096 観の目、紺碧の跳躍
四連の急勾配を抜けると、目の前には黒鉄の雑木林が広がっていた。漆黒の巨大な柱には、枝のように無数の鉄柱が伸びている。
しかし、剪定でもしたのか――昨日より枝が短い。これなら全長八メートルの機人でも、余裕で通り抜けられそうだ。
立ち止まり、そびえ立つ黒鉄の柱を見上げて首をかしげる。わざわざ障害を簡単にすることに、意味があるのだろうか。
思考を巡らせていると、地面から振動が伝わり、足元に影が落ちた。
振り返ると、紺碧の機人――シンヤさんの白秋三式が背後に立っていた。思わず目を見開く。たしかに土砂崩れを起こし、妨害したはずだ。
なぜ、こんなにも早く追いつかれたのかと困惑する。視線をその先に向ければ、他校の機人たちも迫っていた。
『君のおかげで急勾配の坂は崩れ、かなり緩やかになって簡単に登ることができたよ。みんなに代わり、お礼を言わせてほしい』
スピーカーから響くシンヤさんの声には、挑発めいた響きがあった。機械で拡張されてノイズが混じり、無機質な声だったが――はっきりと感じた。
試合前に挨拶したときは物腰柔らかで好感が持てたが、今の好戦的な言葉には、かすかな怒りが込み上げてくる。
だが、それも作戦なのだろう。わざと会話をして俺を足止めし、他校の機人との距離を詰めようとしている。
混戦になれば、軽量で小型の武蔵零式は、わずかな接触でも容易に吹き飛ばされ不利になる。なかなか油断できない相手に、俺は獰猛に笑う。
『礼は不要ですよ。これでようやく面白くなってきましたからね。それじゃ、もう礼は受け取ったんで、お先に失礼します』
それだけ言い残すと、目の前に広がる黒鉄の森を見据えた。乱立する柱だが、ほぼ六メートル間隔で屹立している。
加えて、この試合では枝のように突き出た鉄柱は短く切り揃えられ、機人でも余裕で回避しながら進める。
だが、武蔵零式なら避ける必要すらない。俺はほぼ直線で走り抜ける最短のルートを見極め、走り出した。
その瞬間、大気が震えて轟音が響く。近くまで迫った他校の機人の一体が、魔法を放った。どうやらシンヤさんの会話に付き合い過ぎたようだ。
すぐに首筋に備え付けられたブレイン・コアにイメージを送ると、モニターの表示が分割された。右は前方を映し出し、左には後方の映像が浮かぶ。
――前世の記憶が役に立った。宮本武蔵が『五輪書』で語った『観の目』。それを、そのまま武蔵零式に流し込んだ。
やはりこの世界は前世の熊本――その気配が色濃く漂っている。俺は神経を集中させると、左右の画面を忙しなく見比べた。
右画面の迫る柱を確認しながら、左画面全体を覆う巨大な岩の魔弾を見据えると、一気に加速して右に曲がった。
刹那、激しい爆音が轟く。背後の黒鉄の柱に、機人が放った魔法が直撃した。背中に、砕け散った石が僅かに当たったが、ダメージを受けることはない。
俺は走りながら、左右の画面を確認する。再び、左画面に魔法を放とうとする機人の影を捉えた。
前方を映す右画面を一瞬だけ見て、ほぼ一直線だと分かる。その直後、後方を映し出す左画面を拡大し、一気に速度を上げた。
◆
予想を超え、盛大に土砂崩れを起こしたせいで、坂は崩れ去り、ソウガは他校との距離をあまり離すことができなかった。
結果、魔導機人の魔法の格好の的になってしまう。だが、昨日よりも明らかに坂の地盤は緩く、ソウガがミスしたのかは微妙だ。
――作為的なものを感じる。あれだけの土砂崩れに、大会本部からアナウンスが無かった。
私は小さく首を横に振り、不安を振り払うと試合に集中する。
競技場を駆ける魔導機人は四体。一機はソウガの後に続くシンヤさんの白秋三式だ。残り三機は、まだ第二の障害――黒鉄の森には到達していない。
だが、ソウガとの距離は近く、射程圏内だ。三体の紺碧の機人は、すぐに魔法を放つ。
さすが決勝に残った選手たちだ。疾走中という悪条件をものともせず、彼らは正確にソウガを捉えた。
最初に放たれた魔法は巨大な岩の魔弾となり、猛烈な勢いでソウガに向かっていく。だが、彼は後ろを振り向くことなく走り続けた。
岩の魔弾はすぐそこまで迫っていた。誰もが漆黒の機人が巨大な岩に押し潰される姿を想像し、私は視線を逸らしそうになる。
刹那、ソウガは急加速して鋭く向きを変えると、黒鉄の柱の影に隠れた。岩の魔弾は彼を追うように曲がり、柱に直撃して粉々に砕けた。
まるで後ろに目があるような動きに息を呑む。偶然かもしれないが、完璧なタイミングだった。思わず隣に座るリュウゾウ先生に視線を向ける。
「……ハンナ、おそらく武蔵零式の機能だろう。背面にカメラらしきものが複数あった。それにモニターの構造も複雑で、解析できなかった」
その言葉に絶句する。機人工学の第一人者であるリュウゾウ先生でも分からない機能とは、どれほどのオーバーテクノロジーなのだろう。
それに、機人にはカメラは前後と足元の三つしか設置しないのが常識だ。
理由は簡単だ。映像を映し出す機器は多くの魔力を消費し、装填された魔石の寿命を大幅に縮めるからだ。
操縦者の魔力は魔核へのイメージ伝達と魔法発動に使うため、それ以外の機能は魔石の魔力を使っている。
武蔵零式が上級の魔石を装填しないと起動しないのも頷ける。
さすが原初の機人だ。現在の機人のもととなったと言われるのも納得する。しかも、まだすべての機能は解放されていない。少しだけ恐怖を感じた。
――思考の海に沈みかけたとき、耳を劈くほどの歓声が轟いた。
視線を上げると、武蔵零式が振り返ることなく、次々と後方から撃たれる魔弾を躱していた。
前方に火の海を作る炎の魔弾には、着弾寸前に柱の枝に飛び乗って回避し、その隙を突き、撃たれた氷弾は、前を向いたまま背後に裏拳を放ち粉砕した。
リュウゾウ先生の言葉は正しかったと確信する。ソウガは、はっきりと背後が見えている。しかも前方も見えた状態で、だ。
言葉を失い、魔法を余裕で回避するソウガを見つめる。その瞬間、武蔵零式の頭上を紺碧の機体が通り過ぎた。
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