狂宴―⑭―
気付けば、ロックの視界に白い雨天が広がっていた。
ライラが上半身に集中させた光の爆発により、吹き飛ばされたのだ。
――レーザー……いや、ビームか!?
光は力と、そして熱も伝達する。
ヴァージニアの撃った鉱石を散らばせた後、ライラは光の速さで移動。
その時に発生した熱力量を収束。
光熱力量を“リア・ファイル“で物質化させた剣に反映させながら、ロックの結界に衝突し爆破させたのだ。
ロックの体は弧を描いて、グランヴィル・アイランドのパブリック・マーケットに飛ばされる。
食品売り場の樹脂製の棚、木の陳列棚を壊した衝撃と雑音が彼の赤い背筋を叩きつけた。
魚屋の硝子製陳列棚が、宙を舞いながら木製棚をぶち抜くロックの背中を受け止める。
背骨に強い衝撃が走り、意識が一瞬だけ暗転。
硝子の割れる音で覚醒させられながら、ロックは、血息を口から大きく吐き出した。
仰向けに出た赤い吐息が、紅い外套よりも鮮やかに空を上る。
頭がざらつく感覚と、吹き飛ばされた時に入った木と鉄の味が舌上で踊った。
上半身だけを起こすと、パブリック・マーケットの中に開いた大きな穴に気づく。
一つは、サロメを追っかけていた時に、出来たものだ。
その隣は、ロックが先ほど飛ばされた時に作られたのだろうか。
しかし、ロックは二つの穴の先で誰もいない屋外を見て、立ち上がった。
翼剣ブラック・クイーンを構え、足元ですり潰される硝子の音が、耳をざわつかせる。
――どこから来やがる?
電気が消え、雨の鬱屈さが広がるマーケットに魚の生臭さと、もう一つの不快なにおいを感じ取った。
――オゾン臭……?
気づいた時には、ロックはブラック・クイーンを地面に叩きつけた。
“頂き砕く一振り“の衝撃波が、煉瓦片と陳列台の硝子をまき散らせる。
欠片が煌き、宝石や鉱石ではなく、刀剣の鋭さとなりロックの喉を捉えた。
その煌きから生まれたのは剣の幻影、ライラ。
ロックは、腹の底から喉へ怒気を放つ。
声ともに吐き出した横殴りに一撃で、ライラの剣を迎え撃った。
目の前でライラが、力を受けた衝撃で口の端が歪んだ。
刃の様に曲げた口を作りながら、彼女は霧散。
――なんで消えた?
そもそも、生身で戦うわけではない。
その時点で、彼女たちに優位はある筈だ。
――3メートルの距離制限か?
しかし、活動範囲についての考えを改める必要があった。
グランヴィル・アイランドのパブリック・マーケットの天井は、硝子張りである。
閃光が走るや否や、敷き詰められた硝子が破裂。
曇天を背後に、鉱石の鏃の雨が、死んでいるように眠るサキを背後に携えたヴァージニアと共に舞い降りた。
「私たちは一緒です。それを見誤りましたね」
雨のしずくと共に、ヴァージニアから放たれる鏃。
それが、一際大きな、周辺の硝子を含め、胴体程の大きさを作った。
巨大な硝子塊が、ロックの頭上に落とされようとしている。
彼は、籠状護拳に熱量を込めると、結晶に“ブラック・クイーン“越しの右拳を撃ち込んだ。
重力熱力、物体熱力が、籠状護拳から電気熱力の爆轟で、硝子塊が止まる。
電流と火花が硝子塊を爆散させ、ロックの視界を覆った。
破壊による熱力の反作用を推力に回し、ロックは背後に下がる。
粉塵から離れ、ロックは周りを見渡した。
赤い外套を纏った自分を映す、姿見が目に映る。
食品に関わる者の身なりを整える為のものだろうか。
しかし、その意図で使われることが、今後どころか未来永劫来ないことをロックは思い知らされた。
ライラの急襲手段として、ロックの前にある姿見から現れる。
鏡から現れた上半身を振り絞った刺突から熱と光が、ロックの胸を右から左に一閃した。
