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剣聖

 そんな退屈な毎日が、一ヶ月ほど続いた。

 いつも通りの昼休み。俺と由眼は、並んで弁当を食べていた。その時だった。廊下が騒がしくなる。女子の黄色い声が近づいてくるのと同時に、コツコツと硬い足音が響く。

「……来るな、これ」

 嫌な予感がした瞬間――

ガラッ。

 教室の扉が開いた。そこに立っていたのは、制服に身を包み、剣を携えた男。

「どーしたんだろう、剣士クラスの人かな」

 俺がそう呟くと、

「玲司、あれは剣士なんてものじゃない」

 由眼が即座に否定した。その声は、珍しくわずかに硬い。男はまっすぐこちらへ歩いてくる。そして、由眼に視線を向けた。

「久しぶりだね。パーティー以来かな」

「パーティー?」

 そんなものがあったのか。昔からの知り合いなのかもしれない。その時、由眼が淡々と言う。

「柊、紹介するわ。こいつは剣聖、白聖 恒一」

 剣聖――その言葉に、思わず息を呑んだ。

 国防の最前線。

 剣の頂点。

「ダンジョン実習で二ヶ月帰らないって話じゃなかったの?」

「早く終わったから帰ってきたんだよ」

 白聖は軽く笑った。その笑みは穏やかだが、どこか底が見えない。

「君は?」

「あ、僕は柊って言います」

 そう言うと、白聖はじっと俺を見た。値踏みするような視線。

「いい友達だね。由眼が羨ましいよ」

「……」

 由眼は何も答えない。ただ黙々と弁当を食べている。

「ところで白聖。何の用だ」

 由眼が淡々と問う。白聖はにこりと笑った。

「挨拶だよ。学校では静かにしているって聞いてね」

 何か含みのある言い方だった。だが由眼は答えない。ただ沈黙のまま食事を続ける。

「嫌われちゃったかな」

 白聖は肩をすくめた。

「じゃあまたね、柊君」

 そう言って、彼は教室を出ていった。嵐のような時間だった。

「……パーティーって何?」

 俺が尋ねると、由眼はようやく口を開いた。

「この国の国防を担う一族たちの、親交と会議の場よ」

「そんなのあるんだな」

 俺が感心すると、由眼は少しだけ嫌そうに言う。

「行きたくないわね」

「なんでだよ」

「首相、大臣、剣聖、聖女……それから魔法家系の一位から三位まで来るの」

 すごいメンツだ。国家そのものみたいな会合だ。

「耳が痛くて仕方ないのよ」

 由眼は淡々と呟いた。

「そんな事はもういいの。玲司、そろそろ体育祭だけど、何か出るの?」

「バスケか剣術に出ようかな」

「そういえば、剣術得意だったわね」

「う、うん……(言ったっけ?)」

「それなら、あいつとぶつかるわよ」

「あいつ?」

「剣聖よ」

 その瞬間、少しだけ胸が跳ねた。

「……楽しみだな」

 由眼はわずかに眉をひそめる。

「無理よ。あいつは生きる伝説みたいなものだから。手合わせした私が保証するわ。」

 由眼がそこまで言う相手。逆に、気にならないわけがなかった。俺は剣術の練習量を増やした。だが、不思議なことに腕が上がらない。毎日振っているはずなのに、どこか壁にぶつかっているような感覚があった。

「持ち方と肩の力だね。それにフォームも少し違う」

突然、後ろから声がした。冷静な分析。聞き覚えのある 声だ。

「……剣聖」

振り返ると、そこには白聖 恒一が立っていた。

「その呼び方はやめてくれないかな」

困ったように笑う。

「なぜここに?」

「諏訪義隆さんに用があってね」

恒一はそう言うと、俺の木刀へ視線を向けた。

「そしたら偶然、君が剣を振っていたから」

「指摘ありがとう」

俺が礼を言うと、恒一は少し嬉しそうに頷いた。

「もしかして体育祭の剣術競技に出るのかい?」

「はい」

その瞬間だった。恒一の表情がぱっと明るくなる。

「そうか! それは嬉しいな!」

まるで子供のような反応だった。

「せっかくだ。僕が剣を教えてあげるよ!」

なぜここまで親切なのか。正直よく分からない。だが、教えてもらえるなら断る理由もなかった。

「いいのか? 敵が強くなるんだぞ」

そう聞くと、恒一はあっさり答える。

「大丈夫」

そして、自信満々に笑った。

「僕、負けたことないから」

その言葉に、ふと引っかかる。

由眼は以前、恒一と戦ったことがあると言っていた。

それなら――。(負けたのか?)

その疑問は聞けないまま終わった。

それから半月。暇さえあれば、剣聖――いや、恒一に稽古をつけてもらった。最初は全く歯が立たなかった。だが少しずつ、自分でも分かるほど剣が形になっていく。そして気づけば、体育祭は目前まで迫っていた。

いつも通り、由眼の屋敷の庭で素振りをしていると――。

「はっ!」

「いい感じね」

 背後から声がした。振り返ると、由眼がゆっくり歩いてくる。

「見てたのか」

「ええ」

 由眼は当然のように答える。

「明日の体育祭のために練習していたのね」

「まぁな」

「えらいわね」

 少しだけ、褒めるような声だった。そして由眼は、懐から小さな箱を取り出す。

「そんな忠実な玲司には、これをあげるわ」

「これは?」

 差し出されたのは指輪だった。

「魔道具よ。簡単な補助魔法が入っているわ」

「そんなものまで作れるのか……」

 思わず呟く。由眼はさらっと、とんでもないことを言う。

「別に大したものじゃないわ」

「いや十分すごいだろ」

 俺は指輪を見つめる。

「ありがとう。でも、これは使わない」

「どうして?」

「俺はそれに頼らず剣聖に勝ちたいからな」

 そう言うと、由眼は少しだけ目を細めた。

「……やっぱりそう言うと思ったわ」

 そして小さくため息をつく。

「安心しなさい。そんな大層な力は入れてない。ただのお守りよ」

「お守りかよ」

 思わず笑ってしまう。由眼にしては、ずいぶん不器用な優しさだった。

「ありがとう」

 自然とそう言っていた。いつも通り一緒に寝て、翌朝。いつも通り登校する。そして、剣聖のいるクラスへ向かった。

ガラッ。

「おや、」

 教室に入ると、恒一がこちらを見ていた。

「今日の対戦、楽しみにしてるぜ、」

「僕も楽しみだよ!勝てるといいね」

 にこりと、穏やかに笑う。だがその笑みには、揺るぎない自信があった。“自分が勝つ”という前提が、当然のようにそこにある。

 俺は教室を後にした。廊下を歩きながら思う。

(剣聖と戦うのか……)

 普通なら緊張するはずなのに、なぜか楽しみの方が勝っていた。その時だった。

「玲司!トーナメント表見たか!」

 血相を変えて由眼が駆け寄ってくる。

「どうしたんだよ」

「玲司の初戦相手は剣聖だ……」

「初戦からかよ」

 思わず声が漏れる。それは“運が悪い”では済まされない相手だった。由眼は珍しく焦りを隠していない。その一方で白聖 恒一は、ただ静かに笑っていた。まるで、すべてが予定通りであるかのように。

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「――おもしろそうなことになったね」


「……まぁ、あれには関わりたくないけどね」



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― 新着の感想 ―
剣聖がめっちゃ爽やかだけど犬系だ。(∪・ω・)
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