混迷―⑩―
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午後1時36分
「……もう死んでいい?」
一平がロックの右隣で、唐突に呟く。
「一平、大丈夫だよ……たぶん」
後ろにいるサキの一平への口調は、どこかぎこちない。
加えて、最後の一言も不安を残す。
「なあ……ロック、お前の家……泊まっても大丈夫か!?」
「なんでそうなる……」
唐突な提案に、ロックは眩暈を覚える。
頭を抱えているロックと一平の目が合うと、
「姉貴に殺される……もう盛大に殺される……」
先ほどの大立ち回りを見せた男には、背中を任せられるとロックは思った。
しかし、今の雰囲気は――例えるなら――子猫が年上の兄弟姉妹の玩具か寝床を壊し、それがバレないか戦々恐々としている様に見える。
そんなギャップに愛着を覚えないロックは、サキ、一平と一緒に学校からの帰り道を歩いていた。
平日ではあるものの、彼らの一足早い帰路。
無論、朝の大乱闘が原因である。
ロックの正体の情報が洩れ、"政市会"と"政声隊"という二団体が押し掛けることになった。
それぞれの団体に、上万作学園の生徒が含まれていたのも良くない。
高校生でも保障されている政治活動の自由を明らかに逸脱していた。
加害者でもあり被害者。
"ワールド・シェパード社"と警察、上万作学園が共同で、乱闘騒ぎの責任追及と生徒の心のケアに当たっている。
加えて"UNTOLD"を使った騒ぎ。
白昼堂々の流血沙汰と言うのも重なり、生徒の心に負った傷は余りに大きかった。
心身の不良を起こすものが――ロックとサキの激突を止めた和泉守 杏菜が危惧したように――出てきて、授業は困難。
後日、生徒たちにスクールカウンセラーを設ける形にして、上万作学園の上層部の決定で今日は休校という形となった。
「俺たち……一週間、停学だってさ?」
ロックを中心に始まり、一平も加担したためである。
その乱闘騒ぎの中心と言えるロックと立ち回りをしたサキも同罪だ。
「というか、私……何かが起きるたびに人に叱られているんだけと……」
ロックの後ろで、サキはため息混じりに呟く。
「お前……あの時はカナダで"電子励起銃"を持ち出して、ぶっ放したからだけどな?」
ロックは、"バンクーバー・コネクション"でその黒幕を捕まえたサキを思い出す。
「何それ、炎上案件?」
「いや、あの時は、"ウィッカー・マン"がいたかも知れなかったから、ナオトさんと共に護衛をしていたという理由だけどね」
一平が食いつき、サキが説明する。
その説明で、一平は合点がいったようだ。
「あくまで、非公式だからな……そして、"ウィッカー・マン"にぶっ放すものを人に向けて良い意味でもないからな!?」
溜息を盛大に吐き出し、ロックは疲労感を覚える。
「それどころか、サキが今日は"命導巧"を持ち出せて、俺の乱闘がダメというのがどことなく腹立つ」
一応、サキも停学と言われれば停学だが、少し違う。
"命導巧"の持ち出しも咎められないどころか、騒動の中心のロック――加えて一平――を止めたということで、むしろ生徒や周辺住民の心身を優先させる狙いが見えた。
「それについては、先生が"ワールド・シェパード社"の社員から預かっていて、ブルースからは『ロックはタフに出来ているから、ぶっ放せ!!』と言われたから……」
「だからと言って、プロジェクトの肝煎りの"ウィッカー・マン"用の武器を俺に放つなよ……サキ。百歩譲って持ち歩いても良いが、ほんの少しだけでも違和感に仕事させろよ……」
ロックは、味方と言える大人たちの良識に再度眩暈を覚える。
考えれば考えるほど、彼らのそれが、確実に、人類一般共通のそれと逸れているという帰納法的な事実しかない。
そんな彼の隣で大笑いする一平。
「お前ら……凄え面白えな!!」
腹を抱えてロックとサキを交互に見ると、
「姉貴のこと言っていたけど……大丈夫なのか……?」
ロックの呆れた口調に、
「頼む……思い出させないで?」
「一平ったら……確かに大乱闘したけど、大勢で痛めつけたわけじゃないから、しっかりしなよ? リンカさん、むしろ……"政市会"と"政声隊"の様な団体に立ち向かったから、軽く済むよ」
「サキ、だよな……そうだよな!!」
曇っていた一平の顔に晴れ間が訪れる。
何故か、向かい合ってサキの両手を一平の両手が覆い、真摯に祈っている様だった。
しかし、
「それより、ロック……顔が険しいよ?」
「というか、何か食い物にでも当たった様な顔をしているぜ?」
ロックは青いというよりは、血の気が引いた顔になっているのが、彼らの眼に映る。
「いや……姉とリンカ……苗字は、サイトウなんだろうな……と思ったが……」
ロックは内臓どころか呼吸器全体が締め付けられた感覚で、絞りながら言うと、
「まあ……斎藤に生まれたらそうだろうな……」
「腹違いや種違いで、苗字が違う場合もあるよね?」
一平とサキが、怪訝な表情を浮かべるが、
「まあ……そうだよな」
「どうしたの?」
サキが問うと、
「端的に言うと……斎藤という名字で、リンカという下の名前をしたやつに良い思い出が無い」
ロックは振り絞って言うが、吐き出した隙間に恐怖を覚える。
「随分とピンポイントだね……ロック?」
