寺生正敏、フシギちゃんに出会う
さて、このフシギちゃんと名乗る美少女が教室を静めた理由を述べる前に、まずは僕の住んでいるこの街について説明する必要があるように思う。
ここは日本のとある都市。人口約70万のそこそこ栄えた街だ。仮にS市と呼ぶことにしよう。なぜ都市名を言わないのか、それはこれから僕が話すことが『都市伝説』についてだからだ。このテの話でS市というのは比較的オーソドックスな表現だと思っている。
『都市伝説』。一般的には、噂話や俗説が全国に広まったものとされている。口裂け女やメリーさんなどは誰でも知っている有名な話だろう。
そして全国の学校にトイレの花子さんがいるように――冷静に考えれば、全国約3万の小中学校に花子さんがいるとしたら、それはもうホラーではなくギャグだと思うのだが――この街にも都市伝説が存在している。
人が集まれば必ず噂話も集まる。だから街に都市伝説があるというのは少しもおかしな話ではない。
まぁ、本当におかしくないのならわざわざS市なんて言う表現はしない。僕が言いたいことは、つまりこうだ。
『この街の都市伝説は実在する』
これを聞いた人のほとんどは信じないだろう。もしくは馬鹿にしているのかと憤るかもしれない。当然の反応だ。僕自身、存在するなんて偉そうに言っておきながら遭遇したことはないのだし。
ただ、存在するというのは本当だ。水道の栓を開ければ水が出ることをみんなが知っているように、この街の人間は、正確に言えば子供たちは都市伝説が実在することを知っている。
そしてもうひとつ、この都市伝説に触れるものには不幸が訪れるという噂がある。
君子危うきに近寄らず。夜道で出会った人間が刃物を持っていたとして、自ら話しかけに行くヤツはいない。
僕たちの間では、都市伝説については互いに口に出さないという暗黙のルールが出来上がっていたのだ。すべては身の安全のために。
話を戻そう。
―――――――――
「な……」
驚きのあまり手から離れたペンが机とぶつかり、静まり返った教室に響いた。
視線の先にいる彼女は馬鹿みたいにニコニコしているが、対照的に他の生徒は唖然としている。事情の分かってない女教師は何も変わらないが。
理由はなにも「まるでお嬢様みたいな見た目をした美少女が、不自然にハイテンションな口調で喋った」からではない。いや、それも多少はあるだろうが、僕たちが驚いたのはそこではなかった。
都市伝説を探す?
馬鹿なのかこいつは。それとも、ほかの街から移って来たばかりなのか。僕の脳内に様々な考えが浮かぶ。フシギちゃんというあだ名のアホらしさなど、全く気にならなかった。
この街で都市伝説を探すということは、「近くに殺人犯がいるから会いに行ってきます」と言っているようなものだろう。
「あ、そうだ! もしこの中に都市伝説と遭遇したって人がいたら、私のところまで来てね!」
彼女の声がむなしく響く。
こいつのこれからの立場はほぼ決定した。きっと頭のおかしい奴だとみんなに避けられ、誰ともかかわることなく高校生活を終えるのだろう。
かわいそうだとも思う半面、こいつと関わったら自分まで安息を失うだろうという気がした。
「……ん?」
視線を感じる。
「………(じー)」
どうやら視線の主はこの少女のようだ。僕の顔に何かついているのだろうか。それとも、僕がさっき感じたように、奇妙な既視感やシンパシーか何かを感じて仲間にしようなどと考えているのだろうか。
「…………」
まるで採点されている気分だった。彼女の自己紹介が終わり、椅子に座ってからもずっとこちらを見ている気がする。僕のほうは目を合わせないようにしているので正確なことはわからないが。
その後自己紹介は何事もなかったかのように進み、少しずつだが教室内の活気も戻ってきた。相変わらず視線は感じるが気にしていてもしょうがない。次は僕の番なのだから。
「えー、寺生正敏です」
立ち上がって教室を見回す。全員の視線が一瞬集まり、そしてすぐ半分ほどに減った。
「得意なものはスポーツです。嫌いなものは特にありません」
あのフシギちゃんとかいう少女はやはり僕を見ていた。微笑んではいるが、どこか不自然に感じる笑み。しかし改めてみると本当に美人だ。これで発言がまともであったなら、充実した高校生活を送れていたはずなのに。
「えっと…これからよろしくお願いします」
そう締めくくって椅子に座るとまばらな拍手が起こり、入れ替わるように僕の後ろの生徒が立ち上がる。
そうして全員の自己紹介が終わると、多分あの女教師が連絡事項を伝え、今日は解散となるのだろう。この高校は初日から授業はしない。放課後は新しくできた友達と話したり、遊びに行ったりするはずだ。
彼女と、おそらく僕以外は。
彼女はほかの生徒に対しては一瞥するだけで、特に興味もなさそうにしていたが、それ以外の時間はずっと僕のほうを見ていた。いやな予感がするのだ。つまりこのホームルームが終わった途端、彼女は僕のところまで来るのではないかと。
そして嫌な予感というものは、案外当たるものだ。
結果から言うと僕の嫌な予感は当たった。
彼女はまっすぐに僕のところまで歩いてきて、机の前に立った。僕は逃げる間もなくこのフシギちゃんなる少女と関わることになったのだ。
――――――――
ある生徒は帰宅のため、またある生徒は部活見学のため教室を出て行った。残っているのは数人の女子グループと、僕、そして折附志紀―――フシギちゃん。
女子グループからはこちらに目を合わせないようにしようという意思が伝わってくる。そして僕の目の前には不自然な笑顔の少女。つまり逃げ場はなく、助けを求める相手も皆無。
諦めて話くらいは聞いてやろうか。そんな考えが伝わったのか、彼女は口を開いた。
「ねぇキミ、都市伝説に興味ない?」
やっぱりな、そう言うと思ったよ。




