シンクシ 12
◇ ◇ ◇
「アルフリード。お姉様と何かあった?」
朝食を終え、出かける前に少しの休憩をとっていると、アイリーン様がそっと僕に耳打ちされた。
今日は、宿の周りの、要は近場だけではなく、ギルドへ出かけたり、可能であれば色々と見て回るつもりでもいるので、アイリーン様も、シャルリア様も、浴衣ではなく、いつも通りにドレスを着ていらっしゃる。小雪さんはいつも通り、着物でいらしたのだけれど。
「何かとは、一体、どのような事でしょうか?」
「分からないから聞いているんじゃない。多分、お姉様にとっては、忘れたいことのような、嬉しかったような、恥ずかしかったような、多分そんな感じだと思うのだけれど、具体的にはどんなことだったのか分からないのよ」
よく見ていらっしゃるのだなあと、僕は感心してしまった。
さすがは妹君とでも言うべきだろうか。シャルリア様は、少なくとも(あくまでも)表面上は、普段と同じ様子だと、僕には感じられていたけれど。
アイリーン様の推測は、一部はかなり正確に的を得ていらした。もちろん、見当違いでいらっしゃる事もあるけれど、観察されていらっしゃるだけでここまでわかるというのは、十分驚異的な事だろう。
「お姉様のことだもの。分かって当然じゃない」
アイリーン様は、少し照れられたように、頬を赤く染められた後、話の先を促された。どうやら、忘れてはくださらなかったらしい。
しかし、シャルリア様の名誉にもかかわることだし、無暗に僕が話してしまっても良いことなのかどうか、判断しかねる。
僕みたいないち使用人に、自身の裸を見られた挙句、お風呂でのぼせて倒れてしまい、挙句に介抱どころか、着替えまでされたということを、弟妹に知られるということが、シャルリア様にとってどれほど恥ずかしいことの上塗りになるだろうかということは、想像に難くない。いや、実際には、僕なんかには想像すら出来ないことだろう。
しかし、アイリーン様は、たしかにシャルリア様の妹君でいらっしゃる。
姉姫様の様子がおかしいことを憂慮されて、お心を痛めていらっしゃるのだとしたら、その心配を取り除くよう努めることも、僕たち使用人の努めではないだろうか。
「それで、何故、私がシャルリア様と何かあったのだと思われたのでしょうか?」
「え? そんなの、当然じゃない。見ていれば分かるわよ。お姉様がアルフリード以外と何かあったところで、あんな風になるはずないし、それに、朝食の時も、アルフリードと目が合いそうになると逸らしていらしたし」
いや、あんな状況になれば誰だって、シャルリア様だって、僕以外とでも、似たような感じになるに決まっている。もっとも、状況が特殊で、比較検証なんかは出来るはずもないけれど。
一応、誤魔化すことが出来ないかとも思っては見たけれど、やはり無駄だった。
アイリーン様もシャルリア様と同じく自身の知らないこと、あるいは好奇心には素直でいらっしゃるので、多分、僕が話すまでは何を言っても引き下がってはくださらないだろう。
しかし。
「……分かりました、アイリーン様。お話いたします」
「本当! 何があったの?」
きらきらと目を輝かせられたところ、本当に申し訳なく思うけれど。
「お話いたしますが、これは御推察の通り、シャルリア様にも深くお関わり合いになることですので、シャルリア様がお話しても良いとご許可を出されたその時に致します。もし、シャルリア様が駄目だとおっしゃられるようでしたら、私からは、申し訳ありませんが、お話しすることは出来かねます」
「ふーん。先にお姉様を説得しろってことね。面白いじゃない」
楽し気に、というよりも、どちらかといえば好戦的に微笑まれたアイリーン様は、小雪さんと、カルヴィン様と話していらっしゃるシャルリア様のところまで駆け寄ってゆかれると、
「お姉様。アルフリードと何があったの?」
アイリーン様は基本的に、どなたに対してもそうだけれど、遠慮もなければ、回りくどい方法も好まれないらしい。今回の場合で言えば、家族に対して遠慮というのもおかしな話ではあるけれど。
悩んでいる、あるいは困っているとお分かりになったうえで、シャルリア様に対して言葉を飾られるようなことはなさらなかった。
シャルリア様は僕とは部屋の対角線になるような位置で座っていらしたのだけれど、アイリーン様に尋ねられたことで、それまで僕の方を避けるように意識していらした視線をはっきり僕へと向けられた。
普段は何を考えていらっしゃるのか分からないことの多いシャルリア様だけれど、この時ばかりは僕に何をおっしゃりたいのかが分かってしまい、僕は首を横に振った。
僕はアイリーン様には何もお話ししておりませんと。
いや、だからといって、他の誰かに話したとか、話そうと思っているなどということではない。
「何かとは? アルフリードとはいつも通りで、特別、何かあったという訳ではありましぇん」
表面上は、御弟妹ご友人の前では普段通りに振舞っていらっしゃるけれど、どうやら内心では、かなり動揺なさっているらしい。
「噛んだ……」
「噛んだのです……」
珍しいものを見るようなお顔のカルヴィン様につられるように、小雪さんもつぶやかれる。
「ありません」
カルヴィン様と小雪さんのツッコミをなかったかのようにスルーされて、シャルリア様は言い直された。
「と、とにかく、アルフリードとは何もありませんから」
じっと見つめられ、なおも何か追及なさろうという様子だったアイリーン様が言葉を紡がれるよりも早く、シャルリア様は会話を遮られ、
「アイリーン。今日は調……観光に行くのではなかったのですか? これも見聞を広めるという、大切なお務めです。本分を忘れてはいけませんよ」
シャルリア様はもちろん、カルヴィン様も、アイリーン様も、小雪さんも、今回のこのお出掛けが、ただの観光ではなく、国王様から与えられた、れっきとした任務だということは御存知だ。
しかし、それはお城の、内々の話であり、少なくともこの宿や、シンクシの、ギルドなどの関係者の方以外には、極力話すつもりは無かった。
そのため、普段から、このように意識を向けることで(すでにギルドで話してしまっているので無駄だとは思いつつも)極力怪しまれないようにしようという配慮だろう。あとは誤魔化しか。
「お姉様。そうでしたね、これは観光でした」
それに、観光と言われると、僕たちとしても引き留める理由を作り出すことが出来ない。
調査と言われたのなら、最悪、危険ですからと(最終手段としては部屋を結界で覆ったとしても)宿へお留めすることも出来ようものだけれど、姫様方の観光、つまり、見識を広めるための遊学と言われてしまえば、こちらからは強く否定することは出来ない。
そもそも、このシンクシが怪しいという前提で出かけてきているのだから、今更覚悟を問うのは失礼にあたる。それにきっと、ジェリック様の言から考えると、これも、姫様方の成長に繋がるだろうというお話だった。
それに、結局は目の届く範囲にいていただく方が、僕たちとしても少ない人数を分断するようなリスクを避けることが出来るので、良いことだともいえる。
もちろん、それで姫様方を危険に晒すような真似は、ジェリック様、それからナティカ様からいただいた信頼にかけて、絶対にさせはしない。
シャラさんへと視線を向けると、分かっているわよね、と視線で問いかけられたので、僕ははっきりと頷いた。




