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Gl1tch//RaidERs  作者: 時任 理人


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24/24

LOG.24 三回目の遅刻RTA――サイレンは朝まで鳴っている

 ――騎士ハルト検証ログ:起動前


 三回目の遅刻RTAなどは、普通なら反省案件だ。


 だが俺の場合、黒zip、ディスクライター、《SIREN_CITY》、人生終了ゲーム、旧校舎地下の十桁パスワード、そして宵崎ミコの床ルートが同時発生している。


 これは、イベント過密による生活ログ崩壊である。


 …… 登校前から既に詰みかけている気がする。


 三回目の遅刻RTA。


 その単語が、俺の脳内に冷たく表示された。


 遅刻は一回なら事故である。


 二回なら生活習慣の乱れである。


 三回なら、もはやチャートである。


 しかも俺の場合、ただ寝坊したわけではない。黒zip、ディスクライター、《SIREN_CITY》、影村学園旧校舎、人生終了ゲーム、夕闇フラワー、影都デパート火災、そして宵崎ミコの恋愛ゲーム的包囲網。そのすべてが連続イベントとして発生している。こんなもの、まともな高校生の生活ログではない。イベント過密すぎる。フラグ管理担当は一度反省しろ。


 通常、ゲームにおけるイベント過密は二種類ある。


 一つは、単純に制作側のペース配分が下手な場合だ。序盤から固有名詞を投げすぎる。仲間を増やしすぎる。世界設定を語りすぎる。プレイヤーが感情を整理する前に次のイベントへ進む。これは悪い意味での過密である。


 もう一つは、意図的な過密だ。プレイヤーへ判断の猶予を与えず、疲労、焦燥、好奇心、恐怖、義務感を同時に積む。情報を処理する前に次の異常を見せる。選択肢を選ばせているようで、実際には逃げ場を潰している。これは悪意ある構造である。


 今日の俺は、完全に後者だった。


 しかも最悪なことに、その過密イベントの中心にいるヒロインが、今、俺の目の前でにこにこしている。


「だから、泊まればいいんだよぉ」


 ミコは当然のように言った。


「朝、私が起こしてあげるし。ご飯も作れるし。学校も一緒に行けるし」


「最後に余計なイベントを混ぜるな」


「余計じゃないよぉ」


「余計だ。登校同行イベントは個別ルート進行度が高い」


「じゃあ、もう進んでるってことでいいんじゃない?」


「よくない!!」


 俺は反射的に叫んだ。


 しかし、反論の勢いとは裏腹に、状況整理はすでに終わっていた。


 現在時刻は二十二時を越えている。


 俺は風呂に入り、飯を食い、人生終了ゲームの資料を確認し、ナギカからのSIREN_CITY絶叫ログを受け取り、アラタからの未返信に不安を抱えたまま、ミコの家にいる。


 ここから帰宅する。


 そして寝る。


 翌朝起きる。


 学校へ行く。


 理論上は可能だ。


 だが、理論上可能なルートほど、実際には事故る。


 鬼畜クソゲーにおいて「まだ間に合う」は死亡フラグである。残りHP二で毒沼を抜けようとするようなものだ。しかも俺は眠い。頭が熱い。情報が多すぎる。目を閉じたら、《激突まで残り24時間》と《これは遊ぶな》とミコの「泊まってもいいよぉ♡」が同時に表示される。


