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シンクシ 9

 相手は武器を持った、それも複数で、こちらを逃がすつもりは無いと本気で捕らえに来ている。

 そして、武器を構える雰囲気だけでもわかるけれど、かなりの手練れでもある。

 気を抜いたり、対応を間違えたりすれば、それは即敗北へと繋がるだろう。

 おそらく飛び道具は持っていない。すくなくとも、連続して使用できるようなものは。そうでなければ、さっき、距離をとった際にぶつけてきているはずだからだ。もしくは、僕を追跡している最中など、いくらでもチャンスはあったはずだ。僕は気付いていなかったのだから。

 彼らも夜中に目立つようなことはしたくないらしい。

 声も上げず、足音も立てずに僕へと迫ってくる。

 早い。

 迫ってくるとはいっても、本当に1歩で距離を詰められたかのような感覚だ。

 横一線に振りぬかれたナイフが、逸らした顔の眼前ギリギリを通過する。反対側に位置する相手の事を気にしたのではなく、本当にギリギリでしか避けることが出来なかった。

 躊躇のない目潰し。

 しかし、すでに過ぎたその脅威にいつまでも気を取られていることは出来ない。

 その勢いで横へと抜けた男性の後ろから、丁度身体に被さるように自身を隠しながら迫っていたもうひとりの男性の突きが迫る。

 せめて声でもあげてくれれば気がつくのがもう少し早くなったのだけれど、もちろんそんなことはなく、無音のまま、夜の闇に紛れるように迫ってきたその大振りのナイフを見極めて、その横腹をはじくように自身の拳を滑らせて、同時に相手の顔面を狙う。

 お城で訓練をつけていただいていなければ、おそらく反応は出来なかっただろう。自分で魔法を使用しないという縛りを課しているということは置いておいて、騎士団の方には感謝しかない。

 僕の拳は寸でのところで躱されて、わずかに距離をとった相手からの舌打ちが聞こえた。

 面倒な相手だとでも思われているのだろうか。むしろ、面倒事に巻き込まれているのは僕の方だと思うのだけれど。特に気にされず逃がしてくれればいいのに。


「……お前、どこのものだ」


 即座の追撃はなく、こちらを見極めようとする視線と、沈黙により間をとった相手から出てきたのは、先程と同じ質問だった。


「こちらの2人を相手にしながら、ここまで出来る相手はこの辺りにはいないはずだ。すくなくともこちらで把握している限りでは。他所から流れてきた冒険者か?」


 人攫いをしているらしい集団なのだから、当然、狙いとなる人のことは調べているのだろう。


「……それは、あなた方の情報収集能力に問題があるだけなのでは? 少なくとも、僕のいたところまでは人攫いがあるらしいという噂は流れてきていましたよ」


「何っ! それは――」


「馬鹿! 口を開くな!」


 左側に立つ男性が、わずかに、しかし明らかに動揺したような声を上げた右側に構える男性に注意を促されるけれど、すでに目的は達した。

 あ、いや、最終的にはこの件を解決することが目的なのだから、完全には解決していないのだけれど、少なくとも、今の彼らの言は演技ではない様子だし、噂の真偽自体は確定したと考えて良いだろう。

 もっとも、良くない方での確定だったわけだけれど。それは僕の力ではどうすることも出来ないことだったので、気にし過ぎるべきではなく、割り切るよりほかにない。


「――仕方ねえ、喋っちまったもんは。これだけの相手だ。こいつを捕えて帰れば、十分おつりがくる相手だ。気を抜くんじゃねえぞ」


「おう」


 彼らを捕まえて証言させるのはシャラさんのいる宿へ連れ帰ってから、とも考えていたけれど、本当に彼らが人攫いなどしているというのであれば、連れ帰ろうとする行為も彼らに情報を与えることにもなりかねない。

 ただのごろつきだったならば、問題はなかったのだけれど、組織立っているのであれば、何らかの連絡手段があるかもしれないし、こちらの居場所を明かすのはまずい。それから身分も。

 つまり、ここで倒してギルドに引き渡し、多分無理だとは思うけれど、そこで情報を引き出していただく方が安全だろう。

 ジェリック様は社会勉強などとおっしゃられていたけれど、こんなことは必要ないことだと、僕は思う。

 まだ、僕の主の、シャルリア様やアイリーン様、それから預からせていただいている小雪さんのことは何も話してはいないし、証拠になるようなものも見咎められていないはずだ。服装だけでわかるのであれば、先程のような無意味な質問はされないはずだった。


「こちらとしても、捕らえられるわけにはいきません。このア――シンクシに暮らす人の安寧のためにも」


 アンデルセラムと言いかけて、途中で止める。

 国民ならば、アンデルセラムのためと言っても問題はないのかもしれないけれど、先程、他所から流れてきたということは話してしまっている。

 ならばそこの名前を出すべきだったのだろうけれど、ウェントスとか、あるいはアンデルセラムに暮らす人のために、などと言えば、王都から来たということが、さらに言えば、お城の命により調査に来ているということまで、知られてしまうかもしれない。

 そんな考えが一瞬頭をよぎり、咄嗟に変更したために、逆に不自然な物言いになってしまい、案の定、彼らが耳聡く、目を細めた。

 しかし、幸いなことにこうして対峙して、こちらの事を評価してくれているようで、余計な事に気をまわしているべきではないと判断してくれたらしい。実際、一瞬、気を逸らされれば、とりあえず、逃げることは可能だった。

 まずいな、そろそろ夜が明ける。

 しかし、まずいと思っているのは僕だけではなかったらしく、彼らからも若干、焦りのようなものを感じる。

 たしかに、夜が明ければ、朝の買い出しの時間になってしまい、店が開き始め、主婦の方達も買い物に出かけられる。

 つまり、人に見られる危険性が高まる。

 どちらかと言えば、焦っているのは相手の方だ。

 僕も眠くなりそうな身体に、雷(とはいえ、出力を極力抑えたもので、自身を覚醒させる程度の威力に絞ったものだけれど)を流して、目を覚まさせる。

 ほとんど同時に、これまでの経験からか、こちらが魔法を使う兆候を感じたらしい2人が突っ込んでくる。

 ここまで出力を絞ったというのに気付かれたのは流石だったけれど、すでに魔法を使ったということは、そのままの状態を維持していれば、続けて魔法を使うことも容易だということだ。

 すでに、訓練などと言っていられる段階ではない。時間的に。

 姫様方が目覚められる前には、何事もなかったというような――少なくとも表面上は――顔をして、宿にいなければならないのだ。

 同じ出力では、覚悟を決めた相手には意味がない。だからといって、強すぎれば感電死させてしまうことになり、それはまずい。

 ナイフが迫ってきていることは分かっていたけれど、無視して、自身で魔法をコントロールすることに集中する。

 その甲斐があったのかどうかは分からないけれど、左右から刀が振り下ろされる前に、身体を震わせた彼らが地面に突っ伏すように崩れ落ちる。

 わずかに焦げ臭いのは、髪の毛の、あるいは衣服のせいだろうか。 

 2人の脈をとった僕は、ひとまず安堵した。

 お城の命で訪れているというのに、人殺しをしたなどとなれば問題だからだ。

 ギルドに彼らを引き渡し、僕は急いで宿へ向かう。

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