表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/252

シンクシ 2

 ◇ ◇ ◇



 さすがに水の都と呼ばれるだけのことはある。

 夕食を済ませた後、当然、入浴へと向かわれるわけだけれど、どうやらこの街の主要な産業は、温泉街としての観光地だということらしい。

 その名の通り、温かい水の沸き出る泉のようなところで、もちろん整備されており、浴槽として利用される場所のことであるようだ。

 さらに、宿の方の説明によれば、様々な効能が現れるらしく、健康にも良いらしい。

 しかし、


「えー、でもそれって他の人に肌を晒すってこと?」


 と、アイリーン様が難色を示されたように、お城とは違い、僕たちと同じ宿を利用されている方も、この街の別の宿を利用されていらっしゃる方も、利用されるのは、数種類あるとはいえ、同じ1つの温泉群であり、当然、時間が被れば、他の方もご一緒にということになる。

 普段、お城でお湯をいただかれている際には、ご家族だけでいらっしゃるアイリーン様には少し抵抗があるらしい。


「いえ、男性と女性は分かれております」


 そう説明されはしたけれど、どうやらまだ納得されてはいらっしゃらないらしい。まあ、たしかに、男性と女性では感じ方も違うことだろう。もちろん、個人としても。

 カルヴィン様も、シャルリア様も、それから小雪さんも、気にしてはいらっしゃらないご様子だし、僕とシャラさんは、皆様が行かれるとおっしゃるのであれば、ついて行くことは確定だ。(もちろん、行きたくないというわけではない)


「もちろん、御存知のこととは思いますが、お部屋にも浴槽はございます。どうぞ、お好きな方法でご利用ください」


 たしかに、部屋にも、そして窓の外のテラスにも、木材によって形成された浴槽が造られていて、温かいお湯が流されていた。


「それなら、そうしましょう」


 アイリーン様がそうおっしゃられたところへ、カルヴィン様が待ったをかけられる。


「待て、アイリーン。それだと、私たちと分かれることになってしまい、護衛してくれているユーグリッドやシャラとの距離が離れすぎてしまう。それは問題があるのではないか?」


「ええっ! お兄様はまさか外へ行かれるおつもりなの?」


 信じられない、とばかりに目を見開かれるアイリーン様に対して、カルヴィン様は当然だとでもおっしゃるように頷かれる。

 それからアイリーン様に言い聞かせられるように、


「私たちがここへ来たのは調査のためだ。ならば、当然、多くの場所を見ておくべきだ。この館の探索ならばいつでもできるだろうが、それほどずっと入浴を続けるわけにはゆくまい」


 そんなに長い間入っていたら逆上せてしまうのだろうことは確実で、そうなると調査どころではない。むしろ、介抱にまで時間を割かれることになる。

 

「もしかしてお兄様、シャラと一緒に入りたいの? それこそ鼻血噴いて倒れちゃうんじゃない?」


「ばっ、馬鹿者。何を言うんだ、アイリーン。そんなわけがないだろう」


 急に話を振られたシャラさんは流石に驚いたような顔を浮かべられるし、カルヴィン様はシャラさんの方へと視線を向けられた後、真っ赤になって否定された。

 アイリーン様。どうかお兄様の純情を弄ぶのは止めて差し上げてください。

 シャラさんも、そんな、御下命とあらばみたいな顔をしないでください。というか、シャラさんは分かってやっていらっしゃいますよね? 主の命にただ従っていればいいわけではないとかおっしゃっていましたけれど、これは流石に違うのでは? 先ほど、男性と女性で分かれているとも説明されているわけだし。

 それに、何故かシャルリア様は僕へとひんやりとした視線を向けていらっしゃるし。

 銀色のさらさらの髪も、神秘的なルビーの瞳も、整った目鼻立ちも、そういった飛び抜けた美貌が、そんな雰囲気を漂わせていらっしゃると、こういうところが『違う』ということなのではないのだろうかと思ってしまう。もちろん、そうではないことはわかっているけれど。

 それからシャルリア様は足元を見降ろされ、ため息をつかれた。

 

