休日の過ごし方
「お休みですか?」
夜、シャルリア様もちゃんとベッドへお入りになるまでお見送りして、夜警の騎士の方の巡回の任務に加えていただき、何度か周回し、それから部屋へ戻って図書室から借りてきている本を読んで勉強しようとしていた僕は、リースさんに「明日、あなたはお休みです」と言い渡された。
この世界、少なくともこの国の言語(小雪さんの例もあるので、一概に言い切ることは出来ないけれど)の習得に関して、何故か聞き取り、話すことは出来ているけれど、読むことに関してはまだまだ勉強が必要なので、静かにするべきである夜中にはこうして読書をすることで少しずつ進めている。
もっとも、読書といっても、全く分からない文字の羅列を見ただけでは難しいので、絵の多い子供向けの本だったのだけれど。この辺りの、何故読み取りができないのに聞き取りが出来るのかという謎に関しては、考えても分からないことだったので、考えることはやめていた。
それで、少し分からない所があったので、調べ物をしに行こうかと、図書館の鍵を借りに出ようとしたところで、丁度訪ねてきてくださったところだった。
「はい。あなたはここへ来てからずっと働き続けているでしょう? 私達でも持ち回りで休みをとっていますから、あなたも週に1度は休むべきだと」
私のところへ聞きに来ないので、こういうことはすでに聞いているものだと思っていましたと、リースさんは申し訳なさそうな顔を一瞬浮かべられた。
シャラさん達に非があるのではなく、僕が尋ねることをしていなかったのだと、僕は慌てて弁明した。
ラヴィリアにいたころは、店を開けることを、特に苦にしていたとは感じていなかった。それはたとえ、日中、食材の捕獲に出かけていたりなんなりがあり、それですごく疲れていたとしても変わりなくそう思っていた。
このお城に勤めていても同じだけれど、自分のお店では特に、使命感もあったけれど、それ以上に楽しんでやっていたから、疲れを感じることがほとんどなかったのかもしれない。
「しかし、僕はここへ、お金も、何も、持ち物の全くない状態で流されてきて、住むところから、食事から、何から何までお世話になっている状況ですから」
そう言ってはみたけれど、これは国王様、王妃様、それにお城の人すべてが納得、了承していることなのだと押し切られた。むしろ普通は、お休みの日に何をしようかと、あれこれ考えて楽しみにするものなのだとも教えられた。
「それは、リースさんも同じですか?」
「私にも家族はいますから。この仕事に誇りも、やりがいも感じてはいますけれど、それとはまた別の感情でしょうね」
とにかく、とリースさんは1つ咳払いをされてから続けられた。
「あなたが休まなければ、他の人も休みをとり辛くなります。それとも、あなたは他の方にもそのように強要するつもりですか? それに、疲労というのは、本人の自覚のないところで蓄積するものです。あなたの前いたところ、ラヴィリアがどのような形態だったのかは知りませんが、ここではそのようなものなのだと理解してください。もちろん、ベッドでずっと寝ていろ、などと言うつもりではないということは、理解しているとは思いますが」
最終的には、仮に倒れられたりでもしたら、その看病に人手を割かなくてはならなくなりますからと、半ば脅しのような感じで気分転換にお休みをいただき、今後も、週に1度、そうでなくとも、最低でも月に数度の割合で休むことを承諾させられた。
いや、先程のリースさんのお話から考えれば、普通は喜ぶべきことなのだろうけれど。
お風呂をいただき、部屋へと戻ってベッドに座ってみても、何となく落ち着かない。
休みと言われても、どうすれば良いのだろう。まさか、ずっと部屋で寝ていればいいということでもないだろう。
シュエットの情報を集めに出かけたいとは思うけれど、そのくらいは許して貰えるのだろうか。
それとも、まだ読んでいない図書館の本を片端から読みふけるべきだろうか。
ごちゃごちゃ考えても仕方ないし、頭も休めなければ休んでいることにはならないだろう。
僕は、休みの過ごし方など、明日の自分に丸投げして、さっさとベッドで目を瞑った。
翌朝。
休みだと意識していたわけでもないけれど、いつもの習慣で、日の昇る頃に目が覚める。
鍛錬に関しては、仕事だなどとは思ったこともなく、自分を鍛えるために、自主的に行っている事なので、休みの日に行ったとして何も問題はないだろう。それに、男として少しでも強くありたいという気持ちもある。
もう1度眠る気にはなれず、いつもと同じように庭で汗を流し、そういえば仕事は休みだったなと思い返して戻ろうとしたところ、いつもと同じように、今日は黒地に、白いフリルのあしらわれた、少し首周りが開けられたドレスを召されて、ヴァイオリンを手にされたシャルリア様とすれ違う。
「おはようございます、シャルリア様」
「おはようございます、アルフリード」
シャルリア様は、いつもと同じように、嬉しそうに微笑まれたけれど、僕の顔を見て少し眉を下げられた。
「アルフリード。どうかしましたか? 何だか少し困っているみたいですけれど、私でよければ、相談に乗りますが」
10歳の女の子に、相談を受けるのではなく、促されるというのは、何ともおかしな状況だとは思ったけれど、せっかくの好意だったし、シャルリア様が好奇心の強い方だということは分かっていて、仮に僕がここで話さなかった場合、今日1日、ずっと気にされるかもしれないと考えると、話してしまった方が賢明だとも思えた。
まさか、僕の、こんな何でもないような、どうでもいいような事で、シャルリア様を悩ませるような事にはしてはいけないし、したくはない。
「実は、昨夜、リースメイド長から、今日はお休みだと言い渡されておりまして。お休みというのは、どのようにして過ごせば良いものかと悩んでおりました」
やっぱり、10歳の女の子にする話ではないよなあ。
シャルリア様はお仕事をなさっているわけではないのだし(お姫様が仕事だというのであれば、国王様や王妃様と同じように、年中休むことなく続けられているともいえるけれど)おそらく、そんなこと、考えようとも思われたことのないことだろう。
「……一般的に、休みというのは、自分のするべきこと、やらなくてはならないことではなく、やりたいことをやっても構わない日だと思います。アルフリード……あなたの心の中で、1番に思い浮かぶことは何ですか?」
シャルリア様は、最後に少しだけ、恐れていらっしゃるような、怯えていらっしゃるような、それともほんのわずかに期待していらっしゃるかのような表情を浮かべられた。
僕の心に正直に、最初に思い浮かぶことか。
「ありがとうございました、シャルリア様。私はこれから、少し外に出てきます。シュエットがまだ見つかってはいないので。先日、手に入れた情報によりますと、信憑性には些か疑問の残るところではありますが、こちらの世界には来ているらしいということですので」
シャルリア様は唇を少し尖らせられて、ほんのわずかに不満そうに、綺麗なルビーの瞳で、上目遣いに僕を睨まれたけれど、すぐにぐっと堪えられるように俯かれて、
「戻ってきたら、私のヴァイオリンを聴いてくれますか?」
内気そうにおっしゃられた。
「お約束いたします」




