食事と爆弾
◇ ◇ ◇
朝食の前、食事をお運びした僕と、シャルリア様は1度も目を合わせられることなく、こわばった顔でずっと前を向かれていた。
ジェリック様とナティカ様には一応、昨夜お話しさせて貰ってはいるけれど、シャルリア様とアイリーン様、カルヴィン様がお集まりになられて、席に着かれたところで、改めて、小雪さんの事をお話しさせていただいた。
「小雪ね。私はアイリーンよ。アイリーン・フリンデル。よろしくね。アイリーンでいいわよ。見慣れない服だけれど、どうなっているの? アンデルセラムへは観光できたの? それとも移住してきたのかしら?」
アイリーン様は好奇心の赴くままに次々と質問を投げかけられる。
「アイリーン。私は、先日、海の向こうの雅の国から移住しに来たのですよ」
雅の国というのは、地図の端の方に描かれている。つまり、僕とは違い、この世界の海の続く先からいらっしゃったというわけだ。
このアンデルセラムや、もちろん、僕が元居たラヴィリアとも違う(アンデルセラムとラヴィリアは、どことなく似てはいるけれど)形態のお召し物をなさっているのは、その国、あるいは地方、大陸の文化なのだろう。
「小雪。ナイフとフォークの使い方は、そうじゃないわよ」
アイリーン様は、普段、御自身が妹であることで、小雪さんのような方にお教えするのが嬉しいのだろう。楽しそうな様子で、使い方をお教えになられていた。
「慣れないと難しいのですよ。いつもはお箸を使っているので」
お箸、というのは、聞きなれないものだった。
食事の席で、今の流れの中での発言だという事を考えても、おそらくは雅の国での、ナイフやフォーク、スプーンなどの、つまりは食器に該当するものだとは思うのだけれど。
聞くところによると、挟んで食べるための、木を加工して作られた2本でひと組の棒なのだということだった。
「申し訳ありません。すぐには準備出来そうにありません」
片手を動かす仕草をなさっていたので、片手で扱える物なのだろう。
食事を挟むということは、先は細い方が良いのだろうか。
つまり、刃をつけないナイフで、片手――先程の動きから考えて、おそらくは指――で扱える、食事をするための棒。
残念ながら、今、厨房にあるもので、代用になりそうなものはない。
「申し訳ありません。確認を怠っていた私にも責はあります。よろしければ、私が補助を致しますが」
せっかくの食事が冷めてしまっては、美味しくなくなってしまう。
食事の文化が違えども、食べていただく方には、美味しく、楽しく、食事をしていただきたい。
「失礼いたします」
ご許可をいただいて、小雪さんの隣に椅子を運ぶと、作り立てのチーズ入りオムレツをそっと切り分けて、それを小雪さんの口元まで運ばせていただく。
「まぁ」
王妃様が頬をほころばせられて、
「ほぉ」
国王様は楽しそうに微笑まれた後、シャルリア様へと一瞬、視線を動かされた。
すぐに前を向いて微笑まれたので、意図したところは分からなかったけれど。
ジェリック様とナティカ様だけではなく、カルヴィン様も、アイリーン様も、シャルリア様さえも、僕が小雪さんの口元へフォークを運ぶことに注目なさっている様子だ。
ええっと、そんな風に見られていると、小雪さんも食べ辛いのではないかと思うのだけれど。
僕がそちらを向くと、皆様、慌てたように視線を逸らされて、けれど、ちらちらとこちらの様子を窺っていらっしゃるご様子だった。
しかし、小雪さんは特に気にされる様子もなく、ありがとうございますなのですよ、とお礼をおっしゃられると、とても美味しいのですと微笑まれた。
シャルリア様がこちらを向かれていたのはその時だけで、後はただ黙々と食事を口に運ばれていらしたけれど、肩は少し震えていらした。
もちろん、食事中ずっと俯かれたままというわけにもいかず、たまにお顔を上げられるのだけれど、僕と目が合いそうになると、僕は(多分)ぎこちない笑みを浮かべることには成功していたと思うのだけれど、すぐに目を逸らされてしまう。
「お姉様とアルフリード、何かあったの?」
アイリーン様の視線は、シャルリア様と僕を交互に彷徨い、食事の前にジェリック様とナティカ様が紹介された小雪さんへと向けられる。
「私と、アルフリードには、何もありません」
シャルリア様が淡々とした口調で答えられる。
話し方の強調のされ方からして、僕と小雪さんの間には何かあったのではないかと思われているのであろうことがまざまざと思い浮かべられる。
「じゃあ、アルフリードと何かあったのは小雪ということね」
アイリーン様がますます興味を惹かれたように身を乗り出されて、ナティカ様に注意される。
僕は本当に、小雪さんとは何もなかった。
この場で僕が発言するわけにもいかず、小雪さんがそれを説明してくださると思って、黙って立っていたのだけれど。
「昨夜は、アルフリードにはとても親切にしていただいたのですよ。疲れて、身体も痛くなるだろうからと、ベッドまで貸していただいたのです。本当に、ありがとうございますなのですよ」
言い方にはもう少し気を遣っていただきたかった。
いや、シャルリア様やアイリーン様、カルヴィン様の年齢で、変に深読みされるということもないと分かってはいるのだけれど。
「ほぉ。それでは、小雪殿はアルフリードとは仲良くなられたのだな」
ジェリック様が楽しそうに微笑まれる。
「はい、国王様。ですので、今後もアルフリードに会いに来たく思うのですが、構わないでしょうか?」
まあ、僕は王家の人間でも何でも、ましてや、この国の人間でもないからなあ。
それでも、僕がここでお世話になっているということは事実で、僕に会いに来るということは、つまり、王城に遊びに来るということで。
恐れ知らず、というわけではないけれど、なんというか、凄い子だなあという感想しか出てこない。
「もちろん、アルフリードだけではなく、アイリーンや、カルヴィン、もちろん、シャルリアにも会いに来たいのですよ」
小雪さんがそうおっしゃられると、アイリーン様は目を輝かせられて。
「是非遊びに来て! 私、お姉様以外の同年代くらいの女の子と遊ぶなんて初めてで嬉しいわ!」
「私も、この国の王子として、多くの人と関りを持つことは大切だと思っている。歓迎したく思うのですが、父上、母上、いかがでしょうか」
娘と息子のお願いを受けて、国王様も、王妃様も、とろけそうなお顔を浮かべられた。
「……今日はギルドへ向かわれた方がよろしいかと思いますが」
それまで黙って食事を続けられていたシャルリア様が冷静な口調でおっしゃられたことは、僕も同じように思っていたことだ。
昨夜は仕方なかったとはいえ、こちらへ来たばかりのご家族で、見知らぬ土地で、娘が半日帰って来なかったことを、御両親は大層心配していらっしゃる事だろう。
「それもそうだ。アルフリード。貴殿に頼めるか」
「畏まりました、国王様。必ず、無事、ご家族の下へお届けいたします」
小雪さんが少しばかりばつの悪そうなお顔を浮かべられるのを視界の端に映しつつ、僕は頭を下げる。
元々僕は、雑用としてここで雇っていただいている。
簡単に言えば、掃除から料理、洗濯など、要するにメイドさんのような立ち位置なわけだけれど、一番、自由に動くことの出来るのも僕だということは変わりがない。
「つまり、デートということなのですね!」
直後、小雪さんがおっしゃられたそのひと言で、食室は一瞬、静まり返った。




