収穫祭
◇ ◇ ◇
「貴殿に頼みがあるのだ」
料理人として立っていた夕食の席で国王様にそう言われて、片付けを済ませた後、国王様の執務室へと向かうと、シャルリア様とカルヴィン様、それからアイリーン様が先にいらしていた。
穏やかに笑顔を浮かべられるジェリック様のお隣では、ナティカ様が心配そうなお顔を浮かべられていらっしゃる。
「貴殿もすでに知っていることとは思うが、このアンデルセラムでは毎年この時期に収穫祭が開かれている」
その話ならば聞いている。
昨年1年の恵みと、来年以降への豊穣への祈りを込めて、女神ユティナ様に感謝を捧げるお祭りなのだということらしい。
もっとも、お城ではシャルリア様のお誕生日のお祝いの準備で忙しく、それどころではないという話だともおっしゃられていたけれど。
「それでね! 私たちもそろそろ夜遊びをしてもいい年ごろなんじゃないかってお父様にお尋ねしたら、お母様がまだ駄目だっておっしゃるのよ」
アイリーン様が興奮気味におっしゃられる。
夜遊びをしていい年ごろってなんだろう、と思ったけれど、少なくとも、まだ7歳だというアイリーン様には早すぎるだろうということくらいは僕にも分かる。
カルヴィン様は現在9歳、シャルリア様も今度のお誕生日を迎えられるまではまだ9歳でいらっしゃる。アイリーン様に至っては7歳だ。まだまだ、大人と呼ぶには早すぎる年齢だろう。僕に言えたことではないような気もするけれど。
しかし、そのことと、僕がここへ呼ばれたことにどんな関係があるというのだろうか。
「だめに決まっています! 私もお祭りが楽しかったという思い出はあるけれど、それはまた、今度でもいいのではないかしら。来年も、その先もずっとお祭りはあるのだし。何も、危険があるかもしれないところになんて」
ナティカ様が困り果てたお顔でおっしゃられる。
少なくとも、つい先日襲われたばかりのシャルリア様。今だ調査にほとんど何も進展がない以上、少なくとも報告が上げられてくるほどではない以上、また襲われないとも限らないと考えるのは、ごく普通のことだろう。
娘たちのおねだりを聞いてはあげたいけれど、やはり心配の方が勝る。そんなところだろうか。
「私としては、可愛い娘たちのおねだりは聞いてあげたいのだが、先日の件もある。王妃の悲しむ顔は見たくないし、子供たちだけで外へ出かけさせるわけにはゆかない。だからといって、他のお祭りを楽しんでいる人の事を考えると、仰々しく護衛を張り巡らせるわけにもゆかない」
ジェリック様がおっしゃられることは、まさに正しいと僕も思う。
鎧を身に着け、腰から剣を差し、常に警戒している視線を周囲へと向ける、いかつい体格の騎士団の方が護衛について歩いていたら、それは確かに安全だろうけれど、すごく気になるし、お祭りを楽しむことは出来ないだろう。それでは、せっかく参加しても意味はない。
なるほど。何となくだけれど、僕が呼ばれた理由が分かってきたような気がする。
「それで、私に護衛に就けとおっしゃるのですね」
メイドさん達でも構わないかもしれないけれど、やはり、あの時のティエーレさんの様子を見るに、護衛の直接的な戦闘面という意味では不安が残る。僕だって、女性を戦いの真っただ中に送りたくはない。
では、どうすればよいのか。
偶然とはいえ、姫様の護衛に実績があり、騎士団のように仰々しくなることもなく、お城勤めの中では最も姫様方に年齢が近く、いなくなってもお城の業務に支障の出ない人物。最後のものは、多少卑屈すぎるかもしれないけれど。
それで、僕にお呼びが掛けられたというわけなのだろう。
ジェリック様が頷かれる。
「とはいえ、シャルリアもアイリーンも年頃の女の子だ。男手だけでは大変だろうから、もう1人、メイドの中からつけることにはするが、頼まれてはくれぬだろうか?」
人が多く集まるということは、それだけ情報も手に入れやすくなる。
信頼度なんかの問題はあるけれど、それは話を収拾してから問題になることで、そもそも情報が集まらなければ何も始まらない。
元々、金銭こそ持ってはいなかったけれど、聞き込みには出かけなければならないと思っていたところだ。多少、行動が制限されはするけれど、そのくらいはかまわないし、大きな問題もないだろう。むしろ、こうしてお城に来て日も浅い僕を信頼してくださるのであれば、その期待には応えたいとも思える。
「分かりました。その任、謹んでお受けいたします」
そう答えると、ジェリック様は「では、よろしく頼む」としたり顔で、楽し気に微笑まれた。
何となくだけれど、ジェリック様の掌の上で踊らされている感がぬぐえないのは何故だろう。もっとも、考えてみても僕にこの国王様の考えている事なんて分かるはずもないから、無駄ではあるのだけれど。
「やったわ。ありがとう、アルフリード!」
アイリーン様が満面の笑顔を浮かべて、僕に抱き着いてこられる。
子供って温かいなあ、なんてほのぼのとしていたら、アイリーン様の肩越しに、冷え切った視線が向けられているのを感じた。
「ええっと、何かございましたか、シャルリア様」
今更ながら「おや?」とも感じていた。
お城へ来て、シャルリア様と出会ってから、それほど日が経っているわけではないけれど、こういったお祭りみたいなことに興味がありそうな方だとは思っていなかった。アイリーン様のお話を伺ったからではないけれど、皆がにぎやかにしている中でも、おひとりで、お部屋に籠られながらクッキーでも齧っていらっしゃるような雰囲気だ。失礼な思い込みかもしれないけれど。
それはそうと、お祭りへ行きたいとおっしゃられるということは、やはり、御自分で思っていらっしゃるほど「違って」もいらっしゃらないのではないだろうか。
それとも、何か特別な、そう、例えばそれこそ先日の夜のような事が起こるかもしれないと考えて、あるいは知っていらっしゃるのだろうか。
そう思ってシャルリア王女の表情を、あまり女性の顔をじろじろと見つめるわけにもいかないので、ちらりとうかがってはみたのだけれど、生憎、僕程度の眼力では、何だか不機嫌、とまではいかなくとも、少し眉をひそめていらっしゃるらしい、ということくらいしか分からなかった。
「いいえ、何も」
そうつぶやかれたのは、氷のような言葉で。
真っ直ぐに顔を合わせると、その眼差しは凍り付くように冷たくて。
その視線の意味が分からずに、どうしようかと曖昧な笑みを浮かべている僕の心の内を覗かれでもされたのか、小さく息を吐き出されると、すっと視線を外されてしまった。
そんなシャルリア王女の様子をご覧になっておろおろとしていらっしゃる王妃様とは対照的に、国王様が楽しそうにニコニコとしていらっしゃるのが気にはなったけれど。