 バグっている。


 完全にバグっている。


「……分かった」


 俺は敗北した。


「泊まる。ただし、条件がある」


「うん♡」


「俺は床だ」


「えー」


「えーではない。俺は床に布団。お前はベッド。これが最低防衛ラインだ」


「一緒のベッドでもいいよぉ?」


「駄目だ!! それはイベント進行度が高すぎる!!」


「じゃあ、今日は床ルートだねぇ」


「ルート名を付けるな!!」


 そういうわけで。


 宵崎ミコの部屋における夜間宿泊イベントは、俺が床に布団を敷き、ミコがベッドに入るという、比較的安全寄りの配置で開始された。


 比較的、である。


 安全とは言っていない。


 なぜならここはミコの部屋だ。


 記録保存室。


 俺の写真が壁にあり、古い雑誌が机にあり、黒とピンクの小物が周囲を囲み、ベッドの上にはミコがいる。


 安全地帯であるはずがない。


「ハルトくん、寒くない?」


「問題ない」


「お布団、もう一枚いる?」


「いらん」


「寂しくない?」


「その質問は何だ」


「確認だよぉ」


「何の確認だ」


「ハルトくんの状態確認♡」


「状態異常はない」


「ほんとに?」


「……眠気はある」


「じゃあ寝よ?」


「寝る」


 俺は目を閉じた。


 しかし、脳は閉じなかった。


 ミコの部屋の天井。


 見知らぬ天井。


 いや、今度こそ本当に見知らぬ天井である。


 風呂場ではなく、幼馴染の部屋の天井。


 これは危険度が高い。


 俺は布団の中でスマホを握ったまま、最後に通知を確認した。


 アラタ。


 既読なし。


 ナギカ。


 罵倒多め、生存確認済み。


 2xch。


 未読増加。


 開くな。


 今開くと死ぬ。


 匿名掲示板というのは、深夜に開くと精神を削るタイプのダンジョンである。昼なら笑って流せるレスも、夜中だと刺さる。昼ならただの煽りに見える文言も、深夜だと呪文に見える。しかも今の2xchには、《お前をみている》系の増殖レスがある。これは閲覧すればするほど正気度を削るタイプのログだ。ホラーゲームで言えば、読むたびに背景のノイズが増える古文書である。


 だから開かない。


 開かないことも攻略である。


 そう判断した瞬間、スマホが震えた。


 アラタだった。


《悪い、遅くなった》

《影村の旧校舎、いろいろ分かった》

《結構やばい代物が出てきた》


 俺は反射的に起き上がった。


 布団が擦れる音で、ベッドのミコがもぞりと動く。


「ハルトくん?」


「アラタだ」


 その一言で、ミコの眠気が少し飛んだらしい。ベッドの上からこちらを覗き込む気配がした。


《火炎瓶っぽいのが大量にあった》

《ざっと見て五百本くらい》

《もちろん中身は劣化してるけど、瓶と布の残骸が残ってる》

《あと拡声器が大量》

《バリケードっぽい板とか柵も出てきた》

《普通の廃校じゃない》

《ここ、何かの籠城跡だと思う》


 背筋が冷えた。


 五百本。


 火炎瓶。


 拡声器。


 バリケード。


 板。


 柵。


 旧校舎。


 放送室。


 暴徒八〇〇人。


 SIREN_CITY。


 俺はスマホの画面を見たまま、喉の奥で息を止めた。


 ゲーム内の《作戦資料》が、現実の旧校舎から立ち上がってくる。


 紙面の中の設定ではない。


 画面の中の演出でもない。


 アラタの現地検証が、同じ形の物証を拾っている。


 あいつの専門は、現場だ。


 映像と現実のズレを見る。光源、影、反射、ノイズ、音の遅延、熱の残り、空間の奥行き、扉の歪み、床の傷、壁の煤、カメラが拾う異物。俺やナギカがログや通信から掘るものを、アラタは現地の空気と物の配置から拾う。だから、あいつの「やばい代物」は軽くない。


