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シンクシ 17

 ◇ ◇ ◇



 馬車を追ってたどり着いたのは、特に隠されていたりするわけでも、街から離れているわけでもない、少なくとも見た目は普通の、少し古びた館だった。

 住居街の一角というのは流石に無理があるけれど、表札もなく、表面上は管理している人間のいない物だと思われた。

 その壊れかけで、半開きになっている門が鈍い音を響かせながら開かれて、シャルリア様と小雪さんを乗せた馬車が、その中へと吸い込まれるようにして消えてゆく。

 門には見張りが立っているわけでもなく、目立たないようにしているのが分かる。表向きは誰も住んでいないことになっている館に見張りなどがいたら、そちらの方が不自然になってしまうだろう。

 もちろん、内部ではどうか分からないけれど。

 さて、どうしよう。

 彼らの、ひとまずの終着地点がここであることには違いない。わざわ別の所に寄る必要がないし、こちらの尾行が勘付かれているのであれば、すでに何らかのアクションが起こされているはずだ。

 ならば、僕もシャルリア様と小雪さんの後を追って潜入するべきか。

 それとも、1度、シャラさんの方と合流するべきか。

 勘付かれているのであれば、おそらくこちらの動向も把握されているはずなので、僕がここを離れた隙に別の場所へ移動されてしまわないとも限らない。

 馬車があの館の門をくぐった時、敷地に入った時から、シャルリア様と小雪さんへの探索魔法は反応がなくなっている。

 逆に言えば、ここまで追って来られたことを考えると、館を出た瞬間には探索の魔法が反応しだすはずなので、それはそれで確認にもなる。

 もちろん、おふたりが無事でいらっしゃればという条件付きだけれど。

 元々の待ち合わせ時間までもうあとわずかというところで、もう1台の馬車が館の前へ到着し、同じように消えて行く。

 下を見てみると、丁度、僕の隠れている屋根の建物の陰から、黒いコートを羽織った人影が確認できた。

 普段は失礼なのでしないようにしているけれど、探知の魔法で確認した後、屋根からとびおりて、声をかける。


「シャラさん」


 声をかけるのと同時に、袖に隠し持っていらしたナイフが飛び出してきて、回転する勢いを利用されて、僕の鼻先で振るわれる。

 咄嗟に半歩だけ身体を引いて、繰り出された次の手、左の手を掴んで止める。

 次の行動が起こされるよりも早く、距離を詰めて、鼻先を突き合わせるように身体を密着させる。


「僕です。アルフリードです」


 収納して持ち歩いている王家の紋章のついた証を顔の前に提示する。

 挙げられかけていた足――正確には引かれていた膝が、静かに降ろされる。


「……分かったから、少し離れてくれない?」


 まるでこれから、ダンスか、キスかでもするかのような態勢になってしまっていることに気がついて、慌てて手を放して離れる。

 

「す、すみません。もうすこし穏便にゆきたかったところなのですが、この狭い路地裏で、ナイフをかわしつつ、会話をするためにはこれが最も効率の良い方法に思えたものですから」


 だから、やわらかさを堪能したかったとか、良い香りに誘われただとか、そういうことではない。

 

「なーに? それじゃあ、私にはそれだけの魅力がなかったって言いたいわけ? はあ。だったら、もう少し精進しなくちゃ……」


 シャラさんは半目で僕を睨まれてから、これ見よがしにため息をつかれた。

 お城にお仕えするには、僕も受けたことだけれど、採用されるための試験がある。

 女性の場合は、こうして諜報任務にあたるために(もちろんそれだけのためではないけれど)必要だとして、女性としての魅力も試験項目の1つに挙げられているらしい。

 もちろん、歴代の国王様が、美しい女性にお世話をされたいという願望を持っていなかったとは言い切れないけれど、確認しようもないことだし、僕にはあまり関係がない。

 それはともかく。

 つまり、魅力に欠けるようであれば、職を失う危機でもあるということだ。


「い、いえ。とんでもありません。シャラさんはいつでも魅力的な女性でいらっしゃいますよ。ただ、今は――」


 そこまで言い訳を並べたところで、シャラさんはくすくすと笑っていらした。

 以前、お姉さんをからかったらいけないと言われたと記憶しているのだけれど、お姉さんがからかうのは構わないのだろうか?


「決まってるじゃない。お姉さんの役目といえば、遥か昔から、年下の男の子をからかうものと決められているのよ。お城の図書室の文献にもちゃんと載っているし」


 それは、ただの恋愛小説なのでは? と思わないでもなかったけれど、今はそんなことをしている場合ではないので、突っ込むことは控えておいた。

 

「冗談はさておき。アルフリードも同じ場所に辿り着いたってことは、あそこで間違いないようね」


「ええ。仮に本拠ではなくとも、何らかの重要な役割を持っている場所だとは考えられます」


 しかし、いくら姫様方の安全がかかっているからとはいえ、強引に突っ込むわけにはもちろんゆかない。

 おそらくは――それもかなり高い確率で――別の逃走用、あるいは地下の水管と繋がる通路もあることだろうし、ここで本丸を逃しては、姫様方に囮までしていただいた意味が全くなくなってしまう。

 むしろ、囮だとばれてしまうということを考えると、より悪い状況になるともいえる。

 だからこそ、焦るのはもちろんのこと、急ぐこともなく、慎重に行動しなくてはならない。


「それで、どうしますか? まさか、彼ら全員を誑し込む、誘惑するおつもりではないのでしょう?」


「アルフリードって、結構根に持つタイプ?」


「いえいえ、まさか」


 じろりと睨まれ、僕は肩を竦めることでお返しした。

 いくら尊敬できる、お仕えしている先の先輩だからとはいえ、この程度の反抗なら許されても構わないだろう。

 シャラさんは、馬鹿にしているのかしら、とでもおっしゃりたげな顔を浮かべられた後、まあいいわ、とため息をつかれた。


「とりあえず、あの館を調べましょう。すくなくとも、あそこの門からは入れるみたいだけれど、逃走口とか、もし姫様方の他にもいた場合に、その攫われてきている人たちを逃がすための手段――そうね、水路があるから舟が最適かしら――を用意する必要もあるし」


 おそらく、地下水道の空間を利用していたことから考えても、この館のすぐ近くに水路があることは確実だろう。彼らが持っているだろう舟か何かが使えるならば良いのだけれど、そうでない場合のことも考えておかなくてはならない。


「分かりました。では、僕は通用口を探しますので」


「私は逃走手段、逃走経路の確保ね。任せるわよ」


 交渉事は、多分、シャラさんの方が上手くゆくだろう。

 そして、万が一、相手と遭遇(もちろんそんなヘマをするつもりは無いけれど)してしまった場合、その相手をするのは男子である僕の役目だろう。

 10分後にまたここで、と打ち合わせて、もし何かあれば、つまり、この場所に相手が現れなければ、各個突入に切り替えるという取り決めを交わし、


「しっかりね」


「シャラさんこそ。余計な心配とも思いますが、お気をつけて」


 僕たちは2手に分かれた。


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