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シンクシ 23

 ◇ ◇ ◇



 どれほど夜遅くまで活動していようとも、朝日が昇る少し前に目が覚めてしまうのは、もはや習慣以前に、身体にそういう風に、1日のリズムとして刻み込まれてしまっているからだろう。

 昨夜の捕り物は、解決まで至った時、すでに日付を跨いでいた。

 姫様方には成長のため、というより、健康を害していただきたくなかったため、早くお休みになっていて欲しかったのだけれど、多分、お休みになられたのはギルドにいる間のことだったと思うので、普段の睡眠時間から考えても、普段早起きのシャルリア様であっても、もうしばらくはかかるだろう。

 カーテンを開けて窓の外を確認した後、ベッドの方へと視線を向ける。

 布団は規則正しく上下しており、ふくらみから考えても、まだどなたも起きてはいらっしゃらないご様子だ。

 夜中の間、僕がぐっすりと眠ることが出来ていたということは、ここへの侵入者はいなかったということだ。眠っている間にも、探知の結界は展開しているため、誰か、あるいは何かが侵入してくれば、すぐに分かる。

 念のため、失礼とは思ったけれど、お顔を確認させていただいた。

 目の隈が出来ていらしたりということもなく、皆様、健康的な寝顔だった。

 多分、そろそろだとは思うけれど……


「おはようございます、シャラさん」


 予想通り、最初に目を覚まされたのはシャラさんだった。

 シャラさんか、シャルリア様か、どちらかだろうとは思っていたけれど、流石に身体は子供。シャルリア様の方はもう少し休息が必要なご様子だった。


「おはよう、アルフリード。あんまり眠らないのも健康に悪いのよ」


 起き上がられ、洗面所へと向かわれながら、そんなことをおっしゃる。

 御自身も、睡眠時間的にはほとんど僕と変わらないというのに。

 まあ、シャラさんはベッドでお休みになられたし、僕は椅子に座ったまま眠ったので、その違いはあると思うけれど。

 けれど、僕は男で、シャラさんは女性なのだから、色々と気を遣うことも多いだろう。もちろん、衛生面に関しては、僕もかなり几帳面にはしているつもりだけれど。

 それは気にしたところで栓のないことなので放っておくより他にない。

 シャラさんは姫様方と――あるいは若様と――同じ布団に入られても、それほど問題にはならないと思うけれど、僕がやったらジェリック様に殺される。

 まあ、カルヴィン様の方は、シャラさんが一緒のベッドに入られたなら、そう普通ではいられずにいらっしゃるかもしれないけれど。そう思うのは、僕が同じ男だからだろうか。

 シャラさんは白い寝間着姿で、閉じられていない(閉じることが出来ないのかどうかは非常に気にはなるところだけれど、気にしてはいけないのだろう)一番上とその次のボタンの間からは、特大の桃、よりもずっと大きな、ふわふわな谷間がのぞいている。

 もちろん、実際に感触を確かめたわけではないので、僕の個人的な推測だ。シャラさんの名誉のために言っておくけれど。


「大丈夫です。任務に支障はありません」


 出来る限り、自然な風を装って、体の向きを変える。

 それから、頭から煩悩を振り払うために鍛錬に向かおうと思ったけれど、先日言われたことを思い出し、その場に踏みとどまる。けっして未練があったわけではない。


「僕は外で、お風呂の方の脱衣所で着替えますので、シャラさんの支度がお済みになりましたら、お声がけください」


「ふふっ、分かったわ」


 何がおかしかったのか、シャラさんは小さく笑みを漏らされた。

 途中でカルヴィン様が目を覚まされたらどうなさるのだろうとも考えたけれど、カルヴィン様は主様でいらっしゃるし、別にどうとも思われないのかもしれない。

 もちろん――男性と女性という違いはあるけれど――シャルリア様は気を失ってしまわれるほどだったため、実際には何が起こるか分からないけれど。どちらかといえば、シャルリア様に似た反応をなさるのではないかとも思ったりもする。

 もっとも、僕なんかの身体と、シャラさんのものとでは、比べようとすることすら、おこがましいことだけれど。

 脱衣所に出てから気付いたけれど、この時期、早朝はかなり寒かった。早く身体を動かして温まりたい。


「今日の朝食のメニューは――そうだ、作る必要はないんだった」


 自然と朝食のメニューを考えてしまうあたり、職業病というか、何というか。

 着替える前に朝風呂――は、鍛錬の後にするか。汗も一緒に流すことが出来るだろうし。


「もういいわよ」


 中から声が聞こえてきたので、脱衣場から部屋へと戻る。

 シャラさんはメイド服――ではなく、動き易そうな長袖のワンピースと、襟の大きく開いたカーディガンを羽織られていた。

 さすがにひっかけではなかったようだ。


「とてもお似合いですよ。大人っぽい感じで素敵です」


「それって、普段は子供っぽくて落ち着きがないって言いたいの?」


「いえ、決してそのような――」


 言いかけて、シャラさんがわずかに目を細めて、口角を上げていらっしゃることに気がついた。


「もう騙されませんから」


「あら、残念。そんな風に思われていたなんて。私にはアルフリードを騙すつもりなんてこれっぽっちもないというのに」


 なんて後輩かしら、と泣いたふりをされていたシャラさんは、数秒で元に戻られたので、僕はため息をつきたいところをどうにか我慢した。

 やっぱり、騙す――ひっかけるおつもりでしたね。


「シャラさん」


「分かっているわよ。私が起きるまで待っていたんでしょう? 言われなくとも大丈夫だから、さっさと行ってきなさい」


 シャラさんは僕の言いたかったことの半分だけにしか、取り合われるおつもりはないようだった。

 まあ、逆にからかわれることになるよりは大分マシだけれど。


「ありがとうございます」


 今の御自身の態度のことはさておかれ、くれぐれも、帰ってくるときは窓の方からじゃなく、正面入り口から部屋まで戻るのよ、と念を押される。

 シャルリア様との件は、シャラさんは御存知ではないはずなのに。

 いや、もしかして、態度から気付かれていた?

 何かあったのだろうとは気づかれても、何があったのかと言ことまでは気づかれてはいないはずだ。お姉様が大好きでいらっしゃる、そういった事には敏感なアイリーン様ですら気付かれなかったのだから。


「ん? 何、どうかしたの?」


 肩越しに振り返ると、椅子に座られて、文庫本を開かれていたシャラさんが柔らかく微笑まれた。

 出かけようと開いていた窓からわずかに風が吹き込み、シャラさんのやわらかな青の髪を揺らす。少し、見惚れそうになってしまい、それでは先程の言い訳(実際に口に出したわけではないけれど)が意味をなさなくなると思い、慌てて首を振った。

 表情からは特に、気付かれている、ということは読み取ることは出来なかった。

 以前、シュエットのことでうっかり口を滑らせたときの皆さんの反応から考えて、余計なことは口にしない方が良いだろう。たとえ、態度から気付かれているのだとしても。


「いえ、何でもありません。では、す――しばし、この場を離れることをお許しください」


 すみません、と言おうとして、止める。

 おそらく、「姫様方をお見守りするのはアルフリードに頼まれているわけじゃないから、心配は不要よ」と返されるだろうということは予測できた。


「はいはい」


 もしかしたら笑いを堪えていらっしゃるのかもしれないシャラさんに、呆れた調子で(本意かどうかは分からなかったけれど)返されて、僕は窓から脱衣所と露天の風呂場を抜けて、そのまま外へ飛び出だした。




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