 火炎瓶五百本という数字も、ただの雰囲気ではない。


 おそらく、瓶の山、布の残骸、床の痕跡、保管場所、棚の幅、部屋の規模、そういうものからざっくり推定している。


 つまり、現地に暴力の準備が残っている。


 ゲームではなく。


 現実に。


《それ、SIREN_CITYのモデルになった暴動事件かもしれん》

《旧校舎占拠、暴徒、放送室、拡声器、バリケード》

《ゲーム内にほぼ同じ構造が出ている》


 送信。


 すぐに返信が来た。


《マジか!》

《それ熱すぎるだろ》

《いや熱いとか言ってる場合じゃないけど熱い》

《SIREN_CITYってそんな具体的なゲームなのか?》

《俺、まだタイトルと旧校舎っぽいって話くらいしか聞いてない》

《詳しく》


 俺は一瞬迷ったが、要点だけ送ることにした。


《ディスクシステム風》

《黒zipから出た112KB程度のデータ》

《普通なら開けないzipを開いて、ディスクライターで実機フロッピーに書き込む前提みたいな挙動》

《起動すると激突まで残り24時間のカウント》

《旧校舎占拠》

《暴徒最大800名》

《警察側主人公》

《旧校舎三階放送準備室に幼馴染》

《装備不足、金不足、時間不足》

《選択ミスで巻き戻し》

《しかも24時間へ戻る》

《セーブ確認なし》


 数秒後。


《は?》

《24時間?》

《リアル時間?》

《しかも戻る?》

《クッソ笑う》

《いや笑えねえけど笑う》

《何その地獄》

《昔のゲーム開発者、人の時間を何だと思ってんの》

《ハルト向きすぎるだろそれ》


「アラタめ……」


 俺は眉をひそめた。


 だが否定できないのが腹立たしい。


《笑うな》

《これはただのクソゲーではない》

《プレイヤーの善意、焦り、時間、救出対象の士気をぶつけ合わせる悪意ある構造だ》

《人間に遊ばせる設計ではない》

《誰かの後悔を追体験させる装置に近い》


《うわ》

《言い方かっけえ》

《でも現地の空気、それに近い》

《普通の廃校っていうより、何かをまだ再生してる感じ》

《音が残ってる》

《俺、廊下で何回か振り返った》

《誰もいないのに、拡声器の前を通ると耳の奥が変になる》


 俺は画面を睨んだ。


 アラタは感覚で語っているようで、実際には観察している。音の残り。空間の違和感。拡声器の配置。反響。廊下の長さ。反射面。現地でしか分からない情報。


 そして、次のメッセージで完全に目が覚めた。


《あと特殊な扉見つけた》


「特殊な扉?」


 俺は声に出していた。


 ミコがベッドから身を乗り出す。


「扉?」


《旧校舎の地下っぽい場所》

《普通の鍵じゃなくて、テンキーみたいなのが付いてる》

《十桁のパスワード》

《英語と数字の混合っぽい》

《開かない》

《たぶん後付け》

《扉の周りだけ妙に新しい》

《けど壁は古い》

《パスワード入力部、古い機械じゃなくて後年の電子錠っぽい》

《もしかして、そのゲーム内に何かあるのかもな》


 俺は目を細めた。


 十桁。


 英数字混合。


 特殊扉。


 旧校舎地下。


 後付け。


 ゲーム内の鍵。


 パスワード。


 隠しフラグ。


 燃える。


 猛烈に燃える。


 この手の扉は、ゲームなら終盤ギミックである。序盤では開かない。現地で見つけても開けられない。別マップでヒントを拾う。過去ログ、紙資料、ゲーム内メッセージ、開発者の癖、日付、事件名、被害者数、周回数、あるいは音声入力。何かが鍵になる。


 しかも十桁英数字混合。


 雑なパスワードではない。


 数字だけなら日付が怪しい。昭和五十八年六月、十一月十八日、影都デパート火災、24時間、800名、500本。しかし英字が混ざるなら、SIREN、KAGEMURA、H3、BROADCAST、NOISE、あるいは誰かの名前。