サキの言葉に、ロックは頷いた。
言葉にできない悪夢に、寒気と吐き気を催し、
「わかるぜ……その気持ち!」
一平の一言ともに、ロックの右肩に手が置かれた。
「そういうのって、同じ苗字でもビビるよな……わかるよ。斎藤の俺が言う一言でもないけど……」
「いや、斎藤全てじゃないが……お前の様な奴がいてくれるだけでも安心しているから、気にするな」
ロックは一平に謝辞を入れつつ、
「斎藤というのは、日本だったら何処にでもある苗字だよな……まあ、リンカというのも別人だろう……」
ロックは強制的に納得することにした。
ロックと一平に向けた、サキの呆れた視線を感じつつだが。
「悪い、俺はここから別だ」
歩いていて、右手にガソリンスタンドと公園の並ぶ通りで、ロックは切り出す。
サキは納得したが、
「なあ、ロック……"リーネア"繋がね?」
一平の提案に面食らう。
「……別に構わないが?」
ロックは携帯通信端末を取り出す。
"リーネア"は会話や画像を送れる、素子だ。
「そうだ、アカリとキョウコにも話して、ロックも"グループ"に入れよう!」
ロックはサキに同意しつつ、携帯通信端末に浮かべた素子の招待用の二次元コードを一平に見せる。
ロックと一平、相互が繋がったことを確認した。
満足した様なサキと一平の後ろ姿を、ロックは見送った。
※※※
「随分な趣味をお持ちの様だな、"花葬"」
サキと一平と別れてから、数分してロックは声を出した。
姿は見えないが、何かに見られている感覚をロックは覚える。
ただ、剣気や殺意というものに、ロックは囲まれていることを確認した。
昼の公園では木陰で昼食を取り、昼寝に興じる人の姿があった。
ロックはその中で、大きな木の手前のベンチに腰掛ける。
『そういうお前は、友達を作るのが上手いようだな……』
声はするが姿はない。
ロックは周囲を見渡し、
「隠しごとや、出し惜しみはしない方が良い……それがコツだ」
以前、剣を右肩の上に乗せられた感覚を頼りに、"花葬"の位置を割り出そうとする。
――光学迷彩の類か?
以前警戒したにもかかわらず、ロックは"花鎧の戦士"に背後を取られた。
不利にならないように訓練は怠っていない。
それを上回る技術と技能で気配を消す手練れ――いわば"達人"とも言える相手――には、ロックも後手に回らざるを得なかった。
『参考にしよう……。ところで、その顔は"賢人計画"について調べたようだな?』
姿を見せない"花葬"に、
「テメェ……何を知っている?」
ロックの恫喝とも言える問いに、"花葬"の回答はない。
「いや、わかって聞いたろ……全部アクセスできない」
『どういうことだ?』
「とぼけるな……そもそも、"ブライトン・ロック社"でもないお前が何故、"賢人計画"という言葉を知っている……俺たちですらも"最高機密"だ……。知っていても容易に触れられない。だから外部に知られる余地もない。誰から存在を吹き込まれた?」
ロックは少し前に、"ブライトン・ロック社"のネットワークに入った。
"賢人計画"について調べたが、どれも権限のある者にしかアクセスが出来ない。
しかし、問題の本質はそこではない。
「オマケに、"白光事件"と"ワイルド・ハント事件"の二つを結びつけられるとまで断言してやがる……俺たちですらアクセスできないものを、部外者のテメェがどうしてそれを知ることが出来る?」
内容云々というよりは、全貌を知る者と所属不明の"花葬"が繋がっている。
"花葬"が"ブライトン・ロック社"側という線を考えても、"ブライトン・ロック社"の情報漏洩の問題は免れない。
『必要以上に踏み込まないか……朝の立ち回りと共に、頭も切れる』
「不思議だな……その立ち回りという言葉……朝、見て来た様に聞こえるが?」
ロックの剣呑な追及に、
『半信半疑だったが一目見て、安心はした……お前には素質がある。その様で安心した』
「"素質"か……自分には見えない何かを、しかも俺のことを知る誰かに吹き込まれた……ようにも聞こえるが……?」
少なくとも何かを疑うという行為は、"何か"に触れないとできない。
あるいは、その"何か"を与えるという誘因も必要だ。
「そういうのが分かるやつなら、会わせてくれてもバチは当たらない気はするがな?」
『会うか会わないか、別にすれば……ロック=ハイロウズ、お前のことをよく知っている人だ。その人は心底不思議がっていたよ……』
ロックは、訝し気にしていると、
『そんな筒抜けの情報をお前から隠そうとしている"ブライトン・ロック社"……そこに所属することに疑問も抱いている様子もないからな』
"花葬"の言葉に、ロックは息を呑む。
「会うか会わない、以前に合うか合わないかで言えば、そいつとは全く合わんな……お前とも」
『それでいい……俺にとっても、お前は存在するべきではない……しかし、同じ敵がいる……俺に殺されるまで、殺されるなよ?』
殺意と剣気が消える。
ロックの頬を、真昼の陽光が温める。
しかし、ロックの心は晴れない。
「……"賢人計画"」
その秘密を知る"花葬"。
それを隠す"ブライトン・ロック社"。
彼らの秘めるモノの深さの闇が垣間見えたから。
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