シンクシ 8
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それからいくつか、同じような排水管へと入ってはみたけれど、大方どこも同じようなもので、特に人が集まっていたような形跡は発見することが出来なかった。
けれど、それほど落ち込んでいるというわけではなかった。
元々、そんなに簡単に人身売買などという非合法な活動の場を特定できるとは思っていない。
早く解決しなくてはならない、あるいは真偽を確かめなくてはならないということは事実だけれど、焦って逆にこちらが捕らえられてしまうなどということになったら大変では済まない。ことによっては、僕だけではなく、シャルリア様や小雪さん達にまで迷惑が及ぶかもしれない。もちろん、そんなことにさせるつもりは無いけれど。
現場を押さえて後を付ける、というのが、アジトの発見という意味では最も効率的だとは思うのだけれど、それ以外の部分、例えばそもそもその現場に遭遇するというのが難しすぎる。
せめて噂の真偽だけでも確定させたいところだけれど、僕が今回の件を調査していると知れ渡るのはもう少し時間が掛かるだろうし、接触してくるにしてもまだ後のことになるだろう。
と、思っていたのだけれど。
「動くな」
とりあえず、先程の反応を確認しようとギルドへ立ち寄るために、ギルドの前の道に降り立ったところ、待ち構えられていたかのようなタイミングで背後を取られた。
背中にチクリとした痛みを覚えるのは、おそらくナイフでも当てられているのだろう。
とりあえず、浄化の魔法を使って、自身と、服に着いた臭いは消しておく。そうすると、背後からは地下空間と同じ、あるいは似たような匂いがした。
「この服は支給品で、正確に表現するならば僕のものではないので、穴をあけるのは勘弁していただきたかったのですが。どちらかといえば、まだ、首筋の方がありがたかったですね」
口をきくなとは言われなかった、とそんな屁理屈じみた理由で答えてみたけれど、余計に穴が広がっただけだった。修復の魔法もあるし、自分で縫製すれば修繕することは出来るけれど、そういう問題ではなく、支給品を傷つけてしまったということが問題なのだ。
痛くないということはない。けれど、まだ、我慢できないほどではない。料理を始めたての頃は、自分の指を切ったことも、誤って包丁を落として足の指を切断しかけたこともあるし、食材を取りに入った山や森林の中で動植物や魔物に怪我を負わされたこともある。
即座に刺されたり、切り付けられたりしなかったことからも、おそらく、こちらの事情を掴むまでは殺されないのではないだろうかという、安心ではないけれど、推測も成り立つ。
恐怖がないわけではなかったけれど、それは自力で抑え込む。
「余計な口を開くな。こちらの質問にだけ簡潔に答えろ」
そのまま、人気のないギルドの建物の裏へと誘導される。
人通りがないのは、こちらとしてもありがたい。
「そのまま壁に両手を付けろ。決して振り向くな」
喋っているのは1人だけだけれど、足音から察するに2人組みか。
今回の彼らは毒薬などを仕込んでいないことを祈りたい。
「貴様、どこのものだ」
ギルドとは、多くの人が集まる場所であり、こちらの身元を特定されるようなことはない。
「喋りたくなるようにさせてやろうか?」
甘いやり方だった。
少なくとも、お城では諜報のような仕事も任されるのだというメイドさんたちならば、そんな選択肢の与え方はなさらないだろうし、僕もそのように教えられている。
これだけ時間があれば、少し身体をナイフから離して障壁を作ることなど容易かった。
「あなた方こそ、もう少し御自身の心配をなさった方がよろしいかと思いますが」
探索の魔法を使ってみたけれど、この近くには僕たち3人以外の人の反応はなく、伏兵の可能性は低い。どのみちこうして知られているわけだし、仮にいたとして、情報を持ち帰られたところで、致命的なものはまだ何も分からないはずだ。
いや、この制服で身元が分かってしまうだろうか? しかし、今僕にナイフを突き立てている2人は僕に対して身元を尋ねるような事をしていたし、気付かれてはいない可能性もまだなくなったわけではない。仮に伏兵がいれば、の話ではあるけれど。
「何?」
「貴様、質問の答え以外に口を開くなと言っただろう」
しかし、彼らはこちらが魔法を使っているかどうかの探知の魔法を使うことはなく、魔力も感じないことから、おそらく魔法師ではない。先ほどの浄化の魔法にも何の反応も示されなかったことだし。
僕が魔法を併用して屋根の上を跳び移ってきたのに対して、彼らは生身のままだったというのだから、身体能力は凄いものだと思うけれど、この状況ではそれほど意味があるわけではない。このような狭い場所では。
「何っ!」
自身が切り付けようとしたナイフが障壁にはじかれたことに驚いたらしく、わずかな隙が出来る。それを利用して、僕は彼らからわずかに距離をとった。
距離をとりすぎると、不利だと悟られた場合に撤退に専念される可能性がある。流石に、バラバラに逃げたこの手練れ2人を、この宵闇の中で追いかけるのは――探知魔法があるとはいえ――時間的にもかなり難しい。
「こちらを魔法師だと知っていながら時間を与えるのは得策ではありませんでしたね。あの場はひと思いに僕を刺してしまって……ああ、なるほど、あなた方が魔法を使えないために、その場合持ち帰るのが大変だと判断されたわけですね。放置するのは、それはそれで問題になりますから」
僕は対人戦を得意としているわけではない。
お城では暇な時間に、図書室へ通ったり、騎士団の方に稽古をつけていただいたりしているけれど、魔法を使わない純粋な格闘技ということであれば、男としての嗜み程度の域を出ない、と思っている。
とはいえ、今は魔法を使用しないなどという、訓練の時のような縛りを課しているわけではない。出来る限りはそうするつもりでいるというだけだ。
実践に勝る訓練はないとは言われるけれど、油断するつもりは微塵にもないけれど、これは良い修行になるかもしれない。
いきなり武器を持った2人組が相手だというのは大変だけれど、やるしかない。むしろ、感謝するまである……いや、感謝はしないな。うん。何事もなければそれが最良であることには変わりなかった。
「撤退などなさらないでくださいね。こちらも尋ねたいことがあるのは同じですから」
魔法を使うつもりは無かったけれど、無意識に使ってしまうことを避けるため、魔法を使うリソースを、こちらの存在の隠蔽と、僕たちを囲う結界に集中する。これで、ある程度の時間であれば、意識せずとも持続してくれるはずであり、自分の身体(と、目の前の相手)だけに集中できる。
「それでは実践に付き合ってください。練習相手として」
練習だけれど、これは負けることの出来ない訓練で本番だ。加えて、時間制限もある。
相手をなめているつもりはまったくない。
しかし、相手からすれば、侮られている、あるいは馬鹿にされていると感じられるかもしれないということは自覚している。
その方が良い。
より本気で来てくれた方が、身になるというものだ。もちろん、負けるつもりもない。というより、負けられない。
相手の顔つきが変わる。
僕は目の前の相手に意識と神経を集中させた。