 ゲーム内にあるかもしれない。


 いや、あると考えるべきだ。


「……フ」


「ハルトくん、笑ってる」


「フハハ……」


「また怖いやつ?」


「違う。これは熱い」


 俺は返信した。


《確かに熱い》

《SIREN_CITY側にパスワードがある可能性は高い》

《作戦資料、放送室、旧校舎地下、鍵、十桁、英数字混合を重点的に見る》

《ただし無理に開けるな》

《現地は危険だ》

《写真と動画と位置情報だけ確保しろ》

《扉周辺の傷、埃、足跡、配線、錆、反射、音の響きも記録》

《一人で奥へ入るな》


 送ってから、俺は一瞬だけ自分に驚いた。


 最後の文が、妙に真面目だったからだ。


 一人で奥へ入るな。


 俺がそれを言う側に回るとは。


 アラタからは、すぐに返事が来た。


《了解》

《でもちょっとだけ覗いてから戻る》


「駄目だろうが!!」


 俺は小声で叫んだ。


 ミコがびくっとする。


「アラタくん?」


「こいつ、覗く気だ」


「止めてぇ」


《覗くな》

《戻れ》

《それはホラーゲームで最初に死ぬ奴の行動だ》

《現地検証は継続していいが単独深追い禁止》

《これは命令だ》


《了解了解》

《騎士ハルトこわ》

《戻る》

《でも明日ぜったい詳しく聞かせろ》

《その24時間巻き戻しクソゲー、現地の空気と噛み合いすぎてる》

《あとお前、そんなヤバいものを普通なら開けないzipから出して、ディスクライターでフロッピーに書き込んで実機起動したのか?》

《奇跡のマシンすぎるだろ》

《お前のガレージ、もはや封印解除施設じゃん》


 俺は固まった。


 封印解除施設。


 非常に嫌な表現だ。


 だが、否定しきれない。


 開けないzip。


 失われた形式のデータ。


 ディスクライター。


 実機フロッピー。


 CRT。


 そして起動したSIREN_CITY。


 確かに、現代の普通の高校生が持っている環境ではない。


 俺のガレージは、俺にとって電子遺跡観測基地だ。


 だが、外から見れば、何かの封印を解くための異常設備に見えるのかもしれない。


 違う。


 たぶん違う。


 いや、少し違わないかもしれない。


 その時だった。


 ナギカからメッセージが鬼のように飛んできた。


《キモ騎士》

《まとめた》

《SIREN_CITY攻略メモ暫定》

《でもまた24時間に戻った》

《許さん》

《ディスク破壊するぞ》

《マジで破壊するぞ》

《物理的に》

《このゲーム、放置でも駄目》

《動いても駄目》

《正解選んでも注目度上がる》

《何が正解なの》

《作者出てこい》

《こっちは通信ログも取ってる》

《画面撮影もした》

《操作ログもメモった》

《時間経過パターンも分けた》

《なのに全部嫌な方向に収束する》

《は?》

《何?》

《アトラクタフィールドか?》

《ふざけんな》

《あと2xchに流したけど誰も攻略知らない》

《変な奴らが混ざってる》

《「みている」系のレスがまた増えた》

《気味悪い》

《というか》

《あんたのガレージ、私がいないと今頃完全に呪物置き場として暴走してるから》

《感謝しろ》

《でも椅子は許さない》


「久羅木……」


 俺は天井を見た。


 こいつもこいつで地獄にいる。


 いや、正確には俺のガレージにいる。


 つまり、俺のガレージが地獄になっている。


 しかも占領されている。


 ナギカは通信解析、ログ取得、時間分岐記録、2xch反応調査、実機挙動監視、全部を並行しているらしい。普通の人間なら一つで十分に気持ち悪くなる作業を、あの女は罵倒しながら全部やっている。


