敵対―①―
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4月14日 上万作市内 午前3時17分
『まあ……ロックの情報漏洩については、こちらで対応しておいたよ』
演算器で走らせている動画通信素子越しに長髪の細面の日本人――ナオト=ハシモト――が、口を開いた。
ブルースは、彼からの言葉に内心安堵するが、
「しかし、今回のロックへのフィルターが解かれたということを考えると……」
「"ワールド・シェパード社"と"ブライトン・ロック社"……どちらの責任か、ということになりますけど……」
ベリーショートの和泉守 杏菜と薄紫のジャケットを纏った岡田 マナが口々に言う。
ナオトとの会話は主に、上万作学園で起きた、ロックに"政市会"と"政声隊"が同時に接触を果たした件である。
状況整理と今後の対応のために、急遽ブルースが杏菜達に召集を掛けた。
幸い、ナオトの方は、カナダ時間で午後一時の昼休憩だったのもありがたい。
場所は、協力者の岡田 マナの使う貸倉庫を改造した拠点。
演算器や無線に溢れたこの場所では、警察や消防の無線も傍受できる。
加えて、サキへの安全のために、上万作の異常事態を監視できるようになっていた。
「世界的な"紅き外套の守護者"……その正体が判明してしまった以上、ロックさんへの接触は増えますけど……」
マナが大型ディスプレイに映るナオトと、ブルース達の交互に目を配る。
『マナさん……申し訳ありませんが……』
画面に映るナオトの顔は暗い。
マナが言葉を少なに、ただ頷いた。
杏菜については、苦虫を噛みつぶした顔を浮かべる。
「この場合……『サキが"ワールド・シェパード社”、警察と一緒に"政市会"と"政声隊"鎮圧したこと』にした方が良い」
ブルースは口に出した言葉に、内心頭を抱える。
サキ自体、"バンクーバー・コネクション"を"ワールド・シェパード社"のワーキングホリデーをしていた身で解決した。
同時に言うなら、その功績で同社の"契約社員"という内定を得たので、社員として急遽出ることになった。
理屈で言えば当然の流れであるが、
「少なくとも、この場合は最適ですけど……」
「子どもを使う……というのはタフだね……」
マナと杏菜という女性二名は、承服しかねていた。
杏菜はサキの教師という位置にいて、マナにいたっては彼女の義母である。
子どもを政治的な意図に使うことに、抵抗を覚えるのも無理はない。
「今、"政市会"と"政声隊"……どちら側からも動画が出回っているだろ? それについてはどうなの?」
杏菜がブルースと画面のナオトの相互に尋ねると、
「報道に関しては、日本政府と"ワールド・シェパード社"が報道管制を敷いてくれているから、投稿動画と報道でロックと"紅き外套の守護者"を一致させられることはない」
『むしろ、出回っているのがネットだけというのは都合が良いです……ネットと既存のメディアの平行線が続いているので、ファクトチェックが滞りますので』
ブルースとナオトの答えに杏菜が沈黙する。
理解はするが、納得しない。
腕を組んだベリーショートの女性が、溜めた怒りを口と鼻から息として出す。
TPTP。
"太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Partnership)"を下敷きにした、"太平洋経済戦略連携協定(Trans-Pacific Tactical Partnership)"により、"UNTOLD"関係の技術の情報の取り扱いについて、企業と行政に制限を掛けられる。
つまり、今回の暴動については、どの報道機関も電波は愚か紙媒体すら伝えることができない。
その構図が必然的に、既存の報道への不信感を電脳世界が煽る。
既存のメディアを支持する層と、電脳世界を支持する層の間で溝を作り、相互の情報の検証を困難にしていた。
「つまり……情報を知るコストが相対的に高くなり、報道を支持する人はネットを避け、逆も然り……と」
後ろから声が聞こえる。
"インヴァネス・コート"を羽織った青年をブルースは認めると、
「"ベネディクトゥス"……」
杏菜とマナがブルースの声に促され、振り向く。
ブルース達と画面の中のナオトの視線が彼に注がれ、
「サキさんは"バンクーバー・コネクション"というTPTP加盟国――つまり日本――を脅かす勢力を一掃し、"グランヴィル協定"という"ウィッカー・マン対策"の先陣を切る英雄的存在……しかし、それ以前に"日本人"の"高校生"……彼女の日常を脅かす様な人たちへの風向きは強くなります……」
