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頭越しにとんとん拍子に進退が決まる

 シャルリア王女の持って来てくださったおかゆと温かいレモネードは、ごく普通のもので、当然として、それなりに美味しいものではあった。

 もちろん、僕が自分で作った方がおいしいだろうというのは、口にしたりしない。僕にだって、1人で潰さずにやってきた料理屋の息子としてのプライドはあるわけだけれど、これは、僕のためを思ってシャルリア王女が一生懸命作ってくださった料理なのだ。それに文句を言うような男はいっそくたばっていればいいと思う。

 

「どうでしょうか、お口に合いましたか?」


「はい、とても。ありがとうございます」


 多分、ここでおいくらでしょうか、などと聞くのは失礼というものなのだろう。それに、硬貨の手持ちは……そうだ、嵐の中出てくるのに持って出るはずもなく、全部店の金庫の中だ。


「それで、誠に勝手ながら治癒や浄化の魔法は私の方でかけさせていただきました。まだどこか痛むところなどはお有りでしょうか?」


 それについては目が覚めてすぐに確認が出来ている。僕がありがとうございますと答えると、シャルリア王女は「それでしたらなによりです」と透き通った眼差しで、抑揚の乏しい口調でおっしゃられた。


「それからもう1つ、恩人であるあなたに対して申し訳ないとは思うのですけれど、父と母があなたに逢いたいと申すものですから」


 シャルリア王女の御父上と御母上ということは、この国の国王様と王妃様ということになる。

 国王様と王妃様か……国王様と王妃様だって!


「いえ、あの、シャルリア王女殿下。私はそのような、国王様と王妃様の御前に出ることの出来るようなものでは――」


「そうですか。では、私の方から報告させていただきますので」


 報告とは、一体、何のことだろう。

 いや、さっき襲われていた時の事をおいて他にないだろう。

 こんなに小さな女の子に、おそらくは恐怖だったであろう体験を、もう1度思い出させるなんて、それは随分とひどいことのように思えた。


「失礼いたします」


 僕がやはり自分でと申し出ようとしたところで、部屋の扉が開かれて、長い黒髪の可愛らしい女性が入ってきた。

 歳は……いや、女性の年齢を探るような無礼はあってはならない。

 女性は、柔らかく微笑まれると、僕が横になっている(上体は起こしているけれど)ベッドの側まで来て、僕の手を柔らかく握った。


「アルフリード様。お身体の様子はもう大丈夫なのですか?」


 先程のメイドさん、ティエーレさんが着ていたものとデザインの似ているメイド服のような服に身を包んではいらっしゃるけれど、よくよく見れば、生地の質が違う。こちらの女性の着ている方が、随分と高級品だ。

 それに、ブリムを被っていらっしゃらない。

 

「私の母です」


 シャルリア王女は、僕の考えていることを読んだかのように、口を開かれた。

 一体どうして僕の考えていることが……いや、新しく部屋に入って来る人に注目するのは当然で、その人の事をじっと見ていたものだから、それも初対面の方に対して、思うところは1つだろう。

 それよりも、シャルリア王女のお母様ということは、つまり王妃様ということになるわけで。

 こんな風にベッドに横になりながら顔を合わせてよい方ではないということくらいは、僕にもわかった。

 しかし、ベッドから出ようとする僕のことを王妃様は押しとどめられた。

 

「急に動かれては大変でしょう。そのままでいらして全然かまいませんよ。申し遅れました、私はこの子の、シャルリアの母のナティカです」


 ナティカ王妃は僕が食べ終えた、シャルリア王女がお創りくださったおかゆのお皿を見て、驚いたように目を見開かれ、それから優し気な眼差しを向けられた。


「なにかやっていると思っていましたが、お料理なんてやっていたのですね。初めてのことだったでしょうけれど、お味の方はどうだったでしょうか?」


 初めてだって?

 とても初めてとは思えない味だったのだけれど。

 

「とても初めてとは思えない味でした。改めて、感謝いたします」


 感覚的な事なのだけれど、自分が魔法を使えるかどうかというのは、自分でわかる。

 先程魔法が使えたことから考えても、この、おそらくは以前いたところとは違うと思われる世界でも、魔法は普通に使用できる。

 

「そんな、感謝しなければならないのは、むしろ私たちの方です。シャルリアを助けてくださって、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます」


 それは、感謝されるほどのことではない。

 目の前で女の子が、女性が困っていたら、助けるのは紳士として当然のことだ。


「それで、別の世界から流れていらしたということですが、どこか行く宛はあるのでしょうか?」


 行く宛かあ。

 とりあえず、シュエットの事を探したいとは思っているけれど、本当にこの世界にいるのかどうかわからない以上、探しようもないんだよね。

 あちらの、ラヴィリア王国の方で無事にいてくれると良いのだけれど、確証はないしなあ。


「それでしたら、こちらのお城にしばらく滞在されてはいかがですか?」


 僕が悩んでいると、王妃様は突然そんなことをおっしゃられた。


「この国で最も情報が集まるのはこのお城ですし、もしかしたら、そのあなたが巻き込まれたという渦のことも、書物に記載されている可能性がありますし」


 たしかに、渦だけは自然現象だったとしても、あそこから僕たちを捕まえようと伸びてきていた腕は、明らかに自然現象ではありえないわけで。

 もちろん、まったく、違う世界、国である可能性はある。

 しかし、今の僕に出来ることは、そのくらいしかない。


「あの、それはとてもありがたいお申し出なのですけれど、こちらに滞在させていただく以上、ぼ、私としても何もせず、ただ住まわせていただくという訳にも参りませんから」


「でしたら、ここで働かれてはいかがですか」


 やはり出てゆきますと言いかけた僕の言葉を遮るように、シャルリア王女がさらりとおっしゃられた。


「どうせ、お城は慢性的に人手不足です。人手の必要な部署はいくらもあります」


「それは素敵ですね」


 シャルリア王女の提案に、ナティカ王妃がすぐに賛成される。

 いや、あの、それはもちろん、僕にとってはありがたい話ではあるのだけれど、もう少し、人を疑うべきというか、素直に信じすぎるというか。


「では、あなたは何か私たちに害をなそうと思っていらっしゃるのですか? それとも、先程私たちを助けてくださったのは、彼らと一芝居うって、こちらに入り込む目的があったとでも?」


「いえ、そのようなことは、決して」


 ならばよいではありませんかと、それ以上、シャルリア王女は問答をなさるつもりではないらしい。

 そこで、思い出されたようにナティカ王妃が手を合わせられた。


「そうでした! 国王様が、あなたに是非お話を聴きたいとおっしゃられていたのでした」


 私の方からお父様に説明しておきますと、シャルリア王女がおっしゃられるので、僕は慌ててそれを引き留めた。


「いえ。国王様がぼ、私に直接とおっしゃるからには、よほど大切なお話があるのかもしれません」


 僕をお呼びだということならば、僕が直接行かなければならないだろう。幸い、今、シャルリア王女が下さったおかゆと、しばらく休んでいたおかげで、体力的にも少しは動くことが出来そうだった。


「そうですか。では、案内いたしますので、付いてきてくださいますか?」


 シャルリア王女がそうおっしゃられるのを、ナティカ王妃が嬉しそうな瞳で見つめられていた。

 

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