致命傷には至らなかったが、血の焼ける匂いに彼は、顔を顰める。
だが、顰めて端に釣り上げたロックの口から、衝撃により絞りだされた空気が漏れた。
体に熱さと痛さを感じながら、振り返る。
鏃としてはなった大きな硝子塊。
その表面に映ったライラが振ることで、鏃から光が煌いた。
周りを見ると包丁、測りに硝子。
光を伝える伝導性のものが、空間を揺るがし始め、反射した光がロックへ一斉に放たれた。
「そんなのありかよ!?」
ライラの攻撃は、指向性熱力の刃によるものかと思った。
だが、それはあくまで副産物に過ぎないことを、ロックは身を以て味わう。
本当の強さは、ヴァージニアの生成した物体による、反射と伝達による移動だ。
フォトニック結晶。
独特な色彩を放つオパールの様に、屈折率が周期的に変化するナノ構造体だ。
光は物体にぶつかった場合、吸収されるか分散してしまう。
鏡は反射角を一定に保ち、鏡面反射を行っているので、鏡像を映す約90%の反射率である。
光を通さない白紙は、不安定な反射角、元の像の拡散反射の為、反射率は80%止まりだ。
しかし、光の屈折率を100%にする方法がある。
フォトニック結晶は、屈折率が周期的に変化する特性によって、ナノ構造が光の制御も可能にする。
ある大学の行ったフォトニック結晶の実験は、シリコンウェハーの上に穴の開いた窒化ケイ素の膜を加えたものに、35度の角度から赤色の特定波長の光を当てた。
その結果、光に含まれる光子を吸収はおろか、拡散させることなく100%の精度で光を跳ね返す完全な鏡を偶然にも発見してしまう。
フォトニック結晶の光を吸収するが、ある角度に特定の波長の光を当てると光源に向けて反射する性質を利用し、ヴァージニアはライラを移動させる。
金属は光と熱を伝える、熱媒体で光媒体と言う側面を併せ持つ。
反射率100%でライラの熱源としての威力を減退させることなく、苦しめられたブルースの様に周囲の反射物から死角のない集中砲火をロックにも浴びせた。
ライラのいる静面に向き直り、ロックは右足を蹴って後退する。
だが、ロックの左腕が光に貫かれ、二撃目は右脚を射抜いた。
木製の陳列棚に身を顰める為に、ロックは上半身から右反転。
だが、光の雨が、彼が背に置いた木製の陳列棚も打ち砕いた。
「好き放題してんじゃねぇよ!!」
更に右反転しながら、ロックは籠状護拳から“イニュエンド“を取り出す。
サキの左右に立つ、ライラとヴァージニアに向けて発砲。
半自動装填式の7発の銃弾を、連続で放った。
撃ち終えると、ロックは装填して構える。
「銃弾なんて、効かないわよ!」
「銃弾なら、な?」
ロックの言葉に、首を傾げた強気のライラ。
彼の顔を読み取った、ヴァージニアの顔。
白い肌が、更に生気を無くしていく。
煌く弓の担い手の顔で、白い爆発が7回。
火花と共に、電影が歪んだ。
白い爆発と霧に、ライラの光の剣が更に乱反射を起こす。
戸惑ったライラの顔に、ロックは右手の籠状護拳を叩きつけた。
サキを守るためのヴァージニアのフォトニック結晶の障壁が、目の前を遮る。
ロックと拳がぶつかった衝撃が、周囲を吹き飛ばした。
フォトニック結晶の盾が、ヴァージニアの前で砕ける。
ガレアの女兵士の整った口が歪み、ライラも大きな瞳に苦悶の色を示した。
ロックの猛禽のような目が、電影の守護女神たちの眼に爛々と輝いている。
炎のような眼光を彼女たちに叩きつけんと、ロックはヴァージニアの顎に左の拳を炸裂。
左から右に、腰を入れた回転力を伝えるよう、折りたたんだ右肘をライラに叩きこんだ。
