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月のお祭りでの出会い 2

 もう少し、初めて会う他人のことは疑うべきではないですかと忠告しようかとも思ったけれど、この状況では話をややこしくするだけのことのように思えたし、とりあえず、今のところは僕を信用してもらわなければならないので、そのことについては黙ったままでいた。

 とにかく、僕が今やらなくてはならないことは決まっている。


「小雪さん」


 僕のことを疑うなど、考えてもいないような瞳で小雪さんは僕のことを見上げてきた。

 あまり偉そうに説教じみたことを言いたくはないのだけれど。

 

「案内する事自体は構わないのですが、1度、御両親、もしくは保護者の方にお断りを入れさせていただきたく思うのですが」


 僕の提案に、案の定、小雪さんは不満そうに眉を寄せて、頬を膨らませた。


「どうしてなのですか。私が頼んでいるのですから、父様と母様は関係ないではないですか」


「いえ、関係は十分にありますし、理由もあります。まず、私はあなたのような子供を」


 子供、と言ったところで、小雪さんの顔がさらに不満気な様子をたたえたので、慌てて言い直す。


「――あなたのような女性を連れていることを誤解された場合、それがたとえ誤解だと後から分かったとしても、必ず、問題が起こります。例えば……あなたはご両親に黙ってここまでいらっしゃったということですが、まず、ご両親が考えることは何でしょうか」


 普段からこういうことをしているのだとしても、おそらく、親御さんは迷子か、あるいは、最悪、誘拐かとも疑われることだろう。

 少し見れば、小雪さんの身に着けていらっしゃる服の布が上等なものだとすぐに分かる。

 普段からシャルリア様やアイリーン様の身に着けていらっしゃるドレスのような高級品を見ているからこそと言われるかもしれないけれど、それを抜きにしても、色遣いといい、模様といい、布の質感といい、一級以上の品であることは、一般人の僕の目にも明らかだ。

 シャルリア様ほどではないにしろ、良家の子女様ともなれば、誘拐犯に目をつけられてもおかしくはない。

 

「そうなれば、必然、私のお仕えさせていただいている方にもご迷惑をおかけすることになってしまいます。私としては、あなたの観光よりも、そちらの方が優先されるということはご理解いただけると思います」


 小雪さんにとっては厳しい言葉かもしれないけれど、伝えなければならないことだ。

 このくらいの年頃の女の子の考えることなんて、僕に分かるはずもないけれど、言動から推測することは出来る。

 要するに、御両親の目を逃れて遊んでみたくなったのだろう。

 その気持ちは分からなくもない。

 僕だって、小雪さんくらいの年齢の時には、定食屋を継ぐために料理の勉強をするよりも、魔法を使ってみたり、運動と称して、近所や、少し離れていた森の中なんかを走り回ったりする方がずっと楽しく感じられていたのだから。

 しかし、それは毎回きちんと両親に報告していたし、ほとんどいつも、シュエットも付いてきていた……本人は僕の保護者のつもりでいたみたいだったけれど、川で水かけっこをしたり、花畑で花冠を編んでみたり、綺麗な葉っぱや木の実を拾いに出かけたり、どちらかといえば嬉々として僕を連れまわしていたのはシュエットの方だった気がする。

 それはともかく。

 僕は小雪さんの前で膝を折り、視線の高さを合わせると、出来る限り優しく、穏やかに、誠意をもって、手をとって微笑みかけた。


「あなたのご両親は、決してあなたを束縛しているのだとか、そのようなおつもりではないと思います。ただ、大切な娘が危ない目にあったりしてはいないかと心配なさっているだけなのだと思いますよ」


 子供なんて、もちろん居たはずもないけれど、多分、小雪さんの御両親が心配していらっしゃるだろうというのは当たっていることだろう。

 僕だって、シャルリア様がお城を抜け出された時は、それを目の前で見ていても心配したのだから。

 

「ですから――」


「見つけたぞ!」


 小雪さんの説得をしていると、背後からそんな声が聞こえた。

 小雪さんを背中に庇いながら振り向くと、全員が同じ黒いスーツに身を包まれた方々が、何処からともなく、続々と姿を現されて、明らかに僕たちのことを睨んできていた。

 腰には騎士団の方が所持されていらっしゃるような、けれどそれよりも細身な物を帯刀されていた。


「観念してその方をこちらに渡していただこうか」


 言葉と共に刀を鞘から抜き放たれ、淡い月の光に反射した刀身が煌めく。

 一方こちらは丸腰だ。

 相手の人数は、さっと数えただけでも、10、20、いや、誰かが号令をかけているらしく、どんどん増える。

 相手をしている場合ではないな。確実にやられる。そうでなければ、小雪さんを巻き込んでしまうか、相手方に甚大な損傷を与えることになってしまう。流石にこの状況で手加減は出来そうにない。

 そして、シュエットの捜索なんてのんきに出来る状況でもなくなってしまった。

 まずは、この場を切り抜けることが重要だ。

 いきなり武器を抜くような相手に対して、対話が通じるとはとても思えない。それよりもまず、時間を優先して、相手が完全に態勢を整える前に、逃げ出す方が賢明に思える。もちろん、小雪さんを連れて。


「しっかり捕まっていてください」


「えっ」


 僕は小雪さんの了解の返事を待たずに抱きかかえると――もちろん、お姫様抱っこで――その場から飛び上がる。

 女性の身体にいきなり、当然服をお召しになられているとはいえ、触ったりするものではない。それは十分に承知していたけれど、それを気にする暇がなかった。

 女の子に無理をさせてはいけないし、あの黒服の人たちの動向も気にしていなければならない。

 そのくらいの余裕はあるけれど、念には念を入れて、振動を抑える魔法だけを使い、腕の中の小雪さんには振動が伝わらないようにしながら、木の上を、枝から枝へと飛び移る。

 防御に魔法の意識を集中していても、そのくらいは身体能力だけでも補うことが出来る。


「心配なさらずともあなたのことは私がお守りいたします」


 女の子1人守れないようでは、王家の使用人として、恥を晒すことになる。


「ですから、どうぞ安心なさっていてください」


 ひとまずは、小雪さんを安全な場所に連れてゆくことが重要か。

 安全な場所と言われても、僕には1か所しか思いつく場所がないわけだけれど。


 



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