機械の力”を借りている状態だ。
機械を倒す為に、機械を使っている。
当然、機械が製造され、且つ仕組みを伴って動く限り止めることは可能だ。
ロックは、ブルースに起きたことを思い出す。
ライラとヴァージニアの攻撃をブルースが受けた時、彼の再生能力は働いていなかった。
だが、ロックが目を覚ましてから、超微細機械は正常な治癒機能を取り戻した。
「サロメの力が、俺の”命熱波”の活動を止めようとしている?」
「厳密に言うと、“もう一つ“の方。あんたは、二つの”命熱波”によって、肉体が維持されている。その維持にもエネルギーが掛かる。再生が早くて肉体としては限界まで活動できる。今は、そのサイクルが不安定な状態。心当たりあるなら、片っ端から言って!?」
”ウィッカー・マン”の急所自体、”命熱波”を集めた熱源である。
シャロンはそこに、素手で干渉出来る。
触覚を通した洗脳ばかりでなく、”命熱波”の治癒――正確には、超微細機械:“リア・ファイル“の不調の調整も行えた。
「少し前にサロメ、サキを守る”命熱波”二体から攻撃を受けた。それによって、再生が少しおかしい……。この街も何かがおかしい」
検査の為に、ブルースとロックの生体標本が、市内の研究機関に送られたが、結果はまだ得ていない。
それに、”ウィッカー・マン”もある時期から、“クァトロ“と“ガンビー“に加え、首なし騎士も活発化し始めた。
「私たちも、サミュエルと“壁の向こう“の”ウィッカー・マン”を調べたけど、”命熱波”の活動が激しくなっていた。私たちの持っている記録だと、今までは月に数体程度、『壁』に近づいていた。今の状況は、明らかに異常よ。何か、別の要因が絡んでいる……環境の変化とか!」
シャロンの疑問にロックは首を振り、彼女の右手から、明かりが消える。
ロックの感じていた左肩と背面の痛みは、引いていた。
「悪い。感謝する」
「謝るなら、サミュエルに。私は、あんたが嫌いだから、礼も謝罪もいらない」
ロックの言葉を、シャロンは突き放した。
「それに、あんたがそう思っている人は、サミュエルに限らないんじゃない? あんたは、恩を返したいけど、その人はもういない。いない人を投影されても、アタシや皆が迷惑なだけ」
――随分と言うよりは、眼中にも入れたくねぇってことか?
ロックは、常人なら心を砕かれるシャロンの言葉を心で苦笑いしながら、立ち上がる。
サミュエルに目を向けると、彼の“パラダイス“の散弾銃が、両腕を失ったサロメの頭を撃ち抜いていた。
刹那、妖艶な均等の肉体が水溜りの様に歪む。
その歪み方は、ロックにも見覚えがあった。
サロメだった肉体は、銀色の扁桃頭――両脚を残し、頭蓋に大きな穴を開けたフル・フロンタルとして荒れる瀝青の海に沈む。
「兄さん、僕たちは囲まれている」
「誰にっていう必要はないな」
サミュエルにロックは答える。
シャロンは何も言わず、両足を乗せていた滑輪板を、両手に持ちかえた。
ロックは、サミュエルとシャロンと背中合わせに、目の前の灰褐色の武人を見る。
雨粒を受けても、アンティパスは一切の感情を見せない。
彼の持つ大砲の様な剣の煌きが、血と雨の違いが些末であると語っている様だった。
隣のサミュエルの眼は、“フル・フロンタル“の大群を率いるサロメを反射。
しかし、扁桃人形は道路から溢れるどころか、十字路を全て塞いでいた。
扁桃人形全てが、一歩刻むたびに、ロック達の立つ円を狭めていく。
“フル・フロンタル“の集団の全ての頭部から雄羊の角が生え、眼が“象牙色“に色付き始めた。
その場にいる全てのフル・フロンタルが、象牙色の眼と石榴色の唇をしたサロメに変貌。
包囲した一体から、声が上がる。
「燔祭、第二幕……始めましょう!」
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