食を拒む少女 12
「コーミクスのことかい? 奴なら今頃酒場にいるだろうよ」
クラベルさんの御父上でいらっしゃるコーミクスさんを訪ねて街へと戻ってきた僕たち。
商人というお顔をお持ちであれば、街の人たちとは広く顔見知りであるだろうと踏んだのだけれど、案の定、すぐに居場所を教えてくれた。
「何だ、お前、あいつの知り合いか?」
「知り合い、ではないですけれど、まあ、似たようなものです。知り合いの知り合いと言いますか」
嘘、ではないよな。
クラベルさんとは知り合いと言っても差し支えないだろうし、クラベルさんと実の御父上を知り合いと評するのには多少無理があるかもしれないけれど、間違ってはいない。
僕がそう答えると、お尋ねした金物屋の店主は「そうかそうか」と笑いながら、バシバシと、僕の肩を強く叩かれた。
「奴に会ったら感謝しといてくれ。なんだか最近、妙に羽振りがよくてなあ。昨夜も御馳になったんだよ」
愉快そうに笑う店主には、僕が一瞬だけ眉を顰めたことは見咎められなかったらしい。
その羽振りの良さは、自分の娘を売り払って得たものなのではないですか、などと、この人に聞いても仕方がないことだろう。
ひと言、ありがとうございますとだけお礼を告げて、酒場へと向かう。
商人という仕事柄、別段、昼間から酒場にいたとしても何ら不思議ではないのだけれど、というより、そんなのは人それぞれの勝手だけれど、何となくもやもやとした引っ掛かりを覚えるのは、僕がクラベルさんの方に肩入れをし過ぎているせいだろうか。
「あの、姫様」
姫様方に歩かせるのは忍びなく、馬車での移動も一々繰り返すのは大変だろうと、聞き込み自体は僕が1人で行ったのだけれど、実際、その酒場へと到着したところ、僕が降りるのに続いて、アイリーン様も馬車からご降車なされた。
「どうしたのよ、アルフリード。ここにクラベルの父親って人がいるんでしょう? 少なくとも血縁上の」
「まだいらっしゃると確定したわけではありません。それに、アイリーン様。ここが酒場だということは御存知ですよね?」
「もちろんよ」
それがどうしたの、とばかりに首を傾げられる。
その仕草はとても可愛らしいものだったけれど、しかし。
「ギルドのような、酒場でもある、というところとは違い、ここは純粋な酒場なのですよ。姫様のお歳で入れさせたとなれば、私が国王様に叱られてしまいます」
アルコール類に対して、子供が飲んではいけないとされているのは、身体の成長と関係するものだ。要するに、アルコールを分解するための身体の機能が未成熟なため危険があると、簡単に言えばそういうことなのだけれど。
「別に、私はアルコールを飲むわけじゃないわよ。ただクラベルの父親って人に文句を言いたいだけ」
「それでもいけません。酒場ということは、相手は高確率で、昼間からお酒を飲むような方なのですよ。どのような危険があるか予測がつきません。こちらにいらっしゃれば、私が必ずクラベルさんの御父上を姫様方の御前までお連れいたしますので、どうかお待ちいただけませんか」
まあ、酒場で商売をしているという可能性も、全くないわけではないけれど。
加えて、お酒の匂いでアイリーン様が気分を悪くされないとも限らない。
「その危険から私たちを守るのがアルフリードの仕事じゃないの?」
それを言われると、その通りではあるのだけれど。
しかし、みすみす、危険があるかもしれないという場所に、リスクを冒して出向かれる必要はないのではとも思う。
未知を探求したいとか、そういった好奇心からの場合には、ある程度致し方ないと割り切ることが、僕にとって、必要になることもあるかもしれないけれど、今回はどこにでもあるような、ごく普通の酒場だし、また、いつだって来る機会はあると思う。
もちろん姫様に酒場に入り浸るようになって欲しいという訳では、断じてない。
「アイリーン、落ち着きなさい」
こういう時、いつも窘めてくださるのは姉姫様で。
「アルフリードは私たちのことを心配して言ってくれているのですよ。それに、これは……クラベルのためでも……ありますから」
後半、何故か少し言い淀まれながらも、シャルリア様がアイリーン様を説得してくださる。
「アイリーン。家臣を信じて待つのも、私たちの重要な仕事なのではないだろうか」
カルヴィン様も一緒に、説得に加わってくださったのだけれど。
「それじゃあ、お姉様。お姉様はアルフリードがここに入って、美人の給仕さんに『ねえ、一杯どう?』ってしな垂れかかるように誘われても構わないの?」
一体、アイリーン様は何をおっしゃっているのだろう。
仮にも仕事中に(料理の味見以外で)お酒を飲むわけがない。
「それで、豊かなお胸をアルフリードに絡ませながら『今夜も一緒に』なんて誘ってしまうのよ、ってそんなお話がお城の図書室の本にあったわ」
そういう本は姫様方の目の届かない所に保管しておいていただきたかった。
とはいえ、図書室の本は全て読まれていらっしゃるというシャルリア様のことだし、それがお話に過ぎないということは御存知のはずだし、今更その程度のことで危機感を抱かれないくらいには、信頼していただけているとも思う。
そもそも、先程と同じ理由で、任務中に――
「参りましょう、アイリーン」
シャルリア様が僕の手を取られて、酒場へと向かわれる。
アイリーン様は勝ち誇られた笑顔で、ぴょんと馬車から飛び降りられた。
「え? えっ? ちょっとシャルリア様? あの、私の話を――」
つい混乱して、言葉遣いがおかしなものになってしまう。
助けを求めようにも、シャラさんも、カルヴィン様も、あーあー、と諦めたようなお顔を浮かべていらっしゃるし。
小雪さんは楽しそうにこちらを見つめて微笑んでいらっしゃるし、止めてはくださらないだろう。
「では、私たちも参りましょうか」
背後からシャラさんの声が聞こえた。
振り返って見れば、カルヴィン様と小雪さんの手を取られて、楽しそうにこちらへ歩いてくるシャラさんの姿が目に映る。
「あの、シャラさん」
「こうなったら、何人行っても同じよ。むしろ、別々の場所にいる方が、いざというときの行動が制限されるわ。アルフリード。いつだってこの仕事は臨機応変が求められるのよ。国王様、王妃様がいらっしゃらない今、私達の第一義は、姫様、若様のため、よ」
ですが、つい、一瞬前に、カルヴィン様が「家臣を信じて待つのも主の努めだ」とおっしゃってくださった気がするのですが。
これは、つまり、僕に対して、全く信用がないということでは?
「信用じゃなくて、心配されているのよ」
それは、以前、僕がシャルリア様に告げた言葉だ。
シャラさんがそれを御存知のはずはないので、全くの偶然だと思うのだけれど。
「一体、何の心配を――」
「アルフリード。入りますよ」
尋ねた答えを聞く前に、シャルリア様に強く腕を引っ張られ、咎められるような声で呼ばれ、僕は酒場へと足を踏み入れた。