 これはハイテクによる呪物攻略である。


 御札ではない。


 塩でもない。


 祈祷でもない。


 スクリーンショット、ハッシュ、操作ログ、通信経路、タイムスタンプ、イベント再現性、2xch投稿反応、AI補助解析。


 久羅木ナギカという女は、呪いに対してファイアウォールを立て、ログを取り、パターンを分類し、ブチギレながら殴り返すタイプの人間である。


 いや、人間かどうかはまだ微妙だ。


 ヒステリック高性能解析端末である。


 ミコが小声で聞いてくる。


「ナギカちゃん、大丈夫そう?」


「大丈夫ではないが、まだディスクは生きている」


「それ、どっちの心配?」


「両方だ」


 俺は返信した。


《ディスク破壊はやめろ!!》

《貴様が今手にしているのは唯一に近い現存ログだ!!》

《怒りは分かるが媒体へ当たるな!!》

《2xchとは一旦切り離せ》

《攻略は攻略、スレ異常はスレ異常で分離する》

《混ぜると判断が壊れる》

《攻略情報はローカルでまとめろ》

《注目度上昇条件、巻き戻し条件、経験値の有無、放置襲撃時刻を優先》

《あと通信ログは時刻同期しろ》

《ゲーム内時刻、実時間、操作入力、2xch投稿時刻を分けろ》

《同じ表に入れるな》

《呪物相手ほど表計算を綺麗にしろ》

《あと、協力してくれて助かった》


 最後の一文を送るか、少し迷った。


 迷ったが、送った。


 こういう時に、礼を言わないのは違う。


 数十秒、返事がなかった。


 そして。


《は?》

《別にあんたのためじゃないし》

《このゲームが気持ち悪いだけ》

《こんな低容量のくせにこっちの時間溶かしてくるのがムカつくから潰す》

《あと助かったとか急に言うな》

《きもい》

《表計算はもう作った》

《ゲーム内時刻、実時間、操作、注目度、巻き戻し、スレ反応、全部タブ分けしてる》

《私を誰だと思ってんの》

《通信の魔女とか呼ぶな》

《でも》

《まあ》

《ログは取っておく》

《感謝しろ》

《いや感謝するな》

《普通にしろ》

《寝ろ》

《遅刻すんな》

《ミコの家で変なことしてないでしょうね》

《どうでもいいけど》

《攻略に支障出たら困るだけ》

《あとあんたのガレージ、私が実効支配したから》

《椅子は替えろ》

《CRTの配置も悪い》

《電源タップも危ない》

《配線がキモい》

《でも環境だけは異常に良い》

《むかつく》


 俺は思わず笑った。


「ふっ」


「ハルトくん?」


「久羅木がバグっている」


「かわいい?」


「本人に言うと燃やされる」


「じゃあ、かわいいんだぁ」


「知らん」


「でも、楽しそうだねぇ」


「楽しくはない。あれは罵倒ログだ」


「でも笑ってたよぉ」


「異常応答が面白かっただけだ」


「ふぅん」


 ミコの声に、少しだけ圧が混ざった。


 やばい。


 これは別方向のイベントが発生しかけている。


 幼馴染ルート中に別ヒロインから深夜メッセージ連投。


 危険だ。


 ADVなら選択肢が出る。


《ナギカの話を続ける》

《ミコを安心させる》

《寝たふりをする》

《仕様か?》


 最後は駄目。


 三番目は即バレ。


 一番目は地雷。


 つまり。


「ミコ」


「なぁに?」


「お前にも助かっている」


「……え?」


「人生終了ゲームの資料がなければ、影都デパートとSIREN_CITYの接続に気づけなかった。お前の記録保存が役に立った」


 ミコは、ベッドの上で少しだけ固まった。


 暗い部屋の中でも、表情が柔らかく崩れたのが分かった。


「えへへぇ……」


「照れるな」


「照れるよぉ」


「保存するな」


「もう保存したよぉ」


「早い!!」


「ハルトくんが私のこと、役に立ったって言ってくれたログだもん。絶対保存だよぉ」


「ログの扱いが重い!!」


「重くないよぉ。大事なだけ」


