敵対―②―
芸州グランドホテル 午前9時55分
尾咲 一郎は体型に関わらず小食である。
ただ、祖父母の世代の肉付きが独特な骨格を持っていた。
ついでに言うと、脂肪も蓄えやすい。
それが遺伝しただけである。
体型ゆえに、食に貪欲な印象を他者に与えるが、いたって小食なのが尾咲 一郎だ。
しかし、今回、彼の食欲が更に減退していくように感じた。
芸州グランドホテルという地元では有名なホテルのブランチ。
小食でも一度はそこのメニューを一口味わいたい。
その程度の欲望は、尾咲も持ち合わせていた。
だが、その実現のきっかけは、尾咲にとって歓迎できるものではない。
それは、彼と相席をする者たちが原因だった。
「やはり、ここの卵料理は絶品ですね」
尾咲の座る円卓の向かいには、好々爺の菅原。
「確かに……西洋料理では卵料理は、おにぎりに並ぶ、基礎の料理……基礎がしっかりしているところは、味も安定してますね」
尾咲の左隣にいるのは、広島県のフィクサーで、大和保存会の支援者、鷲鼻の胴田貫 剛介。
二人は尾咲の食欲をよそに、卵料理を堪能していた。
好々爺の菅原はトーストと半熟ゆで卵。
鷲鼻の老人は、ポリッジとオムレツとサラダ。
それぞれが、ブランチを堪能していたが、
「おや、尾咲さん……手の方が……」
「朝ごはん、しかも卵を食べないとは……アレルギーが?」
菅原と胴田貫の二人に言われ、
「いえいえ……そんなことはありません! 小食でして……」
尾咲は慌てて、二人の気づかいに問題がないことを告げる。
尾咲の食べているメニューは、トーストとスクランブルエッグだ。
確かに美味しい。
しかし、二人を前にすると食事に現を抜かせというのが無理だった。
「なるほど……時間はそれぞれですからね。だからこそ、都合が良い」
「そうですね……ただ、尾咲さんのスクランブルエッグ……片手間落ちですね、クリームを入れているとは……」
菅原の後に、胴田貫が尾咲の食べているスクランブルエッグを見る。
「クリームは、思ったよりも盛り上がらなかったときに入れるもの……取り繕いとしては認められますが……」
「それすらも、ままに出来ない……気を付けたいところですね、尾咲さん」
菅原と胴田貫の二人は、笑顔である。
しかし、会話の内容は、尾咲の心中を穏やかにするつもりがなかった。
尾咲は胃が縮む思いをしながら、トーストを齧る。
尾咲が朝食を食べているのを満足そうに見る、菅原。
二人の一言一句に、一挙一動に尾咲は気が気でなかった。
今回のブランチは、尾咲は菅原と胴田貫に招待されたものだ。
無論、卵料理の品評会ではない。
先日の大騒動についてだった。
「どうですか……あなたの“政治をまともにしたい市民の会”の方たちの具合は?」
菅原に問われ、尾咲は手元の珈琲でパンを流し込む。
「ええ……みんな、怪我は負っているものの、生死を問うほどではありません……」
尾咲は話すと、菅原と胴田貫の二人は頷くものの、どこか首を傾げていた。
老若男女問わず、ロック=ハイロウズや、もう一人の乱入者と大立ち回りをした。
何人かは彼らから激しい抵抗を受けた。
後遺症を受けるほどの攻撃はあったが、負傷者の中で、そういったことを告げられる者は不思議といなかった。
「たしか、“リア・ファイル”……というのが、回復させている……とは聞いていましたが……」
尾咲は言うと、菅原と胴田貫は合点が付いたようだった。
確か、“スウィート・サクリファイス”は“リア・ファイル”による自己再生が働いていると耳にした。
しかし、通常の人よりは回復が速いものの、完治には時間がかかることは変わらない。
「安心しました……孫が、ロック=ハイロウズに締め上げられたと聞いた時は、内心冷や冷やしましたが……」
胴田貫の口調には、安堵がこもる。
しかし、眼光の鋭さがロック=ハイロウズの名前を言って増した。
そして、その眼が尾咲を見ながら、
「しかし、何故、あのような事態が起きたのでしょうか?」
胴田貫の疑問に、菅原も頷く。
二人の視線に注がれた尾咲は、
「どうも、ウチの会員が『“紅き外套の守護者”はロック=ハイロウズ、という情報を受け取ったそうです。しかも、『“政声隊”とすでにコンタクトを取っている』と……」
胴田貫は頷いて、菅原は、
「しかし、それでいて、銃撃戦に発展するというのは理解に苦しみますね……」
「それについては……ロック=ハイロウズが“政治に声を張り上げ隊”――つまり、“政声隊”かS.P.E.A.R.の一人を政市会に放り投げ、彼が会員と揉みあいになったところ、撃ったとのことです。それに、応えるように、政声隊も攻撃を加えて……」
尾咲も話していると、菅原、胴田貫も首を傾げた。
現に、尾咲も話していると奇妙なことに気づいた。
それは、菅原の一言で。
「こちらから撃った……その会員の方の怪我の具合は?」
「それが……病院に行ってないとのことです。ついでに言うと、撃った会員については、誰も知らなかったそうです……」
尾咲も大騒動になっていることに驚き、何人かの会員に当日事情を聴いたのだ。
しかし、争いの引き金となった会員について、彼の存在を知る者はいない。
「屈辱的なのは分かりますが……」
「それを一番感じている人の姿がいない……」
胴田貫と菅原の二名が話す度に、尾咲の心中は荒波となっている。
話せば話すほど、自分たちは退路を断たれているかのように思えた。
「わかりました……そうなると、どちらにしても、政声隊が納得するはずが無いですね……」
「“スコット決死隊”を会員の活動に同行させましょう……ロック=ハイロウズや“政声隊”への牽制にもなるでしょう」
菅原の懸念に、胴田貫が提案をする。
好々爺は頷くと、
「そういえば、ハチスカさんの行方についてはいかがでしょうか、尾咲さん?」
思わぬ議題の変化に、尾咲は息を呑む。
「……芳しくないようですね」
胴田貫が尾咲の顔を読み、言った。
「はい……私たちの方でも、ネットで特定出来る者たちに探させていますが……途中で……」
尾咲は今回の暴動に加わらなかった政市会会員で、電脳世界と現実世界の人物を一致させる作業が上手い者を中心にハチスカを探していた。
しかし、彼を見つけたものの、
「妨害に遭って、匿われました。引き続き、行方を追うように言っていますが……」
尾咲の言葉に、二人の顔が険しくなる。
ややあって、
「分かりました……息子の方にもやらせましょう。情報の共有を出来るように、尾崎さんが働きかけてくれると助かります」
胴田貫が口を開いた。
胴田貫 剛介の息子、剛一は広島県議会議員である。
県の関わる範疇なら、彼が適任と言うことだろう。
尾咲は短く礼を言って、彼の頼んだ卵料理を再び口に入れる。
しかし、考えれば考えるほど、尾咲は何か大きな力に翻弄されている。
そのような感覚を覚えながら、食欲で打ち消すことに集中した。
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