シャルリア王女 10
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収穫祭と、シャルリア王女のお誕生日が近付く中、僕はプレゼントの準備なんて全く出来てはいなかった。
まず、何においても、僕は一文無しだということだ。
1枚の銅貨すら持ち合わせていないし、そもそも、持ち合わせがあったところで、ラヴィリアの硬貨がアンデルセラムでも使えるなどという保証は全くない。
いくら気持ちが大切だとは言われてはいても、限度があるだろう。
そこでシャラさん達に相談したところ、今、僕たちは買い出しのついでに、まだ慣れていない街の中を案内していただくという名目で、シャラさんにシャルリア王女へのプレゼント選びを手伝っていただいていた。
僕がシャルリア王女の好みに関して、知っている、と言えるのかどうかは分からないけれど、実際に見たことがあるのは、ヴァイオリンを演奏なさっている姿だけだ。他には、初めてお会いした時に色々と尋ねられて、僕のことに興味を持たれていたご様子だったけれど、それはあの時だけで、それ以降は特にそういった事はない。
だからといって、ヴァイオリンをお贈りするわけにはいかない。まず、予算がないからだ。
「お城のお給金が出るのはまだ先だし、というよりも、直近でなくちゃいけないものだから、この前来たばかりのアルフリードが手に出来るのは少なくとも半月は先で、シャルリア様のお誕生日には間に合わないものね」
「お城勤めの給料は基本的に、他のところと比べてもかなり高給だけれど、貰っていなくちゃ意味がないものね」
ちなみに、僕は本当に何も持たずにここへ流されてしまった(ポケットに入れていたはずの硬貨を入れていた皮の袋も、おそらくはあの渦に巻き込まれた影響でどこかへ落としてしまったらしい)ので、服などの日用品すらお城から支給していただいている。
一応、元々着ていた服もあることにはあるけれど、まさか、お城勤めであのような服を着るわけにもいかない。
「そのことだけど、アルフリード。あなたのお金なら、少しは預かっているわよ。丁度良いから渡してと頼まれていたの」
シャラさんがポケットから小さな袋を取り出されて、僕に手渡してくださった。
見たことのない袋で、少なくとも、僕のものではないということは確かだ。
「ティエーレから預かってきたのよ。何でも、賊を捕えた報酬だって?」
捕らえた賊?
お城に入り込んできていた方たちなら、警備の人たちに引き渡したし、お給金というのは、それらも込みで渡されるものだと思っていたけれど。
いや、そういえば、たしか。
「あの、少しお聞きしたいのですが、例えば街の中で賊などを捕えた場合、この国ではどのような扱いになるのですか?」
「現行犯ってこと? それならギルドに引き渡せば報酬が貰えるわよ。前科があってお尋ねリストに載っていたりすると、報酬もそのランクとか、罪状に応じて高くなるわね。急にどうしたの?」
なるほど。
つまり、あの、初めてシャルリア王女にお会いすることになったきっかけの事件における報酬という訳か。
袋を開くと、金や銀、銅の硬貨が幾枚かずつ入っていた。
先日、食材の不足分の買い出しに来た時にある程度の硬貨の価値を確かめてはいるけれど、これは結構、大金なのではないだろうか。
まず、金貨を出しているところを見てはいなかった。
ラヴィリアの知識にはなるけれど、金貨の価値が銅貨よりも小さいということはないだろう。
先日の買い物から判断しても、金貨の価値が小さくて出さなかったのではなく、金貨の価値が大きかったために出す必要がなかったのだろう。
「……あの、本当に、これがあの時の彼らを捕えた報酬ということなのでしょうか?」
「詳しい話は聞いていないけれど、そういう事なんでしょう。それはシャルリア様と、それからティエーレを危機から救った、あなたに与えられる正当な報酬よ。人の命に金銭的な価値なんてつけられないわ。あなたが捕まえた彼らが、もし、あなたが捕まえていなかった場合、シャルリア様とティエーレだけではなく、他の人まで襲っていた可能性は十分に考えられた。そういった、起こるかもしれなかった事件を未然に防いだということを考えても、十分なものではないかしら」