 その言い方に、俺は少し黙った。


 ミコにとって、記録とはただのデータではない。


 好きだったもの。


 誰かが残したかったもの。


 忘れられたくなかったもの。


 そして、誰かに認めてもらえた瞬間。


 そういうもの全部を、彼女は保存対象にする。


 だから、怒れない。


 非常に厄介だ。


 それから、俺はアラタへの返信、ナギカへの追加指示、SIREN_CITY攻略メモ、人生終了ゲームの紙面写真の再確認をした。


 少しだけ。


 本当に少しだけのつもりだった。


 だが、少しだけ、という言葉は信用してはいけない。


 クソゲーにおける「あと一回」。


 資料整理における「あと一項目」。


 掲示板巡回における「最後に更新確認」。


 それらはすべて、時間吸引トラップである。


 気づけば、窓の外が白んでいた。


「…………」


 俺は恐る恐る時計を見た。


 六時三十分。


 朝だった。


 セーフ。


 いや、睡眠時間的には完全にアウトだが、遅刻RTA的にはセーフである。


「勝った……」


 俺は小さく呟いた。


「三回目の遅刻RTA、回避可能圏内……!」


 勝利の余韻に浸ろうとした瞬間。


 隣で、もぞり、と布団が動いた。


 俺は固まった。


 床の布団。


 俺の横。


 そこに。


 ミコがいた。


「…………」


「ん……」


 ミコは寝ぼけた顔で目を開けた。


 髪が少し乱れている。


 距離が近い。


 近すぎる。


「おはよぉ、ハルトくん……」


「待て」


「んぅ?」


「なぜ、ここにいる」


「寒そうだったからぁ……」


「ベッドは!?」


「上にあるよぉ……」


「知っている!! なぜそこから降りた!!」


「ハルトくん、夜中に難しい顔してたから……隣にいたら、少し寝るかなって……」


「寝ていない!!」


「じゃあ、だめじゃん」


 ミコは寝ぼけたまま、俺の袖を掴んだ。


「もうちょっと寝よぉ……」


「寝るな!! 学校だ!!」


「ハルトくんも寝てないでしょ?」


「俺は起きる!!」


「えらいねぇ……」


「その眠そうな声で褒めるな!!」


 俺は半ばパニックになりながらスマホを手に取った。


 まずアラタ。


《今日学校で旧校舎の話を聞く》

《扉の写真を持ってこい》

《絶対に一人で地下へ戻るな》

《あとSIREN_CITYの24時間巻き戻しを笑うな》

《笑うならせめて検証に参加しろ》


 数秒後。


《起きてたのかよ》

《寝ろよ》

《いや学校で話す》

《扉の写真ある》

《24時間巻き戻しは普通に笑う》

《でも現地の扉と繋がってたら笑えん》

《そのフロッピー起動したお前のガレージ、マジで封印解除施設》

《ナギカちゃんまだいるの?》


 俺は返信に困った。


 いる。


 いるどころか実効支配された。


 次にナギカへ送る。


《起きているか》

《学校に行け》

《俺のガレージで寝落ちしていたら即退去》

《ディスクは壊すな》

《あと俺のガレージを実効支配するな》


 送信。


 数秒後。


 ナギカから返事が来た。


《起きてる》

《というか寝てない》

《SIREN_CITYが悪い》

《あとモーニングメッセージみたいな変なことするな》

《恋人か》

《きもい》

《でも学校は行く》

《ディスクは壊してない》

《褒めろ》

《やっぱ褒めるな》

《あとガレージはもう私の解析拠点として最適化中》

《配線危ないから直した》

《勝手に触るなって言ってたけど危なすぎ》

《感謝しろ》

《しなくていい》

《でもしろ》


「…………」


 俺は笑った。


 小さく。


 かなり疲れた笑いだった。


「久羅木、生きてる」


「よかったねぇ」


「よかった。ディスクも生きている。あと俺のガレージは占領された」


