番外編 二人でデート編
夏休み。いつものように由眼の部屋でだらだらしていると。
「怠惰とはまさにこのことね。」
呆れた声が飛んできた。クーラーの効いた部屋。床で寝転がる俺。確かに反論できない。
「これは怠惰じゃない。」
「へぇ?」
「由眼のパンツを覗くという使命を果たしただけだ。」
沈黙。数秒後。由眼の顔が真っ赤になった。そして白杖を床につく。
「おい待て待て待て!」
嫌な予感しかしない。由眼は無表情のまま詠唱を始めた。
「宇宙へ飛ばすわ。」
「やめろ!」
「それか今見た記憶を消す。」
「もっとやめろ!!」
本気だった。危うく宇宙の塵になるところだった。由眼はため息をつく。
「暇なら外へ行くわよ」
「え?」
思考が止まる。外へ行く。二人で。つまり――
(デートじゃねぇか!!)
由眼が即座に反応した。
「デートじゃないわ。」
心を読まれた。
「ただの買い物よ。」
そういえば心を読めるんだった。不便極まりない。
「じゃあ十分後に玄関集合。」
そう言うと由眼は部屋を出ていった。俺は急いで着替えを始めた。十分後。玄関で待っていた俺は思わず固まった。
「どうしたの?」
由眼が首を傾げる。いつもの制服ではない。白を基調とした涼しげなワンピース。銀髪は綺麗に整えられ。小さな帽子まで被っている。夏のお嬢様だった。
「いや。」
「なによ。」
「似合ってるな。」
その瞬間。由眼がぴたりと止まる。
「……そう。」
少しだけ耳が赤かった。そのまま二人で駅へ向かう。夏の日差しは強い。アスファルトが揺れて見える。
「暑いな。」
「そうね。」
「魔法で涼しくできないの?」
「できるわよ。」
「じゃあやってくれ。」
「嫌よ。」
「なんでだよ。」
「私だけ涼しいから。」
性格が悪かった。駅に着くと人で溢れていた。夏休みだからだろう。家族連れ。カップル。学生グループ。様々な人が行き交う。
「人多いな。」
「ええ。」
すると由眼が俺の服の袖を掴んだ。
「ん?」
「迷子防止。」
「由眼が?」
「違うわ。」
「あなたが。」
絶対違う。だが少し嬉しそうだったので何も言わなかった。電車に乗り。大型ショッピングモールへ向かう。到着すると由眼は迷いなく歩き始めた。
「まず服を見るわ。」
「女子高生らしい。」
「何か言った?」
「何も。」
服屋に入る。由眼は何着も手に取り。店員と相談しながら選んでいく。俺は近くの椅子で待機。三十分後。
「どう思う?」
試着室から出てきた。淡い青色のワンピース。
「似合う。」
「適当じゃない?」
「いや本当に。」
由眼は少し黙る。
「そう。」
嬉しそうだった。さらに別の服。さらに別の服。気付けば一時間経っていた。
「女子の買い物って長いんだな。」
「今さら?」
「今さら。」
「まだ半分も終わってないわ。」
絶望した。その後。雑貨屋へ。アクセサリーショップへ。文房具屋へ。本屋へ。気付けば両手に荷物。
「重い。」
「付き人の仕事よ。」
「俺いつ付き人になったんだ。」
「一年前。」
否定できなかった。昼食をとるためフードコートへ移動。
「何食べる?」
「冷たいもの。」
「またか。」
結局。俺はラーメン。由眼は冷やしうどん。席に座る。
「いただきます。」
「いただきます。」
しばらく無言。由眼は静かにうどんを食べる。なんだか機嫌がいい。
「そんなに美味い?」
「ええ。」
「そんな幸せそうな顔初めて見た。」
「殺すわよ。」
通常運転だった。食後。ゲームセンターへ。由眼は興味ないと言いながら。ぬいぐるみコーナーの前で立ち止まる。
「欲しいのか?」
「別に。」
視線は完全に向いていた。
「ブスうさじゃん。」
