狂宴ー⑩ー
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ロックは腕を交差させる。
右拳を覆う"籠状護拳"を突き出した。
――"磁向防"、展開!!
ロックの目の前に広がる閃光が、速度と質量の弾丸と化した銀人形の腕と脚を裂いた。
"磁向防"。
"命熱波"を使う際に現れる、余剰次元解放のエネルギーを電磁波の障壁に替えたものである。
従来、それは防御の手段であるが、ロックは前方に出現させ攻撃に転化。
小山と化した"サロメ"から、ロックに向けて、"フル・フロンタル"砲弾が三弾続けて、放たれる。
ロックは拳闘士のように、逆時計回りに上体を動かして一弾目を躱した。
左足を軸足にし、上体を時計回りで動かして二弾目を避ける。
上半身を動かした勢いで右拳から左拳へ、"ブラック・クイーン"を持ち替えた。
左足に貯めた力で、ロックは踏み込む。
蹴り出した衝撃にロックは体を乗せ、三弾目の"フル・フロンタル"に涙滴の護拳越しの左拳を放った。
"ブラック・クイーン"の涙滴型の"籠状護拳"が、三体目の"フル・フロンタル"の右頭部と鎖骨を砕く。
弾け飛ぶ"フル・フロンタル"の破片。
黒光りするロックの得物の鏡面に、二体の銀灰人形が現れた。
得物がロックの利き手と逆にあることが、無防備と思ったのだろうか。
ロックからしてみれば、無策は"フル・フロンタル"の方だった。
目に入った瞬間、ロックは左手の"籠状護拳"を手放す。
弧を描いて、放たれた"籠状護拳"が宙を舞いながら光を帯びる。
電磁場を励起し、"籠状護拳"から、火薬のない力の爆発が背後から迫る"フル・フロンタル"を捉えた。
"籠状護拳"がグラファイトに乗った雷を放ちながら、翼の剣を作る。
剣を形成した磁界に絡めとられた"フル・フロンタル"との間合いを、ロックは素早く詰めた。
ロックは電磁界で止まる"フル・フロンタル"の頭部を、紫電を帯びたブラック・クイーンで一突き。
熱源と衝撃熱力が、右前脚と腹部右半分を吹っ飛ばす。
銀灰色の小山を見上げると、後光が掛かっていた。
瓦礫や食物の残骸に彩られた路地の先に、フェリー乗り場――最後の"バンクェット"の後ろで。
雨に濡れた曇天の下、佇む姿は、晴天を浴びる神々しさから、血や叫びを求める禍々しさを滲ませていた。
純粋さの象徴ともいえる、白い肢体に青い燐光が宿る。
その周りを囲む、銀灰人形の"フル・フロンタル"。
そこから、青白い光の筋が伸びていた。
――"命熱波"を……送ってやがる――!?
"ウィッカー・マン"の動力源。
それは、人間の熱力を媒介にする。
"ウィッカー・マン"が得る生命力――は、"命熱波"に他ならない。
しかし、"リア・ファイル"に適さないものが余剰次元を活性化させた熱力に触れ、"命熱波"を励起させられたらどうなるのか。
"命導巧"の無くした生命体の末路は、"ウィッカー・マン"の捕食行動が物語っていた。
「雨雲で暗く気が滅入るので。取り敢えず、光を出して明るくしてみました」
蠢く銀灰色の山の中腹が盛り上がり、象牙眼と石榴色の紅の唇を持つ笑顔が刻まれた。
「お前の冗句への返しを考える時点で、気が滅入るんだよ」
ブルースの声と共に、ロックの横を"フル・フロンタル"が横切る。
緑の斬光で四肢を散乱させられた銀人形が、"サロメ"に向かう。
彼女の石榴色の唇の手前で、青白い光に遮られ霧散した。
「その苦労をさせている、テメェの言葉じゃねえだろ……?」
並ぶブルースに、ロックが溜息。
「だが、"サロメ"……『羊の恰好をして群れに入って、木に登らせて、羊に空を飛べる鳥と唆す悪趣味』を好むテメェよりは、ブルースの方がマシだぜ」
