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シンクシ 7

 彼らの話は理解できる。

 常時ギルド側から出されている確定している依頼、例えば薬草の採取や、食材や武器防具の素材、つまりはモンスターの討伐、護衛、配達、その他の雑用とは違い、今回の、人身売買が行われているらしい、というのは、少なくともギルド間での連絡程度にしか扱われていない噂程度のものであり、この仕事に生活が懸かっている彼らが扱うには不十分なところが多いということだ。

 依頼のボードに張られていなかったことからも、ギルド側でもこれを大きく取り扱うことが出来る程の情報が集まっていないのだろうということも推測できる。

 しかし、ジェリック様は、たとえ噂程度であろうとも、真偽を確かめろとお申しつけになられた。 

 何もなければ、そちらの方が喜ばしい。しかし、何かあった場合には、確実に、それもなるべく早くに解決しなくてはならない。とはいえ、何もなかったと確定させるのは、何かあったと発見するよりも段違いに難易度が高いのだけれど。

 人身の売買ということは、それがどこで行われているにしろ、言い方は悪くなるけれど、その元手となる人、つまり、売られる側の人間を捕まえるための機構が存在しているはずだ。

 人目につくところで人攫いなど堂々としたりはしないはずなので、起きるとしたら人目に付かない路地裏の狭く暗い場所だろう。森、山の方は考えなくても良いはずだ。そんな所に攫われることが問題になるだけの人がいるとは思えないし、素材を取りに入られている冒険者の方ならば、それぞれで対処されるだけの腕はあるはずだろうし、何より、組合に話がゆかないはずがない。

 では次に、攫われた人たちが連れて行かれるとしたらどこだろうか。

 先程と同じ理由から、山林の方へと連れて行かれている可能性は低い。

 

「……あるとしたら、この中、地下水道の方だろうな」


 このシンクシは水の街。

 街中には、馬車道もあるにはあるけれど、どちらかといえば、水路をゆく小舟の方が多くみられる。

 整備されているところもあれば、自然のままに流されているところもある。

 その整備されている方には、水路の脇に、水が流れ出してくる排水管が取り付けられていて、おそらくは掃除か何かのために人が通ることの出来るくらいの広さは十分過ぎるほどに開けられている。

 

「ランタンでも持ってくればよかったかな」


 僕はその排水管の中に降り立った。

 ギルドや酒場、娼館などの明かりで、夜中であってもそれなりに、周りが見える程度には照らされている街中とは違い、排水管の中ともなれば、当然、明かりなどは取り付けられていない。

 そのため、進むためには常に光を灯していなければならなくなる。


「まあ、両手が空いたと考えれば、それも良しかな」


 自分で灯した光だけが照らす排水管の中に、僕の足音だけが反響する。遮音障壁を使わないのは、こちらの音を消すだけではなく、外からの音も消してしまうからだ。それでは、もし、人がいたところで発見するのが困難になる。運が悪ければ鉢合わせだ。

 探索の魔法があると思われるかもしれないけれど、すでに光を灯すために魔力のリソースを割いている。探索魔法ということは恒常的なものなので、更にリソースを使うことになり、咄嗟のときに対応が遅れる可能性がある。もし、噂通りの相手であれば、その隙が致命的にならないとも限らない。

 こういうところに入ったのは初めてだ。注意深く行動しなくてはならない。いや、注意深く行動しなくてはいけないのはいつもなのだけれど。

 それはともかく。

 生息しているのはネズミ、あとはべたべたする粘体、どこにでも繁殖する菌類が主だったりするので、食用にはならないからな。流石に、どれほどの病原菌なんかを持っているのか分からないものを、いくら殺菌滅菌消毒浄化が出来るとはいえ、お客様にお出しするわけにも、自分で食べるわけにもゆかないからなあ。そもそも、食べられるのかどうか怪しいものの方が多いし。

 とはいえ、その粘体――スライムが存在しなければ汚水が浄化されないわけで、子供たちが安心安全に川べりで遊ぶなどということも出来なくなってしまう。川に棲息する魚も捕れなくなるかもしれないし、事によっては、海にまで及ぶかもしれない。彼らは彼らで、人間の出す汚物を主食? としているので、共存といえば共存なのだ。

 発生し過ぎると、討伐対象になったりするけれど、滅多に、目立つようには人前に出てくることはない。彼らは、水分と、わずかな空気さえあれば、ほとんど永久的に発生し続ける。日の光の下よりも、じめじめとした、特にこの排水管のようなところなんかがお気に入りなのだ。

 排水管の中は、思っていたよりもずっと臭うことはなかった。

 歩いていて、ところどころに見かけるスライムがその臭いの発生源だと分かってはいたけれど、街中の空気まで汚染してしまうほどではない。つまり、まだ討伐するべきではない。

 何様だという考え方かもしれないけれど、僕自身人間なので、そのくらいは勘弁して貰いたかった。

 そんな場所なので、人目に付かない必要のある謀を企むにはうってつけともいえる場所だろう。

 この街に排水管なんて山のようにあるわけで、1つを特定される可能性は限りなく低い。

 僕自身、闇雲に当たった最初の1回目から遭遇できるとは思っていない。

 今日は様子見と、自身のこの辺りに対する地理の把握を少しでも補完するのが目的だ。


「こういうのはきっと、シャルリア様ならかなり正確な場所を特定されるのだろうな」


 お城の中で、使用人の方の話からだけで――それもわざわざ聞き出したものなどではなく――森の中での密会場所にある程度の候補地を絞られたほどだ。

 僕などよりもずっと効率的な考え方で、位置を絞り込まれることだろう。

 しかし、だからといって、お仕えするべき主に働いていただいたのでは、使用人として無能も良いところだ。

 いずれにせよ、シャルリア様はお考えになられるだろうけれど、それは僕が今走り回らない理由にはならない。

 きっと、シャルリア様は明け方にヴァイオリンの練習をなさるだろうから、それまでには宿に戻っていなければならない。

 噂が伝わるのは早いから、早ければ明日にでも、お客様がいらっしゃるかもしれない。

 

「わっ」


 遮音ではない障壁を展開してから、とりあえず叫んでこちらの存在を知らせてみる。

 予想通り、最初に湧いてきたのはネズミだった。大量の。

 狙い通りに、障壁でネズミたちを避けつつ、しばらく待ってはみたけれど、流石にこんなに見え見えの手に乗ってくるほど相手も考えなしなわけではないらしい。あるいは、ここにはいないためか。

 いずれにせよ、今、ここで出来ることはこれ以上にはない。

 僕は元来た道、ではなく、しばらく進んで、別の出入り口から地上へ戻った。



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