ムリ!
自分では、無邪気全開の笑顔を作ったつもりだったんだが、人形によると、腹黒そうな、戦慄を憶える冷たい微笑だったそうだ。
・・それは怖いな。
「大体なんで、味方にしようって相手に毒入りお茶を勧めるわけ?」
人形は理解できないとばかりに呆れ声だ。
僕は自己弁護をする。
「初めにお茶を勧めるのは当然のマナーだ。サラッと受け流すかと思ったんだが、彼があまりにも必死に拒否するんで、命を狙われた僕としては、ちょっとくらい、からかってもいいかなーって、つい調子に乗って何度も勧めたが」
「ブレント、からかうってそんな軽いもんじゃなかったわよ!皮肉の効いた言葉と冷笑、ベストマッチし過ぎて恐怖でトラウマになるレベルだったわよ!」
そんなに酷かったのか?僕の認識との差が有り過ぎる・・。考え込んでいる内に、
「うーん、皮肉言葉は、とりあえず極力しゃべらなければいいか。それより問題は冷笑の方よね・・・練習しかないかーブレント!鏡の前で笑顔の練習ね!」
人形にいきなり命令されてしまった。
「か、鏡の前でか⁉」
さっきのジャックリーズみたいに、サーっと血の気が引いていくのが自分で分かった。
「自分で自覚しないと上手にならないでしょ?鏡は正直にトラウマレベルの冷笑を、本人に見せつけてくれるわよ」
しみじみと人形は言っているが、僕はそれどころではない。
鏡の前でにっこり笑う自分を想像しようとすると、思考がプツン!とキレた。
それじゃあナルシストだ! 恥ずかしすぎる!王妃に殺される前に、恥ずかしさで死んでしまうかも!
そんな僕に、人形の無情な声が追い打ちをかける。
「練習は毎日よ!」
「・・・・・・」
ムリだ。ムリ・ムリ・絶対ムリ。
「毎日練習しなきゃ自然な笑顔にならないでしょ?」
正論だ。でもムリだ。無言で拒否する。
「ちょっとブレント!他に何か方法がある?」
今のところ思い付かない。が、やっぱりムリ。人形は業を煮やしたのか、
「命を守るためなのに・・・あーあブレント残念だわー、このままだとゴキラに転移かしらねぇ」
「それは嫌だ‼」
「はい練習決定!」
あー僕のバカ!ゴキラ転移の恐怖に負けて、答えてしまった。無言で断固拒否するつもりだったのに・・
「よーし!明日から練習よ!笑顔で味方を増やすぞ作戦始動!王妃なんかに負けないぞ!おー!」
楽しそうだな!
・・もうどうにでもしてくれ。何だか急にどっと疲れが出て来た。
「はー疲れた・・すまないがもう寝ようと思う」
「そうよね、命を狙われたらショックよね、疲れるはずよ」
人形は、うんうんわかるよーと言って同情的だが、疲れの大部分は人形のせいだと思う。しかしそんな事言えない。
明日になれば、物事を客観的に冷静に見ることが出来るはずだ。きっと・・だといいな。
そう言えば、と思い付いた。
「明日から、街を観光する計画も一緒に立てないか?」
王子の僕が街に出ようとすれば、問題が山ほど出て来るだろうけど、父上と粘り強く交渉すれば出来ない事はないはずだ。
人形には助けてもらった恩がある。かわいい野望くらい、出来る事なら叶えてあげたい。
(笑顔の練習を少しでも減らそうという小細工ではない。断じて)
「えっ!いいの⁉ありがとう!うわー!楽しみ~」
慣れてくると人形が笑っているように見えるから不思議だ。
人形と一緒にアレコレ計画を立てるのも楽しそうだな。
でも、そんな明日は来なかった。