冬場のお城
僕がアンデルセラムへ来てから初めての冬。
シンクシと、帰りがけのクラベルさんの事を終えてお城まで戻って来て数日。朝いつも通りに起きて、肌寒さを感じ窓の外を見てみると、どんよりと暗い空の方からちらほらと白いものが降ってきていた。
確認するために部屋の窓を開けると、冷たい風が舞い込んできて、僕は慌てて窓を閉め――その前に、サッシに積もった雪を指で払う。
「こっちでも雪は降るのか」
今更雪ではしゃぐような年齢ではないし、むしろ、冬は寒くて家事をする気になかなかならないから、どちらかといえば苦手だ。
もちろん、冬の方が暖かなスープやシチューを求めて、若干ではあるけれど客足が多くなるので、そういった意味では嫌いではないのだけれど。
冬は毎日、朝起きて仕込みを済ませてから、店の前の通りの雪かきを――
「……庭の雪かきもするのかな? まだ降っているのだから、あまり意味があるとは思えないけれど」
何はともあれ、庭に出て、日課の鍛錬を済ませる。その間、シャルリア様は庭へと出てはいらっしゃらなかった。
流石に、こんな雪の中にヴァイオリンを持ち出されることはないのだろう。多分、練習されるにしても、室内、おそらくは音楽室を使用されているはずだ。いつも外で練習に出ていらっしゃるのは、おそらく、気持ちが良いからだろう。
「おはよう、アルフリード。今日は寒いわね」
汗を流し終えたところで、いらっしゃったシャラさんに出くわした。今日は、当然というべきか、紅い地に白いふさふさのついたコートと緑のマフラーを着込まれ、手には黒い手袋をされている。
挨拶をして、今日の仕事を確認する。
「シャラさん。昨夜の時点ではいつも通りだということだったと思うのですが、こういった場合、どうすれば良いのでしょうか?」
シャラさんは瞬きをなさってから、窓の外へと目を向けられて「ああ」と納得されたような顔を浮かべられた。
「ん? ああ、アルフリードはこっちに来てから初めての冬だものね。そうね……まずは、食室の暖炉に薪をくべることね。冷たい部屋で食事をしていただくわけにもいかないでしょう? 薪と着火剤は、外の焼却炉の近くに積んでまとめてあるの。ギルドでも売っているのは知っているわよね。それが済んだら、雪かきと、後は普段通りね」
「雪かきはしてしまってよろしいのですか?」
まだ雪は降っていて、これからも積もるだろうから、あまり意味があるとは思えないけれど。
シャラさんは手袋を外されて、コートのポケットに仕舞われる。
「もし、早朝から急な用件でどこからか使者の方がいらっしゃらないとも限らないでしょう? 私は乗り合いの馬車で、門からは歩いてくるけれど、普通使者の方といえば扉の前まで馬車で乗り入れられるのよ」
なるほど。言われてみれば、たしかにその通りだ。
じゃあ、お願いねと頼まれて、シャラさんは着替えをされに、僕は薪を取りに向かう。
「湿気っては……いないな。おっと」
薪を収納して戻ろうとすると、雪が屋根からすぐ近くにドサっと落ちてきた。
お城の屋根の上の雪も掃除しておくべきかもしれない。
たしかにいまだに雪が降り続いてはいるけれど、同じ感じで、いつまた、どなたの頭上に雪が落ちてこないとも限らない。
「シャラさんに確認しよう」
さくさくと足元の霜を踏みながら戻って来て、食室へ向かうと、秋場よりも少し厚手のエプロンドレスへと着替えを終えられたシャラさんが待っていてくださった。
「マッチはいつも厨房の引き出しに入っているわ、って、知っているわよね」
「はい。それから、多分、マッチは必要ないかと思います」
マッチを使えないということでは決してないけれど、加熱の魔法は火を起こすことも出来る。
むしろ、その使い方が普通だろう。
「そういえば、そうだったわね。いつも世話になっているというのに、忘れていたわ」
便利よねー、と感心したように頷かれる。
暖炉に火を起こし、食室を後にして、厨房へと向かう。その時にはすでに、他のメイドさんたちも出勤していらしていた。
「あ、アルフリード。丁度良かったわ。窯に火を入れてくれる?」
すでに他の皆さんも着替えて朝食の準備を進められていた。
多分、シャラさんのすぐ後にいらっしゃったのだろうけれど、シャラさんは僕に色々と説明をしてくだっさっていたので、合流が遅れてしまったという訳だ。少し申し訳ない気持ちになるけれど、多分、そのことをどなたも気にされたりはなさらないだろうと思えるので、僕も気にしないことにした。
はたして、おそらく、僕たちが何をしていたのかは予測がついていらっしゃったのだろう。特に何かを言われるということはなかった。
「はい、ただ今」
「ありがとう。アルフリードがいれば、今年からの冬は大分、少なくともマッチの使用量は抑えられそうね」
大丈夫よね? と尋ねられ、お任せくださいと頷いた。
お城のお部屋――食室だったり、図書館だったり、音楽室だったり、後は他にもたくさん部屋はあるのだけれど――の暖炉に火を入れて回るくらいは全然大したことではない。それらすべてにあるとは言われていないし、見たこともない(正確には暖炉だと認識していなかった)けれど。
もっとも、姫様方の寝室は――僕が立ち入っても良いものか――どうか分からないけれど。多分そちらは僕ではなく、他のメイドさんのどなたかが向かわれることだろう。
「あれ、シャラ。どうかしたの?」
「何でもありません」
わずかに顔を曇らせられたことをティエーレさんに目聡く見られたらしく、シャラさんは少し拗ねて、とまではゆかれないけれど、小さくため息をつかれた。
「シャラと何かあった?」
「いいえ。こちらへ来る前に、色々と説明をしていただきました」
多分、御自分では、僕が隣にいたにもかかわらず、マッチを取りに行かれたことを考えていらっしゃるのだろう。もちろん、それを説明したりはしない。
代わりに、気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、暖炉が使われるのは僕がこちらへ来てから初めてのことだと思いますが、掃除などは大丈夫なのでしょうか?」
「ええ。それは昨年……あ、いや、あれはもう今年というべきかしら。とにかく、毎年、春に温かくなってすぐに済ませているから」
煤だらけになって大変なのよねー、と小さく笑いが起きる。
「はい、皆。おしゃべりはそのくらいにして、別に構わないけれど、手の方をもっと動かしなさい。今日はいつもよりたくさんすることがあるんですからね」
リースさんが手を叩かれて、シャラさん達は「はーい」と返事をされ、僕たちは朝食の準備と、庭の掃除、雪かきの班に分かれた。