「ナギカちゃん、強いねぇ」


「強いというか、侵略だ。電子的侵略だ。俺の基地が通信解析女に乗っ取られた」


「でも、ハルトくん、ちょっと嬉しそう」


「嬉しくない!! ガレージの主権侵害だ!!」


「でも、ちゃんと守ってくれてるんでしょ?」


「……それはそうだ」


「じゃあ、よかったねぇ」


 言い返せなかった。


 腹立たしい。


 だが、ナギカは確かに守っている。


 SIREN_CITYを破壊せず、ログを取り、2xchの異常も分離し、現実のガレージ設備まで確認している。文句は山ほどある。だが、あいつの解析能力は本物だ。


 そしてアラタは現地で物証を拾った。


 ミコは紙の記録を保存していた。


 俺はゲームを起動した。


 四つのログが、同じ一点へ向かっている。


 影村学園旧校舎。


 SIREN_CITY。


 人生終了ゲーム。


 影都デパート火災。


 そして、十桁のパスワードが付いた地下の扉。


 眠気が吹き飛ぶ。


 いや、肉体的には吹き飛んでいない。脳だけが無理やり回転している。こういう状態は危険だ。入力ミスが増える。判断が雑になる。変な選択肢を選びがちになる。昔の理不尽ADVなら、ここで《もう少し調べる》を選んで死亡する。


 だから、今は学校へ行く。


 集まる。


 整理する。


 ログを照合する。


 それが最適解だ。


 俺は起き上がろうとした。


 その瞬間、ミコが袖を引いた。


「ハルトくん」


「何だ」


「二度寝しよ?」


「しない!!」


「あと五分だけぇ」


「その五分は死亡フラグだ!!」


「私が起こすよぉ」


「今お前が寝ようとしているだろうが!!」


「こらぁ……ちゃんと起きなさぁい……」


「怒る側が眠るな!!」


 俺は布団から抜け出した。


 ミコはまだ半分寝ぼけながら、むにゃむにゃと何か言っている。


 窓の外は朝。


 学校へ行く時間。


 今日、俺はアラタから旧校舎の現地ログを聞く。


 ナギカからSIREN_CITYの攻略進捗を聞く。


 ミコから人生終了ゲームの追加資料を見る。


 そして、おそらく2xchはさらに荒れている。


 世界は昨日よりも確実に面倒になっていた。


 だが。


 少なくとも俺は、三回目の遅刻RTAを回避できる位置にいる。


 それだけは勝利だった。


 俺は鞄を掴み、深く息を吸った。


「行くぞ、ミコ」


「うん……」


「寝るな」


「寝てないよぉ……」


「目が閉じている」


「これは省電力モード……」


「お前まで機械みたいな言い訳をするな!!」


 朝の光の中で、宵崎ミコはふにゃっと笑った。


 その笑顔を見た瞬間、俺は少しだけ思った。


 このルートは、やはり危険だ。


 だが、完全に悪くはない。


 いや。


 その判断は、まだ保留だ。


 好感度も、進行度も、クリア条件も不明。


 ただ一つだけ分かっている。


 今日もログを取る。


 消えたものを拾う。


 アラタは現場の扉を持ってくる。


 ナギカはハイテクで呪物を殴ってくる。


 ミコは消えた記録の感情を拾ってくる。


 そして俺は、クソゲーの理不尽を攻略対象へ変換する。


 もし、サイレンの鳴り響く街が俺たちを見ているなら、こっちも、見返してやる。


 騎士ハルト、登校開始である。


 アラタは旧校舎で物証を拾った。


 ナギカは俺のガレージを実効支配した。


 ミコは俺の睡眠導線を完全に破壊した。


 そして俺は、三回目の遅刻RTAだけは辛うじて回避した。


 《SIREN_CITY》、人生終了ゲーム、影都デパート火災、旧校舎地下の扉。


 ログは揃い始めている。


 ならば次は照合だ。


 ――騎士ハルト検証ログ:保存後



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