"判官贔屓"や"負け犬効果"と言うべきか、そういうのは万国共通らしい。
電脳世界はその辺の判断が――現実世界に比べ――より苛烈な傾向になる。
「そうですね……現に、"電脳右翼"と"電脳左翼"の間でも、今回の暴動について意見が大きく分かれています……左右問わず既存のメディアも扱えない以上、"政市会"と"政声隊"……どちらの立場も苦しいみたいです」
マナが別の画面を表示する。
短文投稿サイトでは、左右問わず毀誉褒貶の嵐となっていた。
"電脳右翼"と"電脳左翼"の衝突の動画が上がっている。
どちらかを擁護する動きはあるが、活動家へ親和的な者たちが顕著だった。
そんな身内ごとも"河上 サキ"という、個人の侵害が絡むと話は変わってくる。
「判官贔屓で叩き始めて、それが多数になり、勝ち馬に乗るやつも増えてきた………」
杏菜が溜息を盛大に吐き出す。
現に、今回の騒動に加わった者の経歴が電脳世界を駆け巡っていた。
翌日には、"電脳右翼"と"電脳左翼"の学校や職場――或いは、実家まで割れ出すことだろう。
サキへの同情論も加わり、"政市会"と"政声隊"のどちらも動きにくくなっていた。
ブルースはそれを思い、サキとの友情を一番とする少女が不愉快そうな顔を浮かべている様子が眼に浮かぶ。
その構図を再認識した女性陣、画面の向こうのナオトの顔が曇った。
その中で杏菜が、
「ロックとサキについて妙な考えを持つ奴らへの牽制は出来たとして、"ベネディクトゥス"……あんたの方はどう?」
「被害者は増えていますが……上の方は、どうも……」
「変わらず……ですか……」
杏菜が切り出し、ベネディクトゥスとマナの口調が重い。
三人の話題は、上万作を騒がせているもう一つの事件についてだ。
「"白光事件"の昏睡状態から回復した子どもたち……」
「犠牲者は10人くらい……まったく、ブルース?」
ブルースは二対の女性陣からの視線に、居心地の悪さを覚える。
「動くことは出来ない……行動を起こしている奴らが奴らだから、上も慎重だ」
『……待ってくれ!! それは、見当が付いているということ……ブルース?』
ブルースの言葉に、一人だけ話題に付いて行けていないナオト。
「"ホステル"……しかも、元"七聖人"の"ケンティガン"と"コロンバ"……"サロメ"が日本にいないのが救いと言うか……」
杏菜が吐き捨て、煮え切らない行動のブルースに向けて睨む。
"七聖人"。
"ブライトン・ロック社"に所属時に、最強とされた七人の"命導巧使い"を指す。
「しかも、その元"七聖人"の"パトリキウス"の率いる"ソカル"も伊那口近辺にいる……こちらにも、元"七聖人"、"ベネディクトゥス"さんがいますけど……」
マナが溜息と共に視線を、"インヴァネス・コート"の青年に向ける。
「牽制として……ですけどね」
"ベネディクトゥス"が自虐じみた口調で言う。
その最強の"命導巧使い"の七人の内、四人が一堂に会している。
それぞれが独立した派閥を築いているなら、上層部が及び腰になるのも当然と言えた。
「変数が大きすぎるから、"ベネディクトゥス"で睨みを利かせつつ、ホステルと"政市会"と"政声隊"と三条、それらを傍観する"ソカル"を慎重に判断する必要がある」
「想定内の答えだね」
ブルースに、感情をこめずに杏奈が吐き捨てる。
ブルースの言葉に見向きはしないが、ディスプレイの間にある少女の写真にマナが眼を馳せた。
黒髪の少女の写真、眼鏡を掛けた少年が映っているところを見ると、サキと秀雄といったところだろうか。
ブルースからこれ以上の答えが出ないことを確認すると、アンナが終わることを提案した。
ブルースは、ベネディクトゥスとマナ、ナオトからも話すことがないことを確認する。
「ただ、ブルース……あんたは八方美人で上手く立ち回っているつもりだろうけど、私は忘れない……あんたの判断で旦那を失ったことを……」
杏菜は去り際に吐き捨てる。
ブルースは、杏菜に抗議は愚か頷くこともしなかった。
――俺は……戦えるのか?
ブルースは"ベネディクトゥス"が貸倉庫から出て、ナオトが通話を切るのを見届ける。
マナの刺すような視線を背に、貸し倉庫を後にした。
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