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シャルリア様のお誕生日 2

 自分のお店で働いていた時には、家族や友人の誕生日の際に訪れてくださる方がいて、そこでもある程度誕生日のお祝いの騒ぎ、というほどでもなかったけれど、経験していたつもりだったけれど、王家のものだからといって、それほど内容が変わるわけではない様子だった。

 普段と違うことといえば、ジェリック様とナティカ様も一緒にお祝いしていらっしゃるところだろうか。

 もちろん、普段の食事の際も、個々の家族の方は全員揃っておとりになるのだけれど、食事の時間が終われば、国王様は公務がお有りになるし、カルヴィン様は次期国王様としてぎっしりとお勉強だとか、お稽古だとかの予定が詰められていらっしゃる。

 シャルリア様とアイリーン様は、カルヴィン様ほどではないにしろ、特にシャルリア様は図書室や、あるいは自室だったりで、僕には読めない言葉で書かれている分厚い本を読んでいらしたり、よく分からない薬品を調合していらしたり、あるいはヴァイオリンやらのお稽古をなさっていらしたりして、お暇な時間はそれほどありそうではない。

 アイリーン様は、城内を歩き回られて、例えば厨房にも味見だとか何とか理由をつけて盗み食いをなさりにいらっしゃることもあれば(その際、僕たちはちゃんとお止めしいて、アイリーン様はナティカ様に怒られていらっしゃる)、庭の方で花壇をいじっていらしたりと、とにかく落ち着きが――好奇心が旺盛でいらして、そういうところはシャルリア様と似ていらっしゃるのだなあと思っていたりもする。シャルリア様本人が気づいていらっしゃるのかどうかは分からないけれど。

 王妃様は、普段から国王様とご一緒にいらっしゃる事が多いらしく、僕が掃除やら何やらでお城の中を動き回っていても、あまりお会いすることはない。

 たまに、おやつの時間になると、マドレーヌやら、プディングやらを作りに厨房までいらっしゃる事があるのだけれど。

 そんな、活動サイクルの異なるご家族が、食事の時間以外にこうしてお集まりになられるというのは、非常に珍しい気がして(もっとも、僕が初めてこのお城に着いた日は、玉座の間に全員がお集まりになられていたようだったけれど)普段はバラバラなことをしていても、やっぱり家族なのだなあと実感させられていた。

 

「お誕生日おめでとう! シャルリアお姉様!」


 アイリーン様が籠に入った花びらを盛大にばらまかれながら、声を張り上げられる。

 

「おめでとうございます、姉様。心から、お祝い申し上げます」


「私の娘もようやく10歳になったのだな。おめでとう、シャルリア」


「おめでとう、シャルリア。こうしてあなたのお誕生日を今年もお祝い出来て、とっても幸せよ」


 カルヴィン様も、ジェリック様も、ナティカ様も、次々にお祝いの言葉をかけられる。

 テーブルの上には、山もりのリンゴのタルトや、クリームたっぷりのシフォンケーキや、サンドイッチに、切り分けられたフルーツなんかが、はみ出しそうなほどに並べられている。

 部屋の中には、綺麗な色紙や、ナティカ様がお庭で栽培されている花壇からも、秋の花束が飾られていたりして、とても華やかな装いになっている。 

 シャルリア様は、銀色のペンや、綺麗な装丁の本や楽譜、銀狐の毛皮、ひとつひとつ手に取られては、嬉しそうに「ありがとうございます」と口元を綻ばせられた。

 それは本当に心からの笑顔のようで、今はご家族と「一緒に」なっていらっしゃるのだなあと、僕は何だか嬉しい気持ちになった。

 シャルリア様はその際、僕の方へと、ほんの一瞬だけちらりとお顔を向けられ、目が合うと、さっと顔を逸らしてしまわれた。

 一体、どんな意図がお有りだったのだろう。

 正面にいらしたアイリーン様が驚いたように瞳をぱちくりとさせられて、それからすぐに嬉しそうにシャルリア様に抱き着かれたことから、きっと珍しいお顔を、今まではご家族の方に見せられなかったような、笑顔を見せられたのだろうなと思えて、何だか僕まで胸の内が温かくなる思いだった。



 その夜。

 パーティーの後片付けと朝食の準備を済ませて、部屋で、図書室からお借りしてきた、この世界の魔法に関する文献を調べていると、ドアがノックされるのが聞こえた。


「私です。入ってもよろしいですか?」


「シャルリア様。申し訳ありませんが、少々、お待ちくださいますか」


 僕は読みかけの本を閉じると、お迎えに出た。


「このような夜更けに、いかがなさいましたか。今のところ、城内に不審者などが入り込んでいる様子はございませんが」


 僕は瞬間、探索魔法の範囲をお城の敷地一杯に広げて確認したけれど、夜警の見回りの騎士団の方と、夜番のメイドさん以外に、敷地内で動いていらっしゃる方は見つけられなかった。

 ドアをそっと開くと、シャルリア様が静かに顔をのぞかせられた。

 

「あの、今日は、ありがとうございました。こんな風に、普通に、家族と混ざってお誕生日のお祝いを、心からすることが出来たのは、その、あなたのおかげでもありますから、そのお礼をと思いまして」


 僕はシャルリア様にお礼を言われるようなことは何もしていないと思っているけれど。 

 一体何のことだろうかと思い返してみても、特に思い当たるような節は思い浮かばなかった。


「弟妹に混ざって、あんな風に、一緒にいられたのは初めてで、とても楽しかったです。あなたが、そばにいてくださったこと、とても心強く感じていました」


 お味方をすると言ったのは、僕の本心で、別に改めてお礼を言われるような事ではないと思っていたから。

 それは僕の力ではなく、シャルリア様のご家族の温かい想いのためだとわかってはいたけれど、そんな風に言っていただけると、やっぱり嬉しく思うもので、元々僕が言いだしたことだというのに、恥ずかしいような、くすぐったいような感じがして、胸がドキドキとした。

 それよりも、そういえば、まだ、プレゼントをお渡しできていなかった。


「本日は、お誕生日おめでとうございます。私も、お渡ししたいものがございました」


 仕舞っていた箱を開ける。

 中には、先日宝石商を訪ねた際に依頼させていただいた通り、花を象ったルビーがついている、銀の鎖で繋ぎ合わされた腕輪が入っている。

 シャルリア様の右手を優しくとり、そっと箱をお乗せした。


「先日、いつでも、どこへいても、シャルリア様のお味方をすると申し上げました。これがその証となるかどうかわかりませんが、今の私の気持ちです」


 お城の調度品と比べれば、小さくて、輝きも明らかに弱いものだけれど。

 でもこれは、僕がシャルリア様の味方でいるという証として、今の僕に出来る精一杯を伝えるために用意したものだ。

 喜んでくれたら、それはもちろん嬉しいけれど、少しくらい……いや、そんな弱気では誓いを立てることなんてできはしない。


「いつでも、あなたの味方になります」


 神聖な、おとぎ話に出てくる騎士がお姫様に忠誠を誓うときはこんな気持ちだったのではないかと思っていると、シャルリア様が花びらのような唇をほころばせられながら、宝石のような真っ赤な瞳を大きく見開かれた。


「ありがとうございます、アルフリード。大切にします」


 シャルリア様は腕輪ごと手を胸に押し当てられて、うっとりとされるように見つめられると、急にあたふたとされて、


「あの、そ、それでは、その、おやすみなさい、ありがとうございました、アルフリード」


 ぺこりと頭を下げられて、恥ずかしそうなご様子で、そおっと扉を閉じて出てゆかれた。


 

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