「それに、帰りはどうするのよ。外にあるってことは、帰りにも外を歩くってことでしょう? まさか寝間着のまま歩くってこと?」


「それならば、こちらにご用意がございます」


 宿の方がそうおっしゃられて用意してくださったのは、小雪さんが着ていらっしゃる物と似たような服だった。とはいえ、若干、違うみたいだけれど。


「これは……浴衣なのでしょうか」


 小雪さんが尋ねられると、宿の方は「よくご存じですね」と微笑まれ、こちらの店主が昔、雅の国で過ごされていらしたらしく、そこのものを参考にされているのだと説明してくださった。


「それは分かったけれど、どうやって着るの、これ。ファスナーもボタンもないみたいだけれど……」


 アイリーン様が浴衣をひっくり返したり、裏返したりされて、またシャルリア様に注意される。

 

「それはこうしてですね、まず――」


 小雪さんは、おそらく着こなしを御存知である御自分が手本をお見せになろうと思われたのだろう。普段、着物の腰回りに巻かれていらっしゃる帯をほどかれた。

 当然、止めるものがなくなれば、はらりと布は開かれることになり。


「お兄様とユーグリッドは外に出ていて!」


 瞬間、くるりと後ろを向かされたカルヴィン様と僕は、アイリーン様に部屋の外へと押し出され、中からはシャルリア様とシャラさんが小雪さんに注意なさっている声だけが聞こえてきていた。

 そうして外で待たされること20分ほどで、ドレスから、宿に置いてあったシンプルな白と紺の浴衣に着替えられたシャルリア様とアイリーン様、シャラさん、そして、御自分でお持ちだったらしい、黒地にピンクと白の花柄の浴衣を纏われた小雪さんが出ていらした。

 ちなみに、シャラさんはメイド服ではなく、私服であるらしい、白いブラウスにピンクのカーディガンを羽織られて、黒のニーソックスと水色のスカートをお召しだ。浴衣だと咄嗟に動きにくいと判断されたらしい。

 おしゃれなのではとも考えたけれど、流石にそんなことはないだろう。メイド服ではないのは、目立ち過ぎないためか。


「小雪が全部着付けをしてくれたのよ。何だか大変そうだったから、断ろうかとも思ったんだけど」


 どうかしら、とアイリーン様がその場でくるりと回られる。


「とてもよくお似合いですね、アイリーン様。シャルリア様も、小雪さんも」


 アイリーン様は満足気なご様子で、得意顔をされた。

 別にお世辞で言っているわけではなく、小雪さんは言わずもがな、シャルリア様も、アイリーン様も、見目麗しい出で立ちでいらっしゃる。

 どうせ、今日はもう捜査はしない(ことになっている)のだし、この部屋に戻ってきてから寝具に着替える間、僕とカルヴィン様が外に出ていればいい話ではある。二度手間にはなるけれど。

 とはいえ、アイリーン様は、ドレスとは違う浴衣の魅力がお気に召されたようで「お姉様とおそろいよ」とはしゃいだ様子で裾を乱されていた。そしてどうやら、温泉にも向かわれる気になられたらしい。


「アイリーン。気を付けないと、足元が乱れているぞ」


 カルヴィン様に注意されたアイリーン様の足元を、シャラさんがきちっと正され、ようやく僕たちは温泉へと向かう運びとなった。

 なのだけれど。


「ユーグリッド」


 後ろから付いていこうと黙っていた僕に、アイリーン様がジトっとした視線を向けられる。

 足を止めて振り向かれたアイリーン様は、腰に手を当てられていらして、


「私たちにはあれでいいけれど、許してあげるけれど、お姉様にはもっとちゃんと褒めてあげなきゃいけないわよ。よく似合っている、なんて、お姉様に対してそんな当たり前の事だけ言ってもダメなんだからね」


 次からはちゃんとしなきゃダメよ、とダメ出しをされてしまった。

 シャルリア様はご家族と違うということを気にしていらっしゃるから、とは、アイリーン様には告げることも出来ず、僕は口ごもる。

 その沈黙をどう捉えられたのか、アイリーン様は、しっかりね、と言い残されて、やはりまた浴衣を乱されながら先を行くシャルリア様達に追いつかれ、「ユーグリッドと違って、お兄様はダメダメねー」と肩を竦められて、それに対してカルヴィン様は「どういう意味だ」と睨まれ、そんなおふたりをシャルリア様が注意なさり、小雪さんはその様子を見て口元を隠して笑っていらっしゃるように肩を揺らされていらした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