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シンクシ 18

 館への出入り口が1つだけであるはずがない。

 というよりも、建物というのは、基本的に、有事の際、そこから逃げることを考えられるものであり、建築の思想上、そんな造りになることはあり得ない。1つしかないのはギルドの地下牢くらいだけれど、あそこはむしろ、外からの侵入と、外への逃走を防ぐためという使用上の考え方が違うため、それで良いのだ。

 しかし、ここは個人の――あるいは団体の――所有していた場所であり、そのような利用のされ方を考えて建築されたわけではないはずだ。

 だから、正面に見えている他にも、出入り口はあるはずだと思うのだけれど。

 出来れば、シャラさんが探してくださっている逃走経路にほど近い場所のものが利用しやすいだろうということで、僕もシャラさんと同じように水路から探すことにした。

 だったら最初から一緒に探せば良かったのではとも思ったけれど、さっきは思いつかなかったのだから仕方がない。

 下水道の整備のためには、配管に降りる必要がある。それはわざわざ、河川への注ぎ口まで行かなければならないということもないだろうし、おそらくは街中の路上、どこにでもあることだろう。そうでなければ、わざわざ、調査や点検のために降りなければならない際、毎回移動して歩かなければならず、それだと目的地まで行くだけで日数を要することになってしまうからだ。

 それはともかく。

 下水管を利用している彼らなのだから、その下水管の出入り口に近い場所に、館の敷地内への出入り口もあるはずだと考えられる。

 常識的に考えて、人攫いというのは後ろ暗い行いであり、出来るだけ目立たないようにしようという思考が働くはずなのだ。

 正面の門と同じ位置には作らないだろうから、探すにあたって、門衛の方のことは考えずに済む。

 館の敷地を4方囲んでいる壁の周りを慎重に歩いて回る。正確に言えば、正面は抜かすので、3方だ。

 幸いなことに、正面にしか見張りはおらず(もっとも、これは他には隠し通路――脱出通路しか出入り口がないという証明でもあったのだけれど)門の形をしている、扉と同じ役割を果たすようなものを探すことに苦労はなかった。

 正面の門を含め、東西南北、それぞれに1か所ずつ、思っていたよりもたくさん見つけることが出来た。意外と、用心深い人物(あるいは集団)なのかもしれない。

 見張りに見つからないように、そして全くないとは言い切れない通行人に気を配りながらの探索は、たかだかお屋敷の塀の周りを回るだけだったのにも関わらず、時間を要してしまい、結局戻ってこられたのは、指定していた時間ギリギリになってからだった。

 やはり、ギリギリの時間ではなく、もう少し余裕を持って待ち合わせ時刻を決めていた方が良かったかもしれない。 


「お疲れ様。首尾はどう?」


「東西南北それぞれに1か所、逃走用かとも思われる地上の出入り口を発見しました。しかし、御存知の通り、正面には見張りがおり、もしかすると、塀の内側にも見張りがいるかもしれません」


 塀の内側までを確認するというのは、時間もないことだし、行っていない。

 いたらいたで、どちらにせよ戦わなくてはならないのだし、今、下手に動いて見つかるよりは、その時に対処する方が、もちろん、行き当たりばったりにはなってしまうけれど、今見つかって危機感を煽ってしまうよりはましだろうと考えられた。


「私の方は、ごめんなさい。さすがに、こんな時間に動かしている舟は無くて、自力で動かすものになってしまって、そのおかげで1隻しか準備することが出来なかったわ」


 この街の主な交通の手段は地上の水路を行く舟である。

 しかし、舟は勝手に進んでくれるものではなく、自分で漕ぐか、あるいは魔法で動かすしかない。

 馬車よりは乗ることの出来る人数に余裕ができるため、噂通り、人攫いなどが行われていた際に有用だろうと思ってはいたけれど、まさか、攫われていた子供たちに動かさせるわけには行かず、姫様方は言わずもがなだ。

 そうすると必然、動かすのは僕か、シャラさんかということになる。

 そして、追っ手を考えた場合、対応力の高いのは魔法を使うことの出来る僕の方であり、シャラさんには漕いでいただくしかない、ということになる。


「大丈夫です。無理を――しなくても、舟を動かしながら相手方の迎撃をするくらい、どうということもありませんから」


「本当? 別に私が、例えば追っ手の舟に飛び移っていって、沈めてから戻って来るという方法をとることも出来るのよ?」


 それは、こちらの心臓が持ちませんから、是非、お止めくださいとお願いする。


「男女差別をするわけでも、シャラさんの実力を疑っているわけでもありませんが、その役目は僕に任せてください」


「うん、任せるわね」


 あっさりと引き下がられてしまったことに驚きそうになったけれど、今回は時間との勝負なので、不要な問答を繰り返すつもりは無くていらっしゃるのだろう。

 

「それで、アルフリードの見解だと、どこから入り込むのが得策なの?」


「僕の見解と言いますか、シャラさんの準備してくださった舟に最も近いところから行くべきだと思います。帰りも同じ道を辿る方が時間の短縮にもなりますから」


「……私が準備した舟は、東の方の水路に繋げておいてあるわ。問題は、それが相手に見つかって、使えなくなってしまった場合ね」


 その場合は、正直、あまりとりたい手段ではないけれど、彼らがシャルリア様やアイリーン様を連れ去る際に使用していた馬車を使うしかないだろう。

 ここに何人の人が捕まっているのか分からない以上、シャラさんはそれなりに大きめの舟を用意してくださったはずだ。

 そして、舟ならば動かすことが出来るけれど、馬車の操縦は難しい。というより、僕はやったことがない。お城の馬車には、いつも御者さんがいてくださった。


「……シャラさん。御者の経験はお有りですか?」


「……その聞き方だと、アルフリードもないみたいね」


 これは、舟には何としても無事でいて貰わなくてはならない。


「シャラさん」


「分かってるわ。今から案内するからついてきて」


 シャラさんについて走り、件の舟を確認する。

 どうやって調達されたのか不明だけれど、攫われている規模が分からなかったためか、随分と大きいものだった。屋形船の、さらに大きく長いもので、多分、水路に浮かべるにはギリギリの大きさのものだろう。

 今は杭に縄で止められているけれど……いや、そこまでいったのなら、舟ごと壊されてしまうだろうし、今、気にするべきではないか。


「ここから近いのは、東側ですね。今度は僕についてきてくださいますか?」


 水路から地上に出てすぐのところにある門、というよりも扉の前で、僕は収納していた針金を取り出す。

 一応、魔法を使うと探知されてしまうかもしれなかったし、いずればれてしまうとしても、極力避けたかったためだ。今は、探知の魔法に対抗するための魔法に力を注いでいるため、出来れば他の魔法を使いたくはないということでもある。


「アルフリード。使う?」


 シャラさんが髪の中から、妙に華麗な(格好つけた)仕草で髪留めを引き抜いて差し出してくれる。


「いえ、大丈夫です」


 多分、やってみたかったのだろうな。

 今は一応、かなり重要なミッションの最中なのだけれど、シャラさんは、失礼だけれど、可愛らしく頬を膨らませられた。

 数秒後には、カチリと小気味の良い音とともに錠が外れ、僕はシャラさんと頷き合った後、音をたてないように慎重に門を開き、敷地内へと足を踏み入れた。



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