だから胸を張りなさいと、シャラさんは僕の胸に拳を当てると、優しい感じに微笑まれた。
「納得した? それなら良かったわ。じゃあ、行きましょう。案内してあげる」
シャラさんと僕が馬車へ戻ると、シャラさんが御者さんに行き先を告げられて、馬車がコトコトと走り始めた。
お城の馬車ということもあってか、流石に振動はほとんど感じられなかった。
「あっちがフェリヴィア教会。女神であるユティナ様を信仰しているわね。結婚式なんかにも使われたりするのよ。隣にあるのは薔薇園ね。お城にも菜園や花壇はあるけれど、季節ごと、色とりどりの花を咲かせるから素敵よ」
お城の周り、王都ウェントスの近くばかりではあったけれど、妖精の館と呼ばれているメルヘンチックな建物だったり、おしゃれなカフェや、シャラさんの行きつけなのだという綺麗な服屋、他にも、王都から少し離れたところにあるらしい冬になると厚い氷が張ってスケートが楽しめるのだという大きな湖の話なんかも聞かせていただいた。
「話だけじゃあ分からないことも多いでしょうから、今度お休みの時にでも、回って見ることをお勧めするわ。アルフリードは魔法が使えて、空も飛べるらしいじゃない? 馬車よりもずっと早く見物できそうね」
そんな風に、色々なところを回っていただいて、辿り着いたのは、王都の中央広場の数近くにある宝石商だった。
「ここがアンデルセラムで最も品質の良い宝石商よ。お城の調度品に使われている宝石類は、ここのものが多い、というより、ここのものばっかりね」
「お城の調度品って、あの、言いにくいのですが、かなりお高いのではないでしょうか?」
「そりゃあ、お高いわよ」
僕は小声で尋ねたのだけれど、シャラさんはあっさりと肯定された。
「でも、シャルリア様に、何か、信念というか、思うところがあって、お贈りしたいのよね? ただのお誕生日のプレゼントということではないのでしょう?」
「はい」
淀みなく、僕が即答したことに満足されたのか、シャラさんはそれ以上何も尋ねられることなく、宝石商の扉をくぐられた。
「後は自分で考えなさい。あなたのプレゼントなのだから」
終わったら声をかけてねと言い残されて、シャラさんは別の棚を見に行かれた。
しかし、今まで15年間生きてきたけれど、宝石なんて初めて関わる代物だ。正直、どれがどれだか、さっぱり分からない。
僕なんかがこんなところへ出入りしていて、本当に構わないのだろうかという気さえしてくる。
見ていてもさっぱり分からない。
「あの、すみません」
店員の女性の方に尋ねると、懇切丁寧に、それぞれの宝石や、アクセサリーについて説明をいただけた。
「ご予算はどのくらいでしょうか?」
お城で過ごさせていただいている分には、ほとんど金銭的な支出がない。
僕は先程いただいた報酬の全額を返答した。
「どなたに贈られるのでしょうか? 彼女さんですか」
シャラさんの方へと視線を向けられた店員さんに尋ねられる。
「シャルリア様に」
そう答えると、何故か、女性の店員さんはものすごくよい笑顔を向けられて、少々お待ちくださいとお店の奥へと向かわれた。
何だか、勘違いをされているような気がしないでもないけれど、僕はただ、純粋にお誕生日のお祝いと、ひとつの誓いのために贈り物をするのであって、下心のあってのことじゃない。
目がちかちかするほどの宝石を見せられ、その中から1つ選び、加工していただくアクセサリーの型を決め、料金はその場で即支払った。何とか足りる額で良かった。
「承りました。では、一両日中にお届けいたします。お届け先はアルフリード様でよろしいですね?」
加工ってそんなに早く出来るんだ、と感心していると、どうやらそういう専用の魔法らしきものがあるということだった。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
楽しそうに店内を見て回られていたシャラさんと一緒に、僕はお店を後にした。




