089 <閑話>炎翼と魔翼
オブスタクルレースの予選が行われたその夜。大会本部にある一室に関係者が集められた。
その室内には巨大な円卓が置かれ、それを囲むように上層部一同が並んで座っていた。
上座というべき中央の席には武光七翼の一翼――炎翼のアスカが、不機嫌な表情を隠すことなく、腕を組んで腰を落としていた。
一代限りとはいえ、公爵と同等の権限を持つ武光七翼。大会会長や運営委員会の委員長ですら、アスカに逆らうことはできない。
自分よりも年上の大会上層部たちを苛立たしげに睨むアスカ。傍若無人な態度だが、誰も文句は言えず、視線を落とす。
「おい、どういうことだ。私はソウガの優勝を阻止するよう命じたはずだ。それが予選一位通過だと! ふざけるな!」
室内に響き渡る怒声。その権力もさることながら、国内に轟く彼女の武名を前にして、全員が恐れ、口を閉ざした。
――ただひとりを除いては。
「まぁ、そう怒らないでください、アスカさん。大会本部の皆さんも、規則の範囲内で懸命にソウガ君が不利になる状況を作っていました。それを乗り越え、一位通過した彼を褒めるべきでは?」
漆黒の生地に金と紫の糸で豪奢な刺繍を施されたローブを纏う黒髪の美女は、妖艶に微笑みながらアスカを嗜めた。
彼女の名はクロメ・サザンカ。武光七翼の一翼――魔翼の称号を与えられたこの国最強の魔導士であり、宮廷魔導士の総帥。
その指には、不思議な光を放つ宝石が飾られた指輪――魔環『四輝』がはめられていた。
席に着かず、壁を背に立つ彼女を、アスカは鋭く睨む。
「おい、クロメ! 貴様は分かっているのか。もし優勝すれば、ヤツはコイズミ陛下と謁見する機会を得るのだぞ。それで武光七翼の女性限定について再考を求めるのは、別にいい。私より実力がある剣士など、この国にいるはずがないからな」
そこで言葉を切り、彼女は腰に差した魔法食いの魔剣『赫灼』にそっと触れた。そして、再びクロメを睨み、言葉を続ける。
「だが、もし陛下がヤツを気に入り、今度の遠征に召集したら、私かお前のどちらかの隊に配属されることになるのだぞ! あの生意気で得体のしれない小僧が!」
これがアスカが一番阻止したかったことだった。彼女はソウガと戦い、敗北した。しかも常識を超えた、見たことのない魔法で――。
彼女にとって、ソウガは魔物と変わらなかった。魔法を喰らう魔剣でも斬れない魔法を使い、無人とはいえ機人を一撃で破壊した。
もし戦いの最中、その力がこちらに向いたら――そう思うと、彼女の背中に冷たい汗が伝う。
ソウガはヤクモに対しても不遜な態度であり、王家への忠誠心はない。アスカはそう決めつけ、その力を王家へ向けられかねないと危惧していた。
だが、その考えは間違っていた。ソウガは田舎育ちで、父親は騎士爵とはいえ、元々は平民だった。貴族の振る舞いも常識も欠けているだけで、王家に対して忠誠心がないわけではなかった。
その証拠に、決闘以降、ヤクモとはそれなりの友誼を深めている。今回の謁見の件も、ヤクモが自発的にソウガのために口添えをしたものだ。
だが、そのことを知らないアスカは、ソウガが王家に謀反を企む辺境の貴族や豪族が差し向けた刺客ではないかと疑っていた。
怒りに震えるアスカを見たクロメは、ため息をついた。
「ふぅ、分かりました。もし今度の遠征にソウガ君が召集されることになれば、私の隊に編入するよう陛下に上申します。どんな魔法を使おうが、私なら対応できるでしょう」
彼女はそう告げて、右手の人さし指に輝く魔環『四輝』を見つめる。
四つの光がとめどなく変わり、輝き続ける不思議な指輪。
その力は周囲の魔力を吸い込み、魔法を弱体化させる魔剣『赫灼』をも上回る力を持つ。
不敵に笑うクロメを見て、アスカはひゅっと息を呑んだ。同じ七翼でも、魔法に特化したクロメと武力に秀でた彼女は反りが合わなかった。
それにクロメに対しても、どこか不穏なものをアスカは感じていた。
アスカは思考を巡らし、油断ならない相手がひとつにまとまることで、監視しやすくなると結論づけた。
「……わかった、もしヤツが遠征に召集されることになれば、お前の隊に配属されるよう、私からも陛下に上申してやる。その代わり、しっかりとヤツを見張れよ。そして、もしおかしな行動に出れば、すぐに拘束しろ。
――それが無理なら、迷わず殺せ!」
その内容に、室内がしんと静まり返り、とんでもないアスカの発言に、大会上層部全員が顔を青ざめて震えていた。
そんな中、クロメだけは妖艶に微笑んでいた。
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