由眼愛用の謎キャラクター。
「取って。」
「命令か。」
「お願い。」
珍しい。俺は百円を投入した。だが全く取れない。
二百円。
三百円。
四百円。
「無理だろこれ。」
「根性よ。」
お前がやれ。そう思いながら続ける。六百円目。奇跡的に落ちた。
「おお!」
「えっ。」
由眼が本気で驚いている。
「ほら。」
渡す。由眼はそっと受け取った。大事そうに胸へ抱く。
「ありがとう。」
「そんなに嬉しいのか?」
「……まぁ。」
本当に嬉しそうだった。夕方。買い物も終わり。二人で歩く。オレンジ色の空。夏特有の少し湿った風。
「疲れた。」
「情けないわね。」
「お前が歩かせすぎなんだ。」
「鍛え方が足りないのよ。」すると近くの公園が見えた。ベンチが空いている。
「少し休むか。」
「そうね。」二人で座る。静かな時間。子供たちの声。蝉の鳴き声。風の音。
「なぁ。」
「なに。」
「こういうのも悪くないな。」
由眼が少し首を傾げる。
「何が?」
「何もない日。」
「みんなで騒ぐのも楽しいけどさ。」
「こういう普通の日も。」
由眼は少し考えた。そして。
「そうね。」
小さく笑った。
「私も嫌いじゃないわ。」
しばらく沈黙。すると由眼がぽつりと呟く。
「最近。」
「ん?」
「楽しいの。」
意外な言葉だった。由眼は続ける。
「前は全部どうでもよかった。」
「勉強も。」
「魔法も。」
「パーティーも。」
「でも。」
少しだけ。本当に少しだけ微笑む。
「今は違うわ。」
その横顔は。どこか寂しくて。どこか幸せそうだった。
「玲司。」
「なんだ。」
「もし。」
そこで言葉が止まる。
「いや。」
「やっぱりなんでもない。」
「気になるだろ。」
「秘密よ。」
そう言って立ち上がる。夕日が銀髪を照らしていた。駅へ向かう帰り道。
「また来てもいいわよ。」
由眼がぽつりと言う。
「買い物?」
「ええ。」
「付き合ってあげてもいい。」
上から目線だった。
「じゃあまた付き合うよ。」
「そう。」
すると由眼が少しだけ照れくさそうに口を開いた。
「玲司。」
「ん?」
「手をつないでくれない?」
その言葉に思わず心臓が跳ねた。
「は?」
「どうして?」
すると由眼は少しだけ口元を緩める。
「だって。」
そう言ってこちらを見る。そして――ゆっくりと閉じていた目を開いた。
「目が見えないじゃない。」
その両目には複雑な魔法陣が浮かんでいた。淡く光る瞳。初めて見るわけではない。だが何度見ても不思議な光景だった。一瞬だけ、その目について聞こうかと思った。なぜそんな目になったのか。どうして見えなくなったのか。だがやめた。きっと聞かれたくないこともある。だから何も言わない。
「見えてるくせに。」
思わずそう呟く。すると由眼は肩をすくめた。
「細かいことは気にしないの。」
「気になるだろ。」
「気にしないの。」
強引だった。俺はため息をつく。
「はいはい。」
そう言って手を差し出した。由眼は少しだけ躊躇った後。そっとその手を握る。柔らかかった。思ったより小さかった。その瞬間。なぜか由眼の方が少しだけ緊張しているように見えた。
「どうした?」
「別に。」
「顔赤いぞ。」
「暑いだけよ。」
「さっきまで涼しいって言ってただろ。」
「うるさい。」
そう言いながらも手は離さない。結局そのまま。二人は並んで歩いた。夕日に照らされた帰り道を。由眼はどこか嬉しそうに。それはきっと。誰にも見せないような。とても柔らかい笑顔だった。こうして。二人の買い物デートは終わった。もちろん由眼は最後まで。
「デートじゃない」
と言い張っていた。だが少なくとも。俺にはそう見えたのだった。