“リア・ファイル“の熱力による、電磁と空間を歪ませる程の紅い拳撃が、二人の守護者を襲う。
「剣が……出ない!」
「動けませんわ……これは、一体」
ロックの放った銃撃は、ただの弾丸ではない。
”命熱波”による“定めに濡らす泪“だ。
水は摂氏百度になると蒸発するが、その話には語弊がある。
例えば、熱したフライパンに水を落とすと、玉のような水滴を作る。
接触する部分の水が膜を作り、そこを熱せられた場合、水蒸気が水滴の下から対流して推力を得る。
その結果、異なる物質間の摩擦力が無くなる。
これをライデンフロスト現象という。
製鉄所や鉱山で熱した鉄に、何らかの工程で誤って水を入れ水蒸気爆発が起きるのは、その際に気泡を多く取り込んだ体積膨張によるものである。
ロックは、ライデンフロスト現象で変化した摩擦力が無い水の膜を光を放つ高熱源体そのものであるライラとヴァージニアに狙いを付けた。
熱した空気を含んで膨張する高温の水を炸裂弾に仕立てたのだ。
本来このような攻撃は、煙幕くらいにしかならない。
雨の中で、火花を散らせながら像を歪ませているライラとヴァージニアの姿を見て、ロックは考えた。
どれだけ、”命熱波”が、“リア・ファイル“を通して神羅万象を操っても、この世界の現象や事象を介している限り弱点はある。
彼女たちにとって、それが水だっただけだ。
「さっさと、消えやがれ!!」
ブラック・クイーンに銃を戻し、左袈裟斬りの斬撃を放つ。
頂き砕く一振りによる剣の静止荷重から逆算して放たれた衝撃波が、ライラの剣を砕いた。
破壊から生じた斥力で、サキと二人の守護者が吹き飛ぶ。
その背後では、ヴァージニアが右手の弓を構えてロックに照準を合わせていた。
「させるか!!」
“迷える者の怒髪“の噴進燃料の炎が、右殴りにヴァージニアの弓と鉱石の矢を爆散させる。
ロックが振り返り様に放った、左からの二合目で炎が更に燃え上がった。
サキを守る電磁障壁の温度上げ、白色にして抉る。
二つの力の拮抗が摩擦を呼び、力の波が周囲を震わせた。
”命熱波”同士の攻撃からの斥力が、ロックとサキを引き離そうとする。
本来、戦闘の時、拮抗した場合、後ろに下がり距離を取る。
まして、ライラがその間合いに現れたのならば。
しかし、ロックは違った。
右足に掛けた全体重で、ライラの刺突を籠状護拳で止める。
籠状護拳の中で、全てを貫かんとする熱力を電気に変換。
発生する磁場が、空間を歪ませた勢いで、籠状護拳越しに拳を振り切った。
苦悶のライラが更に驚愕する。
ロックの怒号と共に、ライラの剣が折れた。
電磁の肉が、雨の中で電散し、腕が衝撃で折れ曲がる。
ライラの方が競り負け、後へのけ反った。
ロックはその間に、電体の女剣士へ右殴りに剣を叩きこむ。
頂き砕く一振りの励起した電子により、鋼鉄並みに強化された刃の破壊出力が衝撃波を更に強化。
武器一つ一つの粒子を弾かせながら、二体の電影の守護者と一人の少女を光の波が覆った。
食品売り場の棚どころか、床も引き裂きながら、三体が空に放たれる。
――逃がさねぇ!
間合いを詰め、ライラとヴァージニアに肉迫。
瓦礫を撒き散らせながら、守護者を追ってロックは雨天の空を飛ぶ。
“リア・ファイル“の攻撃で、”命熱波”の熱力を奪いきれば、ライラとヴァージニアを引っ込めることが出来る。
サキを傷つけてまで戦う程、”命熱波”の少女たちの物分かりが悪い筈も無い。
しかし、ロックは、その考えが誤りだと知らされた。
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