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シンクシ 4

 湯船の脇には木製の立て札でこのお湯の効能などが書かれていた。

 曰く、治癒能力を促進させるとか、疲労回復だとか、代謝を高めるだとか、他にも健康に良いと思われる効能の数々が羅列されていたけれど、あいにくと――当然だけれど――事件の手掛かりになりそうなことは何もなかった。

 なので、僕とカルヴィン様は、十分に温まったところでお湯から上がることにした。

 調査の必要なところがなかったためであり、決して、隣から聞こえてくる女性陣の会話の内容やら、身体にかけるお湯の滴る音だとか、洗っているらしき肌の擦れるような音に色々と興奮――想像を掻き立てられて危険だから、という理由からではない。

 僕は別として、カルヴィン様はそのうちのおふたり、シャルリア様とアイリーン様とはご家族なのだから、それほど照れることもないとは思うのだけれど。 

 まあ、僕も人のことを言えるような年齢ではないけれど、年頃の――というには少し年齢は低い――健全な男の子としては、少し年上のお姉さんであるシャラさんや、同年代くらいの女の子の魅力にそわそわしてしまうというのは、同じ男として分からなくもないので、むしろよく分かるので、あえて何かを口にして変な雰囲気になることは避けた。


「カルヴィン様。こちらを」


 飲みやすそうな小さな瓶に入れられたコーヒー牛乳が売られていたので、1つ買って来てお渡しする。

 番台の方のおすすめでもあり、この施設を利用された方の多くは飲まれるのだということだ。

 

「なるほど、さっぱりするものだな」


 お気に召されたようで何よりだ。

 カルヴィン様が休憩なさっている間、僕は温泉までの通路を調査する。

 一応、休憩どころには結界を敷いているので、何か問題があればすぐに気がつくことが出来るし、ある程度ならば防衛も出来る。

 せっかく、お湯で汗を流されたばかりのカルヴィン様を歩かせるのは忍びない。

 

「お兄様とアルフリードはもう上がっちゃったのかしら?」


 別に僕は女性の方の湯を覗こうと思って戻ってきたわけではないので、そこは誤解していただきたくなかったけれど、こうして実際に戻ってきてしまったのだから、必然的に隣のお湯の方からの声を聞いてしまうのは避けられなかった。


「さっきから全然返事がないし」


 もちろん、ここで返事をするという選択肢もあった。 

 しかしそれだと、先程の声に反応しなかった理由がないわけで、さらに言えば、僕はこうして服を着ているけれど、隣の女性陣は一糸纏わぬ姿をされているわけで、何となく会話をするのが気恥ずかしいというか、悪いことをしている気になってくるというか。


「それにしても、シャラのは大きいわね。何を食べたらそんなに大きくなるのかしら」


 湯気のせいではないであろう、くぐもった声が、あるいは色っぽいとか艶のあるなどというのかもしれないが、聞こえてくる。

 僕は無心を貫こうとして、やるべきことに集中しようとすればするほど、感覚は――もちろん聴覚も――住んでゆくわけで。


「あの、アイリーン様。私は別に大きいという訳ではなく、私の年頃の女性になれば標準のサイズと言いますか」


「でも、お母様よりは随分とこう、ねえ、触ってみてもいい?」


 僕と話しているときのシャラさんは、もう少し、くだけた感じというか、元気や、調子のいい(決して調子に乗っていらっしゃるとか、そういうことではない)感じだけれど、当たり前というか、姫様方の前ではしっかりとしていらっしゃる。


「どうぞ」


 少し楽し気な様子のシャラさんの声が聞こえる。

 別に聞き耳を立てているつもりは無いのだけれど、周りに人もおらず、音がよく通ってくる。


「やわらかい……」


 先程よりもはっきりと吐息の漏れる音が聞こえてくる。

 落ち着け、無心で捜査するのだ。

 

「お姉様も、小雪も、一緒にどう?」


 やや間があった後。


「……ええっと、よろしいのですか?」


 遠慮がちな、しかし、期待感を滲ませていらっしゃるような、小雪さんの声が聞こえてきた。


「構いませんよ」


 ひょっとして僕は、いけないことをしているのではないだろうか。

 この露天の温泉の構造上、女湯の声が男湯の方に聞こえることも、もちろんその逆も、当然構成段階から計算されているわけで、むしろ自然な事なのだけれど。


「お姉様はいいの?」


「私は……遠慮します」


「そんな風に見つめてため息をついていらっしゃるだけでは膨らんだりしないわよ、お姉様」


 大丈夫。

 聞こえている、聞こえてしまっているということと、聞いている、聞き耳を立てているということでは、意味が全然違うはずだ。


「でも、触ったら御利益とかありそうじゃない」


 何だかとても居たたまれない。

 壁1枚隔てた向こう側では御利益とか、演技のよさそうな話がされているけれど、僕は逆に罰でも当たるのではないかと心配になってきた。

 うん。

 やっぱりだめだ。

 こんな精神状態では、捜査も何もあったものではない。

 さっきから全然集中できていないし。いや、別のことにという意味であれば、これ以上ないほどに集中していたとも……いや、そんなことはないな、うん、絶対ない。女湯の事情にばっかり気を取られていたなんてこと、あるはずない。

 でも、多分、温泉の効能とかで集中力が散漫になっているに違いないから、後で、身体の火照りを冷ましてからにしよう。そうしよう。

 

「やっぱり、お姉様のお肌ってすべすべね。とっても綺麗」


「ちょっと、アイリーン、どこを触って――」


「大丈夫、私がお姉様を洗ってあげるって、さっき言ったじゃない」


「それとこれとは――んっ」


 何だか隣の会話が怪しくなってきたので、僕は即座にその場を離れることにした。

 もちろん、シャルリア様も、アイリーン様も、小雪さんも、まだずっと子供でいらっしゃるから、どうこうという気持ちは全くないけれど、ここで聴いているのはまずい気がする。

 もちろん、桶を蹴ったりするというミスをするはずもなく、音をたてないようにして、僕は脱衣場へと戻った。

 

「ユーグリッド、どうかしたのか。顔が赤いようだが。上を向いているのは、鼻でもぶつけたのか?」


「いえ、何でもありません。失礼いたしました」


 カルヴィン様に不要な詮索をされないよう、僕は治癒の魔法を使った後、やはり目ぼしい情報はありませんでしたと報告させていただいた。

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