27.夏休み 街(Ⅲ)
「クラリス様は案外大胆な性格なんだな。」
二人の姿が見えなくなると、少し困ったような顔でカーティスがこちらを見る。
「それで君は、アンジェにどんな用事があるんだい?…僕が邪魔なら少し外そうか。」
思わず目を見開く、自分はそんなに分かりやすくアンジェの様子を伺っていただろうか。もちろん、カーティスとも話したいという気持ちはあるのだが、先日の一件もあり、どちらかというとアンジェの方に意識が向いていたのは確かだ。
「はは、急に分かりやすいな。…心配しなくても、そう思ったのはアンジェの様子を見てだよ。さっきから妙にそわそわしているからね。…アンジェ、君と話したいみたいだ。少しどうだい?」
さすがカーティス。アンジェへの想いもあってか、なかなか鋭い洞察力だ。元々聡い男と見えるし、伊達に女の子を侍らせているわけではないらしい。
アンジェが気まずそうにこちらを見る。
「じゃあ、僕はちょうど郵便局に用事があるから、しばらく外すよ。」
そう言うと、彼はこちらに背を向けて足早に去っていってしまった。仕方なしにといった感じで、アンジェが隣に腰を下ろす。いざ二人きりにされると途端に話題に詰まった。とりあえず攻略対象のカーティスについて探りでも入れてみようか。
「か、カーティス様は貴女のことをよく見ていらっしゃるのね?」
「ああ、あの人はよく気づく方ですからね。特に女の気持ちには敏感よ。まあ普段あれだけ女子に囲まれているのを見ればわかるでしょう?」
「確かにそうね。でもなんだか、貴女は特別といった感じがしたわ。…いつもは追われる側のカーティス様も、貴女に対しては逆のように見受けられるし…」
「……へえ、貴女ってそういうのに気づく方なのね。なんだか意外だったわ。」
アンジェが横目でちらりとこちらを見る。いやいや、事前に念入りに調べていたから分かったわけで、普段なら全く気が付かない方なのだが、とりあえず今はあいまいな笑顔で返す。
「アンジェ様はあまり彼に興味がおありじゃなくて?」
「いきなりそんなこと聞かれて答える義理もない気がするけれど……そうね、あくまでも良い友達でいたいわね。」
アンジェは伏し目がちに答える。哀れ、カーティス。なるほど、まだフローラが入り込む余地は十分にあるな。もっとも、彼女がカーティスルートに傾く兆しは全く無いが。
「…それで、貴女はわたくしにどういった御用かしら?言っておくけど先日の謝罪なら結構よ。」
急に話を変えたと思えば、本題を早々に切り上げられそうになり、早くも心が折れかける。しかし、せっかくカーティスが与えてくれたチャンスをみすみす逃すわけにはいくまい。
「確かに、何度も謝るのは失礼だと承知ですわ。でも、私は貴女に誤解されているようだったから、それだけはちゃんと解いておきたいだけなの。」
途端、アンジェの顔がみるみる歪む。化粧の濃い美人とは、なぜこうも威圧感を覚えるのだろうか。内心すくみ上がる気持ちを抑えながらクラリスは言葉を続ける。
「あの時最後に伝えた言葉、あれは本心から言ったものよ。」
「本心でもどうでもいい!!私は別に人に聞いてほしいなんて思ってないのよ!!」
突然、アンジェが怒りだす。その勢いにまかせて立ち上ががった、その時だった。
「いったいどうしたんだ?」
声に振り返ると、そこにはハワードが立っていた。やっと魔法具店から帰ってきたらしい。
アンジェは彼の姿を見ると、まずいとでも言いたげに顔をしかめた。ハワードの方もアンジェを知っているらしい。彼女の顔を怪訝そうに伺っている。学年委員の仕事は、一部風紀委員も担っているようなものなので、おそらくその関係で面識があるのだろう…悪い方向に。
「アンジェ=デュシェーヌ、また君か。夏期休暇中、しかも学外で生徒に突っかかるとは何事だね。君は素行こそ悪けれど、他の生徒に危害を加えるような人間では無いと思っていたが、買いかぶりだったのかもしれん。」
先入観と、友人への贔屓が先走ってしまったのだろう。ハワードはろくに状況確認もしないまま、アンジェを非難した。これはまずい。元々はクラリスに非があるというのに、アンジェに濡れ衣がかかっている。これではただでさえ悪い状況がさらに悪化してしまう。今すぐにでも誤解を解きたいのだが、目の前の二人にはもはや自分の姿が映らないらしい。クラリスの存在など忘れたかのように、互いにじっと睨み合っている。
「これは失礼しましたわ、委員長様。そしてクラリス様も。折角の休暇中、お邪魔して悪かったわね。では、わたくしはこれで。」
そう言うとアンジェはくるりと向きを変えてそのまま商店街の方へ去っていった。ハワードがふうっと一息つく。
「君も災難だったな、クラリス。彼女は普段から態度は悪いが、他の生徒と問題を起こすことは無かったんだけどなあ。おかげで油断していたよ。それにしてもなぜ君に突っかかってきたんだろうな。」
「は、ハワード……」
「なんだね。君、すごい顔してるぞ。」
クラリスは顔面蒼白になってブルブルと震えている。
「誤解よ、ハワード。……彼女には私から声をかけたの。」
それからは、堰を切ったように今までの出来事全てを話した。アンジェには少し悪い気がしたが、音楽室の件も含め、だ。
「……だから、彼女の家庭環境や抱えている悩みを知っていてコンプレックスを刺激するような発言をしてしまったのは私なの。アンジェ様が怒るのも当然よ。」
「なんと、そうだったのか…いや、クラリスに悪気はなかったのだろう?謝罪も済んだのならそんなに気に病むことは無いさ。むしろいつまでも引きずられる方が彼女にとっても迷惑かもしれん。…それより、僕はさっき彼女にあらぬ疑いをかけてしまったのか…とても悪いことをした。」
ハワードは険しい顔でアンジェの消えた方を見る。
「彼女は友人とここにきていたのだろう?おそらくまだ帰っていないだろうし、今なら間に合うかもしれん。クラリス、済まないが君はここで待っていてくれ。僕は急いで彼女に謝罪してくるよ。」
「ちょ、ハワード!?」
そういい終えるや否や、彼は持ち前の足の速さを活かし、颯爽と街の中へと消えていった。
待っていろと言われたが、クラリスとてそんな悠長に構えてはいられない。そもそもことの発端は自分である為、けして他人事ではないのだ。クラリスは遅い足をがむしゃらに動かし、遠のきつつあるハワードの背を必死で追った。