「悪趣味ですって……?」
心外と言わんばかりに"サロメ"が、ロックとブルースの前で大きく頭を被る。
傷ついたことを表したいのだろうが、"サロメ"の嘲笑は、素振りとの滑稽さを引き立てていた。
象牙眼の魔女の動作に合わせて、小山が割れ、腹と肩を固定されたサキが表れる。
彼女の顔は、蒼白。銀の流体によって、サキは視点をロックに固定させられていた。
「このサキという年端の行かない少女に何か見えてはいけないものが見えている。しかも、あなたと同じものが……そういう事実を黙っているお前と私、どっちが残酷なのでしょうか?」
ロックは言葉を無くす。体の中で、恐怖と怒りが、言語化される前に一瞬にして駆け回った。
"フル・フロンタル"
姿を自在に変え、敵を惑わす"ウィッカー・マン"である。
サキを浚った時間稼ぎ以外に、使う意図があることは目に見えていた。
「冗句の返しがなくなるあなた達には、真実が無い。真実があるからこそ、機智もユーモアも成り立つ。しかし、機智もユーモアのない冗句というのは、侮辱でしかありません。彼女のことを言われて黙るのは、その証左では?」
"サロメ"の言葉に、サキの目が見開いた。
日本人の少女は、口を震わせながら、ロックとブルースを交互に見る。
サキの眼に映るロックの顔。
彼女は口を結び、瞼の彼の姿を奥に収める。
その顔で、ロックは意味を悟った。
悔悟で口を開く前に、ブルースの目線で遮られた。
「口が冗長で、手数が多いってのも何も考えていない……あるいは、今したいことが出来ないってことだぞ。真実のないユーモアと、同じ位最悪だぜ……"サロメ"?」
彼の眼差しが、"バンクェット"に向いている。
ブルースの指摘で、ロックは頭が冷えて来る感覚を覚えた。
"バンクェット"像の催眠電波は、"ウィッカー・マン"の熱源にも干渉をする。
それは、ロックにも探知を難しくさせた。
三体の"バンクェット"像の内、二体は熱源を隠すためのものだったのだろう。
現に、ケンジに扮した"ウィッカー・マン"の動力は明らかだった。
しかし、ロックですら辛うじて見えるものが、サキには見えていた。
その事実は、サキに精神的な圧迫が掛かる。
サキがその場に居合わせた――というよりは、彼女の当事者としてのその弱点を突いてきたことに、"サロメ"への怒りが、ロックの中で溶岩流の様に煮立ってきた。
「"サロメ"。ロックとサキの事情を知っていたなら、何でこんな回りくどいことをするんだ? "フル・フロンタル"を使って、大がかりな行事や"ベターデイズ"を利用してまで……サキが目当てなら、エリザベスかプレストンを狙うか、それこそ"ワールド・シェパード社"で内部工作すれば済むんだからな!!」
ブルースの指摘に、ロックの中の思考で生じた、感情の溶岩流が収まっていく。
ロックを苦しめるなら、今までも出来た。
それを今日までしなかったということは、"サロメ"に別の意図があるという意味である。
「私は"宴"と"燔祭"が好きなんですよ……炎と共に踊り狂い、酒を反芻させ、情欲に流され、自らを犠牲にし、自分が一番だと思う鼻っ柱を、宴もたけなわとなる様を神に見せつけ、阿鼻驚嘆させ、『供物を口にする者が、供物にされる』。その落差が、面白いのですよ?」
"サロメ"が、"フル・フロンタル"の手足に縛られたサキに近づいた。
彼女の象牙の様な白い右手の指先で、彼女の喉から細い顎の輪郭を撫でる。
銀灰色の肢体で雁字搦めにされた少女が、逃れようと上体を逸らした。
だが、彼女の足掻いた力と同じ反動の力で抜けることが出来ない。
恐怖に染まるサキの顔を、猫を愛でているかの様に"サロメ"が見つめる。
象牙眼から放たれる恍惚の光が、サキの白い肌を猫と戯れる様に凝視していた。
