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食を拒む少女 7

 ノーギイまで向かうという、それ自体は、しなければならないことだと姫様方が決めてしまわれたし、僕自身もそう思っているので構わないのだけれど、そのためにはまず、やらなくてはならないことがある。

 それはもちろん、クラベルさんの栄養摂取だ。

 何をするにも体力は必要であり、このままでは、御両親と対面するとか、ノーギイへ無事に辿り着くとか、それ以前に、栄養失調で倒れてしまいかねない。

 通常の人であれば、最悪、数日を水と塩くらいでも、生き延びることは出来る……かもしれない。

 しかし、クラベルさんはそういった普通とは、事情が大分異なる。

 まず、そもそも、摂取している栄養、加えて水が少ない。

 僕たちと出会う前に、すでに身体が食事に対して拒否反応を起こしていたため、御自身で手に入れるしかなかったということだったけれど、クラベルさんほどの年齢の女の子が、1人で手に入れることの出来る栄養価のあるものなど、たかが知れている。

 かといって、御自身で狩猟採集されたものでなければ食べることが出来ないクラベルさんには、露店の食糧、ましてや、ギルドやなんかの食堂での食事を利用することは出来ない。こう言っては不遜に聞こえるかもしれないけれど、僕が入れた紅茶ですら満足に飲むことが出来なかったのだから。

 可能性があるとすれば、僕が傍についての狩猟採集を行い、クラベルさんの安全を確保することだけれど、そもそも、今のクラベルさんの体力ではそれも難しいだろう。

 やっぱり、ある程度は打ち解けてくれた(と言えるかもしれない)僕たちが調理したものが、今のところ、1番安全そうだとは思うけれど、こればかりは当人の意識の問題で、僕たちにははっきりと毒ではないと示すことが――


「クラベルさん」


 無理をなさらず、横になっていらしてくださいと、馬車の中で寝そべられたクラベルさんにお声をかける。


「ご生家へ向かわれる前に、やはり、少しでも何かお腹に入れておきませんと、御両親とお話をされる体力が戻られません」


「アルフリード、何言っているのよ。その食事が出来ないって――」


 僕に向かって呆れられたようにおっしゃられたアイリーン様の口元にシャルリア様が手を添えられて、言葉を遮られる。


「……何か、考えがあるのですね?」


 はい、と僕は頷くと、先程収納していたシチューを取り出し、お皿に次ぐ。

 収納している物は劣化したりはしないので、馬車の中には暖かい湯気が立ち上り、スープの美味しそうな匂いが広がった。


「こちらは、お昼に若様、姫様方にお出ししたスープです。覚えていらっしゃいますか?」


 何をするのだろうかと、不思議そうに眉を顰められていたクラベルさんが、小さく頷かれる。


「これを食していた私たちは、今でもご覧の通り、元気で、健康そのものの身体を有しております。これだけでも本当は、お気を許していただければ幸いだったのですが、そうはいかなかったようですので、次の手を思いつきました」


 僕は続けてスプーンを取り出すと、たった今注いだお皿からスープを掬い、自身の口へと運んだ。

 じっと見つめられながら食事をするのは、正直慣れないけれど、ここは我慢するしかない。


「――はい。すでにスープは私のお腹の中へと飲み込まれましたが、私はこの通りピンピンとしております。もちろん、遅効性の毒もあるでしょうが、若様、姫様方をお守りするように国王陛下より命を賜っている私が、わざわざ、自分の食べる物、そして馬車を運転してくださっている御者さんの体調まで左右しかねない、つまり、自身の命綱を握っていらっしゃる方の料理に、毒物や睡眠薬、そういった有害物質を入れると思いますでしょうか?」


 クラベルさんが首を横に振られたので、僕はさらに続ける。


「では、今の、まさについ今しがた私が飲んだスープの中には毒物は入っていないと、少なくともあのスプーンの1杯だけに関しては信じていただけますでしょうか?」


 クラベルさんが、今度は首を縦に振られる。


「ありがとうございます。では、同様に、私が食べた物に関しては毒が入っていないと信じてくださいますか?」


「はい、ですが――」


「それはわたしが食べ『た』物だとおっしゃりたいのですね? では、こうするのは如何でしょう。マナー的には母親が赤ん坊にするときくらいにしか許されてはいない事ですが」


 多分、お肉よりは野菜の方が良いだろう。

 僕は小さめのにんじんを掬い上げる。


「申し訳ありません、クラベル様。謝って済むこととは思いませんが、先に謝罪いたします。どうぞ、この後の私の処分は如何様にも」


 僕は自分の口の中にそのにんじんを放り込むと、しっかりとかみ砕く。


「あっ――」


 それは誰のあげられた声だったのだろう。

 少なくとも、僕とクラベルさんではない、2人以上の声だったことは確実だった。


「――っ!」


 口移し、いわゆるそう呼ばれている行為。

 病原菌などの譲渡もされる可能性があることから控えた方が良いと言われている行為ではあるけれど、これならば確実にクラベルさんの体内へと食料を移すことが出来る。

 最初はクラベルさんの口内が僕の方へとにんじんの流動体を押し戻そうとされるので、僕は口の中で小さな障壁を張った。同時に、浄化の魔法も使用する。

 後で叩かれようと、何をされようと、料理人として、目の前で栄養失調などで弱っていらっしゃる方を見捨てておけるはずはない。

 しかし、これだけでは、いつまでも口の中に留められる可能性が残る。

 危険な賭けだったけれど、僕は空いている手でクラベルさんの鼻を摘まませていただいた。

 これほど強引にされては、むしろ、食に対する拒否感が強まるのではないかとも思えたけれど、多少の荒療治が必要な場合もある。

 しばらくして、クラベルさんの喉が鳴る音が聞こえ、口の中からもにんじんが消えていることが確認できたため、僕は鼻を摘まんでいた手と、塞いでいた口を離した。


「どうやら、食べていただけたようですね」


 クラベルさんのお顔は真っ赤に上気していらして、瞳も焦点を合わせてはいらっしゃらないように虚ろなものだった。


「では、次はこのタマネギ――」


「ちょっと待ちなさい(待つのです)(待ってください)、アルフリード!」


 数秒の沈黙の後、その場にいたクラベルさん以外の女性陣から「馬鹿なの?」など、総ツッコミをいただいた。


「ど、どうしたのですか。これは、たしかに見た目は衛生的に良くないものだったでしょうが、私はきちんと浄化の魔法も使っていましたので、問題はないかと。もちろん、栄養を損なうような真似はしておりません。感染症でしたら、この通り、治癒の魔法を使用いたします」


 その場で治癒の魔法を僕とクラベルさん、両方に使ったのだけれど。


「そういう問題じゃないでしょ(ではないでしょう)(ではないのです)!」


 またしても、真っ赤な顔で詰め寄られてしまった。

 たしかに、味も良くなかったかもしれない。


「ですから、先にクラベルさんには謝罪いたしましたし、僕が責任を持って――」


 何故か、その場の皆さんが緊張されてしまったけれど


「クラベルさんの拒食は必ず治してみせます」


 それから、「付き合ってられないわ」とか、「お姉様、元気を出して。世の中の男性がみんなアルフリードと同じじゃないのよ」とか、色々と聞こえてきていたけれど、一体何だったのだろう。

 しかし、クラベルさんが倒れてしまわれたので、その方法は、それから使われることはなかった。

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