「落ち着け、ロック。サキは生きている。お前は、まだ取り戻せる」
左肩から掛かるブルースの声。
よく見ると、ロックの左肩を掴むブルースの右手も微かに震え、口端を締めていた。
「それは無理ですね」
ブルースの希望的観測を"サロメ"の言葉が否定した。
ロックの周囲に沸いた青白い空気が、大気を揺らす。
"フル・フロンタル"から送られる青白い魂の明滅が、激しくなった。
空間を揺るがしながら、"バンクェット"も光を帯び始める。
「貴方は常に手が届かない。今もこれからも。そして、未来永劫ね!!」
"サロメ"は、青白い光に抱擁されて宙に浮かんだ。
同時に、サキを捉えていた"フル・フロンタル"の山も崩れていく。
流体と化した、銀灰色の山と"バンクェット"の像の間に、青白い光が繋がった。
一際、激しい煌きを放つと、サキの体が"バンクェット"像に引き込まれていく。
女神像はまるで、初めから水で出来ていたかの様に、括れで出来た波紋の中に少女を取り込んだ。
「"燔祭"で見せつけてしまった、その醜い姿を否定する為に、破壊しながらも、結局はそれを止められない。"燔祭"の終局を見届けることしか出来ない……今回のキャニスに続けて、私たちの掌で、私たちの悦楽の為に永遠に足掻き続けなさい、ロック=ハイロウズ!!」
全てを見下ろす"バンクェット"像と"サロメ"を囲む光が質量を得て、奔流に変わる。
瀑布と化して、ロックとブルースに集中した。
右脚で地面を蹴り、ブルースがロックから離れる。
ロックは、"籠状護拳"で光の奔流を遮った。
川から突き出る石にぶつかる水流の様に、紅い外套の少年の前で遮られ、左右に割れた光の流れを作る。
磁向防は、化学変化による炎、凍結、雷撃に銃弾等の攻撃は防ぐことは出来るが、発生時に生じた"熱力"の生む"衝撃"までは防げない。
"籠状護拳"の壁を呑み込まん衝撃は、ロックの腰から下を容赦なく襲う。
質量を得た光の飛沫がロックの前で上がった。
彼は流れに抗おうとしたが、
――力が、抜ける?
ロックの右脚が、膝から崩れた。
飛沫の先にある"フル・フロンタル"が、"サロメ"とサキを取り込んだ"バンクェット"からの光を受けて進む。
右手で突き出した"籠状護拳"を下げず、ただ伸ばしたままの片腕で"フル・フロンタル"を突き飛ばす。
一体目から突き出された右腕を、ロックは両腕を交差させて受け、右脚で蹴り飛ばした。
ロックの力が抜けていくのか、銀灰色の壁に大きくのけ反らせたに留まる。
左奥歯を噛み締めながら、左腕を十二時から九時の方向へ大きく振った。
力を込めた左拳槌は、"フル・フロンタル"の左首付け根に触れ、ロックの手首を青い光が覆い始める。
ロックのブラック・クイーンからも、燃え移る様に青い光が発生した。
――抜けねぇと!
"籠状護拳"を、腰の束ねた革帯に留める。
青白く光る右手の手刀で迫る"フル・フロンタル"の間合いに、ロックは右脚から大きく入った。
彼は、青白い死の一触りを左腕で躱し、振り下ろした右拳で銀灰色の右肘を打つ。
右肘への殴打で、右半身を切らされた"フル・フロンタル"は、上体を反時計回りにつんのめらせた。
ロックは、うつ伏せになりかけた銀灰人形の首根っこを右腕で掴み、背後の"フル・フロンタル"にぶつけた。
迫りくる"フル・フロンタル"の波に、ロックはその中の一体を盾にしながら、掻き分ける。
だが、降りかかる光の奔流が、更にロックの目を焼かんほど強くなった。
ロックの膝の力も無くなり、青い光の奔流で目の前の風景に瞼の幕が降りていく。
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